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ある日不死身になりまして・・・  作者: 黒々
第二章 エストワール騒乱編
51/68

片鱗 そして決着

第三章の完結編です。


 エステルナ王女がエシュバットと魔法戦を始めた。

 エシュバットの放つ魔法の威力は、はっきり言って王女よりもはるかに上だ。


 王女は白く両手を光らせ様々な魔法を使い分けていたが、さすがに数回の攻防で限界が来てしまったようだ。


 王女の魔法の発動が追い付かないまま、エシュバットが魔法を放とうとしたとき、俺はエシュバットめがけて手に取っていた剣を力任せに投げつけた。


 この戦いは、このエルトワール王国の覇権を握らんとする者同士の一騎打ちであるべきなのでは? という考えもよぎったが、そもそも部外者の俺にはそんなこと関係ない。


 目の前で味方が危険な時に、フォローしないなんて選択肢を、俺がとれるわけがない。

 そう考えてエシュバットに向けて突撃する。


 突撃する俺に、エシュバットは忌々しそうに魔法を叩き込んでくる。

 全身から赤い発光が見える。


 これは火属性魔法。

 どうにもこいつらは火属性をよく選ぶ気がするが、まあどうでもいい。


 本能が警報を鳴らすままに左方向に回避する。

 膨大な魔力が宿っているであろう火球の一撃は、おそらく直撃すれば俺でもただでは済まない。


 しかし弾道が直線だ。

 火球が俺とすれ違った瞬間、尋常ではない熱量が俺を襲う。


 魔力の余波というやつなのだろう、まともな奴ならそれだけでやられてしまいかねないのかもしれない。


 だからといって俺に有効かどうかは別問題だ。

 熱波を無視してエシュバットに突っ込む。


 悪態をつきながらも、次弾の火球を放ってくるエシュバット。

 だが先ほどの火球に比べてずいぶんと威力が低そうに感じる。


 おそらく正面から受けても軽いやけど位で済みそうだ。

 そう判断した俺は、火球を避けるのではなく腕で払うことにした。

 回避した方が確実といえば確実なのだが、そうした場合突撃の勢いがどうやっても減衰してしまう。

 先ほど俺の体には自己治癒能力まで備わっているということまで分かった。


 ほんと出鱈目としか言えないが、今は素直にありがたい。

 多少の攻撃なら無効化してのける肉体には、さらに自然治癒能力まで備わっているときた。


 なら、火傷の一つや二つくらいなら無視してこいつを倒してしまった方が却って安全というものだ。


 正面に迫る火球を、左腕を盾にするようにして防ぐ。

 火球が衝突した瞬間、思わずとっさに左腕で受けるのを中断してしまいそうになる。


 いくら出鱈目な体だといっても、さすがに条件反射についてはどうにもならない。


 そこを我慢するのは俺の役目だ。

 突撃の勢いを一切殺さずに正面から火球を防ぎきる。


 火球が掻き消えたのを確認し、そのままエシュバットに突っ込もうとしてた俺を…。

直後、さらに数十の火球が迎え撃った。


「まさかこの魔法を使うことになろうとはな」


 集住の火球にはかなりの魔力量が込められていたらしく、火球を受けた俺の全身が焼けただれている。

おかげで動こうとするたびに激痛に体が動くことを拒否している。


ありえない。

魔力というものは圧縮することが基本だ。


あんなふうにばらまいているのにもかかわらず一撃の威力が親衛隊の連中の魔法に匹敵するなど、散弾の威力が大型ライフルと一緒言わんばかりの性能だ。


 そんな中、必死に状況を把握しようとして目を見開く俺の視界に、エシュバットの足元に魔法陣が描かれている光景が映った。


「だがこれで終わりだ」


 そういうエシュバットの右手に炎が集まる。

 あの魔法陣がなんなのかは分からないが、あの魔法はヤバイ! 

これまで見てきたどの魔法よりも明らかに強力だ!


