開戦
ふむ。
エシュバット王子の予想通り、この城に攻めてくる手勢が現れた。
エシュバットの親衛隊であるヘルトは、王子の命令によって城壁警備のために駆り出された。
第一目的は逃亡した王女を逃がさないことだが、現在はそれに優先する事態が発生している。
反乱が発生したのだ。
今も目下城門を突破しようと攻城兵器を持ち出している。
「生意気な」
右手が赤く光りだす。
火球を生み出し、それを真っ直ぐに敵の攻城兵器に向けて放つ。
攻城兵器が火に包まれ、周囲に板的兵士に飛び火する。
敵兵からも弓矢が飛んでくるが、こちらの魔導師の風魔法によって勢いを失いこちらまでとどくことはない。
魔法を使える者がいる部隊といない部隊ではその戦力根本的な差が発生してしまう。
一定レベル以上の魔法使いの魔法は攻城兵器にも匹敵する威力を持っており、そんな威力を持つ砲台は人間なので小回りも効くし判断力もある。
そのため本来騒動が発生した場合、魔法使いは最優先警護対象となり、一般兵士は全力で魔法使いたちを守ることが定石となる。
だからこそ彼我の戦力差は歴然である。
見た限り今回の反乱に魔法使いは混ざっていないようだ。
そしてこちらは魔法を使えるものたちがおよそ二十人。
それだけ言えば頼りない数字に聞こえるかもしれないが、この二十人はとある理由により魔法をほぼ無制限に使うことができる。
そのため要所要所を魔法で攻撃するだけで敵の部隊の攻撃はあっさりと勢いを抑えられるのだ。
城壁を登ろうとする梯子に、門を破ろうとする道具に、次から次へと火球を叩き込む。
敵の攻撃は矢を放ってくるのみで、それも風魔法で守られている私に届きはしない。
こちらは敵が密集しているところや、城壁を登ろうとする者達を適当に焼き払うだけの簡単な仕事だ。
もとより攻城戦というものは守る側が圧倒的に有利だ。
城攻めには十倍の兵が必要というが、それは単純に数をもって相手を疲弊させなければ到底城を攻め落とすことができないということでもある。
敵の兵力はこちらの十倍以上いるだろうが、だからといって戦力まで十倍かといえば答えは否だ。
「全く。我々に勝てると思っているとは、身の程知らずも甚だしい」
敵に魔法使いがいないというだけでこのアドバンテージだ。
そのため急がずに敵の数をゆっくりと減らしていけばいいというだけの話なのだ。
案の定、敵の攻撃は目に見えて衰えてきている。
(このままいけば勝てる)
そう思った矢先に、それは起こった。
ドガアアァァァァァン!!!
そのような爆発音が響き渡ったのだ。
「何事だ!!」
そう叫んで、何が起こったのかを理解した。
城門が開き、場内に敵兵士がなだれ込んできたのだ。
この城門は、言ってしまえば巨大な閂によって閉ざされている。
複数人でなければ開閉することさえできないような巨大で重い閂ではあるが、しかし内部から破壊するだけなら高位魔法が使えるものには造作もない。
(いったい誰が!?)
多少混乱するが、しかし現状が悪いかといえばそうでもない。
「これでは広域魔法の餌食になるだけだな」
城門から敵兵士がなだれ込んでくるだけであれば、そこに攻撃範囲の広い魔法を放つだけで敵を殲滅できる。
部下たちを手で制して、私の全身が赤く光る。
広域魔法。
それは全身の魔力を集約させ爆発させる高等魔法。
威力そのものもかなりのものだが、特に攻撃範囲に優れるこの魔法は火球と違い着弾点に爆風を引き起こし敵を殲滅するため、敵がまとまっていればいるほど効果を発揮する。
全身を覆っていた赤い光が右手に集まる。
『豪火炎弾』
着弾地点を中心に破壊の嵐が撒き散る火球。
その圧縮された炎の塊を敵に向かって放つ。
その時。
ドガアアァァァァン!!!!
