アルミナ先生
とりあえず魔法の訓練を中断して休憩するために俺たちは地下室を後にして食事などをとる応接室に向かった。
本来なら戦闘のために待機しておくべき時間なのだが、俺たちはどう見ても鍛える余地がありすぎるため、わずか数日の待機時間でも十分な成長が見込めるのだ。
現に俺はある程度の戦闘技術を身に着けつつあるし、セルアは俺から見ても危ないくらい強力な魔法を使えるようになった。アルミナに至ってはもうすでに底が見えない。
シルバは……知らん。
応接室で休憩をしようとした俺たちに、執事さんがお茶を入れてくれる。
ありがたく頂戴した。
「そう言えばアルミナさん。村にいた時にしてくれた魔法のお話の続きをしてもらえませんか?」
突如セルアがそんなことを言ってきた。
「村にいた時の続きですか?」
「ええ、あの時は山賊たちがきて中断されてしまいましたよね?」
そういえばそうだった。
あの時はいろいろごたごたがあったので結局流れてしまったが、アルミナの魔法教室のおかげでセルアは一気に腕前が上がったのだ。
セルアの提案にアルミナはカップをテーブルに置いて話し出した。
「そうですね。話だけならこういった場でもできますね」
そんなこんなで俺たちはアルミナ先生の第二回目魔法口座(第一回目は流れ者の村で)を受けることになった。
「それでは、何から教えましょうか?」
アルミナは自分なりの教育理念があるわけではないだろう。となればこっちの質問に答えてもらう形式の方がいいだろう。
「さっきセルアが魔法に魔力を追加する奴を使ってたけど、あれは上限があるのか?」
昨日のセルアの魔法も一般人には必要以上の威力があったが、今日のあれは下手すると消し炭も残らないかもしれん。
これ以上威力を上げられたら俺のボディーでも防ぎきれないかもしれない。
「理論上、上限はありません」
ふーん。
それは恐ろしい。
これ以上威力が上乗せされると俺の防御を貫きかねん。
逆を言うと、今回の相手はそんな威力の魔法を使ってくる可能性があるともいえる。
やはり情報収集は大事だなと再確認して質問を続ける。
「さっきアルミナは火の魔法を使っていたけど、ほかの魔法でも同じことができるの?」
「はい。出来ますよ」
あっさりとイエスといった。
まあそれはそうだろう。
炎は強化出来て、風は強化できませんでは話にならない。
ん?
そういえば疑問点あり。
「アルミナは、魔法を詠唱していたりしていなかったりしてたけど、あれには何か意味があるの?」
「特に意味はありません。たんに集中しやすいように、イメージしやすいようにする際に、詠唱を用いることが多いのです。これは、特に魔法をこれから覚えようとする人に有効な方法で、魔法がある程度使えるようになってくると詠唱は省略されていく傾向があります」
なるほど。
それはそうか。
剣を振るときにいちいち「ハヤブサ切り」とか言ってると面倒で仕方がない。
言わなくてもできることなら言わないに決まってる。
「じゃあ以前森の中で魔物たち相手に『ウィンディア・ストリーム』とか言ってた時は?」
「あの時はまだ大規模魔法を使ったことが無かったので…」
なんと、あの規模の魔法をぶっつけ本番で使っていたってのかアルミナは。
驚き戸惑う俺に、セルアが横やりを入れてきた。
「私からもいいですか?」
「何でしょう?」
「アルミナさんは今何種類の魔法が使えるんですか?」
そう。それは俺も気になった。
この前までアルミナは風、土、癒ししか使えないといっていた。
しかし今日彼女は火魔法で俺を攻撃して見せたのだ。
すでにほかの魔法を体得していてもおかしくはないだろう。
「大まかに分けると、火、風、土、水、癒し、ですね。癒しは白魔法とも呼ばれているようですが」
いつの間にか彼女の使える属性が二つ追加されている。
「ちなみに魔法ってのはどのくらいの種類があるの?」
