勧誘
ジェストさんと出会った時、俺はここに来るのをためらっていた。
だが、アルミナが『俺たちはここに来るべきだ』と主張しだしたのだ。
彼女の直観は、精霊とやらのお告げといった具合なので、特に目的があるわけではない俺にはちょうどいい攻略ナビ位に思っていた。
だが、エルフの里の一件もそうだが、アルミナの直観が示す道はそのまま危険なことが起こっている。だが、それは同時に俺の力が必要な場所に連れて行っているということでもあるのだ。
そして同時に俺はこの力が何なのかを知りたいし、この力があるうちに恩を売っておきたいと思っている。
つまり、俺の方針とアルミナの直観はお互い都合がよく、ついでに言うとジェストさんの依頼も、もしかすると俺たちにとって都合がいい話かもしれないのだ。
これだけを考えると引き受けてもいいとも思うが、さすがに国家転覆なんて大それた真似を、詳細も聞かずに二つ返事で引き受けられるほど俺は豪胆な人間ではない。
よって俺の返答はこうだ。
「まずは詳細を聞かせてもらえませんか?」
まるでRPGのようにトントン拍子でイベントが発生していくなかでも情報収集が重要なのは決して変わらない。
何事においてもそれは鉄則だ。
そんな俺の言葉に、ジェストはコクリとうなずき話し始めた。
「エストワール王国は、現在世継ぎの問題が浮上しています。王位を争っているのは二人、第一王子であるエシュバット・オロス・エストワール王子と第一王女であるエステルナ・ファム・エストワール王女のお二人です。」
ふむ、ありがちな権力争いってやつか。
「先日、先の国王であるトレルテ・ヴァン・エストワール王は、現在病床に就いております。そのため現在は第一王子エシュバット様が国を率いております。ですが我々は、エシュバット王子ではなくエステルナ王女様に即位していただきたいのです」
「それはまた、どうして?」
第一王子が即位しているということは国にとっては至極当然のこと。
その常識は、王子が即位しているという事実からこの世界でも有効だと考えられる。そうであるなら確かにジェストさんたちが行おうとしていることは王国の転覆に他ならないだろう。
国の軍部にいたジェストさんがそのことを把握していないとは思えない。だとすると、彼にはそうするだけの動機と理由があるということになる。
ジェストさんが俺の疑問に答える。
「それは、エストワール王国は『人材こそ至高の財産』と豪語しておきながら、肝心の国の頂点に君臨する者達は世襲制なのです」
世襲制。
地位や財産、職業などを子々孫々へと受け継がせる制度のことだ。
この制度は貴族制度が認められていた封建社会で用いられていたもので、親の七光りのもと、実力のないものでも高い役職に就けてしまう制度だ。
中には英才教育が功を奏して優秀な後継者に恵まれることもあるようだが、エストワールの場合はどうなのだろうか?
「誤解を恐れずに言いますが、第一王子は世襲制によって腐敗した典型です。対照的に、第一王女は非常に聡明で克己心にあふれているお方です」
両方かよ・・・。
そう心の中で思った俺だったが、ジェストさんたちが国家転覆を狙っている理由が大雑把に見当がついてきた。おそらく次に続く言葉は。
「我々はエシュバット王子が即位するよりも、エステルナ王女が即位される方がこの国に住む国民のためになると思っています。ですが、エシュバット王子は賢しく、我々の中に王女を担ぎ上げようとする者達がいるということに気づき、王女を陥れ、投獄してしまったのです」
「なんともまあ・・・」
腐ってはいるが腕はいい。そういうやつらがいるのは確かだ。
たちの悪い話だが、どうやらエシュバット王子はそういうたぐいの人間らしい。
そんでもってその悪知恵をフル活用してエステルナ王女様に濡れ衣を着せそのまま投獄し、反対勢力たちを黙らせたというわけか。
その事実だけでもエシュバット王子の腕がある程度いいということを示している。
「その一件で、エステルナ王女の味方をする者達のほとんどは静観してしまいました。ですが一部の者はそれを良しとせず、エステルナ王女を救出し、エシュバット王子を失墜させるために今もなお水面下で活動を続けています」
「あなたがここで盗賊団を率いているのも、それが理由なので?」
「ええ、その通りです。武力に頼らずにことを成すことはおそらく極めて困難。しかし正面突破するにはエストワール軍のほとんどが相手となり分が悪い。そのため時機を見て反乱を起こそうとしているのですが、文字通り猫の手も借りたいためこうして山賊たちを束ねて戦力の増強を図ろうとしたのです」
なるほど。
