女性教師たち
第二章です。たぶん結構長くなります。
カチャカチャ。
食器同士が当たる音が響く。
部屋は個室が割り当てられたので、昨晩は久々に一人で布団にお邪魔した。
夜食なども運んできてくれたが、朝食はみんなで一緒に食べることになった。
朝昼晩の食事は、顔見せ及び情報交換の場でもある。
やや俺の知っているものと形状は違うが、ナイフとフォークを使った食事はなかなかにいい味をしていた。
もっともそれは料理人の腕というよりも食材が良いおかげのような気がする。
もしアルミナがこの食材を料理したらと思うとわくわくするものがあるが、さすがにゲストである俺たちがそこまでするのはまずいだろう。
それに俺はもともと食えるなら何でもいいというタイプの人間だ。
ある程度味がしっかりしていればとくに文句はない。
食事があらかた片付いたところで侯爵が話を切り出した。
「それでは我々はこれから王城に向かいます。皆様はここで存分におくつろぎください」
そういうと、侯爵は再び鈴を鳴らした。
すぐさま初老の執事さんがやってくる。
「何か用件がありましたら、この者にお伝えください。この屋敷の全権を預けてありますので」
そういうと侯爵とジェストさんはそのまま屋敷を後にした。
彼らは王城に向かうといっていたが、それは職務を果たす以上に今回の作戦のための情報収集といった意味合いが強いのだろう。
特にエストワール軍の出撃日時などは、反乱を起こす日時に直結する重大な問題だ。
俺たちに要求されるのは有事における戦力なので、それまではここで骨を休めておいた方がいいということだろう。
というわけで現在全員が手持無沙汰となっている。
さて、どうしようかな。
「執事さん」
「なんでございましょう。マサキ様?」
おお、俺の名前をすでに憶えているのか。
手際がいいというかなんというか素直に感心する。
「どこかで本を読めませんか?」
絵本作家という職業上、俺は本というものはそれなりに読む。
どういうわけかこの世界の文字も読むことができるので、本を読んで時間をつぶすのが一番現実的だ。
この世界の常識というものにも触れることができそうだしな。
「本でございますか。では旦那様の書斎に案内いたしましょう」
「私もご一緒してもよろしいですか?」
俺が執事さんと一緒に書斎とやらに案内されそうになったとき、アルミナが俺に声をかけてきた。
「ではアルミナ様も一緒にいらっしゃいますか?」
「なら私もいいですか?」
「あっしも」
そんなこんなで俺の一言から全員が侯爵の書斎とやらにお邪魔することになった。そんなところにお邪魔してもいいものかとも思ったが、出かける前に執事に屋敷の全権を預けていることを思い出して納得する。
途中で執事さんは、メイドさんに同行するように指示を下し、書斎とやらに案内してくれた。
ついていった先には小規模な図書館ともいえるくらいの蔵書量を誇っていた。
「これが、バシュトシュタイン侯爵の書斎ですか」
セルアが唖然としている。俺にとっても似たような意見だ。
「それでは、私はこれにて失礼します。女中を一人付けますので、何か御用がありましたら彼女に申し付けください」
そういうと執事さんはその場を後にした。
さて、何から手を付けたらいいものやら。
大まかに分けられているのだろうが、さすがに本の量が多すぎて何から読めばいいのか見当もつかない。
「どういった本を読まれたいのですか?」
茫然とする俺たちに、メイドさん(執事さんは女中と飛んでいたが)が話しかけてきた。
「そうだな。この国の歴史とかかな?」
「歴史でしたら、あちらの方にまとめてあります。それと、こちらなど読みやすいと思いますよ」
そういってメイドさんが示した先には、確かに面白そうなタイトルが付いた書物が目に入った。
「君はこの書斎の本に詳しいの?」
「はい。私が担当している区画にこの書斎が含まれていたので、旦那様が調べものがあった際にはそのお手伝いをさせていただいていましたので」
あの執事さん。俺たちにとって一番役に立ちそうな人選をしたってことか。
細かい気配りのできるいい執事さんだ。
「ところで君の名前は?」
「私ですか? 私はリリナと申します」
「そうか。俺はマサキ。よろしく」
この書斎に詳しいというならこれからもお世話になるだろう。お互い名前を知らないのは(向こうは知っていたかもしれないが)不便だ。
「はい。よろしくお願いします。マサキ様」
様?
