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ある日不死身になりまして・・・  作者: 黒々
序章 エルフの里と不死身の凡人
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葛藤

防衛隊長 メルビン



 私はもともと狩人だった。

 

 ほかのエルフたちよりは才能とやらに恵まれていたと思う。

 

 弓を扱っても、魔法を扱っても、私は人より習得が早かった。

 私の父が狩人だったので私もそれに習い、狩人となった。


 狩人という仕事は私も気に入っていた。

 弓を用いて、魔法を用いて、山の中に出没する獣たちの狩猟を繰り返した。


 こと弓と魔法について、ほかのエルフにできて私にできないことはなかった。


 そのことで天狗になったつもりはない。

 だが、ほかの仲間に劣るとも思えなかった。


 成人するころには、里の中でも数名しか扱うことのできない魔技『アースディザスター』も扱えるようになり、里に古くから伝わる最高等魔法『アストラルメイネ』を習得したのも成人してからそう長い時間はかからなかった。


 ただ狩人をするにしては明らかに過ぎた能力ではある。だができないよりはできるほうがいいに決まっている。

 そうして退屈ではあっても並ぶもののない強者という居心地のいい立ち位置に居続けた。

 

 そんな私の強者という価値観が崩れたのは、記憶の限りでは2回。


 一度目は、20年ほど前にアルミナ王女が生まれた時だ。


 彼女の生まれは特殊で、ほかのエルフたちとは根本から異なる。

 その身に宿す圧倒的な魔力は、ほかの者達とは文字通り桁が違う。


 当時の私の年齢はおよそ60歳。

 エルフは20歳で成人してのちおいて朽ちるまでほとんど容姿に変化が起きない。


 ほとんどの者は自分の正確な年齢も把握してはいない。

 死期が近づけばおのずと悟るようになるからである。


 話がそれた。

 魔力量は、修練によって増加もする。


 しかし、種族によってその器の大きさがおおむね決まっている。

 エルフ族は生まれつき魔力が豊富な種族だ。


 それは生まれつき他種族より魔力の器が大きいからだ。

 寿命が長いのもそれに起因している。

 速い話。魔力量が多いものは長生きするのだ。

 

 エルフの常識をはるかに超えているアルミナ王女が生まれた日。私は彼女に嫉妬した。


 今までほかの者からされることはあってもほかの者に対してしたことはなかったのだ。


 生まれつき膨大な魔力を持つ彼女は、おそらく並みのエルフよりもはるかに長く生きることになる。それは文字通り修練の時間が長いということ。

 おそらく彼女は、私ですら到達できない領域へあっさりと到達してのけるだろう。


 そう思うと、どうしても嫉妬の念を抑えることはできなかった。

 それまで、私より強いものはいないと思っていた自信は、あえなく砕け散った。


 唯一の私にとっての救いは、彼女の出生があまりにも特殊すぎたため、里長たちが彼女に対して何の教育も施さず、里の外に出ることも禁止したことだ。


 その結果、彼女の魔法の習得は遅々としたものであった。


 だが、彼女は誰にも教わらないまま、魔法を習得して見せた。

 里の者が普段生活で使っている魔法はもちろん、見ただけの魔法も見事に模倣して見せたのだ。


 本来、魔法というものは自力で修めるものではない。


 長い年月修練を積み重ねることによって習得するものなのだ。


 彼女に本気で魔法を教えれば、おそらくエルフの里に伝わるすべての魔法を習得するだろう。


 それに対して、私は相反する二つの感想を持った。

 

 一つ目は、いまだに私がこの里で最強であるということに対する自負と。

 二つ目は、才能豊かな少女の可能性を摘み取るようなことを良しとする自分に対する嫌悪だ。


 本来であれば、アルミナ王女の存在は喜ばしいことなのだ。

 だが、この里の者達は、私も含めて平穏な暮らしというものに慣れすぎている。


 ありていに言えば変革が起きることが嫌なのだ。


 それがより良い目標に向けたものであったとしても、今の状態の方が居心地がいいので、変革が起きることを良しとはできないのだ。


 アルミナ王女は、成長すれば間違いなくこの里に変革を起こすだろう。

 彼女には底知れない何かがある。

 私たちが今まで通りの平穏な生活を続けるためには、彼女を飼い殺す必要がある、と里長たちはそう結論づけた。

 

