作戦開始
「こちらです」
ジェストさんの先導に従って俺たちは城壁に来ている。
いまから約一時間後に、レイモンドさんをはじめとする貴族たちの私兵が城門付近に集まり襲撃をかける。
それまでに俺たちは別ルートから城門の中に入り込まなければならない。
今回の作戦は隠密行動が基本になるため、やたら長い棍棒も、ドデカい大斧も、素人の俺が扱うと変なところにぶつけてて気付かれそうな短刀もすべて侯爵家に預けてある。
侵入用の小道具はあるが、それも侵入が成功すれば放棄するので、そののちは徒手空拳だ。
「この辺りから侵入できれば、王女がとらえられている牢獄に近いのですが」
ジェストさんによれば、侵入するのはこの位置がベストらしい。
とはいっても目の前にあるのはそびえたつ城壁だ。
「アルミナ。どう?」
「周りに敵はいません。遠くに何人かいますが、おそらく気づかれることはないでしょう」
アルミナの索敵でOKが出れば、おそらく問題ないだろう。
敵と遭遇したとしても黙らせるだけだ。
「じゃあマサキさん。お願いします」
セルアが俺にロープを渡してくる。
ここからは俺の出番だ。
「じゃあ行ってきます」
そういうと、俺は城壁をよじ登る。
別にス○イダーマンみたいに張り付いているわけではない。
力任せに指先で城壁を穿って、力任せに上っているのだ。
なるべく音をたてないように慎重に城壁に指五本分の穴をあけながら、上半身の力だけでよじ登っていく。
ほとんど手間取ることもなく、俺は城壁のてっぺんにたどり着いた。
見張りの兵が通るためであろう歩くスペースに到着する。
その場で、背中に背負っていたロープを垂らす。
さて、これでジェストさんたちが昇ってこれるようになったわけだが、俺の役目がこれで終わりというわけではない。
下からクイクイとロープが引っ張られる。
それを確認したのち、俺はそのままロープを引っ張り上げた。
しばらく引き上げると、順にシルバ、ジェストさん、セルア、アルミナが城壁の上に上がってくる。
そう。俺の仕事は先に上って引き上げることである。
「相変わらず凄まじいですねマサキ殿の身体能力は」
「俺もそう思いますよ」
四人分の重さを引っ張り上げるなんていろいろ無理があるかもしれないから、ダメそうだったら一人ずつにするつもりだったのだが、せいぜい砂袋を引っ張り上げる程度の手ごたえだった。
いったいこの体は何人力なのやら。
「それで、エステルナ王女が捕らえられている牢獄はどちらにあるんですか?」
アルミナがジェストさんにそう尋ねる。
「あちらになります」
そういってジェストさんが扉を指さす。
あの扉から入るのが一番早いということか。
「…ジェストさん。牢獄っていうのは、狭いんですよね?」
一応打ち合わせで大まかな図面などを書いてもらったため、大雑把な広さは大体わかっている。今この質問をしたいとは別にある。
「ええ。勿論です」
「だったら、今すぐエステルナ王女を救出するのはどうでしょう?」
「…そうされますか?」
俺たちの今回の作戦は、エシュバット王子の元まで潜入し、彼を捕縛したのちにエステルナ王女の救出に向かうというものだ。
ただし状況によっては作戦を変更してもいいことになっている。
城内の作業手順については俺たちに一任されているのだ。
「狭いところなら、俺一人で十分相手をすることができます。そっちの方に相手の兵力を割くことができれば、敵を混乱させることができますよ」
たった今思いついた、というか思い出した戦法だ。
漫画や小説などでも兵法を使うものは数知れない。
囮作戦はその最たるもので、兵力を分断できれば相手の混乱を誘えるし、味方は有利に事を進めることができる。
今までは思いつきもしなかったが、実際に戦場に身を置いてみて突然思いついたのだ。
「…なるほど。確かにそれができれば、私たちにずっと優位な状況になる。しかし、そんな場所で包囲されると突破するのが難しいですよ?」
「それについては、俺に任せてくれとしか言えませんね」
むむむと眉間にしわを寄せるジェストさんは、少し迷ったようだが納得したようだった。
「分かりました。マサキさんの策で行きましょう」
「…えっと、つまり隠れたりしないですぐに行動開始ってことですか?」
セルアが確認を取ってくる。
「まあそういうことだ」
「じゃあ、さっさと降りましょうよ」
相変わらず勇ましいセルア。この子の辞書には慎重という言葉がないのだろうか?