「大まかに言えば、今挙げたものになります。ですが、人によってはオリジナルの魔法を使う人もいますので、これですべてとは言い切れませんね」
ということは、アルミナはポピュラーな魔法をすべて習得したということになる。それも魔法書を読んだだけで。
まだ魔法の一つも使えない俺から見ると神々しささえ感じる。
「私もその属性を使えますか?」
セルアがアルミナにそんな質問をする。
「できなくはないと思いますが、人によって得手不得手はどうしても出てきます。セルアさんの場合、火魔法が十分に強力なので、当面はそれを身に着けるべきだと思います」
そのアルミナの説明にセルアが、なるほどと納得している。
比較対象がないから何とも言えないが、セルアは結構優秀な魔法使いの卵のようだし。
「ほかに質問はありますか?」
「…あっしも魔法を使えますか?」
アルミナの質問に対してシルバがそう答える。
するとアルミナは目を細めて答えた。
「シルバさんは、魔法がほとんど使えないと思います」
アルミナはバッサリとシルバを切り捨てた。
シルバの奴、ほとんど放心していやがる。
「というのは、シルバさんは魔力の代わりになる適性が強いからです」
というアルミナの一言にシルバは少しだけこっちの世界に戻ってきたようだ。
「…あっしは魔法の代わりにほかの才能があると?」
「はい。シルバさんは生命力の方が強い類の人です。無理に魔法を習得するよりもその素質を伸ばすことに集中した方がいいと思います。修練次第では初歩位の火球くらいは出せるようになると思いますが…」
シルバは目をパチクリさせると、喜んでいいのか悲しんでいいのか分からない顔していた。
「その生命力っていうのは?」
「肉体の活動力です。マサキさんのように強靭な体を持っていらっしゃる方は総じて生命力に富んでいます」
「アルミナにはそれがわかるのか?」
俺には皆目見当もつかない話だが、これまでのアルミナの口ぶりから言えば彼女は相手の適性をあっさりと見抜いているように思える。
「ええ。おおよそではありますが、魔力に秀でたものか、生命力に秀でたものかの見当は付きます」
「生命力に秀でたもの?」
セルアが質問を返す。
「はい。簡単に言えば、魔法が得意な方と、直接戦闘が得意な方がいらっしゃるということです。中には両方秀でている方もいらっしゃいます。魔技などを用いることができる方は大体そうですね」
メルビンさんとかゲイルとかはその両方に秀でた奴ってことか。
となるとやはりというか、俺やシルバが魔法を使おうと思ったら相当苦労しそうだな。
そんなこんなで、細かい疑問をアルミナに投げかけては教えてもらうということを繰り返した。
さすがに数百冊の本を読み明かしただけのことはあって、俺たちが抱く程度の疑問には、一切の迷いなく答えが返ってきた。
俺だけでなく、セルアもシルバも相当疑問を持っていた様子で、アルミナに質問しまくっていて、気が付けば日が暮れかけてきていた。
侯爵たちがそろそろ戻ってくる時間である。
アルミナ先生。長らくお付き合いいただきありがとうございました。
それからしばし後、侯爵とジェストさんが王城から帰ってきた。
その夕食前の打ち合わせで、侯爵が話を切り出した。
「皆様。作戦決行の日時が決まりました」
「決まったんですか?」
俺たちの計画は、王国の魔王迎撃部隊が出撃したのに合わせて奇襲をかけ、エステルナ王女を救出し、エシュバット王子が築こうとしている独裁に歯止めをかけるというものだ。
そして現在東の魔王が初めて王国に侵攻してくるという異常事態のせいで魔王軍の迎撃部隊が組織されている。
この出撃日時が何よりも重要な情報となる。
「はい。前準備はずいぶん前から行われていたため、あとは準備が整い次第出撃することになっていたのです。その出撃日時が明日の正午になります。その際、病床に就いているトレルテ国王に代わり、エシュバット王子が総隊長の任命式を執り行うことになっています」
