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ある日不死身になりまして・・・  作者: 黒々
第二章 エストワール騒乱編
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アルミナの秘策

 エシュバット王子親衛隊の矢面に立った俺を、エドガーも王子も怪訝そうな顔で見てきている。


(なんだこの馬の骨は?)


 彼らの内心を言葉にすればそうなるだろうか?


 だがまあ侮ってくれるならその方がやりやすい。

 どうマッチアップするのかなんて面倒な考え方はもうやめだ。


 王女はエシュバット王子の、セルアは兄の相手をしたいらしいが、包囲されている現状ではそれは望み薄だ。


 だとすれば、俺がやることは一つだ。


「あんたたちに一つだけ教えておく」


 俺がそういうと、王子は片眉を吊り上げた。


「こっちが何の勝算もなしに戦いを挑んでいるなんて思わないことだ」


 そういって俺は真っ直ぐにエドガーに突っ込む。

 エドガーの左右を固めている親衛隊が迎撃しようと魔法を発動しているが、完全に出遅れている。


 ほかの魔法使いたちも、慌ててその手を光らせるが、俺の突進は止めようがない。


 エドガーの奴も俺のスピードに完全に面喰っていたようだが、すんでのところで剣を引き抜く。


 だが俺の狙いはお前じゃあない。

 エドガーの射程に入る直前に方向転換し、今まさに右手を赤く光らせている魔法使いに拳を叩き込む。


 多少の加減はしたものの、比較的に手加減抜きの一撃だったので、当然のごとく殴られた魔法使いはそのままだだっ広い大広間を横断するように吹っ飛び壁に激突した。


 しかし敵もそう甘くはない。

 俺が魔法使いを殴った瞬間に残りの魔法使いが俺めがけて魔法の集中砲火を浴びせる。


 殺傷能力が高い魔法をチョイスしているようで、連中は火魔法しか使ってこない。

 あっという間に俺は業火に包まれた。






(何者だったのだあの男は?)


 玉座の間の一部が炎上する中でエシュバット王子はそう思った。

 突然どこの馬の骨とも知れないような奴が、挑発してきたかと思ったら、とんでもない速さでこちらに駆け寄ってきた。


 住んでのところでエドガーが剣を抜き、迎撃をしようとしたかと思えば、突如方向転換して親衛隊の一人を殴り飛ばした。


 そして今、その男は幾多の火球が直撃している。

 煙が激しくて様子はうかがえないが、あの状態では生死はもとより死体もかなり無残な状態となっていることだろう。


「何かほざいていたようだが、ただの猪武者だな」


 奇襲で配下の一人を屠って見せたのは見事だが、所詮はそれだけだ。


 仲間が一人、勝手な行動を取り、無残に死に絶えたことで姉上たちにも動揺が走っていることだろうと思い、嘲笑ってやろうと思い姉上たちに向き直って・・・様子がおかしいのに気が付いた。


 相手は四人。

 そこは変わっていない。


 しかしその四人には一切の動揺がないのだ。


 いや、正確に言えば姉上とその隣の身のこなしがよさそうな男には若干の困惑が見て取れないこともないが、目に見えた狼狽はないといっていい。


 さらに奇怪なことに、エドガーの妹らしき少女と、一番奥にいる凡人としか言えないような男の二人に至ってはその困惑すら見て取れない。


(いったいどういうことだ?)


 気に留めるようなことではないと思いながらも、違和感がぬぐえない。

 まるで自分が見ているものと、相手が見ているものがまったく一致していないような感覚に眉をひそめた時。

爆炎の中から何かが飛び出してきた。


 先ほどの集中砲火の後、ほとんどの親衛隊はすぐさま姉上たちの包囲に戻っていたため、完全に意表を突かれた。


 疾風のような人影が親衛隊を一人、また一人と屠っていく。


「貴様あぁぁぁ!!」


 親衛隊の一人が、叫びながら抜刀し、その者に切りかかる。

 その一撃をとっさに回避したせいでその者は足を止めた。


 その人物に、私はもとより、副隊長のエドガーも、親衛隊たちも息をのんだ。


「貴様・・・なぜ生きている?」


 私の部下たちをあっさりと屠ってのけた張本人は、先ほど火球によって焼き払ったはずの猪武者その人だった。






 先ほどから誰かに邪魔され続けている。

 はっきりとそう感じるがいったい誰が邪魔しているのかがいまだに見当がつかない。


 城門から侵入してくる敵をひたすら迎撃するヘルトは、しかし思うように圧倒できずに歯噛みをしていた。


 侵入してくる敵に魔法を叩き込むことはたやすい。

 現にほとんどの敵は、火球を叩き込むことで葬ることができている。


 しかし、こちらは完全に数で劣っているため、広域魔法を放ちでもしない限りはどうやっても後手に回ってしまう。


 広域魔法を使えば確かに話は簡単だ。

 しかし火球などと違って全身の魔力を集約、拡散させる広域魔法はどうしても発動までに時間がかかるうえに集中力が必要となる。


 その隙を突かれて何者かの魔法に打ち抜かれてしまった親衛隊の者達が、ヘルトの後方に転がっている。


(・・・最早見事としかいえまい)