 それを良しとする自分に辟易としながら、私はそれを黙認したのだ。


 そしてアルミナ王女が20歳となり、成人した年に、私は人生で2回目の敗北感を味わうこととなった。


 それは、日課の狩りをしていた時だった。

 魔物と遭遇したのである。


 無論、私が魔物に苦戦するなどあり得ない。

 いくら魔物といっても、個体の強さでいえばクマやイノシシなどよりも弱い。


 そしてそれらの獲物に対して私はほとんど梃子摺ることはない。

 私は魔物たちを迅速に始末した。


 しかし、問題は続いた。

 魔物たちは、森の中で繁殖し、あまつさえ森の結界さえも突破してきたのだ。


 里の者達は相談の結果、防衛団なるものを組織することとなった。

 当時、里で最強だった私は、防衛隊長に任命された。


 アルミナ王女は何を思ったのか、自分も防衛に参加すると言い出した。

 しかし、彼女を飼い殺しにしたい里の者達は、彼女が王女であるという名目の上で、彼女を縛り続けた。


 防衛の任務で、私は幾多の魔物を葬った。

 梃子摺ることはなかったが、しかし、私の中には一つの疑念があった。


 彼女が生まれ、成人した年に、なぜいきなりこのような事態が起こったのだろうと。


 この森に魔物が発生したことなど、言い伝えによれば少なくとも1000年は起こりえなかったことだ。


 もしや、我々は致命的な過ちを犯しているのではないのだろうか?

 我々は、彼女に魔法を教え、彼女の思うままに行動させ、彼女とともに歩まなければならないのではないのか?


 そんな疑念が、湧いてきては抑え込み、湧いてきては抑え込んだ。

 そんなある日、森の中で尋常ならざる雄叫びが響き渡った。


 その日、私は生まれて初めての敗北を喫した。

 

 マサキ殿を攻撃した理由は簡単。怪しかったからだ。


 里に近づく魔物たちがいるという状況で、森全体に響き渡るような咆哮が放たれた。


 その咆哮の主が、まっすぐ里に向かっている。

 となれば、迎撃するべきだ。


 迷わず戦闘を開始し、そして敗れた。


 マサキ殿は、私の常識をはるかに超えて強かった。

 生き物相手には明らかに過剰な威力を持ったルビナスの『ウィンドアロー』も、私の『アースディザスター』も、彼には通用しなかった。


 ルビナスとマロールが倒されたときの動きを見て、まともにやっても勝ち目はないことを悟った。


 私は最高等魔法『アストラルメイネ』を使おうとした。

 この魔法は、精霊に自らの魔力と生命力を捧げ、常識では考えられない神秘を行う秘術。


 使い方を誤れば、生命力のすべてが枯渇してしまう恐ろしい魔法。


 ゆえに、禁呪とさえ呼ばれる魔法であった。


 その時私は、里を守るためなどという考えは、もはや持っていなかった。

 ただ、私よりはるかに強いものに対する強い嫉妬が、私を動かした。


『アストラルメイネ』をコントロールするつもりなどなかった。

 圧倒的な強者を相手に、私はもはや、我を忘れていたのだ。


 あのまま使っていれば、私は間違いなく死んでいた。

 だからこそ、あの戦いは私の敗北なのだ。


 そして、それを止めたのは、もう一人の嫉妬の対象である、アルミナ王女だった。

 

 その日の晩は、眠ることができなかった。


 しかしそれは、断じて彼らに対する嫉妬などという浅ましいものではない。


 やはり、私の勘は正しかったのだ。

 アルミナ王女が生まれ、魔物がこの森に現れ、そしてマサキ殿という超常の者までこの地に訪れた。


 何かが動き出そうとしているのだ。


 アルミナ王女はそれを理屈ではなく本能で悟っていたのかもしれない。


 だからこそ、ほかの者の反対を押し切って彼を里に導いたのだろう。


 そして、その翌日からも彼と行動を共にし、魔物たちの討伐に向かったのだ。


 あの二人を妨げるべきではないのかもしれない。


 いや、それどころか可能な限り支援するべきなのかもしれない。


 いくらなんでも今までになかったことが起こりすぎている。


 魔物が結界を越えてくる頻度も日に日に増している。

 おそらく、それを察しているのは里の中でも私とルビナス、マロールの三人だけだろう。


 私は魔物を討伐することを困難とは思わない。


 だが、昔一度狩りで失敗したことがあった。

 大量の毒虫が発生し、その巣を同行していたエルフが刺激してしまった時だ。


 一匹一匹は全く問題がなかったのだが、四方八方から無数の毒虫に襲われたのだ。


 その時取った行動は風魔法でけん制して、仲間とともにその場を離脱するというものだ。


 数の暴力というものは止めることさえ困難な代物なのだ。


 私個人がどれほどの力を持とうとも、魔法と弓は遠距離攻撃専門だ。


 距離を取らなければならない私たちの戦い方では、数をもって押し切られてしまうと足止めすることは厳しいのだ。


 我々の里には戦力と呼べるのは数名の自警団のみ。

 数の暴力には太刀打ちできないのだ。

 

 今は特に問題があるというわけではない。


 だが、もしこのまま里に向かってくる魔物の数が増えれば、そのうち限界が来るのは目に見えていた。

 

