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ある日不死身になりまして・・・  作者: 黒々
激突・魔王軍
58/68

女王の内心

 その後、俺たちはそのまま王宮で暮らすことになった。


 やはりといえばそうだが、王宮の客間はそれこそレイモンド邸よりもさらにすごい。


 広々とした空間に、スプリングもないのにフッカフカのベッド。

 そんな感じの個室という好待遇だ。


 一応俺たちは国賓扱いらしいので、このくらいは当然といえば当然なのだそうだ。


 いつの間にかシルバの奴はジェストさんの部下ではなく俺の仲間という扱いになっているらしく、俺たちと同じように国賓扱いになっている。

 別にそのことに文句はないので、俺はそのまま放置している状態だ。

 とはいえ王宮で客人扱いの俺たちは業務とは無関係なため、俺たちは暇つぶしに王宮内を探索しているというところだ。


「魔王の動向についてはまるで分っていないのにこんなことしていていいんだろうか?」


 ついそんなことをつぶやいてしまう。


「いまだに魔王迎撃部隊の方から報告は来ていないので、今から何かをする必要もないと思われます」


 俺のボヤキに対して律儀に反応したのは俺たちの城内探索の補佐をしてくれているメイドさんのエルマさんだ。


俺、アルミナ、セルア、シルバ、そして案内役に用意されたエルマさんの五人で城内のあちこちをうろうろしているのだ。

 俺達だけでもいいとも思ったのだが、王宮内にはさすがに部外者には入ってほしくない場所もあるため城内に精通した人のアテンドが必要だという話になったため、彼女が俺たちの補佐役になっているのだ。


「そんなものかね」


 いまだにもやもやする俺に、今度はセルアが反応した。


「マサキさんあの時死にかねないような大怪我してたじゃないですか。本当なら今も休んでいるべきなんですよ?」


 あの時というのはエシュバットの魔法を食らった時の話だろう。

 確かに、エシュバットが魔法陣を作ってから受けた魔法で俺は一度重傷を負った。


 あの時は激痛で意識が飛びそうになったところにさらに高火力の魔法が飛んできたから死んだと思ったが、その直後に俺の体の傷が完治して、都合よく暴走モードみたいになったんだ。


 直後に完治したとはいえ、俺が重傷を負ったのはあの場にいた全員が確認しているので、戦闘終了後に一通り心配されたものだ。


「そういえば、そうだったな」


 今でこそ詳細不明の魔王軍の事を気にしていられるが、あの力がなければ俺は今頃重傷を負っていたか三途の川を渡っていたことだろう。


 この世界にも三途の川があるのかは知らないが。


「今はゆっくり骨を休めましょう。ともすれば、私たちが魔王たちと戦わないといけなくなるかもしれないんですから」


「そうでやすよ。あんだけ戦ったんでやすから、旦那も少し休んだ方がいいでやすよ」


 アルミナとシルバもとりあえず休めといってくる。


「まあ、そうするとするか」


 俺はそういうと、城の散策を再開した。

 別に一日中ごろごろしていてもいいのだが、せっかくお城というものを見学する機会があるのに見て回らないなんてことはありえ無い。


 お城とはいっても、一応は生活するための施設。

 大まかに言えば式典用の広間などがある以外は侯爵の…公爵の邸宅と大差はない。


 もっとも、規模はまるで違うが。


 単純な構造だというのにやたら広いせいですぐにでも迷子になりそうな感じではあるが、食堂、客間と案内されているうちにやたらと大きな扉が目に入った。


「ここは?」


「こちらは書庫になっております」


 書庫か。

 この世界に印刷技術というものがあるのかどうかは知らないが、レイモンドさんの書斎だけでもあれだけの本があったんだ。王宮の書庫だったらもっとたくさんの本があるかもしれない。