 要所要所でこちらの動きを封じてくるやり口。

 しかしそれでいてまるで尻尾を掴ませない巧妙さ。


 そんなことをやってのける者をただ敵に回すだけでも厄介だというのに、今は多数の敵兵士がこちらになだれ込んできている。


 おかげで常に周囲を警戒しながら敵兵を一人ずつ魔法で撃退するという非効率極まりない戦闘を続けるしかなくなっているのだ。


 激怒したい感情を飲み込み、ひたすら目の前の敵に火球を叩き込む。

 ほかの属性の魔法でも構わないといえば構わないのだが、ほかの魔法と違って火魔法は周りを巻き込みやすいので戦闘中では最も使いやすい。


 だからといってこちらの劣勢は動かない。


(・・・賭けに出てみるとするか)


 広域魔法を発動させるために全身を赤く光らせる。

 今までの敵の奇襲は、広域魔法の発動に最も集中力を使うタイミングでこちらの死角から目視が困難な風魔法によって行われていた。


 ならば逆にこちらからあぶりだしてやる。


 全身の魔力を右手に集約させた瞬間、魔法を発動させるのを放棄し、魔力を霧散させる。


 それと同時に思いっきり地面に身をかがめる。


 案の定私の頭上を風の弾丸が通り過ぎて行った。

 通過した弾丸が城壁に激突する。


 先ほどはっきりと自分の頭上を通過したため、城壁の穿たれた地点の対角線上に敵がいるということになる。


「ここは任せる! わしはネズミを始末してくれる!」


 そういうと、親衛隊の部下たちは短くうなずく。

 それを確認し、敵の潜んでいるであろう地点に向かって走り出す。


 大まかな位置は分かっている。細かい位置まで完全に把握しているわけではないため、あとは範囲魔法を用いて敵をいぶりだせばいい。


 広域魔法を発動しようと思えば、全身の魔力を片手に集約させる必要があるが、範囲魔法であればそこまでの手間は必要ない。


 広域魔法が爆弾を作り上げるのだとすれば、火属性の範囲魔法は火炎放射のようなものだからだ。


 だからといって火球に比べれば隙が大きいので、奇襲をかけてくるものがいる状態ではつかいにくかったのだが、いまは大雑把とは言え敵の位置がわかっている。


 自分の右手が真っ赤に発光する。

 もはや二次被害など考えている場合ではない。


 この魔法でいぶりだしてくれる。

 そう考え、魔法を発動させる。


『火炎の鞭』


 火炎を線上に放射する単純な魔法ではあるが、魔力がある限り発動し続けられるうえ、手をかざした方向に放たれるため、発動中であっても軌道を変えることが可能なのだ。


 自由自在に舞う炎の鞭。

 無尽蔵の魔力を用いてこの辺り一帯を灰燼にしてくれようと、魔力を放出し続け・・・突如火炎の鞭が掻き消えた。


「な、なに!?」


 いったい何が起こった?

