第11廻 6月24日の妨害者
~6月24日 土曜日 20:30 スペースコロニー〝ノア〟 72番モジュール~
暗闇に包まれ、静まり返る湖。一瞬にしてそこからスロヴァイドは浮上、ライブ会場目掛けて飛び去った――。コロニーの天井である黒い夜空を駆けて。眼下に望んだのはライブ会場。如月レイアの慰安ライブ。家族を、友人を、恋人を失った悲しみを拭い、癒やす一時の空間が、阿鼻叫喚を合図に三度恐怖の戦場と化していた。
青と黒に染まった複数のF-150の軍勢は、会場周辺に機関銃の雨を撃ち降らした。ステージもその一部が壊れ落ちる。悲鳴を上げて逃げる観客達を係員が先導して避難させるも、混乱と恐怖に支配された彼らにはその声は届かなかった。そんな彼らの混乱と恐怖の操り糸を断ち切り、正気に戻したのは1つの声だった。
『〝ピッチャー〟だ! ピッチャーが助けに来たーッ!!』
誰か言ったその一声で皆一斉に振り返る。
「皆さん、落ち着いて避難してください!」
スロヴァイドの訪れによって人々は正気に戻ったのか、先程までは届かなかった係員の指示を聞き取り、従い、避難し始めていた。観客を見下ろしながら、琳桐ヨシカはAIサクに話し掛けた。
「サクさん、状況は?」
『観客達は敵の奇襲によりパニック状態に陥っていた様ですが、当機の登場により我に返っている様です。敵機もこちらに照準を向けています。やはり目的は当機の誘き出しと見て間違いないようです。このまま人気の無い地域へ誘導する事を推奨します』
「分かった――……?」
言いかけたその時だ、ヨシカはある一点を見詰めた。サクは気になって問い掛ける。
『どうしました?』
「――……赤い何かが見えた。揺らいでた。……あっちズーム出来ない?」
そう言ってヨシカ人差し指を見詰める方へ向けた。指の先にあるもの。会場のステージだ。
するとコックピット内の球体状の全方位スクリーンにウィンドウズが幾つも連続で出現してステージを拡大していく。
「――逃げ遅れかっ」
ヨシカはペダルと左操縦桿を前へ突き出した。ヨシカが見たものは、瓦礫に足を挟まれて逃げれなくなった女性だった。鮮やかな衣装を着ていたが、助ける事に変わりないのだからヨシカにはこの際どうで良く、故に気付かなかった。
空を蹴る様に身体を曲げてスロヴァイドは飛び出した。瞬時にステージに降り立つスロヴァイドは膝を付いた。ヨシカは女性を見た。年齢は自分と変わりない10代後半の黒髪の美少女だ。意識は瓦礫に挟まれた左足に向けられていた。ヨシカは機体のモーション設定を変え、両操縦桿でスロヴァイドの両マニュピュレーターを自身の手の如く操作出来る様にする。
「今から助ける、じっとしてて」
外部スピーカーをオンにして操縦桿を操作するヨシカ。トリガーとスティックを器用に操り、瓦礫が崩れない様に取り除く。瓦礫はガラガラと音を鳴らして取り除き、少女の足は瓦礫の束縛から解放された。
「ここは危険だからすぐ逃げて!」
『待って……足が……!』
どうやら足を痛めて歩けない様だ。彼女をどうすれば良いか一瞬戸惑うその瞬間、コックピット内にアラーム音が鳴り響く。
『背後からミサイル接近中、距離120』
ヨシカは振り返ると、煙の尾を引いて接近すりミサイルが眼前まで迫りつつあった。後ろには迫り来るミサイルの雨、前には脚を怪我した如月レイア。避けられるが、避けてしまえばミサイルは少女に当たり、避けなければやられてしまう。ヨシカは刹那の中の二極の選択を、永遠とも言えるその一瞬の中で思考した。
(考えろ考えろ考えろ! あのミサイルの数は直撃すればスロヴァイドは持たない。避ければあの子が死ぬ。いや、こいつを盾にしても爆風とかで助かる確率は完全とは言えない! 防げるもの……――)
