出撃
12頭の馬の蹄が地面を蹴る音がする。
騎手は6人。
俺、アルミナ、セルア、シルバ、ジェスト、エステルナ、この六人だ。
前回馬に乗ったのは、山賊の本拠地と思っていたところに向かうときにシルバの後ろにまたがっていた。
しかし今は俺も一人で馬を手繰っている。
数日前、エシュバットの一撃で死にかけたあの日以降、なぜか俺には乗馬の方法が分かるのだ。
なんといえばいいのだろうか。
あの暴走状態が収まったのち、俺はまるで自転車の乗り方を覚えていたように乗馬の方法がわかったのだ。
城門前に用意されていた馬に無造作にまたがる俺を見てシルバとセルアが唖然としていたが、ジェストさんはもう俺がその程度のことをしても驚かないらしい。
というわけで現在俺たちは一人に二頭ずつ振り分けられた馬を交互に乗り分けて目的地にまっしぐらである。
ちなみにセルアまだ乗馬ができないのでアルミナの後ろにしがみついている。
そのためセルアの分の二頭は荷物運びと化している。
「このペースだと、あと二日ほどで第三砦にたどり着けるでしょう」
馬を休ませ、昼飯兼昼休みの最中ジェストさんがそういった。
「二日ですか。それまで砦はもちますかね?」
ジェストさんの推測にエステルナが疑問を挟む。ちなみに女王様は乗馬もできるようで、ここまでの道中きっちり一人で馬を乗りこなしてきた。
「…正直厳しいでしょう。伝令からの報告を詳しく聞いた限りだと魔王が現れたとたんに砦が突破されたそうなので、魔物たちだけならおそらく問題はないでしょう。しかし・・・」
「魔王が砦にたどり着けばそこまで、ですか」
ジェストさんは、伝令から報告を聞いてから俺たちが城を出発するまでの間に伝令兵から詳しく情報を聞き出していた。
この中では一番第二砦での攻防に詳しいということになる。
道すがらジェストさんから第二砦攻防戦について説明をしてもらっていた。
大まかに言えば初めに魔物の群れが砦に群がっており、その魔物の群れを迎撃していただけで十分すぎるほどに事足りていたのだが、魔王が現れた際にすべては一変した。
千人に至ろうかという魔法使いたちの集中攻撃を受けながら、魔王アルベウスはまるで応えた様子もなく、なおも降り注ぐ魔法の雨も足止めにさえならず、あまつさえそのまま歩きながら砦を破壊してしまったのだ。
文字通りたった一人で戦局をひっくり返してしまったのである。
「まるで旦那みたいなやつでやすね」
そんなことをシルバの奴が口走った。
「おいシルバ。俺をそんな化け物と一緒にするなよ」
「似たようなもんじゃないですか?」
俺の突込みに対してセルアが俺に突っ込んだ。
「…いや、いくらなんでも一人でそんな戦局をひっくり返せるとは」
「マサキさんがいなかったら弟を倒すことができたかどうかわかりませんでしたよ?」
エステルナ王女までそんなことを言ってきやがる。
ジェストさんの方を向くと、彼も苦笑しながら
「マサキ殿なら一人で我が国の騎士団を全滅させることもできるでしょうしね」
などと口にしてくれた。
勘弁してくれ。この流れだと俺のマッチアップが魔王アルベウスことになりかねないだろ。
…まあ実際問題俺が担当する可能性が高いのは否定しないのだが。
「皆さん。お昼御飯です」
俺がそんなことを考えていると、アルミナがありあわせの食材を用いて軽く調理をしてくれた。
今回は行軍用の、かさばらない、軽い、高タンパク(?)の保存食なのだが、アルミナにかかればそれでもおいしく調理する余地があるそうなのだ。
実際問題、燻製肉などを適温にするだけでも随分と違う。
アルミナにはそんなことが簡単にできるのだ。
以前は薪に火をつけていたのだが、今では触れるだけで温度調整ができるようになっている。
なんか俺が知らないところでずいぶん進歩しているな。
「相変わらずアルミナ殿の調理の腕はすごいですね」
アルミナの料理を口にしたジェストさんがそう口にする。
「全くその通りです。王宮の料理人たちよりもすごいのではありませんか?」
エステルナ王女までそんな惜しみない賛辞を贈る。
これから魔王軍と戦おうってのに何を呑気なことをとも思ったが、それを口にするのも野暮だろうと思い胸にしまう。
何事にも息抜きというのは必要だ。
「そんなことありませんよ」
と相変わらず謙虚なアルミナ。
「いやいや。調理器具もなしに温めたりするだけですごいでやすよ」
「本当にそうです。魔法を使っているのですか? いえ、それにしては…」
エステルナ女王がアルミナの両手に目線を向ける。
「…火魔法を使った形跡がありませんね。一体どうやって温めたんです?」
女王のその質問に対して、アルミナはちらりと俺の方を向いた。
確かあれは魔法ではなく霊素を用いる別種のものなのだ。
王宮にカチコミに行く前に俺は彼女に霊素のことについてめったに口出しするべきではないといった。
普通ならアルミナすごいで済みそうなものだが、エステルナ女王ほどの魔法使いであれば彼女が魔法以外の方法を用いていることに察しがついてしまったのだろう。
「あー。あまり詮索しないでくれると助かる」
俺がそういうと、エステルナ女王は覗き込むように俺の方に視線を投げかけ、もう一度アルミナの方を見てから一つため息をついた。
「マサキさんといい、アルミナさんといい、あなたたちは不思議な人たちですね。わかりました。詮索はしません」
そういって女王は引き下がってくれた。
内心で『ふー』と安堵のため息をつくが、同時にここにいるメンバーにならばらしてしまってもいいのではないかとも思った。
(…もしかしてアルミナのやつ)
俺はアルミナに霊素のことなどを秘密にするべきだと言った覚えはあるが、使用を控えるべきだといった覚えはない。
そんでもってこのメンバーになら明かしてもいいのではないかと思い、あえて使って見せたということなのだろうか?
