音響魔法
魔法使いたちが広域魔法や範囲魔法を次から次へ放っている。
あんな無茶な魔法の使い方をしていてはまず間違いなくそのうち体がボロボロになるが、おそらくその前に侯爵の軍が全滅してしまう。
そう判断したアルミナは、可及的速やかに魔法使いを制圧するために風魔法を放つ。
しかし不意打ちをするために探知されにくさを優先した風弾は威力にかけるため、アルミナの予想通り敵の魔力の奔流に威力の大半を飲み込まれる。
あの魔力の放出は、魔法使い相手であれば防御としても有効に作用する。
だからといってまねするつもりには到底なれないが。
威力の大半が相殺された風弾は、魔法使いに直撃したにもかかわらず、多少姿勢を崩させただけに留まり、有効打には到底至らなかった。
そればかりか、魔法使いの一人がアルミナが魔法を放った方に向き直る。
(さすがに見つかりますよね)
これまで不意打ちで相手の数を減らすことができたのは僥倖といってもいい。
もし十人以上の魔法使いが全員こんな状態になっていたらと考えるとアルミナをもってしてもさすがに少々分が悪い。
(まあ、この人数でも相手に回すのは大変ですけど)
だからといって放っておくわけにはいかない。
放置すればそれは双方にとって最悪な結果になる。
なぜこんなことになったのかはひとまず置いておくことにする。
それは現在直面している問題を解決してから考えるべき問題だからだ。
もう隠れている場合ではない。
茂みの中からアルミナは飛び出す。
アルミナに向けて、全身が緑色に光っている魔法使いが魔法を放とうとしている。
おそらく広域魔法でわたしに回避する余裕を与えないつもりだろう。
個人相手にそんな非効率な魔力の使い方など普通の魔法使いはまず行わないが、今彼らは際限なく魔力を注ぎ込まれている状態なので、浪費だろうと関係なく高等魔法を乱射してくるのだ。
今回は先ほどヘルトさんに用いたような無効魔法は使えない。
今のところ中和できるのは火属性の魔法だけ。
ほかの属性については未だに検証中なのだ。
正面突破してしまうのも悪くはないが、それでは相手の生存を保証できない。
でも、高等魔法が自在に扱えるからといって、彼らが優秀な魔法使いかといえばそうでもない。
アルミナの右手に風属性の魔力を集まる。
あの魔法が炸裂すれば、私に回りに無数の風の刃が吹き荒れることになる。
そしてマサキさんならいざ知らず、私にはそれに対する耐久力はない。
そのため対処法もおのずと変わってくる。
瞬間。
相手の魔法使いが私の周囲に竜巻を引き起こした。
ただの竜巻ではない。
その旋風の一つ一つが鋭い刃のように研ぎ澄まされているため、触れただけで私の体位なら簡単に切り裂かれてしまう。
しかし、私はその竜巻が発生する直前にある風魔法を発動させていた。
それは風の勢いを弱めるという、風を起こすものとは真逆の目的を持つ魔法。
侯爵の書斎の中にあった魔法書の中にあった魔法の一つだったのだが、魔法の軍事利用という側面が強いエルトワール王国では風を弱めるとい魔法の必要性がなかったようで、研究熱心な魔法使いが半分趣味のように作り上げた代物らしい。
しかしこの場においてこの魔法は非常に有用。
魔法を打ち消そうとすればどうやっても相手の魔法と同等の魔力を消耗してしまうが、この魔法の場合相手の魔力の流れを把握した場合その魔力消費量は極めて少量なのだ。
私の周囲から強風域がなくなる。
無風にする意味はないため、周囲には微風が起こっている。
しかしこの魔法はあくまで強風をそよ風に変える程度。
竜巻の中にある無数の真空の刃までは防げない。
だがそれには別の対処法がある。
私の耳に、私の魔法によって書き換えられた微風と相手の竜巻がぶつかる音が響く。
その音を頼りに、私は一歩左に身をかわす。
そこを真空の刃が通過する。
微風と強風、その風同士の衝突によって私の耳に届くかすかな音が風の流れを教えてくれる。
