第13廻 6月24日に思いを
~6月24日 土曜日 20:52 スペースコロニー〝ノア〟 72番モジュール ライブ会場~
「ああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
激痛――一瞬にして襲い掛かったそれによってヨシカは叫んだ。脳髄を直接ハンマーで叩いた様な衝撃が、波打つように頭蓋骨に満遍なく広がっていく。だが相手はヨシカが痛みで泣き叫ぼうが関係ない、分からない、寧ろ痛みの先――死が目的なのだから。
スロヴァイドをまだ完璧に倒せていないと分かったF-150は、左マニュプュレーターに取り付けたチェーンカッターを起動して胸部に叩き付けた。火花と共に鳴り響くチェーンと装甲の摩擦音による振動でコックピット内が暴力的に揺さぶられる。ヘルメット越しに赤く染まった側頭部を押さえるヨシカに、レイアは口早に言う。
「しっかり! しっかりして! このままじゃ死んじゃうわよ!」
「――…………」
激痛に悶えるヨシカは、薄れていく意識の中である単語を聞き取った。
(死んじゃう……のか?)
その瞬間、脳裏によぎったのは鮮血だった。初めてスロヴァイドに搭乗した際に見たバラバラの死体。臓物をぶちまけて絶命した〝C-170〟のパイロット。自分もあんな無惨な姿に成り果てるか、何も出来ずにバラバラの肉片になるのか。
(死にたくない……)
理由は特に無かった。生きたいと思う理由もこれといって無かった。だけどその意思は出て来た。死にたくないという思いが。だから彼は契約した。スロヴァイドに。生きたい、死にたくない、生きなきゃ、死んじゃ駄目だ――哲学的に、法律的に、利己的に、人道的に、本能的、そして自分自身の気持ちと照らし合わせながら。死との瀬戸際で、死を推察していく。薄れていく思考の中で走馬燈の如く一瞬の早さでヨシカは考えていく内に――何かが崩れて漏れ出した。
「――ッハッ」
それはヨシカが溜め込んでいたもの。出してはいけないもの。見てはいけないもの。ヨシカが認めたくないもの。ヨシカはヘルメットを脱ぎ捨てた。側頭部は傷口から鮮血が溢れ出し、眼鏡の左側と左耳は赤く染まって左目は開けられないが、右目で敵を見据えた。彼を傷付けた憎悪の発生源であり、憎悪をぶつける的を。
「うあああああああぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!」
ヨシカの咆哮か恐怖の叫びか。声と共にスロヴァイドは右腕の〝トレフォイル・アンクローム〟を展開。手甲からのびる三ツ葉の刃がネットをブチブチと切り裂きながら、今身動きの取れない自身の胸部にひたすら刃を突き立てる戦闘機に刃を叩き付けた。あれほど躊躇していたコックピットに目掛けて。
機首が曲がって落ちるF-150。パイロットは即死だろうが、それがどうしたというのだろうか。
「……出力を上げて」
『――分かりました』
サクに冷淡な口調で出力を上げる様にヨシカは命令するとペダルを踏み込んだ。スロヴァイドはウィングスタビライザーから〝ルクス・フォルマ〟の正三角形の力場を展開。力場が発する光圧がスロヴァイドを押し出そうとすると、右腕を除いた四肢を拘束する3機も反対に向かって翠の巨人を引っ張る。
戦闘機と人型兵器の綱引き対決。結果は推力勝ちしたスロヴァイドが四肢のネットをアンクロームの様に操って機体同士をぶつける事で幕を閉じた。F-150全機を撃墜し、僅かな爆発の余韻と、夜特有の静寂がスロヴァイドを包み込む。しかし続けて第2ラウンドを告げる敵機接近のアラームがコックピット内で鳴り響く。
「まだ来るの……!」