 そもそも威力の低い散弾式の魔法でこの威力なのだ。もしあの魔法陣が魔法の威力を高めているとしたら、通常の魔法でもとんでもない威力になるのは間違いない。


「全員逃げろーーー!」


 動かない体に変わり、必死になってそんな言葉だけを絞り出した。

 

 直後、エシュバットの右手から放たれた炎の玉が、俺に直撃した。






 キイィィン! キイィィィン!


 マサキがエシュバット王子たちに親衛隊を投げつけた直後あたりからジェスト、セルア、シルバの三人もエドガーと戦い始めていた。


 剣と剣の打ち合いであれば完全にジェストの方が上手。

 まともに戦えば、数合打ち合っただけでジェストが打ち勝つのは間違いないだろう。


 しかしエドガーは劣勢になりそうになるたびに突風をジェストに吹き付けるという方法で打ち合い続けている。


 本来、魔法で有効打を与えようと思えばある程度魔力をひとところに集めなければならない。


 そうしないと風魔法であればせいぜいそよ風を起こせるくらいの事しかできない上、ほとんどコントロールすることさえできないのだ。


 しかしエドガーは全身から放たれる風属性の魔力を遠慮なく用いてそよ風を突風まで押し上げている。

 ジェストの記憶が正しければエドガーが魔法を使えたという事実はなかった。やはりエシュバット王子の言っていた契約魔法というものは実在するようだ。  


事実、エドガーがやっていることはただの魔力の浪費に近い。

 普通の魔法使いが魔力をこんな使い方をしてはあっという間に枯渇してしまうのは間違いない。


 そんな使い方をただのけん制ようにしか用いていないという事実に強く呆れが混じってしまうが、こと戦闘においてはそれなりに有効だ。


 もし下手に魔法など使おうものならシルバの投擲がそれよりも早くエドガーをとらえるだろう。

 先のナイフも本来ならエドガーの首に刺さっていたのが風で軌道を逸らされてしまっていただけなのだ。


 エドガーもそのことを重々承知しているのか、先ほどシルバの投擲が的中してから下手に先ほどのよう爆発的な魔力の解放は行っていない。


 魔力放出だけで突風を引き起こすだけでも出鱈目なものだが、それがさらに爆風にさせることまでできるときた。


 それだけの魔力で魔法を発動させるといったいどれだけの威力があるのか考えたくもないが、とにかく今はエドガーとジェストが打ち合い、セルアとシルバが攻撃のすきを窺っているという状況だ。


 エステルナ王女はこの国最高峰の魔法使いではあるが、今のエシュバット王子はマサキ殿と同様で常識に当てはめないほうがいい。

 だが私たちがここでエドガーを食い止めれば、マサキ殿が王女を守ってくれるだろう。


 私が今するべきことは、エドガーを倒すということに尽きる。


 そう考えてジェストはエドガーのすきをうかがう。


 逐一突風によって体勢が崩されるということが起きなければとうに倒しきっていただろうが、このような無茶な魔法の使い方に対する対処法など私の引き出しには入っていない。


 少しでも隙ができれば、全身を鎧で覆っているとはいえエドガーに致命的な一撃を与えることは難しくはない。

 その隙を、逃さないように注意しながら、ジェストはひたすらエドガーと打ち合い続けた。






(あれは……風魔法ではないですね)


 兄の戦い方を見てセルアはそう結論付ける。

 魔法というのは魔力を持って発動させる現象とでもいえばいいだろう。


 その観点から見ると、エドガーが使っているのは魔力の放出だけであり、魔法と呼んでいい代物ではない。


 今のところ、兄はジェストさんと互角に戦っているように見える。

 しかしそれは魔力の放出で牽制できているからであり、それがなければあっという間にジェストさんが圧倒してしまうだろう。


(となると、こちらが勝つために必要なのは)


