アミュレットの力2
アルミナは物陰から様子をうかがっていた。
ヘルトを倒した今、こちらの優勢はほぼ間違いないだろう。
残る魔法使いはわずかに三人。
私の存在にうすうす気が付いているのか、先ほどから小規模の魔法しか使っていないためわたしが隙を突くことは難しいが、数で勝る侯爵の兵士たちに押されている。
見れば反乱軍の本拠地で出会った人たちも交じっている。
城門が突破されたため、内部に騎馬で駆け込んできたのだろう。
城内で騎馬に乗る必要性があるのかはわからないが、おそらく本拠地からここまで乗ってきたままこちらに来たのだろう。
ここはもう任せてもよさそうなものだが、アルミナには一つどうしても腑に落ちないことがあるのだ。
(なぜこの人たちはこんなにも魔法を使い続けることができるのでしょうか?)
アルミナから見て彼らは決して魔法をあそこまで使い続けられるような存在ではない。
魔力それそのものはほぼ無尽蔵に生成されるが、だからといって無制限に使えるというものではない。
人の肉体は、魔力を受け入れる器のような役目がある。
つまり魔法を使えば、器の中にある魔力を消費して魔法が発動する。
減少した魔力は時間経過に伴って回復する。
大まかに説明すればそんなところだ。
この原則には、ハイ・エルフである私であっても例外ではない。
そうであるにもかかわらず、あの三人の魔法使いたちは、セルアさんやエステルナ王女でさえもとうに魔力が枯渇してもおかしくないほど魔力を消費しているはずなのに、まるで衰える気配を感じない。
私から見て、彼らにそこまでの資質はない。
それにも関わらず、あそこまで魔法を連発するという現状に、一縷の不安がよぎる。
あれではまるで、精霊アルミナスの加護を受けているときの私のようだ。
私の場合は霊樹の結界内でしか加護を受けることができない。
そのため、現在私はほかの人に比べて破格の魔力を内包しているだけで、あそこまで無遠慮に魔法を乱発することはできない。
その不安のせいでここから離れることができない。
そして、自分の不安が正しかったということを思い知ることになる。
突如三人の魔法使いたちの全身から、魔力の発光が放たれだしたのだ。
(な! あれは!)
その現象は、私から見ても異常の一言だった。
高位の魔法使いであれば、全身の魔力を右手などに集約させることは十分に可能だ。
私も以前それを使っていたし、先ほど戦ったヘルトさんも用いていた。
しかし、それは全身の魔力を活性化させ、その魔力を集約して初めて意味を成す。
全身の魔力を活性化させるだけであれば、ただの浪費と何も変わらないのだ。
もはや疑いようもない。
あの魔法使いたちは、私が精霊の加護を受けていた時のように、何らかの加護を受けているのだ。
しかしその加護は、もはや過剰としか言いようのないほどのものだ。
私もアルミナスの加護を受けていればできなくもないかもしれないが、今目の前でおこっている現象は明らかに異質。
おそらく魔法使いたちの器に入りきらないほどの魔力が常に注がれ続けているせいで、ああやって無理やりにでも放出しなければ肉体が崩壊しかねないため、本能的にああなっているのだ。
あんな状態を続ければ、まず間違いなく魔力の器の方が摩耗する。
(本人たちは気が付いていないようですが・・・)
多少混乱しながらも状況を分析するアルミナの目の前で、無造作に魔法使いたちが魔法を放つ。
ドゴオォォォォォン!!!
そんな衝撃音とともに、先ほどまで魔法使いたちを追い詰めかけていた兵士たちが一蹴された。
驚いたことに魔法使いたちは広域魔法をほとんどノーモーションで発動してのけたのだ。
信じられないといいたいところだが、高等魔法の発動に必要なプロセスである活性、収束、射出のうち、彼らには活性が必要ない。
高等魔法の発動が困難なのは、魔力を活性させながら収束させるという作業が必要だからだ。
つまりただ単純に収束し射出するだけの彼らから見れば、高等魔法に該当する広域殲滅魔法も、通常の火球と同じ要領で発動させることができるということになる。
このままでは、みんなが死んでしまう。
味方だけではなく、魔法を使っている当の本人たちまで含めて。
(止めないと!)
不利を承知で、アルミナは駆け出す。
目の前で倒れていく人たちを助けるために。
目の前で崩壊していく定めの人たちを救い出すために。
目の前でおこっている光景に理解が追い付かない。
六人の親衛隊がそれぞれさまざまな光を放っている。
一種幻想的ともいえる光景ではあるが、その光景に感動している余裕は俺にはない。
何しろこいつらが放ってくるプレッシャーに、俺の本能が危険信号をバンバン鳴らしている。
こんなにやばいと思ったのはゲイルの魔技を目の当たりにしたときくらいのものだ。
親衛隊のうちの一人、体を赤く光らせている奴が、俺に向かって火球を放ってくる。
普段であれば気にせず食らっていたかもしれないが、今回俺はほぼ無意識に回避を選択した。
その判断はどうやら正解だったようだ。
ゴウッ!!