放った豪火炎弾が、敵に向かって飛んでいる最に爆発した。
「な、なんだあぁぁ!!!」
その悲鳴はいったい誰のものだったのだろう。
その場の全員が上げたものだったのかもしれない。
いったい何が起こったのかはわからないが、周囲に巻き起こった爆発により城壁の上に陣取っていた我々に対してとんでもない熱量が押し寄せているということだ。
「うああぁぁぁぁ!! 熱い! 熱い!」
そんな悲鳴が聞こえる。
私も全力で熱波から身を守るように風魔法で熱を逸らせているが、反応に遅れた者や、対処を間違えた者、そもそも魔法を使えないものは爆発に巻き込まれ大やけどを負っただろう。
「いったい何が!?」
時間経過とともに熱波が収まった。
四方八方に拡散した熱量は正直言って異常の一言。
私が放った豪火炎弾が暴発したという可能性もなくはないのかもしれないが、正直ここまでの威力はない。
加えて言えば空中で暴発のしようがない。
あの魔法は着弾地点を中心に爆発するようにできているのだ。
つまり、先ほどの爆発は私の豪火炎弾を撃ち落とした何者かがいるということになるのだ。
今の爆発で城壁上に陣取っていたこちらの兵士も魔導師も巻き込まれた。
場内に進入してきた敵兵にもある程度の被害は確認できるが、私の魔法が直撃した場合の被害よりはるかに軽微といえる。
今の現象が人為的な物なのは間違いない。
あまりにもこちらに都合が悪すぎる現象なのだ。
(なめた真似をしてくれたな!!!)
城門が解放され、敵兵士たちが城内に入り込んでくる。
「なめるなあぁぁ!! 皆殺しにしてくれる!!」
こちらの戦力は半減してしまった。
だが問題などあるまい。こちらは魔法を無尽蔵に使うことができるのだ。
ただし先ほどのような魔法を使う相手が潜んでいるとあっては兵士の相手に注力することもできない。
となればこの場で仕留めておく必要があるだろう。
そう考え、残存するすべての戦力に城壁から降りるように指示を下す。
こんなことをしてくれた張本人には地獄を見せてやらねば気が済みそうにない。
アルミナがマサキに提案したのは、自分が味方の兵士の援護を行うというものだった。
単純ではあるが、自分一人で敵の魔導師たちを敵にするということについてマサキはかなりためらったものの一つだけ約束してアルミナが援護に回るのを許可してくれた。
『アルミナ。絶対に無茶だけはしないでくれ』
彼は本当にやさしい人だ。
心底そう思う。
だからこそ、私も彼との約束を果たさないといけない。
自分が使える力を最大限に利用し、敵に対して最も有効な効果がある策をとる。
そのために、まずは自分の気配探知力を最大限に生かし隠密行動に徹底した。
城壁が確認できる位置に隠れ、慎重に気配を探知していると、場外の兵士たちが城門付近に集まり、こじ開けようとしていることが分かった。
しかし無理に集まりすぎると敵魔法使いにまとめてやられてしまうと判断したのだろうか、あまり極端に密集してはいない。
(なら、城門を開けるのが私にできる最善策ですね)
城壁の敵は完全に敵兵士の迎撃に意識が向いている。
全身から赤い光が放たれる。
右手に集約された炎の魔力。
それを集約させたまま、城門の閂めがけて打ち放つ。
衝撃音とともに閂が破壊され、場内に味方の兵士たちが入ってきた。
作戦は成功したといえるかもしれないが、まだ完全に成功したというわけではない。
敵の魔法使いの一人が、門をくぐった兵士たちに向かって火属性の広範囲魔法を放とうとしていた。
このままでは城門をくぐった兵士たちが狙い撃ちされるだろう。
敵に気づかれないように慎重に魔力を右手に集める。
再び右手が緋色に光りだす。その光の色を、さらに赤色まで変化させる。
時間はかかるが、そうすることで相手に気づかれないまま高等魔法の発動の準備を整えることができるのだ。
相手も全身から放たれる火属性の魔力を右手に集約させている。
感覚を極限まで研ぎ澄ます。
同時に魔力を整える。
可能な限り早く、鋭く放つことができればそれだけ敵に感知されにくくなる。
城壁の上にいる魔法使いが、赤く光る右手をかざす。
今がチャンスだ。
相手が魔法を発動させようとしている瞬間は、どうやっても周囲への警戒がおろそかになる。
時間をかけてゆっくり圧縮し、研ぎ澄ませた魔法を放つ。