王子が任命式ね。
まあ筋は通っている。
「そのため、我々が攻撃を開始するのは一週間後の深夜になります。魔王迎撃部隊が出撃してしばらく離れてからでないと、迎撃部隊が引き返してきたうえに魔王軍に滅ぼされかねませんので」
淡々と口にする侯爵には迷いは感じられない。
やると決めた以上、それ以上の迷いは邪魔だと判断したのだろう。
「その時間に、貴族たちの私兵をそろえて王城を取り囲みます。その際、ランツ率いる反乱軍の部隊もそちらに当たります」
侯爵の説明をジェストさんが引き継ぐ。
戦術そのものは侯爵ではなくジェストさんが担当しているのだろう。
「その際に少数精鋭部隊が敵兵を破り、そのまま牢獄に向かい王女を開放し、それが済み次第、エシュバット王子を捕縛に乗り出します」
つまり精鋭班は敵陣を突っ切り、王女を救助し、王子をとっちめるということか。何とも仕事が多そうだ。
「その精鋭班は誰が担当するんですか?」
俺の質問にジェストさんは鷹揚に頷き。
「ここにいる侯爵を除く五名です」
と言い出した。
「ちょっと待った! 一番重要な任務を部外者に任せて大丈夫なんですか!?」
と俺が狼狽し、シルバがうんうんと合意している。
しかしセルアとアルミナはまるでこうなることが当然のように頷いている。
ジェストさんと侯爵にしてもこの決定を曲げるつもりはなさそうだ。
「マサキ殿。今回の作戦において最重要任務だからこそ、最大の戦力をそろえなくてはならないのです。主力が出撃するといっても、王城には最低限の兵士は残っています。大多数の者はその兵士たちの引付役になりますので、現状最高の戦力がそろっているこの五人が適任なのです」
ジェストさんに続き、レイモンドさんも追撃してくる。
「現状、ジェストさんが私の持つ最高の戦力でした。しかし、そのジェストさんよりも強いあなた方が味方になってくれたため、あなたたちにかけたいと思ったのです」
…何とも無茶な博打を打とうとするものだ。
そういえば初めて会った時に成功するとも思えない作戦だったが俺たちが加われば光明が差すみたいなこと言っていたな。
「…メンバーを選びなおすつもりはないんですね?」
「はい。このメンバーでできなければ、ほかのだれを用意しても失敗するのは目に見えています」
どうやら決意は固いようだ。
だったらこっちも覚悟を決めないといけないな。
「分かりました。引き受けます」
俺の返答に、ジェストさんと侯爵はほっと溜息をついていた。
「では、作戦決行は今から三日後の深夜。いいですね?」
「分かりました。反乱軍もそれに合わせて行動ができるように伝令を送ります」
侯爵の言葉にジェストさんが応える。
「では、一週間後に、皆様よろしくお願いします」
「「はい」」
アルミナとセルアが返事をしたが、俺とシルバは出遅れた。
まあ、いいよね。
夕食の後、俺たちは個々の部屋に戻った。
「…」
そうつぶやくと、背筋に寒気が走った。
今更ながら、国や軍隊を敵に回すということが怖くなった。
もしかしたら、俺は人を手にかけることになるかもしれない。
人から敵意と殺意を向けられることになるかもしれない。
そして何より、アルミナやセルア、シルバやジェストさんたちを守りきれずに負傷、最悪死なせてしまうかもしれないということだ。
それを考えると、まるで凍ったように体が固まる。
今更といえば今更だ。
俺は魔物たちからエルフの里を守った。
メルビンさんは確かにそういった。
借り物の力を行使し、魔物たちを蹴散らしたのだ。
今更かもしれないが、命を奪うということが恐ろしくなった。
森で遭遇した魔物の親玉たちの時味わった感覚を、再び抱くことになるかもしれない。しかし後には引けない。
矛盾する二つの感情が俺を縛り付ける。