 そう考え、一つ作戦が思い浮かんだ。


「シルバさん。一つ提案があります」


「? なんでやすか?」


 そう疑問を返すシルバに、セルアはたった今思いついた作戦を伝えた。


「…やってみる価値はありそうでやすね」


 シルバはそういうと、エドガーのを向く。


「じゃあ、行きますよ」


 セルアがシルバにそういって、右手に赤い魔力をあつめる。

それを確認したシルバが叫んだ。


「隊長! そいつから離れるでやす!」


 シルバの指示に、ジェストは大きく一合を打ち込み、その直後に後方に下がる。


「いっっっけ―――!!」


 そういって右手に込めた魔力を用いて、エドガーに火球を打ち放つ。

 火属性魔法の性質は、風属性の魔力を吸収するというもの。

 それでも兄があの魔力を用いて魔法を発動すれば、私程度の火球を掻き消す程度は造作もないはずだ。


 しかし兄は魔力を放出するばかりで、決して魔法を発動してはいない。

 そのため、兄が起こす突風では私の火球も到底消しきれない。むしろ火球の威力が増強されてしまう。


 迎撃態勢が整っているなら回避されてしまうだろうが、さっきまでジェストさんと打ち合っていたなら反応が遅れても不思議はない。


 案の定、兄は反応が遅れ回避がギリギリだ。

 風で迎撃することは逆効果だということは分かっているのだろう、とっさに回避しようとした兄は、さらに自らの目を覆い隠した。


 どうも先ほどの目くらましを再びやられるのではないかと思っていたようだ。


(これは、チャンスです!)


 そう思った時、すでに作戦は進んでいた。

 シルバが持っていたナイフをエドガーに投擲し、そのままエドガーに向けて走り出したのだ。






 目を覆い隠したエドガーは、しかし火球が自分の近くを通り過ぎても発光の一つも発生しない現状に軽く舌打ちする。


 まんまとはめられた。

 急いで両目を開くと、その視界に一本のナイフが映った。

 とっさに身を反らし回避する。


 二回連続で意表を突かれたため、エドガーはたたらを踏む。

 その瞬間、ナイフを投擲したであろう張本人が懐に入ろうとしているのが見て取れた。


(小癪なまねを!!)


 小賢しい。

 全身に鎧を着こんでいる者相手に、ナイフで攻撃しても意味などない。


 ではどうするか。

 決まっている。今俺は兜だけつけていない。そこを狙うことだろう。


 予想通り、ナイフ使いはこちらの首を狙っている。

 そのナイフの軌道に合わせて剣を振り下ろす。

 相手もとっさにナイフで防ごうとしたようだが、剣とナイフが衝突してこちらが負ける道理はない。


 案の定、こちらの攻撃を受け切れなかったナイフ使いは後方にはじかれたように吹き飛ぶ。


 そのまま追撃をかけようとしたとき、視界内にセルアが魔力を集めているのが目に入った。


(今更そんな魔法を放つくらいでこちらに勝てると思っているのか?)


 そう思い魔法の射出に身構えるエドガー。

 しかし、セルアは魔力を右手に集めるだけで、全く放とうとしない。


 なぜ?

 そう思った直後、後方で何かが動く気配がした。


(しまった!!!)