マサキさんの話では竜巻の中心はほぼ無風なので、その地点にいることができれば問題なく回避できる可能性を示唆してきた。
実際それは正しかったわけだが、かなり大きな規模の竜巻であるにもかかわらず中心の安全地帯はアルミナひとり分もない。
そのためアルミナは自分の周囲の風を弱めて安全地帯を造りだし、真空の刃の接近を探知する手法をとった。
竜巻の中で巻き起こっている風がすべて真空の刃であれば、こんな回避方法は不可能だっただろうが、さすがにそんなことまでのことは魔力任せにだけでは到底できるものではない。
そんなことをしようと思えば、膨大な魔力を欠片も残さずに利用してのける技量が必要になる。
この竜巻の大半はただの強風で、私たちにとって致命的になる真空の刃はその一部だけだ。
もちろん普通の兵士たちが相手であれば強風に足を取られているうちに真空の刃に切り刻まれるが、私を捕らえるには数が少なすぎる。
自らの周囲を微風に書き換え、風の流れから刃の襲来を予測し回避する。
その動作を繰り返していると、ついに相手の竜巻が勢いを弱めた。
そのタイミングに合わせて魔法使いに向かって走り出す。
相手の魔法使いも、私が竜巻を躱したことに驚いたのか追撃の手が鈍い。
しかし私はマサキさんのように瞬間移動じみた突撃はできない。
そのため相手の魔法使いは戸惑いながらも私に向かって迎撃用の魔法を放ってくる。
しかし先ほど広域魔法を回避されたことが響いているのか、通常の魔法である風弾を飛ばしてくる。
私は右手を緑色に輝かせる。
その手で相手が放ってきた風弾の軌道上を腕で一撫でする。
すると風弾は軌道を逸らしてアルミナのすぐそばを通過していく。
通常魔法といっても、今の相手は魔力が垂れ流し状態なので自然と膨大な魔力が含まれている。
真正面から迎え撃てば相殺するのは骨が折れる。
そのためアルミナが選択した手段は魔力の流れを作り、相手の放つ魔法の軌道を逸らすというものだった。
風弾に限らず、魔法に物理的な干渉をすれば魔力が炸裂してしまうが、魔力のみで干渉した場合、魔力の劣る方が打ち消されるだけになる。
しかしその打ち消される魔法で相手の魔法の軌道を逸らすことは不可能ではない。
魔力の多さだけでは到底魔法の戦いを制することはできない。
魔法というものは適切なタイミングで最も効果のある魔法を選択し、正確に発動させることが何よりも重要なのだ。
魔力だけが無尽蔵でも、アルミナにはいくらでもあしらう方法がある。
アルミナに飛来する大量の風弾をひたすら後方に流しながら、魔法使いに肉薄する。
そして懐に入った直後、アルミナはひそかに自分の左手に集めていた魔力を開放した。
直後。
キイイィィィィィィイン!!!!!
という音が王宮の広場に響きわたる。
この魔法もマサキさんによって考案された魔法の一つで、彼は音響魔法と名付けていた。
先ほどセルアが発動させた閃光魔法と同様の攪乱魔法だが、こちらはセルアが使った者よりもさらに強力。
周囲数十メートル内にいるすべての人に、敵味方関係なく三半規管を狂わせるものだ。
アルミナは魔法と発動させる直前に右手と左肩で両耳をふさいだが、それでも至近距離で炸裂する大音響に平衡感覚が狂い思わず地面にへたり込んでしまう。
しかし何の備えもできていなかった相手の魔法使いの被害はそれどころではなく、その場でドサリと倒れこんでしまった。
倒れこんだのはその魔法使いだけではなく、少々離れたところにいる兵士たちや、その兵士たちと戦っていた警備兵たちもまとめて効果が及んだようで、全員が突如ふらりと体を揺らし、次の瞬間倒れこんだ。
(うまくいったようですね)
自分が放った魔法でフラフラするのは多少情けないような気もするが、しかし効果範囲内で意識があるのは自分だけ。
そしてこれで敵の魔法使いたちは全滅した。
戦果としては十分以上。
(あとは侯爵の軍がどうにかしてくれるでしょう)
そう思い立ち上がろうとしたとき、敵の魔法使いの二人がゆらりと立ち上がるのが視界に移った。
(まさか、効かなかった!?)
