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第16廻 7月23日に見る未来Ⅰ

 



 ~7月23日 火曜日 14:12 スペースコロニー〝ノア〟 72番モジュール 地下フロア~




 白く広い空間の中央に設置されたプールを、人工筋肉やアームを取り付けた補助スーツを着た琳桐(りんどう)ヨシカは歩いていた。

 地下に連れられて1ヶ月以上が経過し、目覚めて9日が経った。

 1ヶ月以上寝たきりだったヨシカの身体を蝕み、自立する事も許さない程に痩せこけた肉体へと変貌させた。人を始めとした動物は、運動の他にも肉体に掛かる重力と、運動によって発生する負荷によって筋力や骨の強度が維持される。しかし長時間の寝たきりは運動もしなければ、寝ている事で負荷が分散される事になり、負荷が掛からないと細くなる性質の骨は細くなり、筋肉も収縮して退化していく。


 衰えた身体を元に戻すには、生来の行動である運動をすればいい。だが自身の身体すら起こす事も出来なくなった身体を動かすのは並大抵の事ではない。今こうして歩けているのも、水という負担が軽減される環境下で、スーツによる補助を加わってやっとなのが現状である。息も絶え絶えに、歯を食いしばりながら、睨み付ける様にヨシカは前を見据えて歩いていた。


 ヨシカがこのような険相を浮かべてリハビリに励むのには理由があった。昨日の事である――。




 ◇




 今日も何時ものように、ヨシカは専用のスポーツウェアとパワーアシストを装着していた。


『では、次のリハビリに移ります。全身のマッサージで筋肉を解したので、今度は準備運動をした後に施設内を約2km程歩行してください』


「了解」と返事したヨシカは、殺伐とした部屋を後にした。サクもヨシカを支える為か、そのホログラムの身体は運動着に変わっている。これも何時もと同じだ。ただ唯一違うのは、ヨシカの気持ちだった。


「……ねぇ、サクさん」

『何でしょうか? ヨシカさん』

「……――今更なんだけどさ、スロヴァイド……――降りれない、かな?」

『……何故、そう思ったのですか?』


 サクの声が、低く聞こえた。ヨシカは少したじろぐも、息を呑んで背筋を伸ばす。臆してはいけない――皮肉にも、降りたい理由になった連日で人と戦いで経験して得た事だった。


「……人を、殺したくないんだ。戦いたくないんだ。元々は、死にたくなくて、正当防衛で乗っただけなんだ。あんな……死の際(こわいもの)を見るのが、耐えられないんだ……」


 弱気な声から発せられたのは、恐怖の台詞。ただの一般市民が、ましてや敵機撃墜による殺人と死への自覚、そして相手から攻撃による瀕死の重傷と、左耳の欠損を味わってまで、義務でもないのに、初回の自己防衛以外の理由で戦う理由も無いのにこれから戦い続けろと言われて出来る筈がない。


 恐怖と不安と、明確な目的も無いままでそれに立ち向かえる訳がなく、文字通りヨシカは怖気付いてしまったのだ。それは決してヨシカが弱い訳ではない。それが普通の人の、10代の少年の当然の反応と考え方なのだ。漫画やアニメや小説に出て来る正義や使命感に燃える登場人物の様になれる筈もない。――否、ヨシカはなりたくもないのが本音だ。戦いの連続と初戦の勝利の勢いで意図せず流されてしまったが、冷静に考えれば、危険に身を費やしてまで勝ちたい等とは思える訳がない。そしてヨシカには、どうしても譲れない理由があった。


「俺は……――ヒーローじゃない。こんな格好になってまで戦うやる気も理由もない。……母さんを、1人にする。こんな風になるのなら尚更…………」


 怖気付かず言ってみるのは怖気づいた言葉。自身が何を言っているのか数瞬分からなくなるヨシカだが、その気持ちを抑えてサクを見据える。


『――ヨシカさんの言う事は、もっともな判断です。――ですが申し訳ございません。ヨシカを現時点でスロヴァイドから降ろす事は出来ません』


 予想出来たサクの言葉。ヨシカそれ程驚きはせず、そのまま無言でサクの声を発する機械を見続ける。図らずもそれは、〝理由はないのか〟と無言で要求する形になっていた。


『現在、スロヴァイドに搭乗するヨシカさんは、図らずもスロヴァイド関連の機密事項を知ってしまいました。そしてヨシカさんが現状を甘んじていられるのは、スロヴァイドのパイロットという立場であるからです』

「――パイロットじゃない俺は、口封じするって言うのかい」

『はい』


 無機質で抑揚のない口調。それは、今まで人間臭く、愛らしささえ感じたサクの言葉とは思えなかった。ヨシカは、自身の背筋が冷や汗を流し、悪寒を感じた。


『しかし、ヨシカさんへの対応を示すのは、私だけではございません』

「え?」

『スロヴァイドを狙うのは、何も合衆国連合だけではありません。先手必勝を逃した亜細亜同盟は、ノアに取り合う事で、現在はスロヴァイドを間接的に手中に収めています』

「え、そんな事……だって、助けてくれた…………」

『それは対面上でしょう。突如欧州が戦争行為を行い、それに亜細亜が迎え撃つ。世間体でいえば、亜細亜の行動は正当性を持てます。世間体も気にする事もなく、ノアを味方に付けた上での、未知のロボットを手中に収められています。そして証拠もございます』


 そう言ってサクは自身を映し出すディスプレイの画像を切り替える。画面に映し出されたのは、武装した複数の人間達が、見覚えのある通路を通っていた画像だった。


「これ……ここって……地下フロア(ここ)?」

『はい。ご覧の通り、亜細亜とノアの人間達が探索にこちらへ来ています。隔壁等で最重要エリアへの偽装を施し侵入を防いでおりますが、中にはシステムへのハッキング、爆薬による隔壁破壊もして来ています。ヨシカさんにスロヴァイドへの過度な聴収もされなかった事も、ヨシカさんが民間人だという事、全貌がハッキリしない存在がバックがいる事を気にしてか、実働のヨシカさんの機嫌を損ねないようにする為の事でしょう』

「自分で全貌がハッキリし(えたいがしれ)ないって言っちゃうのね」

『そこはスルーで』

「サクさんは……何で、そこまでスロヴァイドの事を隠そうとするの?」

『そういう風に設定されていますので』

「だけど、こんな命懸けの事、何も分からずじゃやってられないよ。せめて何か……」

『――ではヨシカさんにお尋ねします。私が全てをお話し出来たとして、ヨシカさんは……私の為に、スロヴァイドの為に死んでくれますか?』

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