トレルテ国王
「アルミナ。いる?」
アルミナの部屋にノックする。
考えてみればアルミナからこっちに来ることはあっても、俺の方からアルミナの部屋とかに行くのは初めてだ。
元の世界では女の人の知り合いなんてほとんどおらず、当然こちらから訪ねていくなんてことなどあるはずもない。
だがまあそんなことはとりあえずどうでもいい。
ノックしたらすぐにアルミナが出てきたからだ。
「どうしましたマサキさん?」
「ああ、ちょっと聞きたいことがあって」
「そうですか。ではどうぞお入りください」
そういってアルミナの部屋に入る。
女性の部屋に入るのはどうしてこう緊張するのだろうか?
アルミナの部屋は特に飾られているというわけでもなく、モデルルームか、チェックインしたてのホテルといった感じで、飾り気はないが手入れは行き届いているといった感じだ。
アルミナらしいと思いながら、俺は薦められた椅子に腰を下ろした。
「それで、話とはなんでしょうか?」
アルミナがそう切り出してきたので、俺はアルミナに質問した。
「エシュバットと戦っていた時、俺があいつを締め上げていた時があっただろ?」
「ええ。ありましたね」
エシュバットが奥の手らしき魔法陣を用いた時、俺の方は元々異常なまでの体の強化が、さらに異常なまでに強化されていた。
アルミナがどのあたりから見ていたのかは知らないが、その暴走モードまがいの俺を止めてくれたのはアルミナだ。
「あのままアルミナが止めてくれなければ俺はエシュバットを殺していたかもしれない。それを止めてくれたお礼を、まだいってなかったと思って。その、ありがとう」
そういって、俺はアルミナに頭を下げた。
「マサキさん。頭を上げてください」
アルミナにそう言われて、俺は頭を上げた。
しかしアルミナは彼女にしては珍しく、とても険しい顔をしていた。
「アルミナ? どうかした?」
「いえ、あの時、マサキさんに何があったのか教えてもらってもいいですか?」
「…ああ」
エシュバットが魔法陣を敷いてから先の魔法は、明らかにこれまでの魔法とはレベルが違った。
あの時、あの火球を受けた時、俺は死を覚悟した。
散弾のように叩き込まれた炎の山は、その一つ一つが俺の防御を突破するほどのものだった。
あれを受けたせいで俺の前進は止められ、その直後の魔法で俺は死を覚悟して、そして、暴走した。
「エシュバットが魔法陣のようなものを使用してから、あいつの魔法の威力が跳ね上がった。それで、俺の防御が突破されて、死んだと思った。それから先は、アルミナの見ての通りだ」
「死んだと思ったら、ですか」
「…そういうこと。そのあと、俺は自分の体を自分の意志で動かせなくなって、エシュバットを絞め殺しそうになっていたんだ」
「でも、あの時マサキさんはエシュバット王子を殺そうとはしていませんでしたよ?」
「ん? そうなのか?」
アルミナの言葉に俺はキツネにつままれたような気分になった。
あの時俺は暴走してエシュバットを絞め殺そうとしたんじゃあないのか?
「ええ。だって、マサキさんが本気だったなら、エシュバット王子なんてすぐにでも死んでいたはずです」
ん?
そういえばそうだ。
今の俺でも(絶対にやらないが)その気になれば人を引きちぎるようなことができなくもないだろう。
そんな力で思いっきり首を締め上げれば、うん、間違いなく即死だ。
「じゃあ、いったいあの時俺は何をしようとしてたんだ?」
「おそらくですが、エシュバット王子から、アミュレットの所有権を奪い取ろうとしていたのではないかと思います」
あの首飾りの所有権?
