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ある日不死身になりまして・・・  作者: 黒々
第二章 エストワール騒乱編
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エステルナ王女

 あの時戦うことを選択していれば。


 牢獄の中で、いったいどれだけそう後悔したことだろう。


『エステルナ王女様。どうか私たちの旗印となっていただきたい』


 あの時、私に嘆願した貴族たちは、本当にこの国を憂いた人たちだったのだ。


 牢獄にとらわれていた間中、ずっと思っていたことがある。

 どうして、私はあの時私は、戦うことを選ばなかったのだろうと。


 いや、理由は自分でもわかっている。それは私の慢心が招いたことだ。


 弟が王権を握れば、この国がどうなるかはわかっていた。

 しかし私は、同時に弟のことを見くびっていた。

 才覚に乏しく、何をやっても私はおろか人並みの成果を上げることさえなかった弟を、私は腹の底で見下していた。


 さらに愚かなことに、私はそのことをまるで自覚していなかった。

 いざとなればあのような愚かな弟などどうとでもできる。

 そのような浅い考えで、私は弟を説教してやろうなどというぬるい考えの もと、彼が張り巡らせていた罠にまんまとはまりに行ったのだ。

 

 たとえ罠を張っていようとも、この国で屈指の魔導師である私の力なら問題ないと、そう考えていた。


 牢屋にとらわれていたおよそひと月の時間、どれほど後悔したことだろう。

 この国屈指の魔導師であるという事実が、私を知らず知らずのうちに傲慢にし、気が付けば他者を見下していたのだ。


 その慢心が、弟など失墜させる必要さえないという愚かな考えを生んでしまったのだ。


 結果がこれだ。


 父は病床に伏し、抑圧から解放された弟はこの国を支配し腐敗させるだろう。


 今更どうすればいいという話である。

 牢につながれた私に、出来ることなど何があるというのだろうか。


 ただの牢獄ではない。

 認証者以外が干渉すれば、その干渉者を迎撃する高等結界。内外の干渉さえ封じるこの結界に閉じ込められた私に、出来ることなどもはや何もないのだ。


 弟に敗れたあの日、この身に受けた膨大な魔力は、間違いなく私を上回っていた。


 そんな弟が、いつの間にか習得していた高等結界魔法によって作り出したこの結界は、おそらくこの国の魔導師でも解除できるものなどいないだろう。


 なぜ、こんなことになってしまったのか。


 弟が自らの野望のためにどうやってか力を手にしていたからなのか。

 それとも弟にその野心を満たせるだけの力を与えた何者かがいるのか。


 いいや違う。全てわかっている。

 原因は、私がおろかだったからだ。


 貴族たちが血判状を持ち出してきたときに首を縦に振っていれば、いや、弟に侮ることなく対応していれば、たとえ魔力で負けていてもどうにかすることは十分にできたはずだ。


 後悔と自責の念が、ひたすら私を苛んだ。


 牢獄に囚われていることも、この身が埃をかぶることも、自分のせいで弟の暴走を止めることができなかったことに比べれば何ほどのことがあるだろうか。


 わかっていたはずだ。


 本当はとうの昔にわかっていた。

 弟が国を率いることになればどうなるのかということくらい、当の昔にわかっていたのだ。


 今回の失態は、そのことから目を背け続けていた私の失態に他ならない。


 防げていたはずなのに、それができなかった。

 何よりそれが悔しく、またどうしようもなく取り返しのつかない現状に嘆くことしかできない自分に絶望するしかなかったのだ。


 そんなある日だった。

 突如牢獄の中で大きな音が響き渡った。


(いったい何が?)


