和解
ヒュン。
風を切る音が響いたと思うと、メルビンさんの放った矢は吸い込まれるようにオークの頭蓋を貫いた。
昨日今日と、ゴブリンの群れには遭遇したが、オークには遭遇したことはなかった。
まあオークといっても、オークらしきものである。
所詮俺のゲームの知識の中から似ている魔物を上げれば豚頭の魔物ということになるというだけのことだ。
今俺はメルビンさんに連れられて結界の外まで出てきている。
霊樹が張っている結界は、思いのほか広範囲までとどいており、俺はメルビンさんと一緒に結界の外に来ているのだ。
無論、せっかく森から出てきたのである。
森の周囲の魔物を討伐をしながらではある。
結界の外であるためか、エンカウント率がかなり高くなっている。
アルミナと一緒に結界の中で魔物を討伐した時と比べて半分以下のインターバルで魔物たちとエンカウントする。
おまけに毎回10匹以上の集団だ。
メルビンは、やはりというか、かなりの手練れだ。
一緒に戦ってみるとその練度に舌を巻く。
弓に矢をつがえてから射出するまでにほとんど狙いを定めている様子がない。
それでありながら魔物の眉間に正確に矢をたたきこんでいる。
「いったいいつ狙いを定めているんですか?」
「なに。矢をつがえる前に狙いを定めているだけにすぎませんよ」
だそうだ。
メルビンさんから見ると、おそらく弓矢が体の一部のような感覚なのだろう。
イメージ通りに矢をつがえることができるのなら、矢をつがえてから狙いを定める必要性は全くない。
口で言えば簡単かもしれないが、それができるようになるにはどのくらいの訓練と経験が必要なのだろうか。
俺はこの世界に飛ばされた直後から異常なパワーアップをしているから、昨日の衝突は問題なく戦うことができたが、それがなければ間違いなくケチョンケチョンにやられてぼろ雑巾になっていたことだろう。
事実、なぜこんな力が身についたのか、まるで分らないので、今現在も深く過信することができない。
この力はどれほどのことができるものなのか?
この力に対する代償はあるのか?
この力はいつまでも俺に宿ったままなのだろうか?
そういった不安が常に付きまとっている。
そのため、力のままに暴君のように君臨するという選択は取れない。
むしろ力がある今のうちに恩を売っておきたいというのが今の俺の本音だ。
メルビンさんとの共闘でも俺が前線に立って、彼が後衛となるかと思ったのだが、彼の戦闘力はかなりのもので、数匹くらいの魔物なら間合いを詰める間もなく制圧してのけるのだ。
「ほんとにすごいですね。メルビンさん」
「マサキ殿には及びません。矢が効かないなら弓兵など無力です」
いつの間にか彼は俺に対して敬語を使うようになっていた。
彼の中に何か変化でもあったのか、もともとそういうしゃべり方なのか。
知る由はないが、おおむねいい傾向だと思う。
ものはついでだ。
今のうちに気になったことを質問してみよう。
「メルビンさん」
「なんでしょう?」
「昨日使ってた、爆発する弓とかについて聞いてもいいですか?」
そう。
アルミナも軽装備の弓使いも魔法らしきものを使っていた。
ただ、長髪のエルフとメルビンさんは、特殊な弓を使っていた。
俺に当たった瞬間爆発したやつとか、木の幹をあっさり抉り取ったやつとか。
「魔技のことですか?」
「魔技? 魔法とは違うんですか?」
「知らないのですか? 魔力を用いて神秘をなすのが魔法で、魔力を持って武術を強化するのが魔技です」
あーそういうことか。
「つまり、昨日あなたは私に向かって魔力を込めた矢を放ったということですか?」
「ええ、そうです。魔力を込めた矢は、放った本人の意思によってある程度軌道を変えることができ、相手に命中した瞬間に魔力を放出すれば、昨日のように爆発を引き起こすことも可能です」
なるほど、いろいろあるものだ。
魔力だけで放つのが魔法。
物や体に能力を付与したりするのが魔技ってことか。
そんなこと考えていると
「さて、そろそろいいかもしれませんね」
メルビンさんがそんなことを言い出した。
結界を出て(俺にはどこにあるのか分からんが、メルビンさんにはわかるらしい)少し離れたところで話をしたいとのことで、俺は彼についてきたのだ。
「マサキ殿。このようなところまで連れてきて申し訳ない」
「いえ。それより、何の話でしょう?」
「アルミナ王女についてです」
ああ、やっぱりか。
彼女に連れまわされたとはいっても、エルフ族の王女と半日を過ごし、あまつさえ魔物の討伐に向かったのだ。
よそ者にそこまで好き勝手を許しては、エルフ族の沽券にかかわると考えたのだろう。
もしかして、ここで俺を始末するつもりか?
