精霊
スンゲー!
でっかい。
森が開けたところから見ても無茶苦茶大きいことは見て取れた。
しかしそれは遠目から見た感想だ。
近くで見るととんでもない。
見上げすぎて首が痛い。
こんなでっかい木見たことない。
どのくらいでかいかって?
昔見た城跡よりもはるかにでかい。
何しろエルフの里それそのものをすっぽり覆ってしまうほどに大きな枝葉が伸びている。
もしヘリコプターとかで、この森を上空から見ることができたらこの木の存在もしっかり見えるんだろうな。
もはや山といっても差し支えない巨大さである。
もしかしてこれって世界樹ってやつか?
そんな感じであっけにとられていた俺にアルミナ王女が声をかけてきた。
「マサキ殿。どうかしましたか?」
「ん。ああ、いや、この木だけものすごくでかいなーって思ってました」
考えていたことがそのまま口に出た。
どうも考えるより先に動く俺の習性では思ったことをすぐに口にしてしまう。
発言には気を付けなければ。特にこの王女様の前では。
男だもん。見栄位張ってもいいでしょ。
「それはそうでしょうね。霊穴の上にのみ存在するこの巨木は、我々森の民の象徴にしてこの森を守護する樹木の王。それがこの霊樹アルミナスなのです」
よく分からんがすごいことだけはわかった。
「それよりもこちらへどうぞ。滞在先に案内します」
俺が宿泊するところに連れて行ってくれるのか!
友好的なのはいいことだ。
この際だ。ついでにいろいろ質問してみることにしよう。
「その、聞いてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
ではお言葉に甘えて。
「その、霊穴ってなんですか?」
そんな質問してしまった。
なんでだよ! もっとほかのこと聞いた方がいいんじゃないのかよ。ゴブリンのこととか、俺の身体能力の件とか、さっきのエルフの攻撃とか、この世界はほんとに異世界なのかとか。
ああいや、ここが異世界なのはもう確定事項なんだけど。
そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、アルミナ王女は
「霊穴をご存じないのですか?」
と返答してきた。
あれ、これって一般常識だったりしたの?
なんか言い訳考えないと、どうしようどうしよう。
「ああ、えっと、すみません、一般常識に疎いもので」
と、何とも無難な返答しか思いつかなかった。
向こうも特に突っ込んで尋ねるつもりはないのか、納得したように説明を続けてきた。
「霊穴というのは、世界にいくつも存在する霊素が濃い場所のことです」
「霊素?」
またわからない単語が出てきた。
俺が霊素についても疑問に思っていることを察したのだろう。
間髪入れずに説明してくれた。
「霊素というのは魔力や生命力のもととなるこの世界の第一要素のことです」
んー。わかったような。わからんような。
エジソンは、宇宙は電気でできているといったらしい。
学校の授業でもどんな物質にも電子があるって習ったような。
要するにそういうものか。
「それって、この森の木々とかにも言えることですか?」
「呑み込みがいいですね。早い話がこの世界のすべてが霊素でできているんです」
そういってアルミナ王女はにこりと微笑んだ。
勘弁してくれ。その笑顔、直視できん。
「ということは、ここはほかの場所に比べて生命力とかが満ちているってことですか?」
恥ずかしまぎれに質問を続けてみた。
「そうです。基本的に草木が生い茂る場所は生命力で満ちています。そのため、森に生きるものは生命力が強いのです」
これはエルフの価値観なのか?
それとも一般常識なのか?