そういわれるとすべてに合点がいく。
山賊のくせにやたらめったらたくさん馬を所有していたのも。
人を襲ってた連中を粛清しようとしたりするのも。
俺たちを招いてこうして事情を説明するのも。
加えていうと、シルバが説明していた頭目の戦闘能力の高さも、精鋭ぞろいらしいエストワール王国軍出身だというなら納得できなくもない。
あと疑問があるとすれば
「そうすると、俺たちが捕縛した連中はなんなんです?」
「・・・あの者達は私が管理しきれずに抜け出してしまった者達です。もと山賊の者達には、規律が厳しい現状と軍費の維持のために徹底して節制する現状は耐え難かったのでしょう」
なるほど。軍備を整えようとすれば相当な資金が必要になる。いつごろ決起するのかは知らないが、そのためには少しでも節制しておきたいところだろう。
駐屯地とかいうところを起点に略奪を繰り返していた連中と対峙したため勘違いをしていたが、ジェストさんをはじめとする本隊の目的は略奪にはなかったということだ。
ならず者たちを束ね上げてここまで軍として整えるとは。全く恐れ入る。
もっとも管理しきれない者達のせいで近くの村が迷惑していたのは間違いないのだが。
さて、ここまで話を聞けばおのずとジェストさんたちが俺たちにやってほしいことも検討がついてくる。
「つまりあなたが私たちに依頼したいことというのは」
「はい。近々、我々は捕らえられた王女を救出し、エシュバット王子を更迭し、エステルナ王女を即位させるために行動を開始します。マサキ殿のお力をぜひ貸していただきたく思います」
直球な物言いだな。
それ自体は別に悪くはないが、いざ引き受けるとなるとほかにも疑問がある。
「まだいくつか聞きたいことがあります」
「なんでしょう?」
「ほかに協力者はいるんですか?」
エストワール王国に行ったことはないが、セルアの説明から相当な大国であることは予想が付く。
そんな国の行く末にかかわる重大なことに関与するのが俺たちだけでは、明らかに問題外もいいところだろう。
「はい。あくまで内密でことを進めていますが、我々を束ねている方がいます」
「それは?」
「バシュトシュタイン侯爵閣下です」
「バシュトシュタイン様が動かれているんですか!?」
ジェストさんがさらりとその名前を口にした途端、セルアが突然大声を上げて立ち上がった。
ちなみにシルバの奴はひっくり返って目を回している。
なんだ?
そんなに凄まじいやつなのかそのバシュトシュタインとかいう侯爵は?
アルミナはこの前まで森にすんでいた田舎者だし、俺に至っては先週まで違う世界に住んでいたのだから王国の貴族なんて誰も知らんぞ?
「セルア。その…バシュトシュタイン侯爵ってのは、どういう人なんだ?」
俺の質問に対してセルアは説明を始めた。
「バシュトシュタイン侯爵は、古くからエストワール王国に仕える名家の現頭首様です。若いころから頭角を現し、現在では周辺の町や村から優秀な人材を引き抜く役職につかれていたはずです」
ふーん。人材確保を任されている人ならそれは優秀なのだろうな。
セルアの説明にジェストさんが捕足を入れる。
「その通りですね。エストワール王国において階級というものは飾りにすぎません。公爵を与えられたとしても不相応と判断されてしまえばすぐに称号を剥奪されてしまいます。そんな中で、バシュトシュタイン家は爵位の上下こそあれど、代々エストワール王国の内政に通じ続ける名家なのです」
へー。
それはすごい。
王様のみが世襲制といっていたので、代々爵位を持つということはそのまま代々優秀な人材がいたということになる。
それにしても爵位を持った人がころころ変わるとは。俺たちの世界の貴族制度よりも、普通に会社で割り当てられた役職とかのほうがしっくりくるな。
だとすると一族経営のワンマン社長を引き摺り下ろすためにストライキをするという表現が俺にはしっくりくるな。
規模は全然違うけどね。
「その人が、クーデターの首謀者なんですか?」
「はい。もちろん表立っては侯爵としての職務に励んでおります。ですがその裏で計画を進行させているのです」
したたかだねー。
俺ならそんな胃に穴が開きそうな仕事は絶対にできないな。
世の中にはすごい人がいるものである。
「それで、ジェストさんは侯爵と合流されるんですか?」
「勿論です。これから細かく算段をたてる予定です」
なるほど。そうなると俺がその侯爵さんに出会える可能性もあるってわけか。
これ以上外堀を埋めようと思ったら侯爵さんに合わないと話が進まないだろう。
さて、ではもう一つ質問をしておこう。
「なぜそんなに簡単に私たちを信用するのですか?」
