討伐開始
アルミナについていった俺は森の中に入った。
エルフの里は、森に囲まれている。
森の中に霊樹を中心に大きな広場ができているといった感じだろうか。
その広場に、木製の家などがたくさんあるというのがエルフの里だ。
ちなみに結界はその広場よりもはるかに広い範囲を網羅しているらしい。
アルミナの話では霊樹そのものをすっぽり覆っているらしい。
結界についてまとめるとこんな感じだ。
・霊樹に近づこうとすると方向感覚が狂い、知らず知らずのうちに結界の外に向かってしまう。
・結界は霊樹が発生させている、いわば自然現象のようなものであり、解除することはおそらく不可能。
・結界の中で自由に動こうと思えば霊樹の加護を受けないとならない。
・エルフたちはその加護を受けているため、問題ない
・なぜか俺も問題ない
本来、魔物もこの結界を越えることはできないはずなのだが、超えるものも
いるらしい。
そういった、結界を越える魔物をエルフは感知することができるらしい。
ただ、直接戦力になるのは魔法に長けたものか、元狩人位のもので、実質戦
力は乏しいそうだ
「ですから、マサキさんには魔物の討伐を手伝っていただきたいのです」
というのがアルミナの弁である。
すでに了承してしまったので、いやというつもりはない。
それはそうとして。
「こんなところまで来るってことは、アルミナも戦力になるってこと?」
という疑問が口を出た。
考えてみれば、エルフの里の王女が、魔物が出てくるところに護衛もなしに来ているのだ。
戦えると考えるのが普通だろう。
ところがどっこい、世の中そう上手くはいかないものだ。
「いえ、魔物と戦ったことはありませんよ」
なんて回答が返ってきた。
「は? ちょっと待って。それでどうやって魔物を討伐しようってんですか!?」
おれがそう思ったのも当然といえば当然だろう。
このお姫様ったら、戦闘経験が皆無らしい。
となると、ここにいるのは素人2人だ。
格好の餌食である……とは言えないのかもしれないが。
俺がそんなこと考えていると
「マサキさんと一緒なら大丈夫ですよ」
なんて笑顔で言われてしまった。
いきなり背水の陣である。
仕方ない。覚悟を決めるか。
「わかりました。出来る限り頑張ります」
「頼もしいです♪」
なんて、嬉しそうに口にした。
はぁ。責任重大である。
アルミナについていくと、昨日感じた気配を俺も感じた。
昨日はゴブリンと遭遇したが、はてさて今日は何と遭遇するのだろう。
アルミナも気配についてはとっくに気づいているのだろう。
少し緊張した空気が流れる。
そして森の奥から……ゴブリンの群れが現れた。
またゴブリンかよ!
と俺の内心を知ってか知らずか、ゴブリンどもも臨戦態勢になったようだ。
一気にけりをつけたほうが賢明だろう。
そう思い、一息でゴブリンたちの前に躍り出た。
ゴブリンたちは、俺のスピードに少し面食らったようだ。
その隙に思いっきり殴り飛ばした。
殴りつぶすこともできるし、その方が確実に仕留められるだろうが、アルミナの前でスプラッタなことをするつもりはない。
ゴブリンの数は残り6匹。
俺一人なら問題ないだろうが、アルミナのもとに向かわせないとなると少しでも早く殲滅したい。
殴る。蹴る。
元の世界では考えられない無双状態でゴブリンたちを倒す。
ゴブリンたちも反撃してくるが、俺の体には殴られる感触はあれど痛みもダメージも皆無だ。
しかしここで一つ誤算が起こってしまった。
ゴブリンたちは、俺には歯が立たないと気づいたのか、2匹がターゲットをアルミナに変えたのだ。
まずい。
そう思ってアルミナに向かった奴らに向かおうとしたとき。
アルミナの手から、薄緑色の光が放たれた。
かと思うと、ゴブリンたちはハンマーに殴られたように吹っ飛んで行った。
んん?
戦ったことはないとか言ってなかったっけ?
