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ある日不死身になりまして・・・  作者: 黒々
激突・魔王軍
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アミュレットの秘密

 トレルテ・ヴァン・エストワール。


 かの王が突如病床に伏したため、それに続くように今回の世継ぎ問題が発生してしまった、いわば間接的に今回の騒動の引き金となった人物だ。


 話には幾度となく聞いていたが、実際に合うのは初めてだった。

 なんというか、枯れ木のような人という印象を受ける。

 元からそうだったのかは知らないが、今俺から見てひどく病弱そうに見えるのだ。


 しかし国王が病床に伏したのは、実際にはエシュバットが毒を盛ったというのが事実で、この国王が体調管理をおろそかにしたというわけではないらしい。


 エシュバットにしても、即死級の猛毒を料理に混ぜれば国王暗殺の容疑がかけられかねないため、衰弱していく類の毒を盛っていたと考えれば、今の国王から受ける印象は、元々の彼ではなくエシュバットによってそうさせられてしまった結果ということなのだろう。


 事実、枯れ木のような印象を受ける中にも芯のようなものを感じる。


「初めまして。私はこの国の国王、トレルテ・ヴァン・エストワールと申します。このたびは、娘とこの国がまことに世話になりました」


 そういって目の前の国王が何のためらいもなくこちらに向かって頭を下げてきた。


「こっ、こここ、こ国王陛下!??? 私たちのようなものに何を!!!」


 セルアが相変わらずのテンパりぶりを発揮している。

 そういえば最近権力者らしき人たちに頭を下げられっぱなしだもんな俺達。


「セルア。少し落ち着いてくれ」


 そういってセルアがオタオタしながらも静かになったのを確認すると、国王も静かにその頭を上げた。


「国王様。私たち相手にそのような態度を取られる必要はありません。どうか、普段道理にしていただきたい」


 どうも目の前でセルアがああなるとフォローするのが俺の役目みたいになってきている気がする。


 アルミナは普段成り行きを見守るだけだし、シルバは方言丸出しだ。

 となれば自然とそうなるものかもしれないなと適当に考えていると、国王は軽くうなずいた。


「そうか。では、そうさせてもらうとしよう」


 トレルテ国王は、そういうと途端に言葉遣いを崩した。

 それを確認し、俺は国王に質問する。


「それで国王様。一体なんでまた私たちをここに呼んだんですか?」


 俺のその質問に、トレルテ国王を除く全員が国王を見た。

 どうやら俺たちはもちろんの事、どうも侯爵やジェストさん。エステルナ王女さえも国王の意図を知らないらしい。


 そんな俺たちの視線を集めるトレルテ国王は、一呼吸置くと話し始めた。


「…そうですな。端的に言えば、私が君たちに立ち会ってほしかったから、ですな」


「立ち会ってほしかった?」


 俺の疑問に対して、国王は頷いた。


「私は今日この場で、王位を降りようと思う」


「父上!?」


 トレルテ国王の爆弾発言に、エステルナ王女は驚きと戸惑いの交じった声を上げた。

 俺の隣では、いつもこういう場面でおろおろしているセルアが、おろおろしすぎてリアクションに困っていた。


 意外にも侯爵とジェストさん、そしてアルミナとシルバは悠然としていた。

 俺たちの反応をうかがうことなく、国王は話を続ける。


「エステルナ。そう驚くことは無いだろう。エシュバットに反乱をゆるし、お前とこの国の者達に多大な迷惑をかけた無能な国王が王座に座るようでは、この国の未来はない」


「で、ですが、父上が王座を降りていったい誰が負う座を担うというのです!」


 そう反論するエステルナ王女だったが、その問いの答えは、この場にいる誰から見ても明白だった。


「無論、お前だ。エステルナよ。お前が女王となり、この国を導くのだ」


「そ、そんな! 父上!」


 目に見えて狼狽するエステルナ王女。

 そんなにいやなのかとも思うが、彼女の内心は見えなかった。


「無理です父上、私には!」


「なぜ、そう思う」


 王女の言葉に、国王は静かにそう問うた。