今ひとつわからん。
いずれにしても魔法なんて荒唐無稽なものが存在している世界だ。俺の世界での常識なんて一回全部白紙にして見聞きした内容をすり合わせながら結論を出そう。
「エルフ族も生命力が強いんですか?」
「そうです。森の、特にこの霊樹の近くに住んでいるエルフ族はほとんど病気にはならず、寿命も大体200歳ほどです。他種族の寿命は100歳以下が普通らしいですね」
ふむ。
どうやらエルフ族については置いておくとして、この世界にはほかの種族もいて、そいつらはおおむね俺の常識にそった生命力を持っているということか。
さて、次はどんな質問をしようかと考えたところで、王女がほかの建物よりも一回り大きな建物の前で止まった。
「さて、立ち話もなんですから、どうぞ中にお入りください」
そういって、王女は扉を開けて中に入った。
続いて俺も中に入った。
木材だけでできた質素な建物だが清潔感がある。
杉の木を切ったようなにおいがする。個人的には好みだ。
扉から入ってすぐのところに大広間があった。
そしてそこに……見るからに頭の固そうな連中がいた。
エルフ族ってのは見た目から歳は判断しにくい(はず)。
目の前の連中も容姿そのものは二十代のイケメンたちだが、表情や風格が明らかに年寄り臭い。それも頑固な部類に入るだろう。
特に人間観察が得意でない俺がそう感じるのだからこいつらは相当なものだろう。
それよりも重要なのは、なんで俺がこんなところに連れてこられたかである。
混乱する俺を尻目に、エルフ族の重鎮たち(たぶん)は不満を隠そうともせずに口を開きだした。
「アルミナ王女。勝手に里から出歩かれては困りますな」
「それに、よそ者を許可なく連れ込むなど、何をお考えか!」
「左様。我らエルフ族のおきてを軽んじてもらっては、里の者たちに示しがつきませぬ!」
「まして長の館にそのようなものを連れ込むなど言語道断であります!」
おー。さっきの弓使いと同様に俺に対するバッシングが始まった。
しかし今矢面に立っているのは俺じゃなくてアルミナ王女だ。
俺が下手に口出しして場を引っ掻き回さないほうがいいだろう。
思い思いに不満を口にする連中を相手に、しかしアルミナ王女は毅然とした態度をとり。
「この者を里に連れてきたのは、必要だったからです」
そうはっきり口にした。
当然重役ども(おそらく)もそれに対して反発しないはずはない。
「そのものは結界を突破するほどの腕利き。そのようなものを里の中に入れては寝首をかかれかねませんぞ!」
「他種族の間者かもしれませね。そのような得体のしれない者を里に入れる必要があるなど、到底聞き入れるわけにはなりませぬ」
俺。ここにいても大丈夫なのか?
そんなことを考えていたが、とりあえず成り行きを見ていよう。
考えるより先に動く習性といってもTPO位はわきまえているのだ。
エッヘン。
なんて俺が一人であれこれ考えていると
「精霊はこの者に対して一切の警戒をしていません。そのような方を疑うなど、そちらこそ何をお考えですか」
王女はそう静かに告げた。それに対して長老たち(のはず)は明らかに口ごもった。
「彼の力についてもです。現在エルフの里に迫っている脅威に対して有効な力を持つものが現れたのです。協力こそすれ、敵対してどうしようというのですか?」
俺の常識で言うといろいろ無理があるような言い分ではあるが、彼らにとっては十分な理由なのだろうか、アルミナ王女がそう言い放ってエルフのお歴々は閉口してしまった。
「では。これで失礼します」
王女様はそういって手近な階段を上ろうとして。
「お待ちください!」
と、お役人の一人が声をかけ
「そのものを里に泊まらせるとしていったいどこに泊まらせるつもりなのですか?」
なんてことを尋ねてきた。
どこに? 客室みたいなところがあるんじゃないんだろうか?
そんな俺の常識に当てはめた考えは、あっさり打ち砕かれた。
「もちろん、私の部屋です」
なんてことをアルミナ王女は口にした。
「へっ!?」
我ながらかなり間抜けな声を出したと思う。
だがそれはそうだろう。今日初めて会った女性、それも無茶苦茶美人なエルフの王女様がいきなり俺と同じ部屋で寝泊まりするなんて言い出したんだ。驚かないほうがおかしいというものだろう。
お役人たちもおんなじことを思ったのだろう。
もはやはばかることもなく声を張り上げている。
「そのようなものと王女が同室するなど認められるはずがないだろう!」
「その通りだ! そのような男など、納屋にでも閉じ込めておけばいい!」
うーむ。俺も王女様と相部屋というのはお断りだ。
野宿の心配がないなら納屋で寝るのも一興か。
俺はそんなこと考えていたが、王女様には通じていようはずもなく。
「この方は、私が招いた客人です! そのようなことが許されるはずもないでしょう!」
といって、自分の発言を覆すつもりはないようだ。
仕方ない。どうもこの箱入りお姫様は周りとの軋轢に気づかないみたいだ。
ここは俺が身を引くとしよう。
「あのー、俺は別に納屋でも構いませんよ」
というと、その場を静寂が支配した。
「いや、まあ、招かれざる客ですし」
そして俺の今晩の宿は納屋に決まった。
アルミナ王女は絶句していたようだが、その場ではそれ以上何も言わなかった。
納屋の中で、毛布くらいの大きさの布が何枚か。
それが俺の今晩の宿である。
本を書く身として一度経験してみたいと思っていたが予想以上に過酷だった。
寝袋で寝たことはあるだろうか?
寝返りが打てるからあれよりは広々としているが寝袋ほどあったかくはないしチクチクする。
そんなのが感想だった。
もちろん、納屋である以上ほかにもいろいろな道具がしまってある。
武器がないのは当然なのだろう。俺警戒されてるし。
それにしても、形状から用途までさっぱりわからない小道具が立てかけてある。いったいこれなんに使うんだろうなんて考えていると、納屋の戸をたたく音がした。
「はーい」
なんてアパート時代の癖で返事しながら戸を開けてみるとそこにはアルミナ王女が立っていた。
「マサキ様。食事をお持ちしました」
ありがたい話であるのだが、なんでまた王女様が?