そんな疑問が出る。が今は戦闘中である。
とにかく残りのゴブリンを討伐してしまおう。
そして、残った2匹のゴブリンは、変な鳴き声を上げながらほかの連中のように吹っ飛んだ。
吹っ飛ばした連中の死亡を確認する。
7匹耳をそろえてくたばってた(別に耳をそろえてはいない)
とりあえず戦闘は無事終了。
そして俺は安堵とともに疑問をぶつけることにした。
「さっき戦ったことはないって言ってませんでした?」
そう、アルミナは戦闘経験がないといっていた。
しかしさっきの魔法攻撃は見事な一撃だった。
現に、アルミナが吹っ飛ばしたゴブリンたちの死亡もしっかり確認してみたが、俺が殴り飛ばしたのと遜色無いくらいきれいに仕留めてあった。
そんな俺の疑問に対してアルミナはというと。
「はい。戦ったのは先ほどが初めてですよ」
『初めてですよ』だって。
信じろというほうが無理な話である。
魔物に対して怖気づいた様子は一切なかったし、放った魔法も見事の一言だった。
というか
「さっきのは、魔法ですか?」
そう。俺は昨日からその問題を先送りにしていたのだ。
エルフの弓使いたちがつかっていたのもおそらく魔法なんだろうが、あの時俺は自分の身に起きることでオーバーヒートしていたのでそれどころではなかったのだ。
何せ、異世界にふっとばされて、ゴブリンの群れに襲われて、なんか超強くなっていて、エルフたちに襲われたのだ。
魔法を見て驚かなかったのも仕方がないというものだろう。
とっくに処理機能の限界を超えていたんだから。
で、今あらためて不思議に思っているわけである。
そんな場違いな質問に対して、特に気分を害したふうでもなくアルミナは答えた。
「はい。私、魔法は得意なんです」
などと、得意料理を披露するような気軽さでアルミナは打ち明けた。
しかし得意の一言で片づけていいものだろうか。
ゴブリンたちに襲われたときに発動させた魔法は見事にゴブリンたちを蹴散らした。
初めて戦ったといったがもしそれが本当であれば、そのセンスには驚嘆するしかあるまい。
俺が初めて遭遇したときはゴブリンの群れにタコ殴りにされたもん。
「そうなんですか。でも、だったらなんで今まで魔物と戦ったことがなかったんですか?」
今の戦いっぷりからして足手まといになることはあるまい。
でも戦ったことがないということは
「実は、魔物が発見された日に狩人や、魔術に長けた者達の中から有志を集って結界付近の警備という役目を作ったのです。私もそれに志願したのですが、私が参戦することに対して、里の皆様から猛反対を受けたんです」
やっぱり。
そんなことだろうと思った。
あれ? だとすると今俺がやっていることって。
「アルミナ。君は今回のこと、誰かに伝えたのかい?」
「実は内緒でやってるんです♪」
♪だって。
ちょっとちょっと。勘弁してよ。
ただでさえ肩身の狭いはぐれ者だというのに、それを助長させてどうしようっていうんだよ。
彼女なりに何か深い考えでもあるっていうのか?
「なんでまたそんな無茶なことを」
あきれ交じりに聞いてみると。
アルミナはいたずらがばれた子供のように苦笑いしながら
「ほかの方は、私の随行を許可してくれなかったのです。私一人で行こうとも考えましたが、さすがに実際に経験したことがないことを一人で行うのもためらっていたところにあなたが現れたんです」
特に深い考えがあったわけではなさそうだ。
しぐさや言葉遣いが大人びているので勘違いしてしまいそうになるが、箱入りにお転婆を付け加えてもいいかもしれない。
初めて会った時に猫をかぶっていたわけではないのかもしれないが、初対面の印象とずいぶん違う。
信頼してもらえるのはうれしいが、これは何かほかのエルフたちをぎゃふんと言わせるような戦果がないと俺が里から叩き出されるかもしれん。
とりあえず、魔物の討伐を続けるとしよう。
「わかりました。じゃあ次の敵の位置を教えてください」
「はい♪」
本当にうれしそうだ。
箱入りのお姫様は外の世界にあこがれていたんだろうか?
その後もゴブリンの群れをいくつか撃退した。
俺が前衛でアルミナが後衛を務めることで、ゴブリンの群れはあっという間に討伐できた。
なにせ攻撃が一切通用しない前衛と、一撃必殺の魔法使いが組んでいるのだ。
ちょっとやそっとの人数差でやられるはずがない。
「さて、そろそろ戻りましょうか」
そうアルミナに提案すると、アルミナも了承してくれた。
「ええ、帰りましょう」
そういって里に向かって帰ることにした。
俺にはさっぱりわからないが、アルミナには霊樹の方向がわかるらしい。
俺に結界は効果がないみたいだが、だからといって霊樹の方向に導かれるというわけではない。
平たく言えば、俺はアルミナとはぐれると遭難してしまうのだ。
だから彼女から離れるわけにはいかないのだ。
この世界に来てから彼女には頭が上がらない。
おそらく彼女は今日の一件でまたエルフの里の上層部の連中に小言を言われるのだろう。
しかし、逆を言えば彼女にとっては今日のことはそうまでしてでも体験したかったことなのだろう。
俺の内部評価にお転婆が加わったといっても、彼女は決して愚かなわけではない。リスクと実利の掛け合い位は取れるだろう。
これは、恩返しといえるのだろうか?
彼女に対して俺はこれでもかというくらい恩を感じている。
できればこれ以上迷惑をかけたくはないし、恩返しもしたいと思っている。
なら、俺は彼女に対してできることをやってあげることができたのだろうか?
