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第1廻 6月5日の契約

 ――夢を見る。それは、目が覚めると、ハッキリ覚えていない。覚えてるには覚えてるが、口に出して、言葉で説明しようにも出来ないのだ。

出来る範囲で言うのなら、壮大なものの為に何かを成し遂げるも報われず、そうだというのに、満ち足りている、という感覚を持っていた、という所だろうか。

ただ、所詮は夢である。深く考えても仕方ない。俺は、そう片付けている。






 ~6月5日 15:00 月曜日 スペースコロニー〝ノア〟 72番モジュール 沙梶(すなかじ)学園~




「――であるからにして、スペースコロニーは、超高温伝導体を利用した超大型レールガン、〝マスドライバー〟の開発によって建造が大きく前進した訳だ」


 無数の勉強机と生徒達で満たされる教室を、その前方部を陣取って、壁に設置された大型タッチスクリーンに資料を表示させた強面の男性教師はそう言った。


 文章に図面に写真。多種多様な教材が表示されている中、その一部に男はタッチペンで補足や重要な情報を書き込んでいく。その一方、静かに席に座る生徒達は、ある者は真面目に授業内容をノートに書く者もいれば、机に突っ伏して眠る者、机の下で携帯ゲームや読書に勤しむ者、ノートの切れ端を手紙にして回して文通する者もいた。


 しかし教師はその事に注意せず、只々己の職務を全うする。生徒達も各々が何かをする中、ただ1つ〝静かにする〟という事だけは皆守っていた。これはうるさくして授業妨害となり、教師からの説教が起こると非常に面倒臭い事になるのを避ける為だった。


 そんな生徒達の中にいる窓際に座る、眼鏡を掛けた少年、琳桐(りんどう)ヨシカはノートにスクリーンの内容を写していた。全てを写し終えたヨシカは、横目で窓から空を見上げた。


 目の前にあるのは丸い太陽――ではない(・・・・)。右から左へ真っすぐ伸びる、横長の人工太陽(・・・・・・・)だった。その向こうには、垂直にビルが生えていた。


「かくして、スペースコロニーは宇宙へと進出すると同時に技術が進歩した人類の今世紀の技術の高さを象徴するものであり、過酷な宇宙で、唯一人が暮らせる楽園、宇宙という、新たなる資源の眠る秘境へと旅出つ為の拠点になった。

 幾つもあるコロニーの中でも取り分け、世界で最初に全世界の国々が協力して作り上げたここ〝ノア〟は、人々の団結の結晶と言っても過言ではない。

 だが現在は、そんな人々も利益を得る為に〝欧州合衆連合〟と〝亜細亜(アジア)連邦同盟〟に二分してしまった。二分を象徴するものとして、最近では月のヘリウム3採掘で揉めているな。一方のノアは、両勢力が必要とする為に中立であり続けているのが実際だ」


 するとチャイムが鳴り、教室中に響き渡った。教師は号令係に声を掛けると、号令係の女子生徒がやる気も締りも無い、「きりーつ」と棒読みの号令を掛けると、ヨシカや複数の生徒は続いて立ち上がり、他の生徒もゆっくりと気怠く身体を上げた。


「気を付け、礼ー」

「「「「ありがとうございましたー」」」」


 ヨシカはハッキリと言うも、他の生徒は声を出したのは10数名で、しかも今にも大声を出せば掻き消せそうな弱々しいもの。担当の教師が教室を出ると、号令時とは打って変わって大声が一気に教室内に響き渡った。この後は下校時間になる。皆それぞれ、この後の自由時間について話し合っていた。その後は担任の教師が入室して明日の予定を言い、教室をを後にする。それに続いて生徒達も席を立ち上がって帰る者をいれば、机に座ったりと集まって雑談する者もいた。ヨシカは鞄を背負って教室を出た。部活に所属しない、所謂帰宅部と呼ばれるものに入るヨシカは、自分から人に話し掛けない限り、誰とも話をせずに1日を終える事が殆ど。登下校も常に1人だった。


 アスファルトの歩道の上を歩き続けていると、突如地震が人々と建物を揺さぶった。驚きか困惑か、それとも恐怖からか、人々は驚愕の声を上げた。本来コロニーで地震は起きる訳がない。重力を発生させる為に常に回り続けるコロニーに、地球で地震が起こる原因であるプレートは存在しない。故に人々は原因を考える――が、その前に間髪入れずにサイレンが鳴り響いた。


『非常事態発生。市民の皆さんは近くのシェルターに避難してください。これは訓練ではありません。繰り返します――』


 しかし市民は避難せず、その場に立ち止ったまま話し始めた。3ヶ月に1度の避難訓練しているといえど、初めての本番では冷静さよりも不安と動揺が勝ったのだ。対してヨシカは訓練通りシェルターに向かおうとすると、上空を腕の生えた戦闘機が10機、飛び交った。


