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ある日不死身になりまして・・・  作者: 黒々
第一章 はみ出し者たち
30/68

魔王アルベウス

 時をさかのぼること約七日。


 マサキとアルミナが流れ者の村にたどり着いたころ。


 霊樹の破壊に失敗したダークエルフの魔族ゲイルは、森から西の方に撤退していた。


 霊樹アルミナスがある大森林は、現在マサキ達がいる大陸の北東にあり、そこからまっすぐ南にいけばエストワール王国があり、西に向かえば魔族たちが住んでいるテリトリーとなっている。


 作戦は失敗した。


 霊樹の破壊は失敗し、エルフの女王は健在だ。

 俺はおそらく何かしらの処罰を受けるのだろう。


 そう思い、東大陸の魔族をすべる魔王様の住む魔王城の門をくぐる。

 そのまま魔王様の鎮座する謁見の間へと向かう。


 大広間と呼んで差支えないその広間の一番奥に、巨大な椅子に巨漢の魔王が座り込んでいる。


 いや、巨漢なのは間違いないが、その姿は異形の一言だ。


 まるでゴーレムのように全身を石のような鎧で覆っているその姿は、極限まで小さくした要塞にさえ思える。


 その姿が全身に鎧をまとった姿なのか、元からその姿なのかは定かではない。


 寡黙な魔王からは、一切の情報を読み取ることができない。


 加えて驚いたことにこの巨漢の王は、ほとんど玉座から離れたことが無い。


 ゲイルはここ数十年魔王に仕えているが、この魔王が玉座から離れることはおろか、必要なければ身じろぎ一つしないということをよく知っている。


 今回の魔王の命令についても似たようなもので、ある日魔王の従者がこの場を通ったゲイルを呼び止め命令したに過ぎず、それでさえ数年ぶりの命令だったのだ。


 ほとんどしゃべらない上に、玉座に座ったまま動くことのない魔王が生きているかどうなのかということを皆が同じような疑問を抱くが、この魔王は分かっている限りで1000年以上の時を生きている。


 魔王という存在は、弱肉強食のルールのみが支配する魔族たちの中において、ほかの魔族たちのだれよりも強いということを意味している。


 1000年前、この大陸に魔王として君臨したのが目の前にいるアルベウス。

 ゆえに彼の魔王が一体どのくらい生きているのかを正確に知る者はほとんどいない。


 だからこそ、いつ死んでもおかしくなさそうだが、少なくとも自分が仕えている間でその存在感が衰えたことはない。


 魔王の前まで歩み寄り、片膝をついて首を垂れる。


「魔王アルベウスが配下、激槍のゲイルただいま帰還いたしました」


「よく戻ったなゲイル。それで、戦果の方はどうだった?」


 ゲイルにそう質問したのはアルベウスではなく、その巨漢の近くに立っている黒ローブの魔族だ。


 彼の名はアルベウスを補佐する魔族の一人で、名をディスバルトという。

 痩身をローブのようなもので覆っており、フードの中にあるであろう顔色をうかがうこともできない。


「…残念ながら、霊樹の破壊には失敗しました」


 処罰覚悟の上で結果を報告した。


 しかし魔王アルベウスはもとより、ディスバルトもまるで気にしていないようだ。


「激槍のゲイルともあろうお前が出て失敗したというなら、何か予想外の事態でもあったのではないか?」


 何もかもを見透かしたような一言に、ゲイルは軽く狼狽した。

 いったいこの方たちはどこまで見透かしているのだろうかと。


「…おっしゃる通りでございます。エルフの里を攻略する際に、想定外の敵が立ちはだかりました。マサキと名乗る者で、私では倒せないと判断し撤退しました」


「…槍を持たぬとはいえ、お前を退けるほどのものがエルフを守ったと?」


「はい。左様でございます。私の攻撃は、かの者にはまるで効果がありませんでした。魔技による一撃で手傷を負わせることは出来ましたが、その際に魔王様から賜った剣を敵にとられてしまいました」