高速で音もなく飛んで行ったその火球は、敵の魔導師が放った広域魔法衝突する。
その直後、大爆発が巻き起こる。
相手が魔法を放った直後の出来事だったため、敵兵のほとんどはその大爆発に巻き込まれている。
(想像以上ですね)
侯爵家に滞在している最中に、マサキさんは私とセルアさんの魔法の練習に付き合ってくれた。
だからといって私は全力でマサキさんに魔法を放っていたわけではない。
セルアさんは文字通り全力で魔法を使っていたようだったが、私が本気で魔法を用いた場合どのくらいの威力になるのかがはっきりとは分からなかったので、全力で使用するのは躊躇っていた。
普段そんな大威力の魔法を使う必要などないに等しいが、今回は掛け値なしの全力で魔法を発動させた。
ハイ・エルフに覚醒してからの私は、魔力の総量はもとより、一度に使える魔力量も増強されていたことは分かっていた。
しかしそんな中、全力で魔法を使用したことは今までになかった。
今回についても全力で放ったわけではないのだが、自分が放った魔法の威力がここまでとは予想していなかった。
今後は魔力の加減の仕方も身に付ける必要がありそうだ。
(それでは、兵士さんたちのお手伝いを続けましょうか。早くマサキさんたちのところに行かないといけませんし)
そう思い、陰から蔭へと移動しながら、隠密行動を続けるアルミナだった。
目の前でエステルナ王女と、エシュバット王子の言い争いを聞く中、俺は戦力分析をしていた。
もっとも俺にバトルスカウターのような便利な機能はない。
確認したのは単純に彼我の兵力差だ。
こちらは俺、セルア、ジェスト、シルバ、そしてエステルナ王女の五人。
そして向こうはエシュバットとその補佐らしき男に、武官のような連中が十人の計十二人。
数ではこちらが負けているため、質で勝らなければこっちの勝利はありえない。
エシュバット王子と、その側近たちの戦闘能力は未知数。
「エドガー。遊んでやれ」
「承知しました」
これ以上話すことは無いと判断したのか、エシュバットがエドガーにそう命令すると騎士甲冑をまとった側近らしき男エドガーとともに、王子の周りにいる連中が俺たちを取り囲むように動き出した。
よく訓練されている連中だな。
そんなことを考えながら状況を確認する。
真正面には騎士甲冑を来たエドガーとかいう側近らしき奴。
そこから左右に五人ずつで鶴翼の陣を組んで俺たちを包囲している。
このまま魔法攻撃でもされれば、まず間違いなく俺は全員をかばいきれない。
一度挑発してみるか?
そんなことを思ったとき、セルアが俺の前に出た。
「兄さん」
騎士甲冑を来た男に向けてそう言い放つセルア。
(兄さん!?)
そういえばこの間セルアの奴、親衛隊副隊長が自分の兄だといって驚いていたな。
エドガー。
そうか、あいつがエドガー・バレンタイン。セルアの兄か。
「ふむ。見間違いかと思ったが、やはりお前だったかセルメリア」
そういえば彼女の本当の名前はセルメリアだったな。
「兄さん。どうしてエシュバット王子の親衛隊に・・・」
彼女は、この国の偉い貴族に無理やり嫁ぐことになったが、それを断り奴隷になりそうになった。
そのため彼女はこの国を捨て、流れ者の村へ流れ着いた。
俺が知っているのはこのくらいだ。
「なんだエドガー。その娘はお前の兄弟なのか?」
「ええ。といっても、血のつながりなどありませんがね」
???
いったいどういうことなんだ?
セルアの話は聞いていたが、実際にはもう少し複雑なようだ。
「残念だよ。可愛い妹が、こちらで用意した縁談を断り、家から追放されたばかりか、生まれ育った国家に反逆するようなまねをするなんて」
「兄さん…」
兄に対して何かを懇願するような彼女にはいつものように陽気な彼女は感じられなかった。
思えば彼女は家から追われ国から追われた身なのだ。
思うことなどいろいろあることだろう。
たとえば兄に対してぶつけてやりたい思いも。
そしてそれについてはエステルナ王女についても同じ。
戦力的に言えばあまりいい判断とは思えない。
だが、だからといってここで清算してしまわなければならない問題もあることだろう。
となればもうやることは一つだ。
「…みんな。親衛隊の相手は俺がしよう」
そういって、俺はセルアをはじめとする仲間たちの前に仁王立ちした。