「まあそうだな。じゃあ、またみんなこれに掴まってくれ」
そういってロープを差し出す。
全員がロープにつかまり、ゆっくりと降下していく。
もちろん、降下するときは俺がゆっくりアテンドする。
さて、それで俺が城壁に取り残されるが、特に気にするでもなくその場から飛び降りる。
ジェストさんが唖然としてこちらを見ているが、気にせず彼の隣にスタッと音もなく着地する。
俺がけがするなんて思っていなかっただろうが、(あんなところから飛び降りて、敵に気づかれたらどうするんですか!?)と無言で抗議してくるが、ほぼ音もなく着地したのを見て抗議できずにいる。
もし見つかったとしてもその時はその時だと思うがね。
「…行きましょう」
そういうとジェストさんは俺たちの案内を再開した。
実力的に言えば俺が先頭を行くべきなのだが、道案内などできない上に扉とかが開かないと破壊してしまうことになる。
といっても、城門がしっかり閉ざされているため油断しているのか、扉に閂や鍵がかかっているということもなく内部に侵入することができた。
「止まってください」
しばらく移動していると、アルミナがいきなり俺たちにそういった。
「どうかした?」
「人の気配です。少しここで待機すればやり過ごせます」
アルミナの気配探知か。
相変わらず便利な能力だ。
俺も気配探知は出来なくもないのだが、アルミナほど高精度ではないのだ。
いずれにせよ、隠密行動にとってこれほど有利なものはない。
「ジェストさん。この先はどちらに行くことになりますか?」
アルミナがジェストさんにそう質問する。
「この突き当りを左です」
「分かりました。もう少しし手から行けば問題ないでしょう」
隠密行動中なのでひそひそ話ではあるが、何とも段取りのいい話だ。
「…行きましょう」
アルミナの一言で俺たちは潜入を続行する。
その先も何度かアルミナが気配を察知し、時には隠れ、時にはやり過ごし、戦闘らしい戦闘の一度もなく牢獄に続く扉までやってこれた。
「やはりマサキ殿を指揮官にして正解でした。私ではこのような大胆な行動をとることはできませんでしたし、これほどうまく潜り込むこともできなかったでしょう」
唐突に、ジェストさんが俺たちにそんなことを言ってきた。
「それを言うなら、まずは王女を奪還してからにしてください」
「おっしゃる通りです。では、行きましょう」
扉を開けて、そのまま地下へと続く階段を下っていく。
すると再びアルミナのセンサーに敵が引っ掛かったようだ。
「二人いますね。牢屋の見張りをしているようで、見つからずに抜けるのは不可能です」
ようやく一戦交えるってことか。
「分かった。俺がやろう」
この狭い場所なら俺が一番戦いやすい。
下手に強力な魔法を使うとほかの奴らが集まりかねないし。
「お願いします」
ジェストさんも特に異論はなさそうだ。
音をたてないように慎重に階段を下りきって、物陰から覗いてみると、確かに見張りのような奴がいた。
一人はこの階段を降り切ったところの近くの椅子に座っていて、もう一人は相当奥の方にある椅子に座っている。
二人が固まっていれば話は早かったが、まあ特に問題があるわけではないだろう。
そのまま物陰から飛び出して、階段付近にいた見張りを殴り倒す。
一撃できれいに意識を失ってくれたようで、特に騒ぐこともなく昏倒する。
さすがに今の俺の行動で奥にいた見張りは俺に気づいたようだが、だからといって足を止める理由はない。
壁についている蝋燭の明かり以外に何もない暗闇の中で、相手の攻撃をほとんど気にせず突っ込める俺のアドバンテージを生かそうと突っ込んだとき、俺は意外なものを目にした。
暗闇の中で、体の輪郭以外がはっきりしない中で、敵の右手が緋色に光ったのである。
(魔法か!?)
俺の偏見かもしれないが、牢屋という場所の見張りはそこまで優秀な人材というわけではない。
何しろ牢破りなどそうそう起こるものではないからだ。ここが王城であるならなおさらだろう。
だからこそそんなところに配属される見張りなどたかが知れていると思ったが、あいつの右手の光から見てセルア並みの魔法が飛んでくるかもしれない!
即座にそう判断したが、だからといって俺の行動が変わるはずもない。
真っすぐ突っ込んでくる俺に、相手も真っ直ぐ火球を俺に向けて放ってきた。
軌道は読みやすい。
暗闇の中ではっきりと浮かんでいる炎の玉を右手で打ち払う。
火球が破裂し、熱と爆発音が周囲に広がるがそのまま相手に肉薄する。
「嘘だろ!!!」
どうやら魔法が効かないなんて事態を想定してはいなかったようで、あからさまに相手が狼狽する。
そのまま肩口から突っ込み、タックルで敵を吹っ飛ばす。
相手は牢屋の壁まで吹っ飛んで、踏まれたカエルのような声を上げてのびた。
「マサキ殿!」
後ろからジェストさんたちがやってきた。
今の火球の破裂音を聞きつけ、状況確認にやってきたのだろう。
「すみません。まさか敵が魔法を使ってくるとは思っていなかったので…」
「それについては私もです。それより、今の音で衛兵たちがやってくるかもしれません。一刻も早く王女を救出しましょう」
牢番が魔法を使えるということはジェストさんも想定していなかったらしい。
となるとさっきの爆音で衛兵たちがやってくるのは時間の問題だろう。
さっき俺がのした奴がわざわざ火球なんて暗闇でもはっきり視認できる魔法を使ってきたのは、それを計算してのことだったのか?