「……あれは欧州連合の兵器!?」


 他の誰かがそういうと、戦闘機はこちらに腕に装着した機関砲を向けて発砲した。攻撃は道路に当たり、アスファルトが抉られ、瓦礫と粉塵が人々に降り掛かる。それと同時に人の身体は爆ぜ、肉の断片(・・・・)となって血肉を飛び散らかせた。人々はやっと恐怖を実感し、悲鳴を上げて市民は走り出す。それに追い打ちをかける様に続々と戦闘機は一斉攻撃を始めた。


「何なんだッ!?」


 何が何だか分からず混乱するが、ヨシカは全速力で走った。無我夢中に一心不乱に。生きる為に。銃声と爆発音と悲鳴。それだけで分かる、今この場は地獄絵図と化していた。


(中立だぞッ! それを攻めるなんて……一体何考えてるんだ!?)


 その瞬間、ヨシカの近くに欧州連合の戦闘機が火に包まれながら墜落して来た。戦闘機が道路に激突したと同時に道路にヒビが走り、大穴が空いた。


「うわああぁぁぁぁっ!!」


 ヨシカは奈落の底へと飲み込まれていった。




「――うう……生きてる……」


 遥か頭上からは太陽の様に光輝く穴から光が目に差し込み、ヨシカの目を覚まして起き上がった。


「眼鏡のレンズにヒビが……」


 眼鏡の損傷で意気消沈のヨシカ。瓦礫のベットから起き上がり離れて立ち上がり、穴を見上げた。


(あれ……亀裂が入ってる。次に衝撃が来たら瓦礫の雨だな……)


 今度は自身がいる空間に目を向ける。隣には欧州連合の戦闘機の残骸が燃え上がり、熱気を放っていた。爆発を予期したヨシカは反対方向へと避難する為に走り出す。


「――! 光……?」


 視線の向こうに緑色の光が見えた。エメラルドの様な鮮やかな光。光に群がる虫の様に光源へと近寄ると、その正体に息を呑んだ。


「……ロボット……?」


 そこには、見上げる程の大きさがある巨大人型ロボットが尻餅を付いた体勢で座っていた。周りにはタラップや計器が置かれているが、計器は黒い画面を映して眠っていた。


「人型……? 足なんて飾りだろ……?」


 人類が宇宙に進出し、大型の物資の搬送や建設に利用されるロボット。しかし活動の殆どが足場が無い宇宙では、スラスターやバーニアでの移動が殆どであり、様々な物資の持ち運びや細かな作業が出来る5本指のマニュピュレーター位しか必要ではなかった。


「上半身は緑。足は白で装飾程度にまた緑…………」


 ヨシカはロボットの左側に回り込むと、太腿に3行の黒い文字でアルファベットが書かれていた。


「英語……かな? いや、違う……」


 英語は授業で習い、日常会話は喋れ読めるも、その文章は読めなかった。もしかしたら英語ではないのかもしれない。興味を持つも、また地震が起きて少年の身体を揺らした。


(ここも危ないか……)


 ロボットの存在で自身を取り巻く状況を忘れていたヨシカは、意識を再度逃げる事に切り替えて、辺りを見渡し出口を探そうとしたその時。背後から空気が抜ける様な開閉音が聞こえた。


「ハッチが……開いた?」


 振り返って見ると、ロボットの胸部の突起した装甲の下部が開いていた。その近くで搭乗様の昇降ロープが降りてくる。恐る恐るもヨシカはロープに近づいて、機体を見上げた。

 僅かに漏れる光で僅かながら機体の輪郭が視認出来る。突き出た肩と胸は翠色に染まり、頭部の目と思われる部分には菱型のパーツがサングラスの様に取り付けられていた。額の部分にも、同様のものが1つある。この外見から、もう片方の目にも同じ菱型がある事が伺えた。目の前にいるロボットの顔には、紅葉の様な三つ葉の装飾が施されていた。


「――すみませーん、誰か乗ってるんですかー?」


 機体に人が乗っていて、その人は俺を乗せようとしている――そう考えたヨシカは声を掛けてみた。静まりかえる空間、返事がない。つまり無人だという事。乗せるつもりがあるのなら、状況が状況だけに搭乗者は乗る様に促すからだ。独りでに開いたハッチの原因を考えるもまた地震が起きる。天井の破片が機体の脚部に落ちてきた。


(ここにいたら潰される……――よし)


 そのままでは身の危険を感じたヨシカは、意を決して昇降ロープの末端に足を掛けて機体に乗り込んだ。ハッチの先には中が球体状の空間が広がっており、その中心に椅子があった。椅子にはペダルやレバーに幾つものディスプレイが備え付けられており、一目でそれが操縦席、ここがコックピットなのだと理解した。身体をコックピットに完全に入れると、ハッチが閉じられ、突如機体が立ち上がった。