幾度目かの驚愕がアルミナを戸惑わせる。
しかし至近距離で受けてはいないため彼らは私達より攻撃の効果が薄かったのだろう。
そして二人からは今もなお魔力が放出され続けている。
その魔力の放出が魔法効果を緩和し、音響による衝撃を防いだのだとすれば、納得できない話ではない。
さすがに彼らも影響がないわけではないだろうが、だからとって今相手にするのは厳しすぎる。
(・・・だからといって、弱音を吐くわけにはいきませんね)
そう思い、立ち上がろうと膝に力を込める。
条件は五分、ならここからが踏ん張りどころ。
そう思い、右手に魔力を集める。
相手の魔法使いたちもこちらに向いて魔法を放とうと腕を振り上げ。
直後、後方から迫ってきた人物に打ち据えられ、糸の切れた操り人形のように倒れ伏した。
その人物は、私にも見覚えのある方だった。
「アルミナ様。ご無事でしたか?」
「ランツさん」
反乱軍の本拠地で、ジェストさんの補佐をしていたランツさんが、こちらに気を取られていた二人を一息に切り伏せてくれたのだ。
「ありがとうございます。危ないところを助けていただいて」
「いえ。お礼を言うのはこちらです。アルミナ殿があの魔法使いたちの相手をしてくれなければ、我々は全滅していました」
ランツさんは、剣を杖代わりにしていた。
おそらく先ほど私が放った音響魔法の範囲内ギリギリにいたのだろう。
そんな中でこちらに助太刀するために来てくれたのだ。
見れば騎馬に乗っている人たちの中には、反乱軍の本拠地の中で見かけた人たちが多い。
おそらくジェストさんの連絡に従ってここまで来たのだろう。
(今回の一件で反乱軍の方にはたくさんお世話になりましたね)
そんなことを考えながら、徐々に回復してきた感覚に従って立ち上がる。
「ランツさん。先ほど戦った魔法使い達ですが」
「ええ。まっとうな魔導師ではありませんね。少なくとも王宮にあれほどの魔導師はいませんでした」
だとすると、やはり彼からは修練によってあの力を身に着けたのでも、先天的に膨大な魔力を持っていたというわけでもなく、いわば魔力だけを外部から注ぎ込まれたようなものだった。
それも一時的ではなく恒常的に。
いったいどれほどの魔力があればそんなことができるのか見当もつかない。
「ランツさん。こんなことができるとしたら・・・」
「ええ。私にもこんなことができる人物一人だけしか心当たりがありません」
あくまでも仮説にすぎないが、確認しないという選択肢は浮かばない。
なぜならその人物は、現在マサキさんたちが相手をしているはずだから。
「ここはお任せしてもいいですか?」
「ええ。構いませんが、どちらに向かわれるのですか?」
「マサキさんたちのもとに向かいます」
私の言葉に、ランツさんは眉をひそめた。
「今マサキ殿たちはエシュバット王子と戦っているのですか?」
「はい。そのはずです」
私はこちらに加勢するために抜けたが、マサキさんたちはそのまま玉座の間にいるエシュバット王子のもとに向かったことだろう。
「・・・わかりました。ご武運を」
「はい。お互いに」
そういって私は玉座の間を目指して走り出した。
先ほど戦った魔法使いの強さは尋常ではなかった。
マサキさんたちなら大丈夫だろうとは思うが、万が一ということがあるかもしれない。
いま彼らが相手をしているのは、味方が再起不能になることもいとわずにあのような惨劇を作り出した張本人なのだ。
そう思うと、自然と急いで向かわなければならないという思いがわきあがる。
(みなさん。どうか無事でいてください)
アルミナはそう祈りながら、再び戦場に身を投じる。
この王城の中で最も過酷な戦いが繰り広げられる戦場へ。