可能性の一つとして考慮してみたが、どうやらそういうことではないということは、次のメルビンの一言で見当がついた。
「実は。あなたにアルミナ王女の出生を話しておこうと思いまして」
「アルミナの出生?」
言ってから気が付いた。
彼女は仮にも里の王女。
呼び捨てなんぞにしようものなら、ほかの連中から睨まれるのは想像に難くはない。
しかしメルビンさんは特に気にしたふうでもなく話を進めてきた。
「はい。もしかすると、すでにお気づきかもしれませんが、アルミナ王女はほかのエルフたちとは全く違う存在。ハイ・エルフなのです」
「ハイ・エルフ?」
言っている意味がよく分からない。
追加説明を求めてみることにした。
「ハイ・エルフとは、なんなんですか?」
「彼女は、エルフとエルフの間に生まれた子供ではなく、霊樹より生まれた、肉体を持った精霊だということです」
「へ?」
なんかかなりあっさりと重要なことを口にした。
アルミナが霊樹から生まれた?
一体全体どういうことだ?
「あの、いったいどういうことですか?」
「言葉通りの意味です。いまから約20年前に、この森の中心にある霊樹が突然輝きだしたのです。そうして、その光が一か所に集まりました。輝きが収まった時にその場にいたのがアルミナ王女なのです」
「ふーん????」
としか言えなかった。
あまりにも突拍子もない話であり、信じがたい話ではある。
しかし、彼が嘘をついているようには見えないし、嘘をつくならこんな荒唐無稽なものをつくようにも思えない。
昨日からわけの分からんことがたくさん起きている世界なのだ。
疑うより鵜呑みにしてみたほうが話は早そうだ。
普通、俺は相手の言葉を鵜呑みにすることを好まないのだが、今は緊急事態だ。
とりあえずこの世界の常識を理解するまでは下手に疑わずに鵜呑みにするくらいがいいと判断した。
「その、アルミナが、ハイ・エルフだっていうのは、なんでわかるんです?」
「このエルフの里には、一つの伝承があるのです。いつの日か、森の中心地に新たなエルフの指導者となる者が生まれると。また、そのものはその身に精霊を宿した者であるとも、精霊の化身であるとも言われています。我々は名目上、そのエルフをハイ・エルフと呼んでいるのです」
んー?
つまりアルミナは霊樹が生み出したエルフ族を上回るエルフ族ってことで。
しかもその身に精霊を宿しているという何とも神秘的極まりない存在だというわけか。
それにしても。
「メルビンさん。それを俺に話す目的は何ですか?」
アルミナがどれほど神聖な存在かを俺に教えて、俺から距離をとるように丸め込もうとか考えているのかな?
そんな俺の勝手な予想とは裏腹に、メルビンは
「アルミナ王女が、あなたに対して心を許しているからですよ」
そんなことを口にした。
「彼女は精霊そのものといっても過言ではない。その彼女の人を見る目は確かなものです。彼女に気に入られるということは、マサキ殿は信じるに値する存在ということなのです」
??
質問の回答になっていないような気がする。
「アルミナが俺のことを信用しているからアルミナの出生を俺に話すんですか?」
「はい、精霊の声を聴くことのできる彼女が信頼しているということは、マサキ殿は信頼できる人物であるので」
また、精霊だ。
昨日アルミナも同じことを口にしていたが、メルビンさんも同じような感想を抱いているのだろうか?