 後方で動いた人物とは、さっきまで打ち合っていたジェストだ。

 セルアとナイフ使いの本当の狙いは、こちらの狙いをジェストから外して隙を作り出すこと。


 度重なる意表を突いた攻撃に、エドガーは完全に翻弄されてジェストのことが頭から消えていたのだ。


 しかし後方から不意打ちをかけるくらいどうということはない。

 どうせ狙われるのは首から上。


 突風を起こした迎撃は間に合わないほど肉薄されても、頭部を守るくらいであればぎりぎり間に合う。


 そう思い、小手を付けた両手で頭を守ろうと両手を上げた時。


 トスッ。


 そんな軽い音とともにジェストの剣がこちらの鎧を貫いた。


「な、き、貴様・・・」


「秘儀『鎧通し』」


 魔力を使われた気配も痕跡もない。

 これは、剣の技量のみで放たれた一撃。


 剣技をある水準以上身に着けた者が用いることができる魔法とは別種の攻撃。

 武技とカテゴリーされる奥義とされているが、まさかこいつが、そんなものを習得していたとは。


「何度か言ったはずです。私たちを侮りすぎだと」


「き、さま」


 エドガーはとっさに言葉を紡ごうとして、しかしその言葉は続くことはなかった。


「全員逃げろーーー!」


 マサキとかいった者の、悲鳴にも似た一言。

 そして、魔法陣の上でこれまでにないほどの膨大な魔力を込めた魔法を発動しようとしているエシュバット王子。


「お、王子さ・・・」


 あんなものを使われては、こちらも無事では済まない。

 とっさに止めようとするが、腹を貫かれてこちらも声が出ない。


 こちらのことなど知ったことではないといわんばかりの王子の魔法が、マサキに向かって飛ぶ。


 その直後。


 ズッドオォォォォォン!!

 

 鼓膜が破れかねないような音と衝撃が響き渡り、エドガーの体は宙を舞った。






 やった。やったぞ!

 エシュバットははっきりとした手ごたえを感じていた。


 マサキと名乗るあの者の耐久力ははっきり言って異常の一言。

 私の持つアミュレットと同質の、理不尽なまでの力とでも表現できる何かを思っているとしか思えない。


 しかし親衛隊たちに苦戦しているという状況が、あの者が決して無敵ではないということを証明していた。


 そのためこの最終手段に出ようと決めていたのだ。


 魔力増幅の魔法陣。

 正確には増幅されるのは魔力ではなく魔法の効果。


 この魔法陣の上で魔法を用いた場合、その魔法の威力は数倍にも跳ね上がる。

 先ほどマサキの動きを止めた火球の連続攻撃は、火属性魔法を散弾状に打ち出す魔法。


 本来であれば多少熱い火の粉程度の威力にしかならないが、アミュレットによって増強された私の魔力なら並みの魔導師の火球並みの威力にすることができ、それをさらに魔法陣で増強すればそれこそ魔力を活性化させた親衛隊どもが放っていた魔法と同等の威力を持つ散弾となる。


 案の定その一撃はマサキにも有効で、一撃一撃が奴の体にやけどを負わせ、それが束になって襲来したため足を止めるに至った。


 その直後、私は最大威力の火球を放つ。

 先ほどの散弾とはまるで異なる、最大級の威力を持つ火球をさらに魔法陣で強化させたものだ。


 この一撃を受ければ、いくらあの男でも無事ではいられまい。


「ク、クククク、クハハハハハハハ」


 あのようなものが姉上の味方をしていたということに多少驚きはしたが、ちょうどいい試し打ちになった。


 このアミュレットの力はあまりにも強大なため、全力で用いることができなかったのだ。


 想像をはるかに上回る威力に、思わず武者震いしてしまう。

 これほどの力があれば、なんでも思い通りにできる。

 そう確信すると同時に笑いが込み上げる。


 自らの野心を果たすにふさわしい力を手に入れたことに対する歓喜が腹の底から湧き上がる。


 目の前に広がる惨状を眺め、悦に浸るエシュバットの目の前で、魔法によって引き起こされた爆炎が晴れていく。


「む?」


 その爆炎の中に人影が立っていた。

 誰だ? などと思うのは愚問というものだろう。


 そんな者、先ほどこちらの攻撃の直撃を受けた張本人であるマサキ以外にありえまい。


(あの攻撃をうけて原形をとどめているとは・・・)