「じゃあアルミナがあの時アミュレットに触れたのは…」
「はい。マサキさんがそうしようとしていたように見えたので、アミュレットに触れて所有権をエシュバット王子から取り上げたんです。本人の意識があれば無理があったでしょうが、マサキさんが意識を刈り取ってくれていたおかげでアミュレットに干渉することができました」
となると、暴走状態の俺はエシュバットが持っていたアミュレットを、エシュバットから取り上げようとしていて、アルミナの協力によってそれが果たされたから俺は元に戻ったということになるのか。
あのアミュレットのことについては分からないことだらけだが、所有権を奪うとなると、ただ首から外せばいいというものではないのかもしれん。
それにしても。
「アルミナ。本当にすごいことをするね」
「マサキさんほどではありませんよ」
アルミナがそう言い返してくる。
確かに俺の身体能力のすさまじさは今更語るまでもない。
だがアルミナのすごさはまるで性質が違う。
エステルナ王女が囚われていた結界を無効化したり、侯爵の書斎にあった本をあっという間に読み切ってしまったり、尋常ではないほどの気配探知力を発揮したり。
エシュバットとの戦いの終幕もそうだ。
彼女は俺の能力の穴を見事に埋めている。
彼女から見て俺が凄まじいのは、単純に俺が彼女の能力の穴を埋めているからに過ぎない。
隣のシバは青いなんてもんじゃない。
俺と彼女は1+1が10にも20にもなるような関係なのだ。
否。
それを言うなら、彼女と出会えなければ俺はこんな力を持っているだけで野垂れ死にしてもおかしくなかったんだ。
「アルミナ。改めてありがとう」
「どうかしたんですかマサキさん?」
俺の礼に、アルミナが小首をかしげて可笑しそうに微笑む。
気が付けばアルミナに何度似たようなお礼を言っているんだろうか。
だが、何度言っても彼女に対する感謝は尽きることが無い。
だからいつも、ことあるごと彼女にお礼を言いたくなる。
今まで戦場から日常生活に至るまで数限りなく助けられた彼女に、俺はどう報いればいいのかもわからない位恩を感じている。
だから、俺は・・・
そんな整理もつかない内心を抱えていると、アルミナの部屋がノックされた。
「はい。どなたですか?」
そういってアルミナが出ると、そこにはセルアとシルバ、そしてメイドのリリナさんがいた。
「どうしました?」
アルミナがそう聞くと、セルアが答えた。
「私達に、王城に来るようにとの指示が下ったらしいのです」
「俺たちに?」
「はい。今回の一件で、王女様から私たちに正式にお礼を言いたいそうで、王城から迎えの馬車が来たんです」
む。
もう数日間くらいは寿司ずめになるかと思っていたが、意外と仕事が早い。
王族といえばそんなもんかもしれないが。
しかしまあ、アルミナに伝えたかった言葉がどっかに霧散してしまった。
まあ、無理に今伝えないといけないような無いようでもない。
「そっか。じゃあ行くか」
そういって、俺たちは侯爵邸の門の前に用意されている馬車に向かった。
王宮にたどり着いた。
馬車に揺られればほとんど時間は取られない。
城門も、王宮から送られた馬車は完全にスルー。
検問などあろうはずもない。
そして俺たちは馬車から降りた後、案内役に従って場内を闊歩する。
しかし俺達が向かったのは玉座の間とはずいぶんと違う位置だった。
(まあ俺たちに正式にお礼を言うといってもいろいろ事情があるのやもしれんしな)
そして案内されたのは、一つの部屋だった。
案内役の人が、俺達を通したその先には、一つの大きなベッドがあった。
そのベッドに、一人の壮年の男の人が横になっている。
そしてそのベッドのそばには、エステルナ王女が椅子に腰かけ、その隣で、バシュトシュタイン公とジェストさんが立っていた。
俺たちの入室に気が付いたエステルナ王女は、椅子から立ち上がるとこちらに向き直り、歓迎してくれた。
「ようこそいらっしゃいました」
王女がそういうのと同時に、先ほどまで寝ていた人物が目を開けた。
「エステルナ。その方々が、そうなのか?」
「はい。父上。この方々が、今回の騒乱で、エシュバットを倒してアミュレットを取り戻してくれた最大の功労者たちです」
王女がそういうと、先ほどまで横になっていたその人は、ゆっくりとその身を起こした。
その首には、エシュバットがつけていたアミュレットがかけられている。
その事実に身構えそうになる俺たちに、その人は名乗り上げてきた。
「初めまして。になりますな。私はこの国の国王、トレルテ・ヴァン・エストワールと申します。このたびは、娘とこの国がまことに世話になりました」
そういって、俺たちの目の前で国王と名乗る人物は頭を下げてきた。
時は約一時間前。
父であるトレルテ国王が目をさまし、国王は王女との面談を強く希望していると聞いた。