「…私は、未だに未熟者です。今回の一件で、それが嫌というほどに身に染みました。ですから、私が王座をいただくわけにはまいりません」


 そんな王女の言葉を、トレルテ国王は咀嚼するように吟味したのち、その口を開いた。


「否だ。エステルナよ。そう思えるのなら、お前にはこの国を率いる資格が十分にある」


「…どういうことですか?」


 国王の強い言葉に、エステルナは質問で返した。

 かくゆう俺も、王の言葉に興味がある。

 異世界であるとはいえ、人の上に立つものの哲学を知れる機会などめったにないことだからだ。


「エステルナ。お前の才覚はすでにこのわしをはるかに上回っている。わしの娘であるとは思えぬほどのその才を持ちながらも、まるで慢心してもいない。お前なら、権力を握ったとしても、それを悪用することなどあるまい」


「で、ですが、お父様! 私はまだ、あなたほどの魔力もありません!」


 父親からの突然の物言いに少なからず混乱しているのか、初めて会った時のような聡明さがまるで感じ取れない。


「…エステルナ。お前はこのアミュレットの力を理解していたのではないのか?」


「そ、それは」


 そういわれて、王女は黙り込む。


「そういうことだ。私の魔力がお前より強いのは、私がこのアミュレットを所有しているからに過ぎない。このアミュレットは危険な代物なのだ。それこそ、エシュバットのように悪用すれば、何もかもを思い通りにできてしまうほどに」


 そういうと、トレルテ国王はアミュレットを一撫でした。


「このアミュレットは、初代国王よりエストワール王家に代々伝わってきた神器だ。だが、このアミュレットを受け継ぐ際に、我々はある一つの鉄の掟も定めたのだ」


「鉄の、掟?」


 国王の言葉にエステルナ王女が疑問を漏らす。


「お前は、初代国王グリモールがどう亡くなったか知っているか?」


「ええ、この大陸を支配したのち、流行病で亡くなったとか」


 王女の話したその内容は、俺にとっては初耳だったが、少し周りを見渡すと周りの連中には別に以外でも何でもないようだった。

 

 しかしそれは国王が放った一言によって崩された。


「違うのだ。グリモール国王は圧政を敷き、それを見るに堪えられなくなった息子と部下たちに暗殺されたのだよ…」


「なんですって!?」


 そのエステルナの言葉は、この場にいるすべての者の驚愕を表現したように大きかった。


 国王は再びアミュレットを眺める。


「このアミュレットには、無尽蔵ともいえる魔力がある。そして、初代国王がそうしたように、その膨大な魔力を契約した部下たちに供給することもできる」


 しかしと、国王は一度言葉を切った


「力なきものがその魔力を使えば、所有者の心は闇にのまれる。使えば使うほど、己の醜い欲望が抑えられなくなってしまうのだよ。グリモール王は、アミュレットの魔力にすっかり汚染されてしまい、この大陸の人々を支配したのちに圧政を敷き人々を苦しめた。ゆえに、息子たちに暗殺されたのだ」


「そんな…ことが」


 国王の口から語られる国の歴史、その暗部。

それを聞いたエステルナ王女のつぶやきを聞き、王はさらに話を続ける。


「それに気が付いたグリモール国王の息子は、代々アミュレットを所持する国王に『不用意このアミュレットの力を使うな! そして、このアミュレットを国王以外のだれにも渡すな!』という鉄の掟を、代々に口伝として残したのだよ。エステルナ。魔力がないにもかかわらず、そのことを知らずに、このアミュレットを所有したエシュバットはどうなった?」


 国王の言葉に、俺はエシュバットを思い出す。

 何とも傲慢としか言いようのない物腰と、何もかもを手に入れたいという強欲さだけが際限なくにじみ出ていた。


 俺と同じことを思っていたのだろうエステルナ王女は、ただ黙ってうつむいていた。

 弟があのような行動をとったことについて、未だに整理がつかない思いがあるのだろう。


 そして、俺たちが何を見てきたのかを把握したような国王は、その手にアミュレットを持ったまま話を続けた。


「弱きものがこの力にすがれば間違いなく身を滅ぼす。そしてそれが国王であった場合、その暗君は場合によれば国をも滅ぼす。エストワール国王家は、結局このアミュレットを使わないことでしか、問題を先送りにすることしかできなかったのだ」