 もっとも本人は満身創痍。

 立っているといっても意識まではないようだ。


 その全身は焼け爛れ、今にもすべてが崩れ去ってしまいそうなほどだ。


「ふむ。私からの情けだ。せめてその身を跡形もなく焼きはやってやろう」


 そう宣言し、再び魔力を集める。

 しかしその直後、エシュバットは奇妙なものを目撃する。

 マサキの全身から、まるで煙のようなものが立ち上がっているのだ。


「なんだ、あれは?」


 そしてその煙は、まるでマサキの体を癒すようにまとわりつき、見る見るうちに体の火傷を治していく。


「・・・そんな力まで持っているとはな」


 今度こそ焼き尽くしてくれる。

 そう身構えたエシュバットは、しかしその煙のようなものから目を離せなかった。


 私が煙のようなものと表現しているのは、それが一体なんなのかがはっきりとわからないからだ。


 透明な湯気のようにも見えなくもないが、まるで魔力にも似たような物にも感じられる。


 しかし、その本質はまるで異なるということがはっきりと見て取れるのだ。

 不穏に思いながらも魔力を集めるエシュバットの目前で、その透明な煙はマサキの体にまとわりつく。


 直後、マサキがその両目を見開き、エシュバットの方を向いた。

 

 ゾクリ。


 その眼光に、エシュバットは背筋が凍るような悪寒を感じた。


 いったいあれはなんだ?


 明らかに先ほどまで戦っていたマサキという男とは別種の気配だ。


 佇まい、表情、眼光、姿勢。

 何もかもが途方もないほど強烈な気配を醸し出している。


 こいつを、一刻も早く消し去らねばまずいと本能が警鐘を鳴らす。


「死ねー!!!!!」


 そう叫び、先ほど放った火球と同等の威力を持った魔法を放つ。


 右手から放たれた豪火球は、まっすぐにマサキのもとに飛んでいく。


 マサキはその豪火球が飛んでくるのを確認したのち、まっすぐ火球に向かって突っ込んでいった。


(馬鹿め、終わりだ)


 そういってほくそ笑んだエシュバットは、直後信じられない光景を目にする。

 マサキは、最大威力の豪火球に正面から激突し、その身を焼かれがらもまるで効いていないかのようにこちらに飛び込んできたのだ。






 この感覚。覚えている。

 誰かほかの人の体に、自分が憑依したような、この感覚。

 この世界に来てから何度か見た夢と同じだ。


 自分の目で見て、肌で感じて、耳で聞いているにもかかわらず、自分以外の誰かに視線一つに至るまでコントロールされているような感覚。


 だが、これはいつも見ていた夢ではない。


 この光景は、さっきまで見ていた王宮で、目の前には魔法陣の上に立っているエシュバットがいる。

 御大層に首元に掲げられたアミュレットがよく見える。


(俺は、いったいどうしちまったんだ?)


 さっきまで俺を苛んでいた火傷の痛はきれいに引いている。

 どころかこれまでよりもはるかに体が軽いような気がする。


 今いったい俺はどういう状態なのかがよく分からない。

 いったいどういう理屈で俺の体が動かせないなんてことになるのか。

 視線一つ動かせないことに強い違和感を覚えるが、今は決して不都合ではない。


 視線の先には、エシュバットが魔法陣の上で先ほど放った火球を再び放とうとしているからだ。


 さっきから試しているが、指の一本はおろか、瞬きの一つも自分の意志では行うことができない。


 この状況。

 いったいどうしたものかと思いながらも、エシュバットは魔法を放ってくる。

 その時、俺の体が飛んでくる火球に真っ直ぐ突っ込んでいった。


(マジかよ! ちょっとタンマ!)


 そう頭の中で叫んでみても言葉が出るわけでも、ましてや突撃するのをやめてくれるわけでもない。


 もうなるようになれと半分やけっぱちになった時、俺(の体)は火球に真正面からぶつかり、突破した。


 しかも俺自身はあまり暑さを感じない。

 威力はそのままさっき俺が受けたものと同じ。


 つまりもともと異常と言い切っても構わない位強化された俺が死にかねないほどの一撃なのだ。


 それを真正面から受けて無傷。

 とんでもないことだ。


 あの魔法は、下手をすれば城壁さえ簡単に破壊しかねないほどの威力がある。

 いくらなんでもそんな一撃を受ければ俺でも危険なはずだが、今はまるで意に介していない。


「な、バカな!」


 そして目の前にいるエシュバットは俺と同じような感想を抱いたようだ。

 その気持ちには激しく合意する。


 もし俺が体を動かしていたなら現状に驚き攻撃の手を緩めただろうが、今俺の体を動かしている何かはそんなこと一切考えていないのだろう。一切の迷いもためらいもなくエシュバットに向かって突撃する。