だが、そうだとしても分からないことだらけなのは確かだ。
メルビンさんたちは遭遇と同時に攻撃してきたし、里長と呼ばれる連中も俺に対して不信感を隠そうともしなかった。
まて、今メルビンさんは、アルミナが信頼しているから信頼したといった。
一つ疑問がわいた。
「そういえば、アルミナが、エルフ族は精霊と対話できるとか言ってましたね」
俺の中で沸いた疑問を口にしてみた。
外堀を埋めてからでないと本丸には攻め込めない。
これは戦の鉄則である。
その疑問に対するメルビンの回答は。
「精霊と対話できるのは、ハイ・エルフであるアルミナ王女だけです。里の者達では、よくても存在を認識できる程度です」
予想通りの回答だ。
アルミナとほかのエルフたちとはいろいろ認識に齟齬があるのかもしれない。
「じゃあ、どうしてアルミナはエルフが精霊と対話できるって思っているんですか?」
「それは……」
何か答えにくい質問だったみたいだ。
メルビンは少し迷ったように俯いたが、すぐに顔を上げて口にした。
「我々のせいなのです。我々は、彼女が里を導く存在だと知っていました。ですが、彼女が里にもたらす変化を、我々は恐れたのです。そのため、我々は彼女に対して何の教育も施さず、あまつさえ、エルフ族の王女という間違った認識を刷り込ませてきてしまったのです」
「間違った認識?」
「はい。本来エルフの里には王女というものは存在しません。里長たちが取りまとめをしているにすぎないのです。ですが、我々は彼女の生まれを隠蔽し、王女という名目を作り、彼女を放置したのです」
彼の声からは懺悔の響きがした。
彼は事実後悔しているのだろう。
そうでなければ俺にこのような話を打ち明けたりはしない。
エルフの里のしがらみ囚われていたのだ。
メルビンの話は続く。
「彼女は天才です。本来自力での習得は困難とされる魔法を独学にて修め、精霊と当然のように対話をしてのける彼女は、間違いなく我々とは次元が違う存在です。しかしながら、彼女は相手を疑うということを知りません」
確かにそうだ。
まだたいして付き合ってもいないが、彼女は俺に対して警戒心等物がまるでない。無垢な子供のような印象を受けるのだ。
第一印象が、しっかりした成人の女性といった感じであったのは、王女としての扱いを受けてきたからだろうか。
彼女が王女という面を外せば、年相応の、いや見た目よりはるかに若い心根が顔を出す、ということなのだろう。
途中から彼女に対して箱入りやお転婆という印象を受けたのは的外れではないのだ。
彼女は、自分の生まれも、自分の立場も、すべて隠されたまま生きてきたのだ。
だが、ほかの者とはあまりにも違う素質が、才能が、すべてを隠蔽することを許さなかった。
結果として、彼女は自らを普通のエルフ族であると認識し、エルフ族であれば精霊と対話できると勘違いし、自分が里の王女であるため丁重に扱われていると思い込んでいるのだ。
実際には、彼女は精霊の化身であり、精霊と対話できるのは彼女だけであり、丁重に扱われるのは、彼女に深入りされることを嫌った者達が飼い殺しにすると決めたからだったということだ。
「メルビンさん。これはこの里の秘密のはずだ。なぜよそ者の俺なんかに話す必要あったんですか?」
これは、誤解を恐れずに言えばエルフ族の恥だ。それを俺に今はなす理由はいったい何なのだ?
「……それは」
一呼吸置くと、メルビンさんは。
「私は、彼女の境遇に対して忸怩たる思いがありました。しかしながら、周囲の意見に押し流され、それを黙認してしまったのです。昨日、あなたに敗れるまでは」
「・・・・・」
俺は口をはさめずにいた。
俺は物語とかでよくありそうなチート能力が備わっていて、そのおかげで、いやそのせいで勝てたに過ぎないのだ。
それが、一人の人の考え方に影響を与えているなんて、考えたくもなかった。
メルビンさんは話を続けた。
「あなたとアルミナ王女との出会いによって、私はこの里に変化が訪れるのではないかと感じました」
「変化?」
「はい。日々数を増す魔物たちは、そのうち我々の手に負えなくなるでしょう。アルミナ王女が正しく育っていれば問題はなかったのでしょうが、それも今更の話です。そこにあなたが現れたのです」
それは、つまり。
「今日、マサキ殿とともにいた彼女はとても生き生きとしていました。おそらく彼女は、本能的に正しい道を歩む存在なのです。そして、生まれて初めて、彼女はその道を歩みだした」
メルビンさんは、俺のことを
「ですから、マサキ殿。どうかこの里にいていただけませんか? 私では、この里に変革を起こすことはできません。ですが、あなたとアルミナ王女がいれば、あるいは」
そういって、彼は過去の罪を悔やむように告げた。
「はい。そうさせてもらいます」
「申し訳ない。我々の手で解決するべき問題であるというのに」
「いえ、外の者だからこそ、出来ることもあるでしょう」
なぜこの話を承諾したのかは、俺にもよく分からない。
ただ、一つ思ったことは、俺が描いた絵本の大男なら、自分にできることは面倒でも決して断らないだろうということだった。
「ありがとうございます」
そういってメルビンさんは俺に向かって頭を下げた。
話が一通り終わったのち、俺たちは里に戻ることにした。
「この話、当然彼女は」
「話の通りです。アルミナ王女はこのことを全く知りません」
ただの確認作業だ。
彼女がこの事実を知らないことは百も承知だ。
アルミナにこのことを話そうと思ったがやめた。
メルビンさんは、エルフのしがらみを破って俺にこの話をしてくれた。
もし、今アルミナにこの話をすれば、最悪メルビンさんとアルミナが里から追い出される可能性さえある。
こういった問題というのは、ばらしておしまいというほど簡単なものではないのだ。
あくまでほかの小説や、ゲームのシナリオとかの知識でしかないが。 話を聞いてもらいたければ、手柄を立てること。これが鉄則だ。
「メルビンさん」
「どうしました?」
そうと決まればさっそく行動開始だ。今の俺にできそうなことといえば。
「俺もこの里の防衛に加わってもいいですか?」