そういえば今俺は客人対応か。
まあどうでもいいことだ。
リリナさんに勧められた本棚の中で俺が気になった本は三冊。
『エストワール建国史』『大陸を治める勢力』『魔界を生み出した者』とかいうやつだ。勿論ほかの本もおもしろそうではあるが。
とりあえず『エストワール建国史』とかいうのを手に取ってみる。
さすがにそれなりの分厚さがあるため、すぐに読めるというものではない。
俺の読書速度も決して早くはないからな。
ほかのみんなも思い思いの本を読みだしたようだ。セルアは魔法についての本を取り出しているようだ。
アルミナは……何やってんだ?
本棚から本を取出し、その場でほとんど手を止めずにページをめくり続けては次の本に手を出している。
あれは何か読みたい部分を探しているのか?
それともあの速さできっちり読めているのか?
もし後者だったとしたらとんでもない話だ。にわかには信じがたいがアルミナなら何ができても不思議ではないとも思える自分がいる。
なんだかなーと思いながら、俺は自分が手に取った本を読むことにした。
『エストワール建国史』の内容はおおよそ以下の通りだ。
エストワール王国は、およそ500年前にグリモール・ダベル・エストワールによって建国された。
現在の国訓である『人材こそが最高の財産であり国宝』というものを最初に唱えた人物であり、それが代々国王および大臣たちに引き継がれているらしい。
名目上既得権益というものは存在しないが、貴族たちは自分の子孫に英才教育を施しているため、民間人から起用されるケースは珍しい。
特に最高位の公爵や侯爵になると後継者を確保するために引き抜きなどをかなり積極的に行っているらしく、家名をついでも血筋はほとんど残っていないらしい。
中には卑劣な方法を使っている連中もいそうだが、さすがにそんなことまではこの本の中からは読み取れなかった。
以来この国はそういった弱肉強食の権力争いを繰り返しているというわけだ。
とりあえず読み始めて約一時間で読み取れた内容はこのくらいだ。
次の章では初代国王だったグリモール王のことが書かれているようだが、とりあえず一息いれる。
さて、みんなはどうしてるかなと見回してみると…アルミナは未だに手に取った本を高速でめくり、新しい本を手に取る。という動作を繰り返している。
おいおい。まじであのスピードで読み続けてるってのか?
あとでどんな本読んだのか聞いてみよう。
セルアは魔法の本を…読んでいなかった。
なぜかリリナさんと二人でシルバに何かを教えている。
気になってのぞいてみると、どうやらシルバに読み書きを教えているようだ。
「シルバ。お前、文字読めなかったのか?」
俺がそう質問すると、三人がこっちを向いて、シルバが頭をかきながら
「はい。そうなんでやすよ旦那。あっし文字の読み書きはほとんどできないんでやす」
そうだったのか。
義務教育が徹底されている俺の国ならともかく、この世界では全員が全員文字の読み書きができるというわけではないということか。
「で、それでセルアとリリナさんに教えてもらっていたと?」
「へい。そういうわけでやす」
何ともうらやましいやつだ。
アルミナのような絶世の美女というわけではないが、セルアとリリナさんは二人とも十分に美人といえる部類だ。
そんな二人に勉強を見てもらえるとは。今度ジェストさんに訓練レベルを上げてもらうように言っておこう。
「セルアは魔法の本を読んでいたんじゃなかったのか?」
「ああ、はい。読んでたんですけど、隣でシルバさんがものすごい形相で本とにらめっこしているもので何をしているのか聞いてみたら『本を読みたいが文字が読めない』状態だったので…」
「それで今に至るということか」
何とも面倒見のいい話だ。
「シルバ。お前本を読みたいのに字が読めないのか?」
「へい。あっしが生まれ育った村には本というものがほとんどなくて、少しでも字が読める奴は大体近くの町に行くようになっちまいやすので」
なるほどね。
本というものに興味はあるが、生まれ育った土地にはそれがなかった。
読んでみたいと昔から思っていたが、教えてくれる人がいなかった。
そして今それがかなえられたということか。
セルアは元貴族の出身だから読み書きは仕込まれたのだろう。リリナさんについても侯爵の補佐で調べものなどをしているのだから文字くらいは扱える。
何を学んでいるのかは知らないが、シルバもいたって真面目に勉強している。