「中に入ってもいいですか?」


「ええ。どうぞお入りください」


 エルマさんはそういうと、書庫の扉を押し開けた。

 その部屋には、大型の図書館クラスの膨大極まりない蔵書量があった。


 王宮という建物は総じて天井が高い。


 その高さに見合った巨大な本棚と、その本棚の要所要所に立てかけられているやたら高い梯子。


 客商売の本屋とかではまずお目にかかることのできない凄まじい本の山。

 それが俺から見た王宮の書庫の感想だった。


「あら、皆様こちらにいらしたのですか?」


 あっけにとられる俺達に声をかけてくる人がいた。

 エステルナ女王だった。


「王女さ…女王様。こちらで何をしていらっしゃったんですか?」


 セルアが危うく王女といいそうになったが、すんでのところで訂正していた。


「少し息抜きです。これまでいろいろありましたからね」


 思い返せば、彼女もこれまで牢獄に囚われていて、脱獄した直後にエシュバットとの激戦を繰り広げたのだ。

 もしかしたら、あの時の彼女は本調子とは程遠い状態だったんじゃないだろうか?


「皆様もこちらで読書ですか?」


 そんなどうでもいいことを考える俺に、エステルナ女王がそう聞いてきた。


「ええ、そうしようと思ってます」


 エステルナ女王の言葉にうなずく俺達。

 なんだかんだ言って暇だと本を読む癖がついている気がする。


「では、ここはうってつけでしょう。本については、司書がいますのでそちらに聞けば目当てのものも見つかるでしょう」


「それはどうも。じゃあみんな、しばらく自由行動としようか」


「はい」


「へい」


「はーい」


 と三者三様の返事をして思い思いに散らばる三人組。

 アルミナは相変わらず…いや、以前よりもはるかに速く本を読み漁っている。

 もしここの蔵書を読破したりした日にはいったい彼女はどうなっているんだろうとも思うが、さすがにそれには時間がかかりそうだ。


「マサキ様」


 そんなことを考える俺に、エステルナ女王が声をかけてきた。


「なんでしょう女王様?」


「あの、父がマサキ殿と二人だけで話がしたいといっていまして…」


 歯切れが悪くそういうエステルナ。


「俺と?」


「はい。なんでも、アミュレットを使った弟を止めたマサキ様にのみ、話したいことがあるらしいのです」


 ふむ?

 だったらなぜあの場で俺に話さなかったんだ?

 エステルナや、レイモンドさんにも話すべきではない内容なのか?


「今から?」


「はい。出来るなら今からお願いします」


「…わかりました」


 多少引っかかるものを感じながらも、そういわれた俺はエルマさんに案内され、国王の寝室に赴いた。






 マサキさんに父からの用件を伝えた後、エステルナは書庫の中に用意された読書用の机に向かった。


 彼女は基本的に読書好きだ。

 今回のように、激務に追われる中であっても暇を見つけては書庫に入り浸るほどに。


 それに現在王宮はバシュトシュタイン公が実質的に取りまとめている。

 エシュバットについていた貴族たちの拿捕はこちらが驚くほど手早く終わってしまい、残った貴族たちは魔王軍の報告を待ち待機状態なのだ。


 以前血判状を私の前に突き出した貴族たちをバシュトシュタイン公が取りまとめ、国はほぼまとまりつつある。


 根回しの良さに唖然とするしかないが、そのおかげで今私がするべきことは魔王軍を迎撃するために出撃した部隊の報告を待つことくらいのものなのだ。


(とはいえ、迎撃部隊が魔王軍に勝っても負けても、そののちが忙しくなるのは間違いないんですけどね)


 現在出撃中の部隊の隊長は弟の手の者達がほとんどだ。

 そしてその軍の規模は、エストワール王国軍の過半数を軽く上回っている。


 魔王軍を迎撃できたとしても、エシュバットが失墜したことを知ったその部隊長たちがどのように動くかはまるで見当がつかない。

 指揮官であるアルモンド・エシュロスが現状を知ったら、どういう行動をとるかは想像に難くない。


 しかし、それ以前に。


(魔王アルベウス。実力は完全に未知数)