案の定口に出てしまった。
すると王女様は
「この里のものはあなたのことをとても不審に思っています。ほかのだれも食事を持ってこようなどとは思わないでしょう」
とのことだった。
つくづく歓迎されてないな。
まあ仕方ないか。
そう思うことにした。
そうして差し入れてもらったパンを口にする。
「本当にここでよかったのですか? 今からでも部屋に移られてはいかがですか?」
食事の最中にそんなことを聞かれた。
「そういわれても、いきなりあなたと同じ部屋で寝泊まりしろというほうが無理があると思います」
「そういうものですか」
納得したらしい。
全く。無自覚な美人である。箱入りのお姫様ってのはこういう方なのかもしれない。
「ところで、さっきの人たちはなんなんですか?」
ふと思ったことを質問してみる。
「ああ、彼らはこの里を束ねている里長たちです」
ふむ、そんなとこだろうとは思った。
いま詳しいことを聞いてもややこしいだけだろうからこの話題についてはここで終わりにしておこう。
それよりも、もっと重要な質問があるし。
「アルミナ王女。なんでまた俺みたいなやつを迎え入れてくれたんですか?」
身元は不確かで、エルフの弓使い達ものしちゃって。
受け入れてくれたのはありがたいのだが正直に言ってこんなにあっさり信じてしまって大丈夫なのだろうかと不安になる。
それこそ、里長や弓使いたちの判断の方がまっとうだろう。
しかしそんな疑問についてアルミナ王女は。
「あなたが悪い人ではない。それはすぐにわかったことですから」
といった。
「それって、何度か言ってた精霊ってやつと関係があるんですか?」
と、ふと思ったことを口にした。
「はい。エルフ族は精霊と対話することができるのです」
「精霊っていうのはどういう存在なんです?」
さっき説明してもらった霊素とか魔力とか生命力については何となく当てが付く。
しかし精霊となるとたとえがお化けくらいしか思いつかない。
むろん字面からしてそんなもんとは明らかに違うのはわかる。
たぶんもっと清らかな存在だ。
そんなあてを付けてみて、説明を求めると
「精霊、名をアルミナス。森の霊樹に宿る魂そのものです」
という回答が返ってきた。
「森の中に生きるものすべてを見守り育む存在。それが精霊です」
抽象的でよく分からないが、これ以上深い説明を求めても無理があるだろう。
「アルミナ王女」
「はい。なんでしょう」
「その精霊が俺に対して警戒しなければ、里においても問題がないんですか?」
精霊の存在がどういうものかわからない俺には、どうも精霊の評価を鵜呑みにするのは問題があるような気がする。
しかしそれに対するアルミナ王女の回答は淡白なものだった。
「もちろんです。精霊の目的はこの森の安寧です。精霊が警戒しないということは、そのものは邪なものではないということです」
「いや、そうじゃなくて」
俺が自分の疑問を口にしようとしたが、アルミナは構わず続けた。
「それに、精霊は霊なる存在です。その精霊相手に嘘をつくことはできませんし、だますこともできません」
…あー。なるほど
精霊っていうのはあれだ、幽霊が考えていることを見抜くみたいに俺たちのことを把握しているってことか。
それじゃあ出し抜きようがない。そもそも俺にはそいつがどんな奴かもわからないんだ。警戒する方法さえ思いつかない。
おれが精霊の存在そのものを信じることはできないが、少なくともアルミナ王女にとっては信じるに値する存在なのだろう。
「なるほど。なんとなくわかりました」
「そうですか。それはよかったです」
うん、よかったよかった。
それはそうとして
「この里に来る途中で、この森に異変が起こっているとか言ってましたよね」
「ああ……はい」
「その件について教えてもらってもいいですか?」
アルミナ王女は少し考えた後
「その件については明日詳しくお話しします。今日はゆっくり休んでください」
そういって納屋を後にした。
うーむ。
明日詳しく話してくれるっているなら明日を待つ方がいいか。
しかし、気になる。
森の異変についてもそうなのだが、今俺の頭にはそれに加えてもう1つ気になることがある。
エルフの里長たちについてだ。
アルミナ王女は、エルフたちは精霊アルミナスと言葉を交わせるといった。
そして、その精霊が白といえば問題なく白であるとも。
そうであるなら、里長や弓使いがそろって俺を馬の骨扱いしたのはどういうことなのだろう。
何か食い違っている気もするのだが、現段階で名探偵でもない俺が推理してもまとまるはずもない。
とにかく、いろいろあった今日一日の反芻と、これからどうするかについて考えることにした。
そうこうしているうちに、日は沈み、俺は寝た。