最精鋭
「魔王軍が、第二砦を突破しただと…」
大広間に集まった貴族たちから喧騒が漏れる。
俺の記憶が正しければ砦は全部で三つ。
そして魔王軍がこの国に進撃してくるという報告があった時点で第一砦は突破されていた。
戦力のすべてを投入した第二砦が破られた現在、すでに第三砦の陥落も時間の問題となることだろう。
「…迎撃部隊の状態はどうですか?」
報告の兵士にエステルナ王女が質問する。
「迎撃部隊は敗北し、総指揮を務めていたアルモンド卿は戦死。生き残った者達は第三砦に集結し、防衛の準備を固めています」
魔物たちから逃げ切った者達は第三砦に集まったらしい。
とはいえ、エストワール王国の全戦力を蹴散らした魔王軍相手にどこまで持つかは怪しい限りである。
「すぐにでも援軍を送らなければ…」
貴族の誰かがそうつぶやく。
しかしその貴族の声もまるで張りがない。
彼もよく分かっているのだ。すでに第二砦にこの国の全戦力を投入してしまったということを。
伝令兵は俯いたままその場にとどまっている。
「報告は受け取りました。下がって休みなさい」
エステルナ女王の言葉に、伝令兵は一度深くこうべを垂れ、大広間から下がっていった。
「エステルナ様。我々は…」
どうすればいいのでしょうか?
言葉にならないその質問が響いた気がした。
おそらくほとんどの貴族たちが同様の内容を考えていることだろう。
精鋭からなるエストワール軍3万名が蹴散らされたという事実。
もはや国民全員を兵士として動員しなければならないほど深刻な事態になっているといっても過言ではない状況なのだ。
しかし広間の最奥にいるエステルナは
「この件については私が預かります。皆はこの国の内政をまとめることに尽力しなさい」
と、何の迷いもなく言い放った。
当然それを聞いた貴族たちには動揺が走る。
「…預かるとおっしゃいますが、実際にはどうされるおつもりですか?」
現在貴族たちの取りまとめを行っているバシュトシュタイン卿が王女にそう問いかける。
「少数精鋭部隊を持って、魔王軍を迎撃に向かいます」
その言葉に、先ほどまで戸惑うばかりだった貴族たちがざわめきだした。
「エストワール軍の精鋭たちが束になってもかなわなかった魔王軍を相手にできる手練れなどどこにいると!」
「そのようなことで対処できる相手でないのはもはや明白! この国のすべてを挙げて出撃するべきです!」
「いや、いっそ王宮を放棄するべきではありませんか!?」
「戦って勝てないのはもはや明白! それしか手段はありますまい!」
「貴様ら! 戦わずして逃げるなど…」
そんな貴族たちの言い合いが俺たちの目の前で繰り広げられる。
そんな光景が目の前で繰り広げられているわけだが、俺をはじめとするメンバーにはおおよそ予想がついていたことだ。
なおも喧騒が続く貴族たちを見わたし、エステルナ女王は座っていた椅子から腰を上げた。
その時、貴族たちの喧騒が突然おさまった。
なぜならエステルナから膨大な魔力の奔流が放たれたからだ。
その魔力量だけでまともな者なら吹き飛ばされそうなものだが、その奔流は清流のように穏やかであり、完全にエステルナによってコントロールされているということを如実に証明していた。
貴族たちは魔法使いというわけではない。
しかしそんな者達でさえ明白に感じ取れるほど明白な魔力の奔流に、貴族たちは押し黙った。いや、押し黙らされた。
貴族たちが静かになったのを見計らったエステルナは、静かに口を開く。
「すでに気が付いている者もいるかもしれませんが、私は前国王トレルテ・ヴァン・エストワールより王位を受け継ぎました。聡明な皆様ならこの意味をお分かりであるかと思います」
