魔法使いたち
「俺に魔法の的になれと?」
何を言ってるんだこの子は?
「だってマサキさん多少の魔法は効かないんですよね? 私もいきなり実戦で魔法を使うのは怖いので、今のうちに人に向けて打つ練習をしておきたいんですよ」
などと、筋は通っているが極めて物騒なことを口にするセルアに対して俺だけでなくジェストさんにシルバの奴も呆気にとられている。
「…まあ、確かにいきなりセルア殿を戦場に送るわけにもいきませんが」
あっけにとられながらもジェストさんが痛いところを指摘する。
「そうですよ! いきなり兵隊さんたち相手に魔法を打つなんて危なすぎますよ。手伝ってくださいマサキさん!」
手伝えって、的になってくださいってことだろ?
ふむ。
でも実際特に問題があるわけではないか。
俺に魔法が効かないというのは、メルビンさんたちから身をもって証明させられた。
セルアの魔法があんな大規模なものとも思えないし、まあおそらく問題はないだろう。
「分かった。やってみよう」
「ほんとですか! やったー♪」
とかいいて喜ぶセルアを見てちょっと選択をミスったか? と疑問に思ってもいいよね?
「じゃあ早速始めますね♪」
上機嫌なまま右手を俺に向けるセルア。
彼女の右手が緋色に光だし、俺に向かって火の玉が飛ぶ。
「って、いきなりかよ!」
俺の突込みなどどこ吹く風とばかりに飛来する火の玉に対して、俺はとっさに右手をかざした。
上手く火の玉の軌道に合わせることができたため、俺の右手に火の玉がぶつかり破裂する。
多少の熱波を感じたし、右手も熱いと思いはしたが、とくに火傷などをしている様子はない。
「セルア! せめてこっちの準備が整ってから使ってくれ!」
大丈夫だとは思っていても、魔法を受けるのはまだ冷や汗をかく程度には緊張することなのだ。
「え! 何か準備が必要だったんですか!?」
いや、精神面の準備の事なんだが…まあいいか。
「いや、なんでもない」
俺がそう切り返すと、シルバとジェストさんが唖然としてこちらを見ていた。
「セルア嬢。こんな魔法使えたんでやすねー…」
「あの『火球』を正面から受けて火傷もなしとは、恐ろしい耐久力ですね…」
?
どうやら俺の耐久力とセルアの魔法の両方に感心しているらしい。
俺の耐久力について驚かれることは珍しくない(というか俺自身未だに驚きっぱなしだ)のだが、セルアがさっき使った魔法もすごいものだったのか?
「私が今使った魔法って、すごいんですか?」
セルアも同じ疑問を持ったようで、そのまま質問をした。
「そうですね。私は魔法については疎いのですが、さっきセルアさんが使ったのは火球と呼ばれる初級魔法です」
初級魔法!?
今のセルアの一撃が初級ですか!?
それだと最大級の魔法とかはいったいどんな魔法だ!?
などと勝手にフィーバーする俺の思考をジェストさんが遮った。
「ですが、本来それは火を起こすために用いられるもので、攻撃魔法として利用できるほどの術者となるとほとんど自立している一人前の魔法使いとして認められています」
あー。
つまりセルアは魔法を覚えてからわずか数日間で一人前の魔法使いといえるレベルになったといえるのか。
「セルア。お前この国にいた時に魔法を教わらなかったのか?」
仮にも魔法大国と呼ばれるような国なのなら、セルアが国を追放されるまで魔法を使わなかったということの方がおかしい。
「私は末っ子で、どこかほかの貴族に嫁ぐことが決まっていたため、礼儀作法くらいしか習わなかったんです」
「礼儀作法?」
こんな奔放な性格の彼女にそんなものを習得させるのはどれだけ大変な事だろうと、俺は頭を抱えそうになった。
もしそんな貴族の常識らしきものを無視してセルアに魔法を教えていれば一人前の魔法使いになっていたものを。
「ジェストさん。ふつうどのくらいの訓練でさっきの魔法を身に着けるものなんですか?」
「詳しくは知りませんが、王宮に召し上げられるような魔法使でも少なくとも1年はかかると思いますよ?」
…それは何ともまた。セルアはとんだ掘り出し物のようだ。
数日間で一人前になったんなら、ここで鍛えると一流にさえなりそうな勢いだな。
「なるほど。じゃあ、セルア」
「なんでしょう?」
「思いっきりやっていいぞ。お前の思うように魔法を使ってみてくれ」
なんだかんだで、俺の練習にもなるかもしれん。