覚悟がない。
それを改めて痛感する。
そうしてうなだれている俺は、部屋の扉が叩かれる音を聞いて正気に戻った。
「どうぞ」
そういって扉を開けると、そこにいたのはアルミナだった。
「どうした。こんな時間に?」
当然アルミナにも個室が割り振られているため、彼女が俺の部屋に来る以上相応の用があるということだ。
「まあ、座って」
そういって部屋に備え付けてある椅子を引く。
俺はベッドの上に腰を掛ける。
「実は、昨日今日と本を読んでいていくつか気になったことがあって…」
そういうと、アルミナはなぜか一度言葉を切った。
「マサキさん。顔色が悪いです」
俺の顔をのぞいてアルミナがそう聞いてきた。
「……分かるか?」
自分でも相当ひどい顔をしていると思う。
鏡があるわけではないので、何とも言えないが、俺は感情が表情に出やすい方だと思う。
「はい。何か、よくないことでもありましたか?」
…誤魔化さないほうがいいかもしれない。
それに、誤魔化しきれる自信がない。
「今更だけど、人と戦うのが怖くなったんだ…」
一度吐露すると、もう止まりそうになかった。
「今から俺が戦うのは、人の軍団だ。前に魔物たちと戦った時も、命を奪う感覚に嫌悪した。でも、今度は人と戦うことになる。もしかすると、人を殺さないといけないかもしれない。怖くなったんだ」
俺の独白を、アルミナは黙って聞いていた。
「それに、今回の戦いではみんなを危険にさらすことになる。もしかしたら、誰かが死んでしまうかもしれない。それが怖いんだ。出来るなら、今すぐにでも逃げ出してしまいたいけど、そんなことをしてもみんなは戦いを始める。わかってはいるんだ。俺が戦えば、それだけみんなが危険じゃあなくなるってことくらい。でも、」
言葉を紡ぐにつれてあとからあとから不安が噴き出てくる。
「でも、この力は俺が修行で身に着けたものでも、誰かからもらったものでもないんだ。なんでこんなことができるのか、俺には何もわからないんだ。だから、怖くて仕方ないんだ。知らないことが、何が起こるかわからないってことが。それで、さっきまで頭を抱えていたんだ」
一通り話し終えたせいか、少しだけ落ち着いた。
それまでただ黙って話を聞いていたアルミナは、俺の話が終わったのを見計らって話し出した。
「確かに、私も怖いです。私が傷つくのも、マサキさんが、ほかの皆さんが傷つくのも。ですが、そうしてでもやっておかないといけないことがあります。マサキさんの言った通り、この道を私たちが避ければ、いずれもっと悪い形でほかの方が不幸になるでしょう」
アルミナは真っ直ぐこっちを向いて話してくる。
俺は自然と彼女と向き合った。
「マサキさん。覚えていますか? 少し前に、マサキさんが私たちの里を守ってくれた時のことを。あなたが誰よりも危険な場所に居続けてくれたおかげで、私たちは誰一人けがをすることさえなく魔物たちを追い払うことができました。それは、借り物の力であっても、迷いながらでも、マサキさんが危険を買って出てくれたからにほかなりません」
「…あれは、アルミナやメルビンさんたちが援護してくれたから俺が安心して戦えたからだよ」
俺がそういうと、アルミナは椅子から立ち上がり、俺の隣に腰掛けて俺の手を取った。
「同じことです。マサキさんが前衛を受け持ってくれたから、私たちは援護に集中できました。マサキさん。一人で何もかも背負い込まないでください。怪我をすれば私が癒します。マサキさんができないことは私が補います。マサキさんも、私にできないことを補ってください」
冷え切った俺の手と心に、彼女のぬくもりがしみ込んでくる。
「…ありがとう。アルミナ」
気が付けば不安はずいぶんと和らいでいた。
「マサキさんにはいつも助けてもらっていますから」
そういって、アルミナは今までで最高の笑顔を浮かべた。