そういうエステルナ王女の首元には、国の頂点に君臨する者の証明である首飾りが輝いていた。
貴族たちの間にざわめきが走る。
おそらくではあるが、レイモンドさん以外にもあのアミュレットないしはエストワール国王となったことによって魔力が大幅に増幅させることができるということを悟っている者がいたのだろう。
そうでなかったとしても、エステルナが先ほど放った魔力はエシュバットと戦った俺でさえ驚くほどのものだったのだ。
おそらく今のエステルナ女王は、アミュレットを装備したエシュバットよりもはるかに強い。
何しろもともと魔力の素養のないエシュバットでさえあんな強力な魔法を扱って見せたのだ。
その原因であるアミュレットが、今やこの国でも指折りの魔法使いの首に飾られている。
(もしかしたらアルミナよりもすごい魔法使いになっているのかもな)
そんなことを考える俺に、いや、この場に集った全員に対してエステルナ女王が言葉の続きを紡ぐ。
「今回の戦いにおいて、文字通りこの国の最高戦力を投入します。この一戦で敗北するようであれば、それは文字通りこの国の消滅を意味します。今回の戦いが、文字通りの最終決戦となるでしょう。だからこそ、皆様にはこの国をまとめてほしいのです。この混乱した時期に、私が国を空ける。そのことを、重々に承知してください」
エステルナは貴族たちを見渡し、そう宣言する。
「…女王様自ら出陣すると?」
貴族の一人がそう質問する。
その問いに対して、エステルナはコクリと首を縦に振る。
「既に宣言した通りです。魔王軍を相手にできる最後の切り札を投入します。もう一度繰り返します。私がいない間、この国を守ってください」
そう宣言する女王からは、意識的か無意識的か再び魔力の奔流が放たれていた。
その光景に圧倒された貴族たちは沈黙を持って返答した。
エステルナはその光景に満足し、レイモンドさんの方を向いた。
「バシュトシュタイン公。私がいない間、この国の指揮をお任せします」
「承知しました」
短くそう返答すると、レイモンドさんは軽く頭を下げた。
「では、この場は解散とします。私は精鋭部隊を率い、直ちに出撃します!」
その言葉に、貴族たちは再び反論しようとし、女王から絶え間なく放たれる魔力の奔流に絶句するということを繰り返していた。
「全く、見事なものだね女王様」
「力ずくで言いくるめたようで、あまりいい気はしませんけどね」
俺の軽口にエステルナがそう返す。
貴族たちはすでに職務に戻っており、一時間後にエステルナは出陣することになっている。
出陣までは一応自由時間とされているのだ。
といってもこの国に残された兵力といえば貴族の私兵ばかり。
エシュバットが反乱を起こす貴族たちを返り討ちする気満々だったので、放逐されていたのだ。
「それで、精鋭部隊ってのは?」
「…マサキさん。アルミナさん。セルアさん。シルバさん。協力していただけませんか?」
俺の質問に、あらたまってそう質問してくる女王様。
「…今更な質問だな」
毒を食らわば皿まで。
一応、一宿一飯の恩義というものもあるし、エステルナの言っている精鋭部隊というのは当然俺たちも含まれているのは明白だったからだ。
そしてそれは別に俺だけではないらしい。
「勿論。私も異存はありませんよ」
「頑張りますよー!」
「なんかとんでもない話に巻き込まれてるでやすよ」
そう思い思いに口を開く三人組み。
それを聞いて同席していたジェストさんも口を開く。
「では、この六人で出撃ということでよろしいですね?」
「はい」
ジェストさんの言葉に首を縦に振るエステルナ女王。
「ってちょっと待った! それはいくらなんでも不味くないか!?」
魔王軍相手に俺たち6人で相手取るなどいくらなんでも自殺行為じゃないのか!?
