親玉の正体
ズズズー。
お茶をすする音が響く。
結構なお手前である。
苦みがきつい気がするが、この世界のお茶ならこんなものなのかもしれない。
もっとも、アルミナが入れたらそれだけでおいしそうになるかもしれないが。
そんな感想を抱く時点で気づいていると思うが、今俺が飲んでいるお茶を入れたのはアルミナでもセルアでも、ましてやシルバでもない。
このお茶を入れたのは山賊の副頭目であるランツさん。
そしてお茶を飲んでいる以上、当然俺一人で飲んでいるわけではない。
俺の両脇にアルミナとセルア。さらにセルアの隣にシルバ。
この四人でお茶会ならまだ分かる。しかし今のメンツは横に並んでいるだけで、正面には同じように四人組が並んでいる。
向かい合った正面には山賊の頭目であるジェスト・アイスバルド。
さらにその隣に副頭目のランツさん。さっきお茶を入れてみんな配り終えたので、今頭目の隣に腰を下ろしている。
さらにその両隣に山賊の部隊長らしき奴がいる。
無論全員お茶を飲んでいる。
それだけでも異常事態といっていいだろうが、更なる問題はここが敵地のど真ん中であるということである。
そう、今俺たちがのんきに茶を飲んでいるところはどこであろう山賊団の住まう山の、アジトのど真ん中である。
お茶をすすりながら俺はこう思うのだった。
(さて、これからどうしよう)
「私の名は、ジェスト・アイスバルド。貴公は何者か?」
はい?
こいつ本当に山賊なの?
そう思いつつも、名乗られた以上名乗り返さないといけないだろうなどという基本に応じて俺も名乗り返した。
「俺はマサキだ」
本来ならフルネームで名乗り返すべきなのかもしれないが、最近マサキとしか呼ばれていないせいで自分の名字を忘れそうになる。
「マサキ殿か。私はそこにたむろしている山賊団の頭目だ。身内の不始末に対して対処をしなければならん。すまないがそこを通してもらえないだろうか?」
「へ?」
拍子抜けである。
この人が山賊の頭目であることはもうほとんど間違いないのだが、さっきまで戦闘するつもり満々で出てきたのにこれだ。
どうもこの頭目は、俺たちがいるのが計算はずれで、本来の目的はここにいる山賊どもの制圧、もう少しいうと身内に対するけじめをつけに来たようだ。
「始末というけど、ここにいた山賊たちは全員のびてるぞ?」
「…なんですと?」
まるで狐につままれたような顔をするジェストさん。だって昨日俺たちがのしちまったんだもん。
「そこのテントの中に全員とっちめてある」
そういって山賊どもを縛り上げたテントを指さす。
「…中を確認してもよろしいか?」
「ご自由にどうぞ」
そういうと、俺たちは一歩身を引いた。
ジェストとその部下数名がテントの中を検め、一様に驚愕の声を上げる。
まあさっきまでこいつらをとっちめようとしていた連中がこんなにふうになっていては肩透かしも甚だしいだろう。
「…これは、マサキ殿たちがやったのですか?」
戸惑い半分にジェストさんが俺に質問する。
隠すほどの事でもないので話してやる。
「ああ、俺たちがやった」
「正確にはほとんど旦那独りでやすがね」
俺の返答に対してシルバが補足を入れてくる。いやいや、みんな活躍してくれたよ。俺一人の手柄じゃあない。
「マサキ殿独りで、ですか? それは素晴らし、いや凄まじい腕前ですね」
「まあ、たまたまですよ」
「アズールとベネロまで捕らえておいて、たまたまなどとは人が悪い」
いや本当にたまたまだよ。たまたま異世界に飛ばされて、たまたま強くなってただけなんだもん。嘘は言ってないよ。
「それにしてもあなたのような方とこのようなところでお会いできるとは。マサキ殿。今回の一件、ぜひともお礼をしたい。どうか我々の本拠地までご足労願えませんか?」
「ええっと・・・」
ここはどう判断したらいいだろうか。
ここまでのやり取りからすると、ジェストさんたちが俺をだましているというようにはとても見えない。話を受けてもいいようにも思うが、さてどうしたものだろうか。
「マサキさん。この方の話を受けましょう」
俺が悩んでいると、アルミナがそう声をかけてきた。
「アルミナ?」
普段の彼女からすると、今みたいに何かをやりたがるような発言は珍しい。