「なぜ?」
俺の問いにジェストさんは不思議そうな声を上げた。
「だってそうでしょう。私がやったことといえばあなたの部下を縛り上げただけです。たったそれだけの接点しかない私に対してここまで暴露するなんて、はっきり言って無謀です。私がこの情報を敵側に売ると思わなかったんですか?」
何の考えもなしにただ情報を口にするような人はまず間違いなく脇が甘い。
そんな人と組むということは、疫病神が味方になるようなものだ。
切り返せないようなら話はここまでだ。
そんなことを考える俺だったが、ジェストさんが切り返せないとは思っていない。これはただの確認作業にすぎないし、もう少し腹の底を覗くことができるかもしれないという考えからだ。
案の定、ジェストさんはすぐに答えを口にした。
「我々は戦力的に完全に劣った戦いを強いられることは明白です。戦力も、財力も、権力も、間違いなくエシュバット王子の方が上です。ゆえに、我々はなんとしても相手に先手を打たなければなりません。ですが、その準備を急がせすぎたせいで、部隊長を二人も失ってしまいました」
しかし、と一拍おいて話を続ける。
「マサキ殿のおかげで、部隊内の反乱分子はいなくなり、人数が激減したため兵糧問題もほぼ解決しました。ここでさらに抜けた部隊を一人で制圧してしまえるような戦力を持つマサキ殿を迎え入れられれば、この戦いに光明が見えてくるかもしれない。もし、マサキ殿に断わられたとしても、我々は予定通り戦いに挑むつもりです」
つまり、どの道遠くない未来に戦いが始まる。
しかし戦力差は明白で、勝ち目はほとんどない。
その勝機を上げられる可能性が転がり込んできたから、何が何でも味方につけようと持てる手札をすべて切ってきたというわけか。
なるほど。考えなしに暴露したというわけではなさそうだ。
ここまでの話を聞いて、俺個人としてはこの話を受けてもいいと思う。
だがまあ、話を聞けば聞くほどきな臭いことこの上ないため、ほかのみんなが同行するのはいくらなんでも無理がある。
「アルミナ。セルア。シルバ。俺はこの話を受けようと思う」
そういうと、シルバの奴ようやくムクリと起き上った。
侯爵の名前聞いてからずっとくたばっていたのか?
そんなどうでもいいことを考える俺に、アルミナが声をかけてきた。
「はい。そうしましょうマサキさん」
至極当然のごとく。落ち着き払ってアルミナがそういった。
・・・なんかお決まりのパターンみたいな感じがする。
「アルミナ。まさか一緒に来るつもり?」
「? もちろんですよ?」
なんて、なんで俺がそんなこと聞くのかがわからないなんて顔をしている。
「いや、ちょっと待って! 話を聞いていたでしょ! いくらなんでも危なすぎる!」
「マサキさんは、この話を受けるのですよね? なら、私も同行します」
頑として聞き入れそうにない。
まあアルミナなら別についてきても問題ないくらい強いだろうし・・・。
「勿論私も行きますよ。マサキさん!」
そう納得したとき、セルアの奴まで一緒に来るなんて言い出しやがった。
「いやいや、ちょっと待て待て! いくらなんでも無理がある。セルアは村に帰った方がいい」
なんだってこの娘はこんな厄介ごとに身を投じたがるんだよ。
「マサキさん。私が元エストワール王国の貴族の娘だった話はしましたよね?」
む?
そういえばそんな話を聞いたな。
「今回の騒動は、私の家にとっても深く関係します。私は、その出来事を見届けたいんです」
・・これは、引きそうにないな。
セルアにとって生家がどういうものなのかはわからない。
だが、エストワール王国は彼女が生まれ育った国なのだ。おそらくそれが彼女をかり立たせているのだろう。
「分かった。でも危ないまねはしないでくれ。怪我でもさせたら、メイヨーさんに申し訳が立たない」
「ふふ。ありがとうございます。マサキさん」
「当然あっしは参戦ですわな」
俺たちの話を見計らって、シルバがそうつぶやいた。
「ん? お前も来るのか?」
「だって、お頭はもとからあっしらを戦力にするために集めたんでしょう? だったらあっしが行かないわけにはいかないでやすよ」
シルバの奴。そんなこと言う割には別に嫌がっているというわけではなさそうだ。
まあはっきり言ってこいつがどうなろうと知ったことではないし。
これで答えは決まったな。
俺たちはそろってジェストさんに向き直る。
「引き受けていただけますか」
軽くうなずき返す。
こうして俺は、この世界に来て初めて国というものを見ることになる。
山賊のシルバは情報をはかせて終わりのモブキャラのつもりだったのですが・・・。
まあ、いいですよね。