そうであるならいいのだけど。
そんなことを考えているうちに里についた。
「それではマサキさん。今日はありがとうございました。後程夕食をお持ちします」
「ああ、またあとで」
そういうと、アルミナは昨日里長たちと会合した建物に向かった。
さて、暇になった。
それじゃあどうしようか。
俺一人でできることなど限られている。
ほかの戦闘員たちと一緒に魔物討伐とかができればいいのだが、アルミナ以外のエルフとは全くコミュニケーションが取れていないのだ。
できればほかのエルフたちとも仲良くなれるに越したことはない。
昨日争った弓使い達とか。
里長みたいな連中は後回しだ。ああゆう頭が固そうな奴らは苦手だ。
という俺の個人的な見解で弓使い達と和解するという方針になった。
さーて、彼らは一体どこにいるのかなーっと。
そうして俺は当てもなくぶらつくことにした。
結論だけ言うと、見つからなかった。
当然といえば当然である。
何の当てもなくぶらついていたのだ。
見つかる方がおかしい。
里といっても決して小規模なものではない。
彼らの行動パターンも知らずに動いて見つかるはずがない。
考えろ。考えるんだ。
里に向かってきた俺に対して迎撃を行ったということは、彼らは里の警備を担当しているんだろう。
それも魔物を撃退する役職で。おそらくは戦闘員だろう。
昨日の戦闘で見せてくれた攻撃はかなり強烈だった(俺には効かなかったけど)
ということは、彼らも普段は警備を行っているのだろう。
問題はどこで警備を行っているのかということだ。
だー分からん。
いっそのこと向こうから現れてくれないだろうか。
なんて都合のいいことを考えていると。
「おい」
と声をかけてくるエルフがいた。
あれ、こいつって確か、弓使いのリーダーじゃないか。
都合がいいこともあるものだ。
もっとも向こうは険悪だから都合は悪いのかもしれないが。
「どうも、こんにちは」
とりあえず挨拶することにした。
喧嘩しないこと。これは徹底しないといけない。
「うむ」
なんかぶっきらぼうではあるが、さすがに今からおっぱじめるなんてことはなさそうだ。
「さっきから何をうろちょろしているのだ?」
当然警戒されているだろう。
よそ者にうろちょろされていい気分ではないだろう。
「あなたを探していたんですよ」
「私を?」
どうやら今回は話ができるようだ。
そのことに少し安堵を覚え、話を進める。
「ええ、先日の件について謝罪したくて」
「謝罪? あなたが私に?」
「はい」
とりあえず喧嘩にならないように可能な限り低姿勢を維持する。
いつまでも続けるつもりはないが、少なくとも険悪な状態からは脱したい。
「分かりませんな。戦いを仕掛けたのは我々であり、そちらはそれに対して迎撃を行ったに過ぎない。いったい何を謝るというのだ?」
「あなたたちの土地に無断で侵入し、あなたたちの生活を荒らしたことに対してですよ」
こちらも訳が分からないうちにこの世界に飛ばされた立場なので被害者といえないこともない。
だが、それとこれとは違う。
こちらが被害者だから加害者になってもいいという論法は成り立たない。
人というものは無意識のうちに加害者になってしまうことがままある。
そして本人が自覚していないうちに被害者が生まれてしまうのだ。
今回の場合では、無自覚のままエルフの里に近づいた俺が加害者で、それに対して警戒して攻撃してきた弓使いたちが被害者である。
アルミナ王女の話では、彼らは結界を越えてくる魔物たちに対して強く警戒していたのだ。
どちらが悪いというよりも間が悪いといった方が正しい。
そして、その場合どちらかが謝ってしまえば解決する場合が多いのだ。
頭を下げてすむなら安いものであるってどこかの政治家も言ってるしね。
「それならば、私もそちらに謝罪せねば」
「はい。なんでしょう」
「魔物の仲間と勘違いをしたままそちらに手を出したのはこちらの誤り。それについて謝罪したい」
「では、今回の件については水に流していただけるのでしょうか?」
「もちろん。ただ、私個人の分だけではあるが」
「それで十分です」
思ったより簡単に和解できた。
やっぱりまずは相手を最大限尊重することだね。
日本でこき使われる日々では、謝罪することなど日常茶飯事なのだ。
これくらいで問題が解決するなら安いものだろう。
「ところで、マサキ殿でしたか?」
「はい。そうですが、そちらは?」
「申し遅れた。私はメルビン。この里の防衛隊長を務めている」
防衛隊長という役職なのか。
「少々お時間をよろしいでしょうか?」
「えっと。はい。問題はありませんよ」
「そうですか」
そういうとメルビンさんは目を細めた。