アルミナは消極的というよりも、温厚で温和なので、基本的に周囲に合わせている。今回のことはもしかすると。
「ジェストさん。少し相談させてもらっていいですか?」
「ええ、構いませんよ」
了解をとって、アルミナと二人でひそひそ話を始める。
「アルミナ。もしかして精霊にそうするように言われたのか?」
「はい。ジェストさんについていくようにと」
やはりそうか。アルミナは俺の表現でいうところのお告げのようなものを受け取ったということだ。
俺とアルミナが出会ったのも、流れ者の村というところにたどり着きセルアたちと知り合えたのも、アルミナが精霊の指示に従った結果だった。
そうなると、この場でジェストについていくのが正解といっていいのかもしれない。
「分かった。ならジェストさんについていくことにしよう」
「はい。そうしてください」
打ち合わせの後、俺はジェストさんの申し出を受けるといった。
ジェストさんは喜んで馬に乗るように言ってきた。
そういえば俺って乗馬の経験が皆無なんだが・・・
結果として俺は二人乗りの後ろに乗ることになった。
俺の前で綱をとっているのはシルバだ。村を襲撃したことからも分かる通りだが、こいつは乗馬ができるのだ。
この世界では当たり前のように習得している者が多そうな馬術だが、平成に生きる日本人の俺にはもはやなじみのないものである。
さて、セルアとアルミナはどうしているかというと、驚いたことにアルミナがセルアを乗せて馬を操っているのだ。
何でもできるなアルミナは。
そんな感心をしながら数時間ほど馬を休ませながら進んだ先に、山賊たちが住んでいる山に到着した。
ちなみに俺たちが縛り上げた山賊どもは、ジェストさんの部下たちが分担して運んでいる。といっても、いくつかある荷馬車に突っ込んだだけだが。
俺たちが荷馬車に乗ってもよかったのだが、それだと縛り上げた連中を運ぶことができないので、予備の馬を借りて本拠地に向かっているというわけだ。
そんでもって今のお茶会に至るというわけである。
それにしてもこうしていると本当にこいつらは山賊なのかと疑いたくなる。
山に構えたアジトにしても手入れが行き届いているし、馬まで大量に所有している。加えて来訪者にお茶をふるまう山賊など聞いたこともない。
こいつらはいったい何者なんだ?
特にジェストさんとランツさんからは気品と呼んでいいかもしれないようなものさえ感じる。少なくとも山賊と呼んでいいような人たちには見えない。
「マサキ殿。改めてお礼申し上げる。そしてセルア殿。あなたの村にはご迷惑をおかけした。どうかお許し願いたい」
そういって頭を下げる山賊の首領。
こういう態度からすでに山賊とは到底思えないのだ。
「まあ、俺の方はいいとして、セルアは何か言ってやりたいこととか要求したいものとかあるか?」
「い、いえいえ、そんな、別にいいですよ。もう村を襲わないなら」
まあセルアならそういうと思った。これが村長夫人だったらどうなってた事やら。
「まことにありがたい。出来るなら賠償をしたいところだが、今我々は事情があって今はそれが用意できない。この借りは後程必ずお返ししますゆえ、どうか今しばらく見逃していただきたい」
そういわれてしまえば俺からはもう何も言うことがない。
それにしても紳士的な対応だ。賠償を払おうとする山賊なんて聞いたこともない。というかその時点でもう賊とは呼べないんじゃあないか?
いい加減気になって仕方がない。
蛇が出てくるかもしれないのになぜ人は藪をつつくのか、それはそこに藪があるからだ。
というわけでつついてみる。性格上カマをかけるようなことはできないので単刀直入に。
「あなたたちは何者なんですか?」
俺の質問に、ジェストさんは少し面食らったようだった。
しかし、そののちすぐに顔を引き締めたので、俺は蛇が出てきたのを悟った。
「もしかするとすでにある程度察しがついているかもしれませんが、私はとある目的のためにこの付近の山賊を束ねているのです。もともと私とランツはエストワール王国の軍人だったのです」
「エストワール王国の軍人ですか!?」
セルアが驚きの声を上げる。
只者ではないと思っていたが、それにしてもセルアのリアクションはオーバーすぎやしないか?
