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胸の内

「ヒッ……ヒウッ……」


零亞を抱き締めている間、まるで子猫の様な小さい声を出して零亞は自分の肩の上で嗚咽を漏らして泣いていた。

それに段々と声に出して泣くのが多くなってくるのに比例して、背中をぎゅっと握っている零亞の小さい手が、心なしか強く握るようになっていた。


何とも子供らしい、感情に身を任せた様に泣く零亞を、自分は力一杯抱きしめた。そうしている間、自分は何も零亞に話さなかった。

幼い零亞にとって、縛られるというのはどれだけ辛いんだろうか。

仮に口止めでなくとも、こんなにも強く泣いているというのは普通の子供がするものなのかと、心の中でずっと自分は考えていた。

そう強く思えば思うほど、零亞をぎゅっと抱き締めた。



零亞が泣き出してから数十分が経っても依然として零亞は泣き止みはしなかったが、時間が経つにつれ少し嗚咽混じりの泣き方になっていた。それに、子供特有の甘えた声の入った泣き方だった。存分に泣いたのだろうと思った。


「頑張ったな」


零亞が泣き始めてからどれだけの時間がたったのかは分からないが、気付けば零亞は途中から啜り泣きになっていた。

自分は安心させる意味でも、ソッと零亞の頭を優しく滑るように撫でた。

少しすると、零亞は安心したのか顔を持ち上げた。


「お兄ぢゃん、ありがどう……」


そう言った零亞の小さい顔は、涙と鼻水でグッショリだった。自分は微笑みながら、ティッシュで顔を拭いた。

泣き疲れてぐったりした顔に、ぐしゃぐしゃになった白い髪。とてもこんな深夜になる顔じゃないなと思った。


「零亞」


「……なに?」


その時の自分は、本当の気持ちをぶつけてくれた零亞に大なり小なり感謝していた。


「頼ってくれて、ありがとうな」


自分がそう言うと、零亞は返事はしなかったものの笑みで返してくれた。

ニーッと笑う様に頬を上げ、顎を突き出して目を細めて笑う笑い方。

この笑い方は、自分と零亞が二人だけになったときだけに見せてくれる零亞の特徴みたいな笑い方だ。


自分は、何よりもこの笑顔が素敵だと思った。

ーー


おねしょで濡れたパジャマを片付けたりして、他の処理を終えてから新しい零亞のパジャマを持ってきて、ピンクの上着を零亞に着せる時、自分は零亞に言った。


「今日は色々あってもう疲れたな、早く寝ようか」


「……本当はね……」


急に零亞は自分の目を見つめてから打ち明けた。


「本当は言っちゃ駄目だけど!……ママに言っちゃいけないって言われてるけど……」


ぎゅっと手を握り締めてから零亞はそう言った。パジャマを持ったままの自分は固唾を飲んだ。


「怖かったの……」


僅かに予感していた、零亞の本当の思い。これがこの子の本当の胸の内なのだと自分は直感した。

だがしかし、まだ確実に【誰か】とまでは言ってない。

もうこの際だと思って、自分はどうしてもそれを突き止めたかった一心に、思い切って聞いてみた。


「本当はこんなこと言いたくないけど、それ、ママで間違い無い?」


「……うん……ママだよ……」


零亞が頑なに【ママ】という言葉を使いたがらない、また拒む素振りを見せる原因が一つ解けた。そしてこの時から、自分は零亞の【ママ】に対する気持ちが変わった。それはこれまでごく一般家庭の母親という認識から、敵対心といった気持ちに変わったという事が最も変わった気持ちとしては近かった。


「……そうか」


「で、でも! ママは優しいんだよ!? 零亞、大好きだよ……」


どうもぎこちない様な身振りだ。

気を使ってなのか分からないが、零亞はこの場の雰囲気を変えようと必死になっていた。そんな零亞を見ていると、申し訳なく感じた。


このままでは気を使わせているのは零亞のほうだった。

零亞に変な心配をかけさせるのは一番いけない事。自分は零亞を守ると決めたんだ。どんな事があっても、絶対に。それだけは確信を持って胸を張って言えるようになるんだと決めたんだ。


気を取り直した自分は零亞のおでこの髪を撫で上げながら小さく話し掛けた。


「大丈夫。分かってるよ。心配しなくても大丈夫だから」


パジャマを持ったままだった事を気付き、自分は零亞にパジャマを着せてから二人で寝室に戻った。


それから寝室に戻った後は、布団の中でお互いに向き合って「おやすみ」と声を掛けてから、遅めの就寝になった。

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