「ちょっ!」


 静かに響く駆動音とは反対に大きく揺れるコックピット内。機体の起き上がる振動でヨシカはシートへと倒れ込んだ。欧州連合の突如の攻撃、地下に正体不明の巨大人型ロボット。しかも無人なのに機体が次々と勝手に動き出すという不可解の連続がヨシカに焦りを与え始める。

 ヨシカは操縦席のシートに手を掛けて痛がりながら立ち上がると、コックピットの周囲の球体モニターに光が灯り、映像が浮かび上がる。そしてヨシカは、自身のいた場所を改めて知った。辺りは暗いが、穴から差し込む光が辺りを微かに照らす。周辺はだだっ広く、燃える残骸以外何も無い。そして正面には滞空飛行する欧州連合の戦闘機。


「おいおい嘘だろ……?」


 戦闘機は、機関砲を翠色の巨人に向けて発砲した。機関砲の攻撃の雨を受けてロボットは耐え切るも、操縦席の隣に立っているヨシカは攻撃の衝撃でバランスを崩して転び、頭をシート前にある3つある液晶ディスプレイに飛び込む様に、堅い音を響かせて顔をぶつけた。


「痛ったあぁぁ……」


 ヨシカは顔を抑えて立ち上がると、依然として銃撃による衝撃が機体が揺らす。前方のモニターを見ると、戦闘機は右マニュピュレーターに付けたチェーンソーをロボの胸部に叩き付けていた。


「絶体絶命だなこりゃあ……」

『本日は〝スロヴァイトⅢマワル〟こと当機にご搭乗頂き、誠にありがとうございます』

「なッ!?」

『当機を起動及び操縦をする場合、まず以下の内容にお答え下さい』


 突如少女の声がコックピット内で鳴り響いた。シートにしがみ付くヨシカは反射的に返事を変えすと、ディスプレイに光が灯る。目の前のディスプレイには機体情報。左のディスプレイには周囲と高度に対応したレーダー、右のディスプレイには少女が映し出されていた。

 サイドテールで三角形の髪飾りを付けたヨシカと同年代の少女。緑髪はエメラルドの様に輝いて、露出の多い服装は、どこか忍者を彷彿とさせた。前の画面に文字が映し出された。


『搭乗者のお名前と生年月日、現住所を入力してください』

「すれば良いのか……ッ? それで死なないのなら……」


 ヨシカは呟く様に言いながらシートに座ってディスプレイにタッチすると、キーボードの様な入力画面が表示される。入力しようとすると機体が大きく揺れた。


「くっ、急がないと……!」

『次に当人の職業、学生ならば在籍校を、社会人ならば勤務地を入力してください』


 慌てながらもヨシカはディスプレイに情報を入力する。


『――最後の確認です』

「履歴書みたいな事しやがって。もう長いのは勘弁し――」

『〝わたしにいのちをください〟』

「……へ?」


 すると、目の前のディスプレイに確認画面が現れた。画面には、〝わたしにいのちをください〟という文字の下に、〝はい、よろこんで〟と〝いいえ、おことわり〟のタッチアイコンが現れた。


「何だよこ――」

『尚、確認に同意しなければ当機は起動しません』

「脅しじゃねーかッ!」


 ヨシカは不安に駆られた。得体の知れない機体に〝いのち〟を差し出して良いものなのかと。しかし絶体絶命の中、〝よろこんで〟の選択肢しか生き残れない。だが相手は謎が多すぎる。生き残っても無事でいられるのか。ヨシカは恐怖を感じ躊躇った。


『確認に同意しなければ当機は起動しません。繰り返――』


 声は何度も繰り返され、あまつさえディスプレイの少女は今にも泣きそう顔でヨシカを見つめている。〝よろこんで〟をタッチして――顔がそう言っている。それを見たヨシカは次第に罪悪感を抱き始めた。


「ああ!! 分かった! 腹くくるよ!!」


 ヨシカは叩き付ける様に右人差し指で、〝よろこんで〟をタッチした。


「どうせ()らなきゃ死ぬし、それに不法入国者を許す程器は大きくない!」


 そう言うと、コックピット内で『そんなあなたにエールを』という声が流れると右ディスプレイの少女が消え、目の前に人型の光の靄が現れた。靄は次第に画面に映っていた少女になって、ヨシカの顔とぶつかるギリギリまで近付いた。吐息も気配も、女性の出す特有の香りも感じられない少女だが、その行動は思春期の少年に刺激的であった。ヨシカは顔を赤らめて視線を逸らすと、少女は笑みを浮かべて口づけをした。


挿絵(By みてみん)


 その瞬間、太腿の位置から板状の機械が伸びて密着すると、刺された様な痛みが走る。


「――!」


 目の前のモニターには、人と機体のアイコンが表示され、更にヨシカのバイタルチェックをすると、画面が切り替わり文字が浮かび上がる。


 〝SulovaidⅢ Mawaru〟と――。

挿絵提供、tutaremon279様より。


作者作、スロヴァイドⅢマワル ざっくりデザイン。

挿絵(By みてみん)

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