 最後にはなった魔技『ダークメルティ』はマサキにダメージを与えたが、そんなものは些細なことだ。


 あの技は本来であれば貫いた部分を完全に消滅させるほどの威力があるため、大岩であったとしても問題なく貫くことができるだけの威力がある。


 それが人体であればどこに当たろうと体を貫き消滅させるだろう。


 それが刺さって終わりという時点で異常なのだ。いかに刺突用ではない剣を用いていたとしてもだ。


「その者についてほかに何か思うことはあるか?」


 ディスバルトの問いにゲイルは答える。


「…あの者は、嘘かまことかしれませぬが、自分がなぜ強いのかということがわからないといっていました。そしてそれはおそらく偽りではありません」


 あれほどの腕の持ち主であれば、霊樹の結界について把握できても何も不思議はない。


 そもそも結界の中に入っている時点で只者ではないのだ。


 にもかかわらず、俺の話を聞くマサキの反応はまるで何もわかっていない素人のものだった。


 いや、それを言うなら戦い方ひとつとってもそうだ。


 身体能力は遥かに俺の上を行っていながら、ああまで俺が打ち合うことができたのはひとえにマサキの動きが単調だったからに過ぎない。


 能力に見合った技量がまるでないのだ。


 そして、最後の問答。

 マサキとかいう男は、俺が何もかもをしゃべることに対して随分警戒をしていたように思えるが、俺はこちらの手の内を明かすことで少しでも奴の情報を得ようとしたからだ。


 その結果出た結論がそれだ。あの態度からすれば、おそらく嘘を話してはいない。


「ほう」


 ディスバルトがそうつぶやくと、その場を沈黙が支配した。

 重々しい緊張感が漂う中、自らの脈拍さえ聞き取れてしまうような静寂がただよう。

 そして、その静寂を破ったのは、これまで沈黙を貫いてきた魔王アルベウスだった。


 しかしそれは、かの魔王が言葉を発したわけではない。


 その巨漢を、玉座より持ち上げ、こちらに歩みだしてきたのだ。


(な、なにを!?)


 ゲイルは困惑する。


 この魔王は、言葉を発することはおろか、身じろぎ一つしないことで有名だった。


 しかし、その魔王が今、玉座を離れこちらに歩み寄ってくる。


 ただそれだけの事なのに、まるで金縛りにあったように体が動かない。


 無言で迫る巨漢の魔王は、ただ歩いているだけにもかかわらず、その場のすべてを押しつぶさんばかりのプレッシャーを放っている。


 そして魔王アルベウスは、ゲイルの前に立ち・・・そのままゲイルをまたいで歩み続けた。


(・・・いったい何を)


 ひたすら困惑するゲイルに、さらに追い打ちをかけるものがいた。

 それは、魔王の側近であるディスバルトだった。


「ゲイル。帰還したばかりで悪いが、これより我々はエストワール王国に向かう」


「な!?」


 ゲイルは思わず絶句した。

 東大陸は北西に魔物や魔族たち住んでいるが、南東にはエストワール王国を含む人間の住む土地だ。


 東の魔族を束ねる魔王アルベウスは1000年以上を生きているといわれる化け物だが、その間向かってくる敵の相手をすることはあっても自ら動くようなことは一切行っていない。


 その魔王が動き出すということは、つまり・・・


「ディスバルト様。それはエストワール王国に宣戦布告をするということですか?」


「必要ならばそうしよう。我々はマサキと名乗る者のもとに向かう」


「あの者が、エストワール王国に?」


 大森林の中で戦ってからすでに時間は経過している。

 そのためあの者達が移動している可能性はあったが、エストワール王国にいるというのはどうやって…。


 そう思ったゲイルは、魔王アルベウスがマサキの位置を特定する方法が一つあることを思い出した。


「…わかりました。動かせる魔物を総動員いたします。ですが…ほかの魔族の者達は動かないでしょうが」


「まあいいだろう。我々だけでも十分すぎるがな」


 そういってディスバルトは音もなく消え去る。


 瞬間転移。


 時空に干渉するという稀有な魔法だ。


 使うことができるものさえ限られてくるが、それを無詠唱で瞬間的にやってのけることができる者など、ゲイルはディスバルト以外に知らない。


 それだけでもディスバルトが超常のものであるというのに、そのディスバルトが忠誠を誓うほどの存在が、今ゲイルの後ろを歩いている魔王アルベウスなのだ。


 ズシン。ズシン。


 魔王が歩くたびに軽く地面が揺れる。


 今、何百年もの沈黙を破り、東大陸最強の魔族が動き出した。









「東の魔王?」


 聞いたこともないな。いったい何者だ?

