第10廻 6月24日の歌姫
~6月24日 土曜日 07:30 スペースコロニー〝ノア〟 72番モジュール~
『――現在、〝欧州合衆国連合〟の襲撃を依然受けている中立コロニー〝ノア〟。現在は亜細亜連邦同盟に加入し支援を受けています。そのノアに本日、人気トップアイドルの如月レイアさんの慰安ライブが行われます――』
液晶テレビを見る琳桐ヨシカ。画面の中で延々と議論する人を傍観しながら、テーブルに着いて朝食のトーストをかじっていた。トーストの焼けた香りが鼻孔を抜け、咀嚼する際の振動は顎を通して脳に響き、睡魔で動かない頭は少しずつだが目を覚ましてきた。
「確か今年で12歳の小学生だって? すごい若いのにアイドルなんてね~~」
目の前に座る母のシズエはそう言いながらトーストをかじる。ヨシカもアイドルなら――と願望地味だ風に言った。視線もこちらへ向ける。
「人には向き不向きがあるからね。事務所とか入るのお金掛かるでしょ」
対してヨシカは反論するかの様に言って食器を重ねて流し台に置いた後、鞄を持って逃げる様に颯爽と家を出た。駆け足気味で砂梶学園に到着して教室に入ると、シリウス・ヴィクトュールが出迎えてくれた。
今週は土曜授業のある日。12時前には帰宅する。
「やあヨシカ、おはよう」
「おはよ~~」
「そういえば今日、如月レイアの慰安ライブだけど一緒に行かない? 無料だし」
「俺はいいよ。一緒に行きたがってる女子と行ってやれ、プリンス・シリウス」
「やめておくれよ、あんまり好きじゃないんだ」
「お似合いだと思うがね。悪い悪い」
時刻は午後8時。暗い球体上の小さな空間で、中央にあるシートに座すヨシカはパイロットスーツを着ている。〝スロヴァイドⅢマワル〟のコックピットだ。まず始めに目の前にある3つのディスプレイに明かりが灯ると、次にスクリーンが光り、映像が映し出される。
『これより無重力空間での戦闘シュミレーションを行います。重力下とは違い、慣性によって大きくバランスが崩れます。推進機関の〝ルクス・フォルマ〟で、でんぐり返しなんて事は起きませんが気を付けてください』
「分かった」
ヘルメットを通して発したくぐもった声を皮切りに、シュミレーションが開始された。スクリーンに映る黒い世界。点々と輝く星々と共に浮かぶ小惑星群。その中で光の尾を引きながら宙の海を泳ぐ〝F-150〟が数機。ヨシカはペダルを踏み込んで、左操縦桿を前方へ押し出した。数分後が経過してシュミレーションは終了したヨシカはヘルメットを取る。
『最速時間更新です。おめでとうございます』
「そッ」
『――何かお悩みでも?』
「いや、ちょっと考え事ね……」
シミュレーションが終了したコックピットのスクリーンはグレー色になり、周りを眩しくない程度に照らし出す。
首元とスーツと襟の間に指を入れて緩めてヨシカは一段落着くと、目の前に機体情報を映すディスプレイに目を向けた。
「――そうだ、テレビ見れない?」
『見れますよ、ちょっと待ってください』
少しして目の前のディスプレイにテレビ番組が流れた。番組は如月レイアの慰安ライブの実況中継だった。無料なのでそれ程意味があるのかどうかと言えるが、本日が平日というのもあるが、時間が仕事終わりの時間帯故か、会場には別のコロニーからファンが集まっていた。
「歌……か」
『好きなんですか?』
「いや、そんなに……――ただ友達が今会場にいるかもしれないから」
太腿に身体を固定する様に取り付けられた板が外れると、ヨシカはシートの上で体育座りになって番組を見始めた。会場は以前会談をした所と同じ場所。即席感漂うステージの上で踊りながら歌うのは、煌びやかな衣装を身に纏う少女。化粧と格好故に可愛さに目を向けてしまいそうになるが、よく見れば幼さがそれなりにあり、アイドルという手の届かない存在だといえど、それでも子供なんだとヨシカは感じ取れた。ヨシカは不意に小さな声で呟いた。
「(――……意外と胸ある……?)」
『――ヨシカさん?』
棒読みの筈なのに、何処か威圧的で重い呼び掛けに、ヨシカは切羽詰まった返事をした。目を向けた右側ディスプレイには、サクが蔑む様な目でヨシカを睨んでいた。
「えっ、な、何ですっ?」
『ヨシカさんが小学生相手にそんな性的な目を向けるとは思いませんでした』
「えあ、あ、いや、別にそういう訳じゃないからね!! ロリコンじゃないからね!!」
『ロリコンの方々は紳士を自称して幼い女性達を愛でるそうです。ヨシカさんの性的発言は〝ペドフィリア〟というものに分類出来るものです』
「良く分からないけど、そんな卑しい訳じゃないからね!! 違うから――」
『『『『うああああああああッッ!!!』』』』
突如鳴り響くにヨシカは目線をテレビ中継するディスプレイに飛び付く様に切り替えた。ディスプレイに映し出されていたものは、爆炎と黒煙が立ち上るステージ会場だった。コックピット内のスピーカーを通して悲鳴と共に鳴り響く爆音。カメラは爆音が鳴る方へ視点を変わる。煙で満たされる空。その空の煙の中から出て来たものは、何度も何度も見掛けたものであった。
「F-150……!」
しかしカラーリングが違う。以前のグレー1色の戦闘機ではない、青と黒の戦闘機。
「行こう、助けないとッッ!!」
『分かりました』