「王女様はどこにとらわれているんです?」
「それは分かりません。そこまで牢が多いわけではないので、手当たり次第探しましょう」
「待ってください」
ジェストさんがそう提案すると、アルミナが話に割って入った。
「どうしました? アルミナ殿」
「一つ明らかにほかと違う牢屋があります。もしかするとそこにいるかもしれません」
「なんだって!? アルミナ。案内してもらえる?」
「はい。ついてきてください」
猶予時間はほとんどない。
もはや隠密行動は失敗したので、これからはスピード重視でいくしかない。
間違っていたらその時改めて総当たりすればいいのだ。
「ここです」
アルミナの案内で到着した牢は、端っこにある以外にほかの牢とほとんどかわらないように見えた。
しかし、牢の正面に着いて中をのぞいた時その印象は一変した。
幾何学模様が描かれているのだ。
床にも、天井にも、壁にも。
いったい何のためなのかは知らないが、アルミナの言っていた違いとはこのことなのだろう。
その幾何学模様の書かれた牢屋の中に一人のドレスを着た女性が両手に鎖をつけられていた。
「エステルナ王女様!」
その姿を確認したジェストさんがそう叫んで、王女様が捕らえられている牢に触れようとした。
その様子を見た王女は突然
「待って! 触らないでください!」
と声を張り上げた。
しかしすでにジェストさんは鉄格子に触れていた。
「ぐああぁぁぁ!!」
突如ジェストさんが悲鳴を上げて弾かれたように後方に倒れた。
あわてて受け止める。
「この牢には上位結界が張ってあります! その結界が、さらに壁の魔法陣によって増幅されています! この結界はそう簡単には解けません!」
ジェストさんの反応から言って、牢屋の中にいるのはおそらく王女様だろう。
その王女様がそうまくしたててくる。
しかし今はまずジェストさんの応急処置だ。
「アルミナ!」
「はい」
そういうと、アルミナの右手が白く光る。
その右手がジェストさんの胸元に触れたかと思うと、当然苦しそうに息を吐き出してジェストさんの意識が戻った。
それを見た王女は驚き目を丸くしていたが、そんなことは今どうでもいい。
「…これは」
意識が戻ったジェストさんは、困惑したようにつぶやいた。
「結界らしいです。それもかなり高度な」
俺の簡単な説明に、ジェストさんはうなだれた。
「そんな…これでは王女様を救出することが…」
そんなことをつぶやきだしたが、今は構っていられない。
ジェストさんを床に寝かせて、俺は牢屋の方に向かう。
「な、何を!?」
ジェストさんとエステルナ王女が同時にそう言った。
何をだって? 決まってるじゃないか。
「この結界を破る」
そういって、鉄格子を掴もうとする。
「止めてください!」
エステルナ王女が叫ぶ。
「先ほども見ていたでしょう! この結界は、私を閉じ込めるために作り上げられたものです! 下手に触れれば…」
王女の抗議を黙殺して鉄格子に触れる。
途端にしびれるような衝撃が俺の体を貫いた。
昔コンセントに触れて感電したことがあるが、あの時は痺れたというより衝撃で手が弾かれたといった感じだった。
あれと同質の、そして明らかに上回るのであろう衝撃が俺の体をたたくが、すべて無視する。無視できる程度の衝撃しかない。
「あ、あなたは、一体…」
王女が何かつぶやいたようだが、今はそんなことどうでもいい。
そのまま力任せに鉄格子をこじ開けようとひん曲げようと力を込める。
鉄格子が軋みながら変形しそうになる。
その時
「う、ううああああ!!!」
突然目の前でエステルナ王女が苦悶の声を上げた。
とっさに鉄格子から手を放す。
「いったい何が!?」
混乱する俺の横に、アルミナが歩み寄ってきた。
「マサキさん。どうやらこの結界は、無理に壊そうとすると王女様に負荷をかけるようにできているようです」
そうアルミナが説明する。
「なんだって!? じゃあいったいどうすれば…」
「私が結界を解除してみます。うまくいったら、王女様を救出してください」
狼狽する俺に、アルミナがそう答えた。
「…できるのか?」
「おそらく」
そういうとアルミナは鉄格子に右手を当てた。
俺やジェストさんと違い、彼女には明らかに結界の迎撃が働いていない。
アルミナはそのまま目を閉じた。すると彼女の体がほんのりと輝きだした。
何色といえばいいのだろうかこの色は。透明といってもいいかもしれないが、目には映っている。
そんな不思議な光がアルミナの手に集まる。そればかりか、牢獄に書かれた幾何学模様も輝きだした。
かと思うと、壁や天井に描かれていた幾何学模様が消滅した。
アルミナは、ふうと一息ついた。
「結界の所有権を私に移しました。これで破壊しても問題ありません」
…なんだって?
「マサキさん? どうしました?」
アルミナが不思議そうに俺の顔を覗き込む。
いや、その顔をしたいのは俺の方なんだが、まあいいか。
「じゃあ、壊すよ」
そういって、鉄格子をひん曲げる。
いともあっさりと鉄格子はその形を変えた。
「さて、これで第一目標は達成かな?」
そういって俺は王女様の両手を束縛している手錠を引きちぎった。