 俺とアルミナと侯爵以外の全員は完全に絶句しているが。


「マサキさん? まさか東の魔王についても知らないなんて言いませんよね?」


「全く知らない」


 俺のこの反応にアルミナ以外の全員が俺の方を向いて絶句していた。


「東の魔王をご存じないとおっしゃられるのですか?」


 ジェストさんが俺に向かってそう質問する。

 勿論という意味を込めて頷く。

 そんな俺に、侯爵閣下が説明してくれた。


「魔王というのは、魔族たちの頂点に君臨する存在です。この東大陸の北西の方面に生息している魔物と魔族たちを力で束ねる最強の存在なのです」


 へー。

 そいつが……攻めてくるってのか!?


「それかなりやばいんじゃあないですか!?」


「そういうことです。現在魔王アルベウスは、人と魔物がすむ領域に敷かれた3つの砦のうちの一つ目を破壊し、魔物たちを引き連れ第二砦に向かっています。それに対してこの国はアルベウスを迎撃するために軍を派兵する準備が進んでいるのです」


 侯爵の説明に、ジェストさんが割って入る。


「となると、この国の戦力が一度に減るということになるのですね?」


 なるほど。


 その魔王というやつが攻めてくる場合は、軍事力で不利な状態がかなり緩和されるってことか。


「ちなみに彼我の兵力はどのくらいなんです?」


「私が所有している私兵と、志を共にする者達の私兵、合わせて3千といったところです。エストワール軍は総勢3万ですが、魔物たちの迎撃のために元々4千だった砦警護兵を2万まで増やすと思われます。そして実際に残った1万の兵士も常に城の警備をしているわけではないので、夜間に襲撃をかければ十分に勝機があります」


 それだけ聞くなら何とかなりそうな気がしてきた。


 相手の戦力はまだ未知数ではあるが、とりあえず絶望的なほど戦力差はないように思える。


 それはそうとして。


「砦というのはどこにあるんですか?」


「ここから北西の方角で、魔物がすんでいる土地と、我々が住んでいる土地を隔てています」


 そういうと侯爵は執事を呼んで地図を持ってこさせた。

 正直地図とは呼びたくない代物だったが。



挿絵(By みてみん)



 侯爵の話では、この人間領と魔王領の境界線に砦が三重たてられているらしい。


「そこに全兵力の7割近くを割くほどの脅威なんですか。その魔王というのは?」


 砦で防ぐ戦力に2万人。

 軍事に疎い俺だが、半数以上の人数を動員するなど尋常ではない。


 燃料、配給、武器、防具。

 遠征に必要な消耗品などいくらあっても足りないだろうに、魔王というのはそれだけの戦力を必要とする相手なのか?


 思わずそう口走ってしまった。相変わらず考えたことが口に出てしまう。


 しかし俺の質問はまた場違いだったようで、セルアがすかさず説明を入れる。


「マサキさん。魔王アルベウスについて何も知らないんですね。アルベウスは最古の魔王とさえ呼ばれる者で、千年以上を生きたといわれています」


「千年!?」


 もはや長寿なんてレベルじゃない。

 俺の常識にはあてはめないほうがいい存在のようだ。


「はい。魔族という種族は弱肉強食をただ一つのルールとして生きています。ですから、そんな中で千年もの間魔王を名乗り続けているとされる魔王アルベウスは、どれほど強いか見当もつかない怪物なんです」