そんな極めて物騒な音とともに俺の頬をかすめた火球は、城の壁を破壊し、そのまま貫いて彼方まで飛んで行った。
ゾクリとした。
今の一撃は、ゲイルの魔技と同等のプレッシャーを感じた。
つまり今のこいつらは、俺にダメージを与えることができるくらいの魔法を使うことができると考えて差し支えないのかもしれん。
今の一撃も、直撃していたら、俺は・・・
火球を回避した俺は、しかしわずかばかり体勢を崩した。
その隙をついて、緑色に光っている親衛隊の男が、俺に向かって何かを飛ばしてきた。
いや、なにかではない。
これは、アルミナに見せてもらった風の弾丸。
肉眼ではかなり見えにくいが、完全に見えないというわけではない。
高速で迫る魔力の塊を、体をかがませて回避するが、完全に回避しきれず、右肩を軽くかする。
ズキン!
風の弾丸が右肩をかすった瞬間。
俺の右肩に、鈍器で殴られたような痛みが走った。
久しぶりの感覚に思わず顔をしかめる。
そのタイミングを好機ととらえたのか、ほかの親衛隊の連中が一斉に俺に切りかかってきた。
四人分の切りおろしが俺の体をたたく。
こちらは俺の体がいつも通り弾き返してくれたため問題ないようだ。
連中の攻撃によってできた隙を利用して、目の前の一人にケリをかます。
蹴られた敵はものすごい勢いで真上に吹き飛び、とんでもなく高い天井に激突した。
(やべ。加減を間違えた)
蹴り上げてからそう思うが、正直言ってもう手加減している余裕なんてない。
さっきの風の弾丸は、直撃していたら無事でいられる保証のない代物だった。
おそらく先ほど俺が回避した火球もそのくらいの威力があったことだろう。
(こいつらと交戦して無事に済むとは考えない方がよさそうだ)
最悪、死ぬかもしれない。
そう考えると逃げ出したくなる。
その選択が俺の頭をよぎった時、視界の端に王子たちと対峙する四人の姿が映った。
・・・そうだったな。
戦っているのは俺だけじゃあないんだ。
今。俺は目の前にいる五人の敵倒すためだけに戦っているのではない。
親衛隊たちに、仲間を攻撃させないために戦ってもいるのだ。
俺が、自分から引き受けた役目、責任があったんだ。
迷うな。
もし俺がこいつらに負けたら、そのツケはほかの誰かに回ってしまう。
俺が逃げても、責任を放棄した負債は、必ずほかの誰かが追うことになる。
誰が負うのかは知らないが。
セルア、ジェストさん、シルバ、エステルナ王女。
もし俺が負ければ、その負債を、誰かが別の形で負ってしまう。
たとえば命を失うという形で…な。
(それはだめだ)
俺が敗北するよりも、俺がこいつらに及ばずに死ぬことよりも、俺の甘い考え方のせいで仲間が傷つくことだけは許せない。
俺は仲間たちの中で、おそらく一番強い。
だが、その強さは借り物で、借り物に頼っていたせいで今まで何の覚悟も決意もできなかった。
土壇場まで追い詰められて、命の危機に直面して、ようやく少しだけ覚悟らしきものが決まったようだ。
俺が負けようと、傷ついて倒れようとも、やらないといけないことがある。
(こいつらを殺したくないなんて甘いことはもう考えるな。仲間を助けるために、俺はここで果たさないといけないことがある)
死ぬのは嫌だ。仲間を失うのも嫌だ。敵を殺すのも嫌だ。
何もかも嫌なら、それを貫き通す強さが必要になる。
しかしその強さは、残念ながら俺にはない。
なら、覚悟を決めろ。
もっとも必要ないものを切り捨てろ。
固まりかけている覚悟を、はっきりと形にするために、俺は一言言い放った。
「死にたくない奴は、今すぐこの場から逃げ去れ」
その一言で、不思議と覚悟が定まった。
「なるほど。そういうことだったのですね」
エドガーから魔力が際限なく放出されるのを目の当たりにして、ジェストはそうつぶやいた。
「隊長? 何かわかったんでやすか?」
「ああ、場内にいる魔導師たちは、ほとんど魔王の迎撃に向かったにもかかわらず、我々を迎え打ってくる魔導師が多かった理由が」
ジェストはそういうと、まっすぐエシュバット王子の方を向いた。
「つまり、王子はそのアミュレットを用いて、自らの手駒を、魔導師にした。そういうことなのですね?」
ジェストの問いに、エシュバット王子は頷く。