 今の音は、火球が爆散したときの音によく似ている。

 しかし、この地下でそのような音が響き渡る理由がまるで理解できなかった。


 牢獄の見張り達に、この国の最高戦力である魔導師たちが割り当てられるはずなどあり得ないし、それ以外のものが魔法など使えるはずもない。


仮に魔導師が割り当てられたとしても魔法を使うような事態など想定しようもない。


 響き渡った音から逆算すると、一人前の魔導師の本気の火球と同程度の威力、つまり戦闘で用いるほどの威力で魔法を放った者がいるということになる。


 その音が響き渡ってしばらくしたのち、見慣れない五人組が私が囚われている牢の前に現れた。


 いや、一人だけは知っている。

 確かバシュトシュタイン公の身辺警護を担当していた者だ。確か名前をジェスト・アイスバルドといったはずだ。


 そのほかの者にはまるで見覚えがない。殿方三人、婦人二人の組み合わせで、一人耳の長いエルフ族らしき人がいたのが印象的だった。


「エステルナ王女様!」


 そう叫んで、ジェストさんが私のもとの駆け寄ろうとした。


「待って! 触らないでください!」


 そう叫んだが、時すでに遅く、彼は牢屋の結界に触れてしまった。


「ぐああぁぁぁ!!」


 そう悲鳴を上げて弾き飛ばされる。


「この牢には上位結界が張ってあります! その結界が、さらに壁の魔法陣によって増幅されています! この結界はそう簡単には解けません!」


 彼らがここに来る理由など一つしかありえない。


 このような場所まで危険を冒してやってきてくれる人がいたことに歓喜したくなったが、弟が張った結界を破れないという絶望が、私にそのような言葉を口走らせた。


「アルミナ!」


「はい」


 アルミナと呼ばれたエルフの女性は、その直後治癒魔法を使いジェストさんの意識を回復させた。


 その事実に少なからず驚いた。

 目の前の人たちに魔法使いが混じっていたのだ。

 それも希少な白魔法使いが。


 しかし、だからといって現状がよくなるわけでもない。


「…これは」


 意識が戻ったバシュトシュタイン公の私兵は、困惑したようにそうつぶやいていた。

 仲間の一人に結界でおおわれていることを説明されて、うなだれている。


「そんな…これでは王女様を救出することが…」


 まるで私の絶望が伝播したかのように困惑している。

 無理もない。助けに来てくれたのは本当にうれしいが、もはやどうすることもできないのだ。


 そんなときだった。勇ましい言葉が私の耳に届いたのは。


「この結界を破る」


 そういって、一人の男性が結界に触れようとする。


「止めてください!」


 私は叫んだ。


「先ほども見ていたでしょう! この結界は、私を閉じ込めるために作り上げられたものです! 下手に触れれば…」


 そんな忠告を無視して彼は結界に触れる。

 当然のように結界が彼を迎撃しようとするが、彼はまるで歯牙にもかけない。


「あ、あなたは、一体…」


 目の前で起こっている光景が信じられない。

 上位結界に触れて、平気でいられる人なんて、聞いたことはおろか存在することを考えたことさえなかった。


 そんな非常識な光景が目の前で繰り広げられていた。


(この人なら、私を・・・)


 助けてくれる?

 そう思ったが、そんな甘い考えはないと再び私は思い知った。


「う、ううああああ!!!」


 突如結界内にいた私の方に攻撃の魔力が向いた。

 それに驚き、彼は鉄格子から手を放した。


 忘れていた。この結界は、内外両方に対して迎撃を行う結界。

 魔力を遮断する構造まで組み込まれていたため試していないが、無理に結界を破ろうとすれば、私にもダメージが届いてしまうのだ。


「いったい何が!」


 困惑する彼に、私は言葉を投げかけようとした。しかし


(私に構わず逃げてください! この結界を破ることはできない! あなたたちが私に構って危険を冒すようなことはしないで!!)


 という彼らを案ずる思いと


(私に構わないで続けてください! この結界を破れるのなら、どうかわたしをここから連れ出して!)


 という彼らに助けを乞いたい二つの思いが私の中で交錯してしまったからだ。


 ああ。どうしてこうなってしまうのだろう。

 私のために巻き込まれる人が出ないでほしいと、そう願っていたはずなのに。


 助かるかもしれないという希望が目の前に現れただけで、その思いはすぐに希薄になってしまった。


 長い年月私をむしばむ傲慢が、とっさに吹き出てしまったのだ。

 彼らの身を案じ、すぐにでも逃げるように進めるべきだと頭の中でわかっているのに、その一言がどうしても出てこない。 


 ふがいない自分に涙しそうになったとき


「私が結界を解除してみます。うまくいったら、王女様を救出してください」


 と、エルフ族らしき女性がそう言い放った。


(まって! これ以上関わってはダメ!)