 魔族と呼ばれる存在は、魔物たちよりもはるかに強いと聞く。

 私は今まで出合ったことは無いのだが、熟練の魔法使いたちであっても勝利するのは厳しいと聞く。


 魔王という存在は、大陸中の魔族の中で最強であるということを示している。

 そんな魔王アルベウスの力がどの程度のものなのか、エステルナにはわからないのだ。


 今この書庫で本を読んでいるのも、その魔王の力について何かわからないかと思い本を読んでいるのだ。


「さてと…」


 本の続きを読もうとしたエステルナ。その視界の端にアルミナが映った。

 正確にはものすごい速度で本のページをめくっているアルミナだ。


(え!? あれは、本を読んでいるの!?)


 凄まじい速さで本を読み漁るアルミナに、思わず視線が奪われてしまう。

 気が付けば、エステルナはアルミナの方に歩み寄っていた。


「アルミナさん。ここの書庫はいかがですか?」


 読書の邪魔だとは思っていたが、思わず話しかけてしまった。


「とても興味深い本がたくさんあります。時間を忘れてしまいそうです」


 エステルナが話しかけると、アルミナは読んでいた本を閉じた。

 本のタイトルには『魔物を調査する狂人』とある。


「そちらの本。どうでしたか?」


「とても興味深い内容でした。魔物というものは、動物や植物が変異したり、中には何の前触れもなく出現したりする、という理論を提唱する方がいらしたんですね」


 アルミナさんは、どうやら本当に本をあの速度で読んだらしい。

 彼女が言っていることはあくまでこの本を執筆した研究者の論法で、この世界一般では魔物は魔族や魔王によって生み出されているという認識になっている。


 タイトルにも書かれているように、その本の執筆者は狂人と呼ばれた研究者。

 世間から言わせれば鼻つまみ者だ。

 とはいえ、その一言は本に書かれている内容をしっかりつかんでいるということを何よりも雄弁に語っていた。


「…アルミナさんは、本を読むのがとても速いのですね」


「そうでしょうか? あまり意識したことが無いのでわかりません」


 どうやら無自覚の上でやっていたらしい。

 私も初めて見た純潔のエルフ。


 もともと長寿にして人並み外れたところのあるエルフ族だが、その純血種であるアルミナさんは、自分から見ても底知れない方だと断言できる。


「エステルナ様。女王の襲名、おめでとうございます」


 手に持っていた本を本棚に戻したアルミナが、自分に向かってそんなことを言ってくる。


「ありがとうございます。ですが、私がこの国を率いるというのに、まだ実感がわかないんですよね」


 国というのは巨大極まりない組織だ。

 そんな組織を個人で動かすことは絶対的に不可能。

 そのため、国のトップに君臨する人物には、絶対的に忠臣が必要になってくる。


『人材こそが最高の財産であり国宝』


 この国に伝わる伝統のおかげで、私は今バシュトシュタイン公をはじめとする優秀な貴族たちの手厚い補佐によって何とか王座についているに過ぎない。


「そんなことありません。そのアミュレットよく似合ってますよ」


 すぐに後ろ向きになりそうになる自分に、アルミナがそう話しかけてくれた。


 先ほど父から受け取った首飾りに触れてみる。

 こうして所有してみて改めてわかる途方もない魔力。


 ただのアミュレットに過ぎないこれが、どうしてそんな途方もない魔力を内包し続けることができるのか、その原理はまるで見当もつかないが、確実に自分の魔力が依然とは比較にならないほどに増しているのがわかる。


「…そうでしょうか。私には、過ぎた力だと思います」


「王様から託されたのです。そのアミュレットは、エステルナ様のものですよ」


 アルミナは、何の迷いも曇りもなくそう言い放つ。

 その純粋な一言に、心の奥底でくすぶっていた何かがはじけた。


「…私は、父上を尊敬していました」


 独白のようにつぶやく私の言葉を、アルミナは沈黙を持って受け入れた。


「私は物心ついた時から魔法が使えました。成人するころには、王宮魔導師でさえ比肩するものさえいないほどに腕を上げました。ですが、そんな私にも絶対に勝てないと断言できるほど強大な魔力の持ち主がいました。それが父です」