「その通りだ。この国の最大の戦力である、魔導師部隊が城を空けたとあれば、反乱分子がいぶりだされてくると考えてな」
「つまり私たちはまんまと罠にはまったということですね」
エシュバット王子は、魔導師が城からいなくなれば反乱を起こすものたちが現れると踏んでいた。
そして、もくろみ通りに反乱を起こすものたちが現れた場合はそのまま反乱分子を殲滅し、自らの地位を確たるものにしようとしたということか。
無論、反乱分子に敗北すれば王子の計画は地に落ちる。
しかし王子には隠し玉があったということだ。
王宮の魔導師たちをも上回る手札が。
そう考えれば、今回の遠征の総大将に親衛隊の隊長を指名したのも納得がいく。
「一つおたずねしたい。今回の魔王討伐軍の総大将になった、アルモンド・エシュロス卿にも、そのアミュレットの加護があるのですか?」
「無論だ。アルモンドは親衛隊の中で唯一魔技を扱うことができる男。そのままでも強かったが、魔力をこれで増強してやれば、たとえ魔王といえども打ち破れよう」
自信を持ってそう言い切るエシュバット王子は、味方の敗北を考慮してはいないようだ。
そしてエシュバットはマサキ殿と戦っている親衛隊たちを見た。
「魔王迎撃に向かった親衛隊たちにもあれができる。魔物がいかに多かろうと、魔王がいかに強大だろうとも、何の問題もなく屠ってくることだろう」
「なるほど。それなら好都合というもの」
「なんだと?」
王子の言葉に対して放たれたジェストの一言に、エシュバットが反応した。
「正直、この国で騒乱を起こした直後に魔王に攻め込まれれば、王国が崩壊しかねない。しかし、話を聞く限りでは魔王であっても足止めくらいはしてくれそうで安心しました」
「・・・貴様。何を血迷ったことを言っている? この場で命運が尽きようとしている者が言う言葉ではないぞ?」
エシュバットの怒気をはらんだその一言に対し、ジェストは軽くかぶりを振った。
「命運が尽きるのはこちらではない」
ジェストの言葉に、王子の隣で成り行きを見ていたエドガーが割り込んだ。
「世迷言を。今この場でたたき切られたいか? 貴様らは俺が仕留める。あそこで戦っている猪武者が仕留められるのも時間の問題。これでなぜ貴様らの命運が尽きないといえる?」
「そちらはいろいろと勘違いをしている」
エドガーの言葉をぴしゃりとさえぎり、ジェストは腰に佩いていた剣を抜いた。
その直後、マサキと戦闘を行っていた親衛隊の一人が、凄まじい勢いで真上に飛ばされ、天井に叩き付けられた。
天井に叩き付けられたものは、なすすべもなく玉座の間の床に激突する。
「マサキ殿を侮りすぎです。あの方は、あなたの親衛隊程度に後れを取るほど軟な方ではない。親衛隊はマサキ殿が、あなた方は私達が倒す。それで今回の騒動は終わります」
「ふざけたことを!!」
エドガーがそういうと、右手をジェストさんにかざす。
緑色の光を放つエドガーの得意とする属性は風。
風の弾丸がジェストに向かって高速で飛来する。
常人では反応さえもできない高速の魔法を、ジェストは軽く屈んで回避しそのままエドガーに突撃した。
「小癪な!!!」
懐に入ろうとするジェストに、剣を振り下ろしてくるエドガー。
しかしジェストは、振り下ろされた剣の腹に自分の剣を当てて軌道を逸らし、そのままの勢いでエドガーに体当たりをかました。
「な!?」
あまりにも見事にさばかれたエドガーが、たたらを踏む。
その隙に合わせて、ジェストが再び踏み込んでくる。
「なめるな!!」
そう叫び、周囲に旋風を巻き起こす。
魔力に任せた強引極まりない方法だったが、さすがにジェストもこの旋風の中を突っ込んではこれないようだった。
旋風を収め、体勢を立て直そうとしたエドガーは、しかしその時左腕に何かが刺さっていることに気が付いた。
ナイフだ。
騎士甲冑の金属と金属のつなぎ目に刺さっていたのだ。
「ぐっ。あああああああ!!!」
刺さっていることに気が付いた途端、違和感が痛みにすり替わる。
いったい誰が?
ナイフを引き抜き、あたりを見渡した時、妹であるセルメリアの隣でナイフを構えている男が目に入った。
「な、き、貴様!?」
エドガーがうろたえる様子を見て、ジェストは静かに言葉を紡いだ。
「ここにいる者達を侮っている。それが、あなたたちがしている勘違いであり、敗因です」