「くっ!」


 歯噛みをするエシュバットは、続いて緑色の魔力を右手に集める。

 風の大砲でもぶっ放すつもりなのだろうか。


 正直体を動かせない俺には現状把握すること以外にできることが何もない。

 そんな俺の予想通り、エシュバットは俺に向かって風魔法を放ってくる。


 魔法陣によって威力が増強されているのだろう風の砲弾は、再び俺に命中し、激しい衝撃波をまき散らし、霧散した。


(また無効化したのか・・・)


 そんな場違いな感慨を抱くのは、おそらく現状の変化に認識がまるっきり追いついていないからだろう。


 誰もが似たり寄ったりなのは間違いないだろうが、そんな状態の俺を相手にしているエシュバットは浮かび上がる疑問を棚上げして戦闘を続行している。


 とはいえ、もう目の前に肉薄している俺を相手に魔法を外せば危険なのは目に見えているため、エシュバットは黄色い魔力を左手に溜め込み、その手を玉座の間の床に押し当てた。


 途端。

 俺とエシュバットの間に巨大な壁が出来上がった。


 確か黄色は土魔法。

 エルフの里で一度使われたことがあるが、込められている魔力が明らかに桁違いなので強度もおそらく段違いだろう。


 しかしそんなことまるで知ったことではないと俺は拳を振り上げる。

 その拳を叩き付けた時、鋼鉄のように凄まじい強度を持つであろう土壁は一撃で木っ端みじんになった。


 その時、壊した壁の奥から突風が吹きだした。

 普段の俺なら問題ないと分かっていてもとっさに顔をかばったかもしれないが、今の俺はすぐさまエシュバットを捉えている。


 どうやら土壁を作った際に、その後方で風魔法を発動させて上空に飛びあがったらしい。


 俺ならまず間違いなく見失っていただろうが、エシュバットは上空から何かを放とうとしている。

 上にも高い玉座の間で、エシュバットは現在上空と呼んでも差し支えない高さにいる。


 それを確認した時、俺の体が一度大きく沈み、直後、砲弾のような速度でエシュバットのいるほうに跳躍した。


 エシュバットの驚愕に染まる表情が見えた時、俺は奴の胸元を掴みとり、上空から地面にたたき落とした。


 エシュバットが地面に叩き付けられる。

 魔法について卓越したエシュバットも、身体能力については特に突出したものがあったわけではなさそうなので、おそらくこれで終わりだろう。


 上空に飛びあがった俺は、そのまま地面に着地する。

 着地したのち、俺は悠々とエシュバットのもとに歩み寄る。


 いい加減自分で体を動かしたいが、いくら試しても思い通りに動くことはおろか、動きを止めることさえできない。


 俺はエシュバットに向かって歩み寄る。

 アミュレットを用いていたエシュバットは、さっきの一撃で気絶しているようだ。


 あまりにもあっけない幕切れだったような気もするが、そんなことよりも俺が今気になっているのは体の主導権がいつ俺に戻るのかということと、体を動かしている奴がこれから何をしようとしているのかということだ。


 どうも嫌な予感がしてならない。

 悠然と近づく俺は、その手を伸ばして玉座の間を砕くほどの勢いで叩き付けられたエシュバットをその手でつかみあげる。


 持ち上げたエシュバットを、俺はこともあろうに右手で首を掴み、締め上げだした。


(な、おい! やめろ、殺すまでしなくてもいい!!)


 アミュレットを外せばそれだけでいいはずなんだ。

 何もそんなことをしなくてもいいはずなんだ。


 だというのに俺の腕は命令に一切従わない。


 やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめてくれ!