 そう口に出そうとしたが、言葉は紡がれなかった。

 そして、私はその目で奇跡を目の当たりにした。


 彼女は結界に触れているにもかかわらず、結界がまるで作動しないのだ。

 そればかりではない。結界そのものが、私を捕らえることを放棄したように変質していったのだ。


 魔法に疎い者にはわからないだろうが、私にははっきりとわかる。


 今この檻に触れている者は、この国の魔法使いの中でも最高峰といわれている私よりもはるかに凄まじい腕を持った魔法使いだ。


 いったい何をどうしているのかはまるで分らないが、とにかく目の前で私の常識を超えた事態が起こっていることだけは分かった。

 ほどなくして牢獄に描かれていた魔法陣はすべて消え去っていた。


 奇跡としか表現できない光景に唖然とする中、私は牢からおよそひと月ぶりに解放された。


「いったいあなたたちは何者なのですか?」


 真っ先に口から出たのはそんな言葉だった。


「私はジェスト・アイスバルド。このたびは、レイモンド・バシュトシュタイン侯爵の命により、王女救出作戦を担当することになりましてこの場にはせ参じました」


 ジェストと名乗る人が真っ先に返答する。

 やはり、彼はバシュトシュタイン公の手の者。


 となると目的ははっきりとしぼられる。にも関わらず、私は分かりきった質問をしてしまった。


「バシュトシュタイン公が? いったい何の目的で私を救出するというのです

か?」


 そののち、ジェストさんは私にすべてを打ち明けた。

 自分たちが弟の即位を阻止するために私を救い出しに来てくれたこと。


 劣勢にもかかわらず、好機が生まれたため実行に移したこと。

 国を生かすために、自らがすべてを失う覚悟を決めてきているということ。


 その言葉に、胸の奥からこみあげてくるものがあった。

 かつて、愚かな私が逃してしまった選択を、もう一度私に託してくれる。


 そんな人が、まだ私にいてくれた。

 二度と来ないと思っていた選択肢が、再び現れてくれた。


 もう、間違えるようなことはしない。ここまで危険を承知で来てくれた方々の覚悟に殉じなければならないと、はっきり悟った。


「分かりました。この国と、私に命運を、あなたたちに託します」




 

 

「ジェストさん。これから次の目的地に向かうんですか?」


 マサキと呼ばれていた方が、ジェスト殿にそう尋ねた。


「はい。ですがその前にエステルナ王女を安全なところに逃がします」


「待ってください!」


 とっさにそう尋ねる。

 今までの話からすると、彼らが弟と戦うつもりなのは明白だ。

 だとすれば次も目的とは


「王女様。何か?」


 ジェスト殿がそう聞いてくる。


「あなたたちは私を逃がした後、弟を捕らえるつもりなのですか?」


 そう確認してみる。

 なぜかマサキ殿が意外そうな顔をしていたが、そんなことは今どうでもいい。


「そのつもりです。私たちは王女様の安全を確保し次第エシュバット王子の捕縛任務に移ります」


「では今すぐにそれを行いましょう」


 ジェスト殿の提案に真っ向から異を唱える。


「何をおっしゃるのです王女様! あなたの身に何かがあれば、取り返しのつかないことになります!」


 当然のように反論するが、しかし取り合うわけにはいかない。


「ですが、今から私を逃がすよりも、直接弟のもとに向かった方がよほど早くこの騒動を抑えることができます」


 私はかつて、弟を侮りこのような無様をさらした。

 そればかりか、あの時決断を下さなかったせいで、彼らにこのような負担を強いることになってしまったのだ。


 もう、甘い決断などしない。

 できるわけなどない。


「私を守ろうとしてくれることには感謝します。ですが、騒乱が長引けば、それだけたくさんの命が危険にさらされます。加えて、弟に時間を与えることにもなりかねません」


 認めなくてはならない。

 弟はもはや、この国を蝕む存在だ。


「弟は狡猾です。時間を与えるようなことがあれば、捕縛をすることは困難になるでしょう。今すぐに動かなければ、好機を失ってしまいます」


「し、しかし」


 なおも食い下がるジェスト殿。

 身を案じてくれるのは、素直にうれしい。

 しかしダメなのだ。


「あなた方がここに来たのは何のためですか? この国の未来を憂い、破滅の未来を回避するためにここに来たのではないのですか? 今が千載一遇の好機なら、その好機を最大限に生かさなくてどうするというのです!」


 弟に時間を与えるわけにはいかない。

 もう油断もためらいも持つわけにはいかないのだ。


「…分かりました。王女の身は、この身に変えてもお守りします」


 ジェスト殿が折れてくれた。

 それでいい。

 こんなところまで来てくれた人たちの足を、私が引っ張るわけにはいかない。


「よし。じゃあさっさと作戦を進めようか」


 そうマサキ殿が口にしたとき、アルミナさんが突然叫んだ。


「敵が来ました!」


 敵? まるで気配など感じないが、ほかの方たちはその言葉を疑うつもりはないようだ。


「まあやることは変わらない。突破しよう!」


 マサキ殿がそういって、私たちは牢獄から脱出するために走り出した。

 彼らの強さは、私の想像以上だった。


 敵を正確に探知してのけるアルミナさん。

 相手の魔法を飲み込むほどの高火力魔法を用いるセルアさん。


 そして、魔法攻撃を一身に受けても平然としているマサキさん。

 こんなにも頼もしい方々が、私を助けに来てくれ、今なおこの国のために戦おうとしてくれている。


 そんな中で、自然と口から言葉が漏れた。


「本当に頼もしい方々が助けに来てくださったものです」


 その言葉に、私自身が驚いた。


 傲慢に包まれた私は、自分の本心を自然に口に出すようなことをしてこなかったのに、今の一言はとても自然に出てきていた。


「王女様こそ頼もしいですよ」


「そうですか? あなたたちの方がよほど強いと思いますが?」


 言葉が自然と口から出るというのが、これほどまでに清々しいものだとは知らなかった。


 この人たちとなら、出来る。理屈ではなく、心にそういう思いが浮かんだ。

 今度はもう間違えない。

 弟は、私が止める。


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