いずれにしてもいいことだ。
心なしかセルアもリリナさんもシルバに教えることがうれしそうだ。
シルバは元山賊の一味といっても、好んで山賊家業をやっていたわけではないのだ。そのせいかどうかは知らないが、意外ときれい好きだし、方言はきついが打ち解けやすい性格をしている。
セルアにしても流れ者の村でわかりあいたいようなことを口にしていたので、今の状況を喜んでいるのだろう。
多少うらやましいが、まあこの場は引くとしよう。
それはそうとして、アルミナは相変わらず本のページをめくりまくっている。
すでに本棚一つ分のページをすべてめくりきったのだろうか、隣の本棚に移っていた。
意外にもアルミナは文字が読めるらしい。
隔絶したエルフの里で、箱入りのまま育てられていたが、どうやら文字は同じものを使われていたようだ。
「アルミナ。ここの本はおもしろいかい?」
お邪魔かと思ったが、アルミナがあんな速度で本を読めているのかが気になったので声をかけてみた。
「ええ。とっても面白いです。森にも書物はありましたが、ここまでの規模のものは見たことがありません」
開いていた本を閉じてアルミナがそういった。
「アルミナ。そんなに早く本を読めるのか?」
俺の疑問はそこに終始する。
何しろアルミナは一時間少々で本棚一つ分の本を読み切ってしまったのだ。
それも漫画本などではなく、専門書の類が詰まった本棚をである。
「ええ。ここに書かれている内容はほぼ覚えましたよ」
「…マジか」
絶句するしかない。
しかし同時に軽いいたずら心が芽生えた。
「アルミナ。この本を読んでみてもらえないか?」
そういってさっきまで俺が読んでいた『エルトワール建国史』を渡す。
「この本がどうかされたんですか?」
「いや、この本の内容が今後必要になるかもしれないと思ってね」
「そうですか。では」
そういうとアルミナは『エルトワール建国史』を手に取ってぺらぺらとめくりだす。
普通のハードカバーの小説並みのボリュームがある建国史を大体一分少々で読み切ってしまったアルミナは、なるほどとつぶやいた。
「どうかしたのアルミナ?」
「いえ、マサキさんがこの本の内容が必要になるといっていたのが正解だと思いまして」
「というと?」
もしかして『エストワール建国史』の先には今回の計画に関係してくる記述でもあったのだろうか?
「ええ。マサキさんはこの本を読まれたのですか?」
「ええっと、この国の始めの王様がグリモールとかいう人で、その人が人材こそ至高の財産とかいう意見を提唱して今に至るってところまでは」
「そうですか。では、なぜエストワール王国が魔法大国と呼ばれるのかまではご存じないということですね?」
む?
それは確かに知らない。
というか、この本を最後まで読んでいないのだ。知っているわけがない。
「そういえばなんでこの国は魔法大国なんて呼ばれているんだ?」
「それは初代国王であるグリモール・ダベル・エストワールが稀代の魔法使いであり、周辺各国を自らが率いた魔法使いの軍で支配したからなんです」
あっさりとそんなことを口にするアルミナだが、彼女はこの間まで森の中にいたのだ。言ってみればこの国の事なんて俺と同じくらいしか知らない素人のはずなのだが……ここの本を読み明かして知ったのか?
だとしたらアルミナはあのスピードで読んだ本をすべて覚えている、あるいは理解しているということになる。
「アルミナ。それは…その本に書いてあったのか?」
「はい。ほらこのページに」
そういってアルミナが無造作に開いたページの指さした先にそれらしき記述があった。
なんてこった。アルミナは速読できるうえに完全記憶までできるのか!?
だがまあそれは置いておこう。
「本当だ。グリモールって王様は稀代の魔法使いで、しかもその部下たちもみんなが一騎当千の強力な魔法使い。それがこの国が魔法大国と呼ばれる理由か」
「はい。ですが…」
そういうとアルミナは少し考え再び口を開いた。
「すみませんマサキさん。もう少し調べたいことがあるので、少々時間をいただけないでしょうか?」
「ん? ああ、勿論だ。でも、いったい何を調べたいんだ?」
するとアルミナは少しためらったようだったが話を続けた。
そしてその一言は俺を驚愕させた。
「もしかすると、エシュバット王子も同じ力を持っている可能性があります。それを調べたいのです」