シート横でしがみ付き、恐怖の連続で沈黙していた如月レイアの出す悲痛な言葉はヨシカには届いていない。レーダーに目を下ろした。数は16。編隊を組んでこちらに迫ってくる。
「――死ぬものか……――どぉヨシカは死ぬものか…………敵はァァ、ことすッ!!!」
ヨシカは殺すと墜とすが混じった様な呂律の回らない言葉を叫んだ。戦い、人を殺す事に抵抗を感じていた筈の少年が、頭部に怪我を負い、死へと追いやられて近づいた事で溢れ出しそれによって、自暴自棄となっていた。
〝窮鼠猫を噛む〟――。弱者も追い詰められば捨て身ともいえる行動を取る。ヨシカも同じだった。追い詰められた少年は、たがが外れ、発狂じみた様に、心の赴くままにただ動くだけだった――。
『――……! パイロットの操縦技能、脳波が一定基準への到達を確認。補佐意識の一部自由及び〝シーケンスF.S.A.〟――〝フルゲオ・ステラ・アグレシオ〟の使用を解放が承認されました』
瞬間、スクリーンモニターが閃光を放った。レイアは眩しさに驚いて顔を隠すも、ヨシカは食い入ってそれを見た。続けて矢継ぎ早に右操縦桿のダイヤルを回す。前方ディスプレイの右下に左が尖った三角形のアイコンと〝F.S.A.〟とう文字を選択し、続けて両操縦桿を引き、右ペダルを踏み込む。スロヴァイドは黒翼を前方に向けて翠色の正三角形を展開。今度は背後にも正三角形を展開。
そして背後のルクス・フォルマを蹴り破る様にして機体を加速、機体を前方の光に包んで翠色の一閃が、流星の如く夜空を切り裂いた。最初は敵から見て右翼の機体3機を轢殺。光は既に遥か彼方、その残光が消えて初めて戦闘機は爆発した。翠の流星はまだ止まらい。今度は大きく直角に迂回して横から突撃。8機爆散。
残り5機はすぐさま散開。内1機に流星は狙いを定めて突進すると、四方八方から全機ミサイルを集中放火。しかし流星は怯みもしなければ止まらない。稲妻の様な軌道で4機を穿つ。残りは1機、隊長機と思われる機体は、自身がやられたのを気付く前に夜空に散った――。
「終わっ……た……?」
無我夢中にシートにしがみ付いていた少女は、抜けた声と共に敵が全滅していた事を知った。巨人はそのまま地面に膝を付いて着地すると、コックピットハッチが独りでに開く。レイアは身体を固定するベルトを外すと、怪我をしていない右足を軸にして立ち上がる。シートを掴んで、手と足の力で立ち上がった。
「…………」
少女は直視した。自身を助けた相手を。年齢は年上の眼鏡を掛けた、至って普通の少年。しかし左側頭部は傷口から溢れんばかりの鮮血で赤くなって床へと滴り、俯きながら両腕を抱えて泣きそうな声を食いしばる様に出しながら震えていた。
先程の狂乱の面影はそこにはない。少女の目に少年は、それは恐怖に震えて萎縮した哀れな子供に見えてしまった。その目の前にあるディスプレイには、左上の端に〝0912〟という数字。
「あなた……大丈――」
『如月レイアさん』
突如コックピット内に響く。レイラは振り返るも、コックピット内には自身と少年しかいない。
『速やかにこの機体から降りて下さい。これ以上私達に関わる様ならば、あなたの身の安全は保証出来ません。寧ろ私達があなたにそれ相応の対処せざる負えなくなります』
「ちょ! どこの誰かは知らないけど、頭から血を流してる人を放っていけって言うんですか! せめて感謝と心配の言葉位――」
『もう一度言います。これ以上は安全は保証出来ません』
「……ごめんなさい」
強きに出るも、再三の言葉で自身の立場を思い出し、少女は謝罪した。外に出ると、コックピットに近付けられたマニュピュレーターに乗り、ステージの上に降り立った。そして巨人は立ち上がり、夜空の彼方へ飛び去った。
「…………ヨシカ君……か……」
少女は痛む左脚を手で押さえて呟いた。