 しかし、マサキ殿がいればどうだろうか


 貫通力に優れた『ウィンドアロー』も、破壊力に優れた『アースディザスター』そのどちらも直撃していながら無傷だったのだ。


 もしかすると、あのまま『アストラルメイネ』を放ったとしても無事であったのかもしれない。


 正直訳が分からない耐久力だが、彼は前衛としては申し分ないのだ。

 彼が足止めしてくれるのであれば、寡兵であっても勝ち目が出てくる。

 

 エルフの者達で前衛を務められる者はいない。

 これまで我々は、軍隊同士の衝突ではなく、獲物をしとめる狩人として発達してきた種族だ。


 魔法についても、生活で必要なもの以外は過度に習得しようとする者はほとんどいない。


 また長寿の種族である我々は、ほかの種族に比べて繁殖力が弱い傾向にあるらしい。(エルフの里の者達は、外の世界と関係を持ちたがらないので、情報については又聞きではあるが)


 そのため、種族の数が大きく増えることもなく、そのような状態なので仲間同士での殺し合いなど考える余地もなく、まして排他的で他種族とほとんど交わらない我々が、こと戦闘に関して素人同然なのは当然といえることだろう。


 そのことについて、自覚していなかったわけではない。

 だが、私はそのことから目を背けていた。


 その昔、アルミナ王女が生まれ育った時もそうだった。


 我々は知っている。


 彼女の出生と、その存在の意味を。

 我々は、彼女を育て、彼女が成長したのちに、彼女に侍らなければならなかったのだろう。


 もし、マサキ殿に敗れていなければ、私は一生過ちに気づくことはなかった。


 否。目をそらしていたということを受け入れなかっただろう。


 あの二人がこの地で巡り合ったのは偶然であろうか?

 私にはどうしてもそうは思えない。


 もし、この出会いが私の予感通り必然のものであるとするなら、マサキ殿にはアルミナ王女のことを打ち明けるべきであろう。


 たとえ偶然だとしても、彼が我々にとって必要な存在であることに変わりはないのだ。


 エルフの里も、変わらなければならない時期なのかもしれん。


 翌日。

 私は彼と話をしようと思った。


 エルフ族は耳がいい。

 彼の位置はすぐに特定できたのだが、彼はアルミナ王女と一緒に魔物の討伐に向かったようだ。


 アルミナ王女は、魔力量でいえばほかのエルフたちとは比較にならないほどの量を持っている。


 繰り返すがアルミナ王女は独力で魔法を習得していた。


 彼女の戦闘力はわからないが、魔法の習得状況だけならば十分に戦えるレベルだと思う。


 だが、実戦経験というものが皆無な彼女がいきなり一人で魔物と対峙するのであれば、是非もなく止めるところであったが、今はマサキ殿が同行している。


 私が心配する必要があるようには到底思えない。

 待つとしよう。


 彼らが返ってくる時を。


 自分が、この年になって成長したということは、本人にはわからないものであった。




 彼らが魔物の狩猟から帰ってきた。

 予想通り、楽勝であったようだ。


 アルミナ王女は、おそらく里長たちに弁解を求められるだろう。

 マサキ殿と話をするなら、今をおいてほかにないだろう。


 しかし、他種族に話しかけるというのは、どうすればいいものだろうか。

 まして相手は、昨日こちらから仕掛けた相手だ。


 気まずいといえば気まずい。

 長年生きてきたとはいえ、私は人生経験が豊富とは言えない。


 そうして私はぐずぐずしていたのだが、マサキ殿は先ほどから誰かを探すような行動をずっと行っているのだ。


 無論、耳に響く音による推測にすぎないが。

 ならば、それに乗じて声をかければいいだろう。

 そう結論付けた。


「おい」


 やってしまった。

 彼と和解できればと思い声をかけたが、普段から増長している私には、へりくだるという態度が取れない。


 いや、それを言うなら、エルフ族そのものが、他種族を尊重するということに欠けているのだ。


 しかしマサキ殿はこともあろうに


「どうも、こんにちは」


 などとあいさつを返してきた。

 

 彼はできた人物だ。

 あれほどの力を持ったうえで、まるで増長もしていない。


 さらにはこちらに対して謝罪までする始末だ。


「あなたたちの土地に無断で侵入し、あなたたちの生活を荒らしたことに対してですよ」


 というのが彼の弁であった。

 もはや私は彼に対して警戒心を持てなくなっていた。


 一通りの会話を終えた後


「少々お時間をよろしいでしょうか?」


 アルミナ王女の、彼女本人さえ知らない秘密を、彼に伝えることにした。

 自らの慢心を、残らず打ち砕いてくれた恩人に対して。この里の恥ともいえる内容を、王女への謝罪も込めて。

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