 あたり一面に放った火炎は周囲の芝生や植木を燃やしているが、突然わしが放った魔法が掻き消えるという現象に理解が追い付かない。


 そんな中、炎が掻き消えた付近の物陰から一人の女性が出てきた。


「ふう。危ないところでした」


 そんなのんきな一言を言い放つ敵の容姿に、一瞬目を奪われた。

 腰までとどく長髪、すぎるといえる程に整った容姿、何よりも我々とは明らかに形状の違う耳の形が示している。


 この者は。


「エルフ族か?」


 さっさと仕留めてしまった方がよさそうなものだが、ついそんな質問が口から出てしまった。


「はい。私はアルミナと申します」


 律儀に自己紹介までしてくる目の前のエルフの女からは、まるで気負いも緊張も感じられない。


「さっきからわしの部下にちょっかいを出していたのはお前か?」


「はい。その通りです」


 呑気であるといってもいいかもしれないが、あれほどのことをやってのけるような敵なのだ。

 見た目にだまされてはならない。


「あなたのお名前はなんですか?」


 エルフの女はそんなことを聞いてくる。


「・・・ヘルトだ」


 無視してもよかったが、ほとんど無意識的に返答してしまう。

 目の前の相手からは、威圧感の類は一切感じないが、形容しがたい迫力を感じる。そのせいだろうか。沈黙を貫くという選択肢が浮かばない。


「ヘルトさん。私たちの目的は、あなたたちを倒すことで、決して滅ぼすことではありません。どうか降伏してくれませんか?」


 何を呑気なとしか言いようのない提案をしてくる。


「貴様。わしをなめているのか? そんな下らん提案を飲むと思っているのか?」


「どうでしょう。無駄な争いを避けることができるかもしれないなら、決して無意味なことではないと思います」


 ふん。こんな甘っちょろい小娘にいいようにやられていたかと思うと虫唾が走る。


「覚悟はできているんだろうな。我々をなめてくれたツケはしっかり払ってもらうぞ」


 そういって、全身を赤く発光させる。

 死角から奇襲されるのならまだしも、真正面から対峙しているなら対応もできる。


 それに対して相手はただ右手をかざすだけにとどまっている。


(馬鹿か? この女)


 今わしが使おうとしているのは広域魔法だ。

 この距離から放てば、たとえ回避したとしても確実に爆風に巻き込まれ致命傷を負うのは目に見えている。


 今から逃げ惑うならまだ分からなくもないが、まるで正面から受け止めてやると言わんばかりのあの様子は正気の沙汰ではない。


「死ね!」


 そう言い放ち、『豪火炎弾』を放つ。

 それに対してエルフの女はそのまま右手を突きだしたままだ。


(もらった!)


 そう思ったその時、再び目を疑う現象が発生した。

 豪火炎弾が、アルミナとか名乗ったエルフに衝突する寸前に掻き消えたのだ。


「な、何が起こったというのだ!」


 豪火炎弾は間違っても突如掻き消えるような魔法ではない。

 たとえ同規模の風魔法とぶつかったとしても相殺されるだけで掻き消えるようなことにはなりえないのだ。


 放心しているわしは、エルフがだらりと下ろしているだけの左手が薄緑色に光っているのにまるで気が付かなかった。


 次の瞬間、わしの腹に衝撃を感じたと思ったら視界がグルリと回り、地面に激突した。


「い、いったい、なに、が・・・」






「本当にすごいですね。この魔法は」


 たった今相手の火属性魔法を掻き消したのは、ここ数日間マサキさんと一緒に研究した成果だ。


 侯爵の書斎にあった本を読み終わったのち、私とマサキさんは空いた時間を利用して様々なことを検証していった。

 私はマサキさんにたくさんの事を質問した。


 さすがのマサキさんもその全てに答えることはできなかったが、彼の言うカガクというものを学んでいる最中は、書斎の本を読んでいた時よりも心が高鳴った。


 ただ、こちらが一方的に質問していただけかといえばそれは違う。

 マサキさんは不思議な知識があるばかりではなく、発想も奇抜の一言で、唐突に「アルミナ。魔法ってこんなことはできないの?」と私に質問してくることが多々あった。


 今回使ったのもそのやり取りの中で生み出されたまだ名前さえついていない代物で、魔法を打ち消す性質を持ったものだった。


 魔法の研究を繰り返す中でマサキさんが唐突に「なあ、魔法を無効化する魔法とか、魔法を跳ね返す魔法っていうのはないの?」という質問をしてきた。


 始めはそんなことできるものなのだろうかと心底疑問に思ったものだが、試行錯誤といくつもの偶然に助けられ、ついに完成してしまったのだ。


 先ほどの範囲魔法をかき消したのも当然私達の研究成果によるものだ。


 火魔法を掻き消す性質を持った魔法。

 マサキさんは空気には燃える空気ともえない空気があり、燃えないほうの空気を生み出せれば火魔法を中和できるのではないかといっていた。


 それを練習して言った結果生み出された対火魔法用の魔法がこれだ。


 それにしても


(本当に底の知れない方ですね。マサキさんは)


 あれほどの戦闘力に加えて、侯爵の書斎にある本にも書かれていないようなことをたくさん知っているということ。


 そして何よりもそれだけの力や知識を私たちのために惜しみなく使ってくれること。

 それは、エルフの里の中で生きてきた私には斬新としか言えないものだった。


 あの人と出会えてよかったと心底思える。


 あの人の隣にいることができることは、私にとってこの上ない幸福だ。


 いつか、その恩を返したい。


 マサキの内心など知らないアルミナは、そう決意して残りの魔導師たちの対処に向かった。

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