「そんな化け物相手によく今まで滅ぼされませんでしたね」


「アルベウスは、今まで一度として我々に対して攻撃も敵対も侵攻もしたことはありませんからね」


 俺の適当な感想に対し、ジェストさんが聞き逃せないようなことを口にした。


「はぁ!? 魔王が千年間人間の領地に来なかったってことですか?」


「その通りです。なぜ今魔王が動き出したのかはまるで分りません。本来なら国を挙げて迎撃に出なければならないところですが…」


 なるほど。

 大体見当がついてきた。


 要するに、今エストワール王国は建国有数の、下手をすれば最大の危機に陥っているということだ。


 その場合、当然といえば当然だが俺たち反乱を起こす側にとってはこの上ない好機にもつながる。

 ただしそれは反乱が成功する確率が跳ね上がるというだけで、混乱に乗じて魔王たちがこの国を滅ぼしてしまうことも十分すぎるほどに考えられる。


 俺に説明を終えたジェストさんが侯爵に尋ねる。


「バシュトシュタイン様はいったいどうするおつもりですか?」


「ええ、それをあなたと話し合いたかったのです。魔王がこの国に侵攻してくるという事態に乗じて、我々がどう動くべきかを」


 その場に重苦しい沈黙が流れる。


 どちらも国の存亡にかかわる大問題だ。

 簡単に決めることなんていったい誰にできるというのか。


 理想を言えば、革命を成功させたのちに魔王を返り討ちにすることができれば最高だ。

 しかしそんな都合のいいことが起こるなどと楽観できるものではない。

 あまりの衝撃的な事実に、その場の皆が沈黙に包まれる。


 そんな重苦しい沈黙は、一人の言葉で打ち破られた。


「行動を起こしましょう」


 その言葉を口にしたのは、これまで静かに話を聞くだけだったアルミナだ。

 全員の視線がアルミナに集まる。


「なぜそう思われるのです?」


 皆の疑問を代表して侯爵がアルミナに問いただす。

 アルミナはそのまま意見を口にした。


「騒乱を起こす絶好の機会が訪れたのなら、迷わず行うべきです。それがたとえ諸刃の剣であったとしても」


「しかし、魔王が動いたとなると、国の総力を挙げて迎え撃っても勝てる保証はありません。危険すぎます」


 アルミナに反対したのはジェストさんだ。

 そんなジェストさんの反論に対してアルミナは一切態度を崩さずに告げた。


「エシュバット王子が即位すればこの国は衰退します。魔王アルベウスに攻め込まれればこの国は崩壊します。そうさせないために私たちはこうして集まったはずです。違いますか?」


 アルミナのその一言に、ジェストさんと侯爵はおろか俺たちも黙るしかなかった。アルミナの話は続く。


「確かに分の悪い話には違いありません。ですが、しばらくすればエストワール軍と魔王軍がぶつかり合います。それは、私たちの敵同士がぶつかり合うという状況です。これは好機ではありませんか?」


 確かに。相手の戦力の大きさだけしか見ていなかったが、その大きな戦力同士がつぶし合ってくれるのだ。


 上手くいけば相打ちになるし、そうでなくても片方は大打撃。もっと言えば、つぶし合っている最中、俺たちはここで目的を遂行できる。


 見事に漁夫の利を狙えるというわけだ。


 そこまでは侯爵たちも予見してはいたが、そんな博打を打って国が滅んでは意味がないと思い決断しきれなかったのだ。


 しかしアルミナははっきり断言したのだ。国を守るために、動かなければならないということを。


 その意見に反対する者は、俺たちの中にはいなかった。


「…アルミナ殿の慧眼、恐れ入りました。同じ結論に至れなかったわが身の不明を、ただ恥じるばかりです」


 侯爵はそういうと、顔を上げて宣言した。


「ジェストさん。軍が出撃したのち、我々はエシュバット王子に反旗を翻します。よろしいですね?」


「分かりました。それに合わせて反乱軍を出征させます。軍の遠征が決まり次第、ご一報をお願いします」


 ジェストさんの言葉に侯爵は頷くと椅子から立ち上がった。


「それでは皆様はこちらに滞在してください。今から部屋に案内させます」


 そういうと侯爵は鈴を鳴らした。

 近くで待機していた執事さんがやってきて侯爵さんが二言三言指示を下し、それを聞いた執事さんは軽くうなずき俺たちに向き直る。


「かしこまりました。では皆様、お部屋にご案内いたしますのでこちらにお越しください」


 そう言われ、俺たちは執事さんについていくことになった。


 案内された部屋は全員分個室だった。


 俺やアルミナはもとより、ジェストさんにセルア、シルバとその他反乱軍の人たちも全員が個室で女中さんが面倒見てくれるという至れり尽くせりっぷりである。貴族ってのは金の使い方が違うな。

 

いまさらですが、ジェストとゼストが思いっきり名前がかぶっていたので、ゼストの名前を変更しました。もし変更し忘れていたらごめんなさい。

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