 いくら命令を下しても体は言うことを聞かない。

 勘弁してくれ!これ以上やったら本当に死んでしまう!俺が殺してしまう!


「マサキさん!」


 混乱する俺に、よく響く声が届いた。

 今俺はその声の方に振り向くことができないが、声の主が誰なのかはよく知っている。


(アルミナ!? 城壁の方は…。いやそんなことより体が言うことを聞かないんだ! 頼む。何をしてもいい! 俺を止めてくれ! このままだと・・・)


 いくら伝えようとしても俺の口が開くことは無い。

 アルミナがこちらに駆け寄ってくる音が聞こえる。


 いや、アルミナだけではない。

 セルアも、ジェストさんも、シルバも、エステルナ王女も、全員がこちらに集まってくる。


「マサキ殿。いけません! 王子を殺しては」


「弟を殺さないでください!」


 ジェストさんとエステルナ王女がそう声をかけてくる。

 俺だってそうしたい。

 だが、俺の体はいうことをまるで聞いてくれないんだ。


(頼む。力ずくでも何でもいい。とにかく俺を止めてくれ!)


 そう訴える俺だが、この体は声を出すどころか目で訴えることもできない。

 いったいどうして、こんなことになっているんだ!?


「旦那! よしてください!」


「マサキさん! ダメです!」


 シルバとセルアが俺からエシュバットを引きはがそうとするが、二人の力ではまるで効果がない。


 というより今の俺はエシュバットの魔法さえ効果がないくらいとんでもない状態なのだ。


 このメンバーが魔法なしでどうにかできるとは思えない。


「・・・・・・」


 アルミナだけは俺の方を見て何かを観察しているようだった。


(アルミナ? 何を見ている?)


 そんなことを考えていた俺を余所に、アルミナは「皆さん。少し離れて!」 と口にした。


 アルミナは突如、エシュバットのアミュレットに触れた。

 いったい何をするつもりなのかとみていると、アルミナが触れた瞬間にアミュレットが白く輝きだした。


 いったい何が起こっているのかと混乱する俺を余所に、アミュレットの輝きはどんどん強くなっていく。


 やがて光り輝くアミュレットは、突如エシュバットの首から外れ、宙に浮きあがる。


 いったいどういう原理かは知らないが、ひとりでに宙に浮きあがったアミュレットは、徐々に輝きが収まっていくと同時にゆっくりと玉座の間の床に落ちた。


(いったい何が?)