その一瞬、ヨシカの頭にその言葉がよぎった。
《――触れて爆発したのは、三角形そのものが強力な光圧力場》
「――!」
ヨシカは操縦桿を操作。スロヴァイドは両手をステージに置き、踏ん張る様な体勢をすると、背後のウィングバインダーから正三角形の光を放出。三角形にミサイルは衝突、爆発してスロヴァイドに衝撃を伝えるも防ぎ、ミサイルの爆風をも防いだ。
『推進機構の〝ルクス・フォルマ〟でミサイルを防いだ……』
スロヴァイドの推進力であるルクス・フォルマ。その正体は動力である〝ヴィータム〟から供給される膨大なエネルギーをウィングバインダーで、通常よりも数百倍の光圧を持つ高出力光子。その高出力光子ルクス・フォルマを圧縮し、図形状に放出する事で力場を展開する事で瞬時に最大加速する事が出来る。
C―170の戦闘でサクが話していた事を思い出したヨシカは、咄嗟にルクス・フォルマの力場の発する光圧でミサイルを防いだのだ。
「サクさん、1分――ッ、5分保たせて!」
サクにルクス・フォルマの展開・維持を任せると、ヨシカは太腿部に付いている固定器具を外し、コックピットハッチを開いて外へと飛び出た。昇降装置を使わず、スロヴァイドの太腿に着地、そのまま滑り下りて少女の下へ駆け寄る。ヘルメットのフェイスカバー越しに少女を見たヨシカ。煌びやかな衣装は所々破け、埃を被って汚れている。左脚は膝から下は血だらけで、先の尖った破片が幾つも突き刺さっている。出血はかなりのものだと見て分かった。
「掴まって!」
ヘルメットを通してくぐもった声。ヨシカは屈み、少女の足と肩を持って抱き上げた。少女もヨシカの首に手を掛けた。
ヨシカは振り返えると、昇降機が垂れ下がっていた。サクの配慮だろう。掴まってコックピットに戻り、少女を連れた後、スクリーンパネルの一ヶ所を殴る。パネルは外れて上へ向かってスライドし、空いた窪みの中から医療キットの入った箱を取り出した。
まずは即効性のある麻酔が入った小さな円筒状の注射器を取り出す。それを少女の太腿に突き刺すと、空気の抜ける音と共に液体が注入されて、少女は痛みを含めて左脚の感覚が薄れていくのを感じた様に表情が和らいだ。
次にヨシカはピンセットを取り出して、破片を素早くもなるべく慎重に引き抜いていく。引き抜く内に徐々に震えていく手。サクに手当の仕方は事前にレクチャーされてはいるが、人に対して行うのは初めてだった。一瞬の硬直――ヨシカはピンセットを持つ右手を左拳で叩いた。
(落ち着け……やれ……!)
再び作業開始。手早く破片を全て抜くと、今度は消毒スプレーで消毒して幅の広い包帯で巻き始める。踝の位置まで包帯を巻き終えると、包帯を切ってその末端を内側に折り込み、包帯と重ねると接着した。更に座席の下方に取り付けられたベルトを伸ばし、レイアの細い腰に掛けた。
「しっかり掴まってて!」
「あなた……」
『攻撃来ます』
「――っく!」
ヨシカは操縦席に座る。身体を固定する様にプレートがヨシカの太腿に重なり、針が撃ち込まれる。太腿に痛み。しかしそんなものはどうでもいい。ヨシカは左操縦桿のスティックを回して期待を反転。スロヴァイドは時計回りに、右手でルクス・フォルマの壁を砕き払い、上昇。前方にいる先程ミサイルを放った〝F-150〟目掛けて、腰部に取り付けた〝トレフォイル・ブーメラン〟を展開、投擲。
回りながら空を切り裂いて進む。F-150はそれを回避するも、ブーメランは弧を描いて、再びF-150を今度は背後から切り裂いた。
『増援です』
「ちぃ!」