「ですが、なら、父上はこれまでもずっと、その誘惑を拒み続けてきたのでしょう!?」


 エステルナの言葉に、王は頷き、そして直後、首を横に振った。


「今こうしているときも、わしは自らの心の闇にのまれそうになることに抵抗しなくてはならない。このアミュレットの力を一度でも使ってしまえば、おそらくわしでは正気に戻れまい。元の魔力が、あまりにも貧弱なわしではな」


 そういうと、国王は、自らの首にかけられていたアミュレットを首から外した。


「エステルナよ。お前は強い。平凡な者達しか生まれぬエストワール国王家において、お前だけは例外だ。その強大な魔力を持ち、そして今なお、その才におぼれることのない清廉な魂を持っている。そんなお前なら、このアミュレットの力を支配することさえできるだろう!」


 国王はそういうと、アミュレットをエステルナに差し出した。


「受け取ってくれ。わが娘よ。王位をついで、この国を導いてくれ」


 そのアミュレットに、エステルナは手を伸ばそうとして、その手を引っ込めた。


「できません! できませんよ父上! 私は、今回、皆に迷惑をかけただけで、自分の過ちを正すことさえできなかった! 弟の暴走を止めることも、この国のために満足に戦うことも、何もできなかった! そんな私に、どうしてこの国を導く資格がありますか!」


 エステルナの言葉に、しかし国王は強く反論する。


「その責は、国王であるこの私が負うべきものだ。今回の事件は、私がエシュバットに自らの手で引導を下さなかったからこそ起きてしまったことにすぎない。お前の責ではない。この国で、わしが国王を務めているときに起きた問題は、わしが責任を取らなければならないのだ」


「そ、それは…」


 王の言葉はもっともだった。

 責任者が責任をとる。


 当たり前のことではあるが、そんな当たり前のことをやらない人はいくらでもいる。

 少なくともエシュバットはやるまい。


「お前は、エシュバットとは違う。その心には、確かにこの国を思う心があり、その身には、このアミュレットの誘惑にのまれないだけの才がある。だからこそ、わしはお前にこの力と、この国を預けたいのだ!」


 トレルテ国王の言葉には、ただただ強い決意の身がにじみ出ていた。

 その意思が、エステルナ王女に響いたのだろう。

 王女は、指先を震えさせながらもアミュレットに手を伸ばした。


 そして、その指先が触れた時、アミュレットは突如白銀色に輝きだし、ふわりと浮きあがりエステルナ王女の首にかかった。

 王女がもともと持っていた美貌と合わせて、それはとても絵になる光景だった。


「…今日よりお前が、この国の女王だ」


「…わかりました。この身に変えても、必ずこの国を守ります」


 そういうと、エステルナ王女はトレルテ国王の前にひざまずいた。

 決意と覚悟と約束を示すその行動に、俺たちはただただ目を奪われた。


「頼んだぞ。エステルナ」


 国王がそういうと、エステルナ王女はその場に立ちあがった。


「レイモンド・バシュトシュタイン公!」


 エステルナ王女にアミュレットを託した国王は、続いてバシュトシュタイン侯爵に声をかけた。


「ここに」


 バシュトシュタイン公は、その王の言葉に短く返事をした。


「今回の働きを持ち、貴公を侯爵から公爵に位上げする。また、エステルナをこれからも補佐し、この国のために働いてほしい!」


 その宣言に、レイモンド侯爵改め公爵は、片膝をついて傅く。


「この身に余る光栄。しかし、私にはいささか以上に不釣り合いの称号。国王様。どうかその話は別の者に」


 そういう侯爵に、国王は先ほどまでエステルナに語ったような強い決意の感じられる言葉で侯爵を説き伏せた。


「貴公の働きがなければ、この国は滅んでいたであろう。貴公の功績があったからこそ、エステルナは生還し、エシュバットの野望を滅ぼすことができたのだ。貴公にはこの称号を受け取る資格がある。否、貴公以外に受け取れるものなどいない!」


 そういう国王の言葉に、エステルナ王女が賛成の意を示す。


「そうです。バシュトシュタイン公! あなたなしに、今回の騒動を抑えることなどできませんでした! 卿は、この国に最早なくてはならぬ人物です! どうか、これからも私に仕えてください」