アルミナなら霊素を秘密にするべきと言われた時点で使うのがまずいということに思い至りそうなものだが、そんな中あえて使用して見せたということは…。
(俺に判断を任せたってことか…)
エステルナ女王に指摘されたとき、アルミナはしまったというたぐいの表情は一切見せずに俺の方に視線を投げた。
おそらくそういうことなのだろう。
(ばらしてしまってもいいような気もするが…)
一度秘密にしてしまったことを暴露するのは何となく気が引ける。
まあアルミナの方も、どうしても暴露しなければいけないと思っているわけではなさそうだし、問題ないだろう。
アルミナの簡易料理に舌鼓を打って、俺たちは再び第三砦に向かって馬を走らせた。
「ところで、女王様は、その…」
アルミナの後ろにくっつきながらセルアが聞きずらそうに言葉を濁す。
「構いませんよ。どうぞ聞きたいことを聞いてください」
そんなセルアの状態に、エステルナ自ら助け船を出す。
「…アミュレットを所有しているってことは、女王様は、エシュバット王子様と同じくらい魔法が使えるってことでいいんですか?」
セルアの質問に対して、エステルナ女王は少し考えるように黙り込む。
しかし今更ではあるが女王の戦闘能力はアミュレットを所有したことで急上昇しているのは間違いないのだ。
王宮を出発する前に魔力の放出だけで貴族たちを黙らせた手法だけでそれは十分に感じ取れた。
しかもあの時の魔法の使い方にはエシュバットからは感じ取れなかった繊細さも感じ取れた。
エシュバットは魔力を垂れ流している印象だったのだが、エステルナ女王の場合は完全にコントロールしていたようだった。
セルアの質問に対して、シルバやジェストさんまで聞き耳を立てていた。
「…まだ力になじんだわけではありませんが、こうしている今も、アミュレットから力が流れ込んできているのがわかります。砦に着くまでにはエシュバット以上にこの力を使いこなせるようになるつもりです」
…すでにそれくらいは使いこなしているように思えるが、まあ女王様にはいまだに十分とは言えないのだろう。
しっかし、となると彼女の本気の魔法は俺の体質を突破する可能性が十分すぎるくらいあると考えていいな。
味方にすると頼もしい限りだ。
「…ですが、それを言うなら」
そういってエステルナ女王はアルミナの方を向く。
「アミュレットの力で、魔力の知覚力も強くなっているのですが、今ならわかります。アルミナさんは、今の私と互角に魔法戦を行えるだけの魔力がありますね?」
へ?
エステルナ女王の言葉に俺は文字通り目が点になる。
「それだけの力があれば、王宮の魔法使いたちも一方的に倒せたでしょうに」
「…人を相手に、本気は出せませんよ」
アルミナは王宮の魔法使いたちをほとんど無傷で倒している。
音響魔法を使われた相手も、気絶しただけで鼓膜やら何やらには大きな障害は残っていないらしい。
「ってことは、今から戦う魔物相手ならどうなんでやすか?」
「加減をするつもりはありません」
何の迷いもなくアルミナがそう言い放った。
え?
てことはだよ。アルミナはエルフの里で覚醒してから一度も本気を出したことは無いってことなの?
ということはもしエシュバットと衝突していても問題なく勝てたかもしれないってこと?
ちょっとちょっと。
エステルナ女王にアルミナ。
この二人だけでもかなりの戦力なのは間違いない。
俺、適当に前衛でちまちま敵を抑えているだけじゃダメかな?
軍隊相手にするには魔法でドカーンとやっちまうのが手っ取り早いんだもん。
「…アルミナさん。私達とは別の場所で、この国の者達を助けてくださったこと。改めてお礼を申し上げます」
思えば、エステルナ女王を救出した直後、エシュバットの捕縛に向かう俺たちに対し、アルミナは単身で侯爵軍の援護に回ったのだ。
彼女の活躍がなければ侯爵軍は城内に入ることができないばかりか、魔導師たちに全滅させらえれかねなかったのだ。
それを考えれば、アルミナの働きは俺と同等かそれ以上といっていいかもしれないものなのだ。
しかも俺と違ってほとんど犠牲者を出さずにだ。
玉座の間にて、俺は何人かの親衛隊に手加減を間違えて再起不能の重傷を与えてしまった。
死ななかったのが不思議なくらいの大けがだったのだが、どうにか一命だけは取り留めることができたらしい。
アルミナが白魔法で処置をしてくれなければまず間違いなく死んでいたらしいので、俺は本当にアルミナに頭が上がらないのだが。
「…どうも私の予想以上にこちらの戦力はそろっているようですね」
アルミナとエステルナ女王二人の会話から推測できる魔力量にジェストさんも驚いている。
勝てるかどうかまでは分からないが、こちらにも戦力的にはかなりのものがそろっていると考えて差し支えないだろう。
「とにかく急ぎましょう。ともすればすでに第三砦に魔物たちが群がっているかもしれないのですから」
「ええ」
そういって俺たちは馬を走らせる。
これから会いまみえる、東大陸最大最強の魔王と戦うために。