実際俺は純粋な魔法使いと戦った経験などないのだ。
ゲイルやメルビンさんたちは、戦闘中に魔法を使うことはあっても、魔法を極限まで極め上げるというわけではなさそうだったし。
「じゃあ。行きますよー!」
元気よく返事をしたセルアは、再び俺めがけて火球をぶっ放した。
約小一時間後。
「さすがに少し疲れましたね」
セルアはそういって練習を切り上げた。
俺は動かずにひたすらセルアの火球を受け続けるだけだったのだが、心なしか少しずつセルアの火球が熱くなっているように感じる。
といっても、ぬるま湯がお湯煮になった程度ではあるが。
俺の感覚がおかしいのであって、シルバとかだったらはじめの火球で大火傷を負っていたことだろう。
それにしてもセルアの奴、こんなに魔法を使って少し疲れた程度とは、いろいろ恐ろしいものを感じるな。
「お疲れ様。セルア」
「はい。お付き合いいただき、ありがとうございました。マサキさん」
おてんばなように見えて礼儀正しいセルア。
この世界の一般常識に疎い俺に対するツッコミは激しいが、別に無作法というわけではない。
ここら辺は貴族の礼儀作法で一通り学んだのだろう。
「いやー。セルア嬢の魔法も大概でやすねー」
そんなことを口にするシルバ。
俺もほぼ同意見だ。俺に効かないからといっても、普通の敵が相手ならさっきの魔法だけで圧倒できるだろう。
少なくとも、ゴブリンやオークどもが食らえばただではすむまい。
「そうですね。それだけ魔法を使えるなら、今回の戦いでも十分活躍してくれると思います」
ジェストさんにそう褒められて、セルアは嬉しそうにニヘヘとほほ笑んだ。
「さて、シルバ。そろそろ私たちも始めようか」
「へ?」
ジェストさんがそういうと、シルバは半分呆けたような表情をした。
「どうした? お前も訓練をするためにここに来たのだろう?」
そういえばそうだった。
シルバはここの所毎日のようにジェストさんの訓練を受けているのだ。
今回は俺とセルアが便乗したというだけの話で、本来ならジェストさんとシルバだけで訓練するはずだったのだ。
「全く、シルバの奴たるんでますねジェストさん」
「全くです。今日はきつめ訓練をしておきましょうか」
そういうと、シルバの奴いきなり「ひいぃぃぃぃ!」なんて言って逃げ出そうとしやがった。
もちろん、俺がそんなこと許すはずもなく、さっさと先回りしてシルバさんに預ける。
「じゃあ俺たちはこれで失礼します」
俺とセルアが地下室を後にしてからもしばらくは、シルバの悲鳴が響いてきていた。
地下室から出てきた俺たちは、そのまま書斎へと向かった。
アルミナは調べたいことと、侯爵に聞きたいことがあるといっていた。
何か調べものが進んでいるかもしれないし、俺も侯爵に聞きたいことがある。
セルアも今日魔法を使ってみて、もう一度魔法の教科書を読みなおしたい部分ができたとか言って俺についてきた。
ノックして書斎の扉を開けると、アルミナが出迎えてくれた。
「マサキさん。それにセルアさんも。訓練は終わったんですか?」
「ああ、さっき終わったところだ」
書斎に入った俺たちを次に出迎えてくれたのは侯爵だ。
「お疲れ様ですマサキ様。何か得るものはありましたか?」
「ええ。いろいろ勉強になりました」
「それは何よりです。ところで今回はどのようなご用件でこちらに?」
侯爵は俺がここに来た理由について気になるようだ。
だがまあ隠すようなことでもないな。
「アルミナが調べたいことがあるって言っていまして、調査の具合はどんなものかと様子を見に来たんです」
「左様でしたか。それで、アルミナ様は何か研究結果が出ましたか?」
侯爵がそういうと、その場にいた全員がアルミナの方を向く。
しかしアルミナはふるふると首を左右に振るだけだった。
「いろいろ調べてみましたが、憶測以上のことは何もわかりませんでした。私がしていた推測も、ほとんど侯爵様がされていましたし」
そうか。
まあ仕方がない。
「ですが、それとは別に興味深いことがいろいろわかりました」
「興味深いこと?」
「はい。ここの魔法書を読んでみたのですが、興味深い魔法がたくさん記述されていました」
「…もしかして使えるようになったのか?」
アルミナは読んだ本の内容をきっちり覚えていた。
もしかして魔法書に記録されている魔法を全部使えるようになっているのだろうか?