 その言葉に、バシュトシュタイン公はしばし俯いたままだったが、そのまま言葉を発した。


「分かりました。いまだ至らぬこの身ではありますが、粉骨砕身、職務に励む所存でございます」


 そういうと、しかしバシュトシュタイン侯爵改め公爵は、言葉を続けた。


「ですが、今回の最大の功労者は私ではありません。女王様を救出し、エシュバット王子からアミュレットを剥奪した彼らこそが最大の功労者でございます。どうか、私よりも彼らに目をかけてやってください」


 そういって、公爵は俺たちをみて、さらに自分の後ろに立つジェストさんを見た。

 それ見たトレルテ国王は、エステルナに向けて言い放った。


「エステルナ。お前はすでにこの国の女王だ。ここから先のことは、お前が決めるといい」


 そういうとエステルナ女王は、まずジェストさんの方を向いた。


「ジェスト・アイスバルド卿」


「は!」


 そういって、公爵とともに片膝をついて傅くジェストさん。


「貴公には、此度の功績に対して、エルトワール軍の将軍に任命したいと思っている。受け取ってもらえるだろうか?」


「は! ありがたき幸せ! 謹んでお受けします!」


 武人らしさ全開で、そんな返事をするジェストさん。たぶん断っても言いくるめられるのは目に見えているため、速やかに受けたほうがいいと判断したのだろう。


 そういうと、エステルナ女王は俺たちの方を向いた。


「マサキ殿。アルミナ殿。セルア殿。シルバ殿。此度のあなたたちの活躍には感謝の念にたえません。可能であれば、あなた方をこの国の貴族として迎えたく思いますが…」


「いや、それは…」


 俺は空気を読まずにそのままいつも通りの調子で返答してしまった。

 ヤベ、これ不敬罪になったりするんだろうか?

 そんなことが頭をよぎるが、エステルナ女王は特に気を悪くした様子でもなく話を続けた。


「そうかもしれないと思いました。マサキさんたちの功績には、どう報いればいいのかわからないので、皆様については一度保留とさせてもらっていいでしょうか? もちろん、この国にいる間の衣食住は保証いたします」


 ん?

 衣食住が保障されるならとりあえず願ったりかなったりか。


「…わかりました。とりあえずそういう方針でお願いします」


 俺の態度にセルアとシルバが隣でオタオタしていたが、王と女王は特に気を悪くした様子ではなかった。


「ええ、それでは今後は王宮の客間をご利用ください」


「マサキ殿。アルミナ殿。セルア殿。シルバ殿と、おっしゃいましたか?」


 エステルナ女王の言葉の後、トレルテ国王が俺たちを呼び止めた。


「今回は、この国を救ってくださり、誠にありがとうございました。あなた方には、なんとお礼を言っていいのか分かりません」


「いえ。それより、なんでまた俺たちをこんな重要な場に呼んだりしたんですか?」


 今回この場で行われた対談は、それこそ国家最重要機密級の代物だ。

 それをどこの馬の骨とも知らない俺たちの前でする国王の気がしれないのだが・・・


 そんな俺の質問に、トレルテ国王は何の迷いもなく答えた。


「エステルナから話を聞きました。あなた方がいなければ、この国は滅んでいたでしょう。そんな恩人に、何を隠す必要がありますか?」


「いや、見ず知らずの俺たちに、そんな重要なことを…といいますか」


「見ず知らずのあなたたちが、この国のために決死の覚悟で戦ってくれたのです。感謝することはあれど、疑うことなど何もないでしょう?」


「はあ。まあ、そうなるの…かな?」


 首を傾げる俺だったが、とりあえずは納得(?)できた。

 そういって、その場はお開きになった。


 エステルナ・ファム・エストワールが王女から女王になったこと。

 レイモンド・バシュトシュタインが侯爵から公爵になったこと。

 その近衛兵であるジェスト・アイスバルドが将軍になったこと。

 その全てが公に公開されるのはもう少し先の話になる。


 なぜなら、俺たちの知らぬうちに脅威が迫ってきているからである。




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