 そう思う俺にアルミナが声をかけてきた。


「マサキさん。まだ体は動きませんか?」


 そう問いかけられるまで、俺は自分がエシュバットを締め上げているのを忘れ、目の前の現象に見入っていた。


 そして確認する。

 俺の体が動くことを。


 正確には俺の思い通りに動いてくれることを。

 とっさにエシュバットの首にあてている手を放す。


 ドサリという音とともにエシュバットが地面に落ち、ゲホゲホと咳き込んでいた。

 どうやら無事のようだ。


「アルミナ……これは一体?」


 声が出るようになっていることにも軽く驚いているが、そんなことよりもアルミナが引き起こしたのであろう現象の方がよほど俺を驚かせている。


「…マサキさん。詳しい話は後程にしましょう」


 アルミナにしては珍しく歯切れが悪い。

 まあ無理に今聞きだす必要もないのかもしれないな。


「分かった。またあとにしよう。それよりもジェストさん。これで今回の騒動は・・・」


「はい。アルミナさんがここにいるということは、城門の突破はなったということなのですね?」


 ジェストさんの質問に、アルミナが答える。

「はい。城門を守る魔法使いたちは全員倒しました。おそらく問題ないでしょう」


「では、今回の戦いは」


 ジェストさんが俺たちを見回す。


「我々の勝利です!」


 その言葉に、俺は深くため息をついた。

 体力的にはさっきの一件で回復していたのだが、今日は何かと激戦続きだったため精神的な疲労が半端ないのだ。


 それに、最後に俺の体が自由に動かなくなったときの馬鹿げた戦闘力と体の自由が利かなくなったという事実。


 いろいろと分からないことだらけではある。

 だが、ジェストさんが言ったように、とりあえずこの騒乱は俺たちの勝利に終わったのだ。


「では、エステルナ王女。勝鬨を上げましょう」


「分かりました」


 ジェストさんとエステルナ王女は立場上この後もやらないといけないことがいろいろありそうだな。


「俺は疲れたから侯爵の屋敷に戻ってもいいですか?」


 だがそういうしがらみは俺には関係ないし、何より今は疲れた。

 俺の提案にジェストさんは頷く。


「分かりました。ついでですが、侯爵に今回の戦果を報告していただけませんか?」


「ええ。それくらいなら喜んで」

 侯爵も今回の一件の報告は首を長くして待っていることだろう。

 何しろ朗報を持ち帰らなければまず間違いなく侯爵の首が飛ぶのだから。


「マサキ様。アルミナ様。セルア様。シルバ様」


 さて帰ろうと思った矢先、エステルナ王女が俺たちに向かって頭を下げた。


「今回の一件は、皆様の協力がなければ我々の敗北は必至でした。本当にありがとうございました」


「おおお、王女様! そんな恐れ多い!!」


 セルアがものすごくテンパってる。

 まあ当然といえば当然か。

 彼女からすれば雲の上の存在に頭を下げられているようなものだろうからな。


「頭を上げてください。俺たちは侯爵邸に戻ります」


 似たようなやり取りを侯爵ともしたような気がするが、まあどうでもいいや。


「はい。後程使いのものを送ると思いますので、その時まではゆっくりと骨を休めてください」


「どうも」


 そういって俺たちは王宮を後にした。

 もちろん城門正面から出るなんてまねしたら侯爵の軍の人に見つかってしまうため、アルミナにチェックしてもらって安全確実なルートから脱出した。


 侯爵軍の人たちも俺たちの事なんて知らんだろうし、敵と勘違いされて足止めくらうのも面白くない。


 場内に進入したときと同じ手順で場外に出て、侯爵の屋敷に戻ろうと歩き出したとき、城内から歓声が聞こえてくる。


「・・・私達。やったんですね」


 セルアがそうつぶやいた。


「ああ。やったんだ」


 何を成したのか、これからどうなっていくのか、これがいいことだったのかは俺にはまだ分からない。

 ただ、一つのことを成し遂げたという達成感が、俺の中に満ちていくのを感じる。


「・・・いいもんだな」


 そんな俺のつぶやきを最後に、俺たちは侯爵邸にたどり着くまで心地いい静寂の中に響く歓声を聞きながら歩いて行った。






「・・・やってくれたようですね」


 窓から王城を眺め、レイモンドはそうつぶやいた。

 王宮から歓声が聞こえる。


 あの場でいったい何があったのか、詳細は何一つわからない。

 ただ、王城の中にいる兵士の数から考えると、ここまではっきり聞こえてくるような鬨の音は、王城内で見張りを担当している兵士だけでは到底足りないのは明白だ。


 つまりこちらが勝利したのだ。

 ふと視線を下ろすと、こちらに向かってくる人影が4人あった。

 手元にあるベルを鳴らして執事を呼ぶ。


「いかがいたしましたか旦那様?」


「マサキ殿たちが戻られました。出迎えてあげてください」


「かしこまりました」


 お辞儀を一つ返して、執事はその部屋を後にする。

 マサキさんたちもやってくれたようだ。


 本当にありがたい。


 いずれにせよこれから先は忙しくなるだろう。

 マサキさんたちにも、しっかりお礼をしなくてはならない。

 そう思い、レイモンドは窓から見える王城をただ眺めていた。

ここまでお付き合いいただきありがとうござした。

作者の都合により、9月までは執筆、投稿のペースが落ちると思いますが、これからもよろしくお願いします。

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