「マサキ殿。あなたの言いたいことも分かりますが、今回の遠征は大人数で行くわけにはいかない条件がいくつかあるのです」
「大人数では行けない?」
首を傾げる俺に対して、ジェストさんは説明を続ける。
「ええ。魔物たちが破った第二砦から第三砦までは道なりが緩やかで、第一砦から第二砦までに比べて軍隊の進軍速度が速くなります。そのため、あと数日もすれば第三砦に魔王軍が到着するのです」
…なるほど。
大人数の魔王軍はどうやっても機動力が遅い。
しかもそれが土地に邪魔されてではなおさらだろう。
そんな中であったからこそ第一砦が崩された直後であっても迎撃部隊を編成する余裕があったのか。
しかし第三砦にはそれがない。
「数日中に砦にたどり着くために、どうやっても大部隊を送り込むことはできないのです」
「でやすが隊長。いくらなんでもあっしらだけで魔物の群れを相手にするなんて、無茶がありすぎやせんか?」
シルバの質問に対し、ジェストは説明を続ける。
「無論。私たち以外にも部隊を派遣する手はず。しかし、今必要なのは早急な援軍。特に、マサキ殿とエステルナ王女は単騎でわが軍に匹敵するほどの力があります。加えて敗走兵たちは第三砦に集まっていると、先ほどの伝令たちは言っていました。早急にたどり着ければ、その者達と共同戦線を張ることは不可能ではないでしょう」
と説明してきた。
「…なるほど、ね」
兵は神速を貴ぶというが、それはこういうことだろう。
しかし、俺が一軍に相当ね。
こりゃあまた随分と買いかぶられたものだ。
「残った時間で、出来る限りの用意をしておかないと」
「たびたび無茶なお願いばかりして申し訳ありません」
「…今更な話ですね」
王女の言葉に俺はそう返答し、自分の部屋に戻る。
一応装備品や荷物の類はバシュトシュタイン邸から王宮に移し替えている。
「じゃあ、時間になったら門に集まろう」
「よろしくお願いします」
女王にそう言われ、俺は広間を後にする。
俺に続きアルミナとセルア、シルバも席を外した。
部屋の中にて、俺は二つの武器を眺めた。
一本はオーク・ジェネラルを倒したときに入手した大斧。
もう一本はゲイルから奪い取った片手剣だ。
どちらの武器を持っていこうかと俺は軽く悩む。
魔物の群れを相手取るなら、圧倒的に大斧の方が有利だ。主に間合い的な意味で。
しかし武器のランクとしてはこの片手剣の方が上だ。
しかも軽くて使いやすい。
ゲイルのような強敵相手なら間違いなくこちらの方が有利だろう。
(両方持っていけばいいか)
単純に魔物の数が多いだけなら、アミュレットの加護を受けているエシュバットの親衛隊が滅ぼしたことだろう。
つまり、今回の戦いにはまず間違いなく強敵との衝突が予想できるのだ。
そもそも魔王がこの国に向かってきているという時点でそんなことは十分に推測できることなのだが。
だからといって大斧なしでもいいかといえばそうでもない。
相手は魔物の群れなのだ。
なら振り回すだけで相手を殲滅できる武器も必要だろう。
今の俺の体力なら問題なく持ち運べることだし、持ち運ぶこと自体は何の問題もない。
「なら、行くか」
エシュバットと戦うときは隠密性を重要視するために武器などは一切装備していなかったが、今回は全面衝突だ。
相手はいったいどれくらいの軍勢なのか見当もつかない。
正直に言って戦うのは怖い。本音でいえば逃げ出したくなる。
だが、そんなとき以前アルミナに言われた言葉が頭をよぎる。
『マサキさんが前衛を受け持ってくれたから、私たちは援護に集中できました』
もし戦うのが嫌だというなら、俺はそもそもジェストさんが持ちかけてきた騒乱に加担しなければよかったのだ。
だが、なぜ俺はそれに加担した?
アルミナにそういわれたから?
アルミナの判断は精霊という人外の存在の判断だから?
俺の力を振るえるから?
…俺にはわからない。
だが、一つだけ言えることがある。
「…始めた責任だけは、とらないといけないよな」
再びアルミナの言葉が頭をよぎる。
『この道を私たちが避ければ、いずれもっと悪い形でほかの方が不幸になるでしょう』
そしてそれは正しいだろう。
たとえば俺が参戦しなかったとしても魔王はこの国に攻め込んでくる。
そして、その時血を流すのは、この国の国民だ。
赤の他人。
そう言い切ってしまうのは簡単だ。
そんな人たちがどうなろうと知ったことではないという考え方もできるだろう。
なら、こう考えよう。
俺が戦いを挑まないと言い出したら、アルミナたちはどうする?
…おそらく、戦いに向かうだろう。
それで、もし、彼女たちが死んでしまったら?
そう考えると、俺の心に大きな穴が開く感覚がした。
あくまでそう想像しただけだというのに、蹲ってしまいそうになるくらい、鮮明に。
「それは、嫌だよな」
そう言って膝を叩いて立ち上がる。
「行くか」
時間になった。
俺は腰に剣を佩き、背中に大斧を背負い、城門に向かって歩き出した。