「セルア。エストワール王国軍ってのは強いのか?」
本来ならジェストさんに質問するのが筋なのだが、つい親近感があるセルアの方にきいてしまった。
するとセルアはグルリとこっちを向いてまくしたててきた。
「マサキさん! 先日、エストワール王国は人材集めに尽力しているといいましたよね!」
「あ、ああ。そういってたな」
セルアのテンションがいきなり臨界点まで上がっている。そのせいで俺が気圧され、アルミナに当たりそうなくらい上体をそらしている。
どうどうとなだめて少し距離を置いてもらう。
アルミナはほとんど気にせずにお茶を飲んでいる。大物だな。
「エストワール王国が集めている人材は、頭脳であれ力であれ、何かしら非凡なものを持つ人に限定されています! ですから、エストワール軍に入っているっていうのは、それだけで人並み外れた強さを持っているってことになるんですよ!!」
つまり戦闘のエリートってわけね。なんかセルアの奴、俺の戦いを初めてみた時もこんな感じだったし、ひょっとするとエリートが琴線なのかもしれない。
「セルア。とりあえず少し落ち着こう。わかったから少し落ち着いてくれ」
何とかセルアをなだめたおす。まだ鼻息が荒いのが分かるが、とりあえず落ち着いてくれたようだ。
さて、セルアの話をまとめると、今目の前にいる二人は元軍人。それもこの国のエリートといって差し支えない戦闘力の持ち主ということになる。
ここで疑問になるのが。
「そんな人たちがなんでまたこんなところで山賊の頭目なんてやっているんですか?」
ということだ。
ジェストさんはその質問が来ることを読んでいたようで、そのまま話し出した。
「ある目的がありまして、私とランツはエストワール軍を抜けたのです。今ここにいるのは、その目的のために必要なことだからです」
「ある目的、ですか?」
セルアの奴、興味津々といった感じだ。
俺はそこまで込み入ったことを聞く気はなかったのだが、まあ知りたくないといえばうそになるか。
とはいえ、いくらなんでも部外者の俺たちにそんな目的までペラペラしゃべるはずがないだろう。
そんなことを思っている俺の耳に入ってきたのは、
「あなたたちであれば、我々の目的を話すのは一向に構いませんよ」
というジェストさんの一言だった。
いやいやちょっと待ってほしい。
「あなたの目的ってのは、軍を抜けないといけないほどのものだったんでしょう? なら、部外者の俺たちに話すのは危険じゃあないんですか?」
「確かにその通りです。ですが、この拠点に案内した上に、私たちの身分を明かした時点でリスクはほとんど変わりません」
ん?
今の話だと、もう俺たちは彼らの目的を予測できるくらいの情報を目の当たりにしているということになる。
つまり、彼らが秘密にしておきたい手札はすでにオープンになっているということだ。
少し考えてみよう。
山賊とも思えないほどに数をそろえた馬。
もともとエストワール王国の軍人だった人が、軍を抜けてまで果たそうとしている目的。
一つ、憶測ともいえるような推理が出来上がった。
「ジェストさん。あなたはもしかして・・・」
俺の反応に対して、ジェストさんはうっすらと笑みを浮かべた。
「マサキ殿。おそらくあなたの考えている通りです」
「反乱を起こそうっていうんですか?」
俺の回答に、ジェストとアルミナ以外の全員が(それぞれ含むものは違うだろうが)俺とジェストを見て絶句していた。
当のジェスト本人はといえば、満足そうにうなずいて
「そうです。目的というのは、エストワール王国の転覆です」
という爆弾発言を放ってくれた。
「そして、その手の内を俺たちに話したということは」
「左様です。あなたたちに今回の反乱に協力していただきたいのです」
いつも読んでくれてありがとうございます。
本日は読者の皆様に一つお詫を申し上げたく思います。
じつを言えばこの作品、現時点では完全に助走段階で、本当に書きたい話がまだまだ先になります。
多分50話くらいまで今までのように長々とした話になるかもしれませんが、『それでもいい』と思っていただければ幸いです。
筆者も書きながらあーでもない、こーでもない、あーしておけばよかった、こーしておけばよかったという中で執筆しておりますので、生暖かい目で見ていただければ幸いです。