「はい。ほぼ全部使えると思います」
などと恐ろしいことを口にした。
「アルミナ様はすごいですよ。ここにある魔法書をほぼすべてあっという間に読み明かしてしまいましたからね」
「…マジか」
この書斎にはざっと見ただけで様々な分野の本がそれぞれ百冊以上もある。
そして魔法大国というだけあって侯爵の書庫には魔法に関する書物が数百冊はある。
セルアが読んでいた本もあったが、それ一つでもかなり分厚い本だった。
アルミナはそんな本の山を読みつくしたうえ、記述されている魔法をほぼすべて使えるようになっているらしい。
自己申告とはいえ、アルミナは嘘や冗談を言うことはまずない。
となればアルミナはすでに一流の魔法使いと肩を並べるかもしれない。
「すごいですねアルミナさん! 私あれ一冊読むのも大変なのに」
セルアも感動している。
「アルミナ。セルアにもう一度魔法の手ほどきをしてあげたらどう? それに、魔法が実際に身についているかどうか確かめてみたほうがいいんじゃない?」
遠まわしに訓練に参加するようにほのめかしてみる。
アルミナは少し考えた後、コクリと頷いた。
「分かりました。明日の訓練には私も参加します。それまでには主な本はすべて読めると思うので」
・・・・・。
アルミナの奴この書斎にある本を読み明かすつもり満々のようだ。
それにしても、こうなったら自分で調べるよりもアルミナに話を聞いた方がいろいろ早そうだ。
とりあえずしばらく彼女の邪魔するのはよしておこう。
それはともかく。
「侯爵の方の調べものはどうなったんです?」
「ああ、いえ、私はこの騒動の後のための準備をしているだけですよ」
「というと?」
俺の質問に侯爵殿は少し間を置き話し出した。
「今回の騒動は、戦うのも大変でしょうが、戦いが終わったのちもまた大変です。何しろほとんどクーデターのようなものですからね」
言われてみればそうだ。
エステルナ王女とやらを救出したのちに、エシュバット王子とやらを失墜させるのだ。
当然といえば当然だが大仕事になるのは間違いないだろう。
「しかし、いささか気が早くありませんか? まだ勝てると決まったわけでもないのに」
「今回の計画が失敗すれば、どの道私は終わりです。であれば、私にできることを可能な限りしておくのが有効でしょう?」
と、あっさりとそう言い切ってのける侯爵。
彼は俺たちに自らの命運のすべてを託している。
それもごく当然のように。
そして、失敗したときは身の破滅となることも正確に認識している。
その覚悟に、素直に敬意を表する。
「ほかに何か質問はありますか?」
この話は終わりだといわんばかりに侯爵は話を切り上げた。
「いえ、ただ、いつ出撃なのかはなるべく早めに知りたいので」
「そうですね。ですが、この情報だけは急いで集めて間違えるわけにはいきません」
全くもってその通りだ。
主力の部隊の出撃日時は、そのままもと山賊たちの出撃日時にも直結する。
間違っても日時を誤るわけにはいかないのだ。
ついでに、できるならその迎撃部隊が魔王軍と相打ちになってくれるのが俺たちにとって好都合なのだが、まあそれは当面の問題ではない。
「分かりました。作戦開始までお世話になります」
「ええ。こちらこそ、決行時にはお世話になります。ところで、皆様方」
侯爵はそこでいったん言葉を切る。
「ここは公の場ではありません。侯爵閣下などと堅苦しい言葉を用いられる必要はありませんよ?」
どうも侯爵殿は固っ苦しいのが苦手のようだ。
「では、なんとお呼びすれば?」
「親しいものたちは、レイモンドと呼んでいます。皆様もそう呼んでください」
貴族相手にそんなにフランクでいいものかとも思うが、向こうがそれを望んでいるならこっちからはねのける理由もないな。
「分かりました。改めてよろしくお願いしますレイモンドさん。代わりにこっちも様なんてつけないでください」
「分かりました。こちらこそ、よろしくお願いします。マサキさん」
「私たちもそうした方がいいですか?」
俺たちの会話にセルアが加わってきた。
「ええ。皆様も気楽に接していただければと思います」
「…わかりました。私も、改めてよろしくお願いします」
「レイモンドさん。これからもお世話になります」
セルアとアルミナもそういって改めて会釈した。
「はい。お二方とも、これからもよろしくお願いします」
そういって、侯爵はぺこりと頭を下げた。
そんな低姿勢な侯爵からは、しかしつかみどころがないような何かを感じるのだった。