 魔法が使えるものは、ある程度であれば相手の持つ魔力が分かる。

 魔法の練度までは分からないが、魔力量が完全に上回っている相手であれば、まず間違いなく勝てるものではないのだ。


「そんな父に、私は強く尊敬の念を抱きました。いったいどれほどの修練の果てに、あのような力を身に着けることができるのかと、心底父を敬っていました。ですが…」


 自然と視線が下に落ちる。


「あるときふと知ってしまったのです。父の持つアミュレットの存在に。エストワール王国の国王は、就任した際にいきなり魔力が増大すると。半信半疑だったその逸話を確信したのは、エシュバットが豹変してからです」


 初歩の魔法さえやっと使えるといった有様の弟が、私でさえ及びもつかない高等魔法を用いてきたという事実。そして、その首に父の持っていたアミュレットがあったということ。


 その二つが、私に最悪の事実を確信させてしまった。


「私は、父の力を尊敬していたのです。だから、その力が借り物だったと知った時、父に対する尊敬が、崩れていくような気がしたんです」


 あの牢獄の中で、そんなふうにうなだれている日々がとても苦しかった。

 自らの盲目さにひたすら嫌気がさしてしまう日々だった。

 父に隠し事をされ、弟に裏切られたという事実よりも、はるかに重く苦しく私を苛んでいたのだ。


「今もそうなんですか?」


 俯く私に、アルミナさんがそう聞いてきた。

 まっすぐにこちらを見てくる目に、吸い込まれそうな魅力に、私の視線は持ち上げられた。


「…いいえ。父はすごい人です。こんな物を持っているのに、その力を使わないでいたのですから」


 そういってアミュレットから手を離す。

 エシュバットはこの力におぼれ、この国を思いのままにしようとした。

 おそらく父上もやろうと思えばそういった選択ができたことだろう。


 でも父はそれを望まなかった。

 争うなという、先代の王たちの言葉を守ったのだ。


「よかったですね。あなたのお父様が、本当の意味で信頼できるお方で」


「そうですね」


 力ではなく、その心の在り方に尊敬できる。

 そして、その方がはるかに信頼できる。

 自分の父が、ただ力の上に胡坐をかいているだけの人ではないということに、素直に尊敬できる。


「ええ。本当に良かった」


 再びその思いをかみしめる。

 いつか自分も、そんな父のようになりたいと思いながら。


「アルミナさん。話を聞いてくれて、ありがとうございました」


「いえ。お気になさらずに」


 自分の胸の内をさらけ出すのは、はっきり言って怖い。

 でも、それを受け止めてくれる人がいてくれれば、その行いは、何より自分を強くしてくれる。


 今なら話かる。


 心を通わせられる人の大切さが。


(アルミナさん。本当に素晴らしい方ですね)


 そう思い、エステルナはアルミナに話しかける。


「アルミナさん。この書庫の中にじゃ、私のお気に入り本もたくさんあります。読んでみませんか」


「はい。ぜひお願いします」


 嬉しそうにそういってくれる彼女と、私はあまり味わったことのない感覚を楽しんだ。


 そうか、これが友人という存在なのか。


(いいものですね。初めての友人というのは)

 





「こちらになります」


 エルマさんに案内された先は、当然のごとく国王の寝室。

 一度来たはずなのだが、無駄に広い王宮のせいですぐに道に迷いそうになる。


 テロリスト対策の行き届いた施設とかはその構造もややこしいと聞くが、この王宮の場合はだだっ広さだけで普通に迷子になりそうなんだよなー。


「では、私はしばし失礼します」


 そういうとエルマさんは一礼して少し離れた位置にある使用人用の部屋に向かっていった。


「俺と一対一で話したいから、か」


 そういって扉を開けた先に、国王が一人だけで待っていた。


「よく来てくださいましたな。とりあえず腰を下ろされては?」


 そういって、俺は王に勧められるままに腰を下ろした。


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