奇妙な手紙
「今日は、疲れたか?」
実家にて。
畳の上に布団を敷いて、零亞はいつでも寝る準備が出来ていた。
「うん……目がシパシパする……」
「そうか……ゆっくり寝な」
「うん」と零亞は言ったのか言わなかったのかは分からないが、そう言ってから数十分間零亞の頭をポンポンと叩いたりしていると、知らないうちに零亞は夢の中に入っていた。
零亞がぐっすり眠りにつくのを待ち、そろそろ良いかと判断した自分は零亞を一人部屋に残し、居間へと戻った。
「零亞、寝たよ」
居間には父と母が、机に座って待っていた。
今から零亞についての話を聞くためだ。
「うん、お疲れ。ぐっすり寝てるか?」
そう質問したのは今年56の父。
仕事から帰ってきて、夕飯のおかずだった唐揚げをつまみにして酒を飲んでいた。
「うん。スースー鼾立てて眠ってる」
自分もそう言いながら冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、父と母の向かいの机に座った。
すると母が何やら手紙の様なものを机の上に置き、不安げな顔で話を始めた。
「これなんだけど、今日の昼頃ポストにこんなの入ってて……親戚の所のポストにも入ってたらしいわ」
その手紙は白くて、とても上品な雰囲気のあるものだった。
「親戚のとこにも? じゃあ零亞の親の所にも、この手紙が来てるって事? 母ちゃんも朝、電話で零亞はうちの親戚だって……」
「それが違うのよ。その手紙の差出人、零亞ちゃんの親からなのよ」
疑問になって手紙を手に取り、中身を確認する。
「えっと、か……かみやぞ……」
「花宮園だ」
迷った挙げ句、父に答えられた。
「花宮園って言うの? これまた……珍しい名前だな……」
そうすると、母が話を始めた。
「まぁねぇ。よく聞く名前では無いわ。で、その花宮園さんって人からの手紙、早速読んでみましょうよ」
「まだ読んでなかったのかよ……」
「当たり前でしょ! 楽しみは取っておいて損は無いんだから!」
「楽しみって、こっちは子供預かってんだから……」
便箋からして高価なものに、直筆で綺麗な字で書いてある字を自分は読むことにした。
『初めまして。私は花宮園 セリアという者です。
こうして親戚の方々に手紙を送るのは始めてで、どうもぎこちない点があるかと思われますが、ご了承願います。
さて、早速本題に移らせて頂きますが、先日私の娘の【花宮園 レア】が行方不明になってしまいました。どうか行方を知っていらした場合、以下の電話番号まで御連絡下さいますよう、お願い申し上げます。
私個人の我が儘でしょうが、警察沙汰になるのは私自身あまり好みません。もし【花宮園 レア】を見付けた場合には警察には連絡せず、前述した通り以下の電話番号まで御連絡願います。
御迷惑をお掛けしますが、何卒ご協力のほう宜しくお願い致します。
黒型様へ』
そして手紙の最後には電話番号が書いてあった。
途中、手紙を読んでいた中に、不自然な点が幾つか見つかった。
一つ目。『警察には連絡せずに』とは、どういう意味があってこんな事をするのか、自分は少し疑問を抱いた。
そして二つ目。手紙の中に出てくる零亞の名前と思われる『花宮園 レア』の名前が、そこだけ異常にドス黒く、濃い。何度も何度も塗り潰した様な、そんな字だった。
「こんなこと言うのも失礼だが、書いてある事少し変じゃないか? この手紙」
ふと父がそんな事を言った。
「あなた……悪いわよ、そんな事言っちゃ。仮にも差出人の花宮園さんはハーフの方よ? 日本に来たのは数年前だけど、少しくらい字がおかしくったって、何もおかしな事じゃないわよ?」
「まぁ、そうだが……」
しかし何処かおかしいと感じる点は、自分にも薄々感じていた。
「いや、そうだとしても『警察には連絡すんな』って事は、何か言えない理由があってこんな事してるんだと思うし……それに、こんなに上手く日本語は書けるのに、自分の子供の名前の部分だけ下手……っていうか、塗り潰したみたいな字って、おかしくない?」
常人ならば子供が行方不明になったら直ぐに警察を呼ぶのは当たり前だ。何か特別な理由がない限り、普通そんな事しないだろう。
そして数分程悩んだ挙げ句、父が話を切り出した。
「このまま悩んでても仕方ない。一度、こっちには零亞ちゃんが居ない前提で、明日この番号に連絡してみる。『警察沙汰を嫌う』理由を知りたい。変に引っ掛かるからな。大一が零亞ちゃんを預かってるのは確定してるんだ。何かあれば、直ぐに母親の元へ帰してあげれば良い話だ」
それ以上、父は何も言わなかった。
そして自分も缶コーヒーを飲み干して、さっさと寝る準備をしに洗面所へと向かった。
「何か……嫌に引っ掛かるもんがあるな……」
【警察沙汰を嫌う理由】と【零亞の字だけ塗り潰された文字】この二つに、自分は考えさせられた。
そして自分は零亞の寝ている部屋へと向かった。
襖を開けると、親指をくわえて寝ている零亞がそこにいた。
自分は零亞の側に布団を敷いて、寄り添うようにして横になり、只なんとなく小声で呟いた。
「お前の母さん……本当はどんな人なんだ?」
零亞の顔を覗くと、ただひたすらに鼾を立てて、幸せそうに夢を見ている様に感じた。