キミは誰?
さっきから頬をつねられている。
目を瞑ったままでも分かった。
「……きて。おきて」
外の光が眩しい。
眠気混じりの、凝らした片目で辺りを確認する。
気付けばソファーの上で寝ていて、知らぬ間に朝になっていた。
「おはよ。私、零亞……っていうの」
自分の腹の上でジーッとこちらを見つめたまま、少女は身動き一つしなかった。彼女の長くて白い髪が、自分の胸に当たっている。
暫く凝らした片目のまま、昨日出会った少女を見つめていた。
「おはよ。私、零亞………」
「あ、いや……聞こえてる……聞こえてるから自己紹介はいいよ……」
まだ少女は此方を見つめていた。
特に何かを言いたげな雰囲気でも無いし、子供らしい大きな瞳を瞬きさせるだけで、少女からは話し掛けてくる様子は無かった。逆に話し掛けて欲しそうな感じがした。
というか、今はそんなにも悠長な事を考えている暇など無かった。
「取り敢えず……服……着替えようか……」
少女は膝を抱えていた状態で「うん」とだけ言って動かない。
少女を腹の上からソファの横へと移動させた。それと少女に服を着させるよう指示した。
「そこの白いタンスから適当に服選んでそれを着て、着替え終わったら言って……」
「うん」そう言って、今度は素直にタンスの方へとパタパタと足音を立てて、自分からは見えない場所まで走っていった。
自分の記憶が正しければ、確か昨日会った時は少なくとも少女は黒いパーカーを羽織っていたはずだが、知らない間にパーカーが無くなっていて黒いシャツだけの姿になっていた。
それから昨日少女を部屋の中に入れてから携帯で電話を掛けた直後の記憶が曖昧だ。
ただ、何故か携帯電話が無造作に放り捨ててあった。
警察に連絡を取ろうとしていた跡だ。だが履歴を見ても誰にも連絡出来ていない。そもそも自分が寝ようとしていた数分間に起きた出来事なのだから、眠気に負けたのも仕方のない事なのだと思う。いや、思いたい。
「なぁ、昨日の汚れてた服はどうしたんだ? ……あと、引っ張り出した服はちゃんと畳ん……」
東から差し込む気持ち良い朝日で、少女のシルエットが床に映っているが、それに混じってタンスからポイポイと、気に止めない服を引っ張り出しては後ろに放り投げる光景が目に入る。
「これ、かわいい」
そう言って少女はその気に入ったパーカーを着て、散らかってグシャグシャになった自分の服の山にジャンプして乗っかり両目を細めて笑顔のままポーズを決めた。
多分、いま少女の頭の中はステージの上でスポットライトを浴びている。
「ジャン!」
数秒ほど静かな室内だった。
自分サイズなのだから仕方ないが、少女に100%サイズが合わない月のワンポイントが入った黒のパーカーを着ていた。ある意味、ワンピースの様になってしまっているパーカーは、華奢で小柄な彼女にとって、とても着やすそうだった。袖は勿論ブカブカで、地面に裾巾が擦っていた。
「上は着れたけど、子供用のズボン……無いな」
自分は子供用の上着や下着なんて持っていない。当たり前だが。
取り敢えず少女には大きめのパーカーと、不衛生だが昨日穿いていたパンツだけを穿かせておいた。現状、今の少女の服装はワンピースの様になっているパーカーとパンツだけ……
それより、少女の事に付いて色々気になった。
子供が見そうなテレビをつけておいて、自分は携帯電話を手に取った。
そして自分はとにかく母親に連絡を入れた。
「もしもし、和彦だけど」
携帯越しで、気だるそうな声が返ってきた。
「何? こんな朝から……またお金でも足らなくなった?」
「いや、その。女の子引き取ったんだけど」
「……ん? どうゆうこと!?」
「……いや、そのまんま。どっかで見たことあるような顔なんだけど……」
「そ、そうかい? あ、じゃあ名前聞いてみな!」
大人しくテレビを見ていた少女に話し掛けると、少女はテレビに釘付けになりながらも言った。
「零亞だよ」
違う。自分の求める答えとは違う。名前を聞きたい。
自分は再び少女に名前を聞く。
「零亞だよ」
「上の名前?」
「うん。零亞だよ」
多分、少女は名と姓の意味を分かっていない。
取り合えず分かりやすい様に少女に説明した。
「零亞の名前は、零亞だよ?」
少女にとって名前自体まだ覚えていないのかも知れない。そう自分は解釈した。そして母親に事情を話した。
「零亞ちゃん? あら、それなら、私も聞いたことあるわ! 確か……親戚の子だったっけ?」
「質問を質問で返されても困るな……親戚の子なんだな? なら、ちょっと安心した」
「父さんに聞いてみるから、一旦電話切るわね」
「んー早めに連絡ちょうだい」
そして何とか一段落して、疑問点は取り敢えず一つ取り払った。
朝飯でも食べながら、ゆっくり返事を待とう。そして彼女の下着も買わねば。そう自分は思った。
「零亞。朝飯食いに行こう」
「うん!」