現在が火急の時であるといっても、現国王の回復に立ち会わない理由のないエステルナ王女は、国王の病床に赴いた。
父であり、現国王であるトレルテ・ヴァン・エストワールがそこで目を開けて横になっていた。
「父上・・・」
思わずそう声がでる。
その声に反応して、父上はこちらを向いた。
「エステルナ」
そういわれたとき、エステルナは自分の目から涙がこみ上げてくるのを感じた。
いったいなぜ。
驚き、戸惑う中で、しかし彼女はその答えを明白につかんでいた。
最後に父から名を呼ばれたのが、彼女にとっては思い出すことさえできないほど昔の話だったからだ。
父に名を呼ばれた。
それだけで、懐かしさから涙がこみ上げてくるほどに。
「父上・・・」
歩み寄りその手を取る。
気が付けば枯れ枝のようになっていた父の手は、とても冷たかった。
「エステルナ。話しておくれ。わしがここで床に伏せている間に、何があったのかを」
父の言葉は、まるで私の記憶にあった父と似ても似つかないほどにかい離していた。
そんな父に対して、私は大きく戸惑いながらも返事をする。
「父上…それは」
病み上がりの身で、あまりにも酷な話です。
そう続けようとしたが、父上は枯れ枝のような手を強く握り、言葉を紡いだ。
「答えてくれ。エステルナ。お前の口から。全てを」
「…わかりました」
父の強い意志を感じ、私は語りだした。
父が病床に伏したのち、エシュバットが今父の身につけているアミュレットを奪い去ったこと。
自分がエシュバットにはめられて牢獄に囚われたこと。
貴族たちの一部が、そのことを由々しく思い、反乱を企てたこと。
魔王アルベウスがこの国に進軍してくるという異常事態に乗じて、その反乱が決行されたということ。
その貴族の味方をした人物たちの必至の活躍によって、自分が救出され、エシュバットの目論見をつぶすことができたこと。
すべてを包み隠さずに話した。
父はただ静かにそれを聞いていたが、こちらが話し終わったのを確認したのち、静かに呟いた。
「やはり、先走りおったか・・・」
その言葉の真意は分からなかったが、その言葉が誰を指しているのかは分かった。おそらく弟だ。
そんなことをつぶやいた後、父はさらに言葉を紡いだ。
「…エステルナ。お前には、大変な苦労を掛けた」
「…そんな、父上」
それは、あまりに意表を突かれた言葉だった。
今までほとんど事務的な会話以外にしたことが無い父から、そんな言葉が投げかけられるなんて思いもしなかったからだ。
再び目がしらに熱いものがこみ上げそうになったが、父が続けた言葉にそれは止められた。
「エステルナ。今回の騒乱で、お前のために戦ってくれた者達をここに集めてくれ」
「と、おっしゃいますと?」
「いった通りの意味だ。お前のために騒乱を起こすことを計画したもの、実際にお前を助け出した者、その者達をここに呼んでほしい」
そういう父上の言葉に、エステルナは少々躊躇った。
「それは、父上とその者達が謁見するということですか?」
王都一般人が謁見するということは想像以上にハードルの高い行動だ。
まして今は国の一大事。
よほどの名目がなければその面談は成立しない。
しかし。
「そうだ。可及的速やかに、その者達に合わなければならない。この国を救ってくれたものに、この国の王として、伝えなければならないことがある」
父は強くそう言い放った。
はっきり言ったのだ。エシュバットから国を奪い返したこちらに大義があったと。
「…わかりました。では、すぐに呼び寄せます」
「頼んだぞ」
そういうと、トレルテ国王は再び瞼を閉じた。
まだ病床から起き上がるのは難しそうだが、安らかな寝息を立てている姿を見ると安心する。
日を改めてから謁見の機会を作ろうとも思ったが、父の態度はそれを許しそうになかった。
父の病床より出たエステルナは、すぐさま手じかなところにいた召使に指示を下した。
「ここに、レイモンド・バシュトシュタイン公を呼びなさい」
そうして王の病床にバシュトシュタイン公を呼び、そのままマサキ殿たちをこの王城に呼び寄せる手はずを整えた。
すぐさま迎えを呼ぶための馬車を送り出し、その馬車に乗ってきたマサキ殿たちが到着したのち、すぐさま父の待つ部屋に通したのだ。
「エステルナ。その方々が、そうなのか?」
マサキさんたちが到着した直後、父は目を開け私にそう問いかけた。
「はい。父上。この方々が、今回の騒乱で、エシュバットを倒してアミュレットを取り戻してくれた最大の功労者たちです」
私がそう説明すると、父上は重そうに体を起こした。
止めようと思ったが、止めても父はやめないだろうと思い、見守る。
父は起き上がり開口一番に。
「初めまして。私はこの国の国王、トレルテ・ヴァン・エストワールと申します。このたびは、娘とこの国がまことに世話になりました」
そういってマサキさんたちに頭を下げた。