山賊退治2
翌日。日没前。俺たちは山賊たちが駐屯しているであろう地点に到着した。
到着したといっても、こちらは向こうの様子を見れるような位置にいて、これから奇襲をかけようという段階だ。
奇襲とは文字通り奇をてらった襲撃である。もちろん俺は日が落ちて暗くなってからという常識を外すつもりはない。
そのため、こっちから山賊どもの様子を見れるが、連中からはこちらの動向を確認できないという位置をキープしている。
本来ならできないような都合のいいポジションだが、アルミナの超感覚だと単純に距離を開けるだけでそれが実現できてしまう。
全く便利な能力だ。
そんなこんなでアルミナが見張りで、俺たちは日が沈むのを待つだけという状況だ。
「よし。こっちの準備は万全だな」
俺は大斧を背中に背負い、片手で棍棒を持ち、腰にゲイルからかっぱらった片手剣を佩いて準備を整える。
服装はほとんど村人のそれだ。この世界に来たときはジャージ姿だったのだが、メルビンさんたちに滅多打ちにされたときにすでにボロボロになっていたのでこっちの世界の服に変えてある。
何でできているのか知らないがかなり頑丈だ。
鎧装備の方がいいのではないかという感じだが、流れ者の村にはそんな高級品はないし、下手な防具は俺の動きを阻害するだけだ。
「旦那。ほんとにそんな装備で大丈夫でやすか?」
どっかで聞いたようなセリフをシルバが口にするが気にしない。
「大丈夫だ。問題ない」
死亡フラグではないはずだ。俺はここで死ぬ定めではない。
「さて、お前も準備しておけよ」
そういってシルバの肩をどんと叩く。
するとシルバの奴、俺の方向いて目をぱちくりさせている。話が見えていないようなので説明してやる。
「いや、だからお前も一緒にあそこに突っ込むんだよ」
俺がそういうと、シルバのやつぱちくりさせていた眼をまん丸く広げて茫然としだしやがった。カメレオンみたいな顔になってやがるなこいつ。
「ちょっと待ってください旦那。俺にあそこに突っ込めっていうんすか?」
「ああ。俺と一緒にな」
「ちょっ! 聞いてないっすよー!!!」
あれ? そういえば今まで言ってなかったっけ?
「ああ、どうも言い忘れてたみたいだな。んじゃそういうことだからよろしく」
「どういう理屈っすか!? あっしに死ねとおっしゃるんですか!?」
「別に死ねなんて言ってないだろ。突入するときに俺の背中を任せたいだけだよ」
いまだにこいつのことは完全には信じきれない。まして女性二人と一緒に夜の高原に放り出すなんて危ないまねなんてできるわけがない。
ふつうならそんな奴に背中を任せるなんて危険極まりないのだが、俺の場合はまるで問題にならない。何しろ、シルバではたとえ逆立ちしても俺にダメージを与えることはできないのだ。
別にシルバを見殺しにするつもりもない。セルアの前でそれなりの戦果を上げれば村のみんなにも示しがつくというものだろうと思ったからだ。
「いや、それにしてもあっしが戦闘するとは思っていなかったし、何より武器がないでやす」
「それなら俺が倒した奴の武器をぶんどれば問題ないんじゃあないか?」
そういうと、シルバはそれ以上反論するのを断念したようだ。「こうなったらやけっすよ」なんてつぶやいている。
まあ、裏切らない限りは俺が守ってやるさ。
「じゃあアルミナとセルアはここで待機していてくれ」
「わかりました」
「はーい」
アルミナとセルアもとりあえず納得してくれたようだ。
彼女たちを連れて行ってもおそらく問題はないだろうが、さすがに相手の人数が多すぎれば俺一人ではかばいきれなくなる。
「あっしもここにのこりたいっすよ」
シルバの奴はまだまだ覚悟が決まらないようだった。
そして日が落ちてきた。山賊どもの駐屯地には松明があるので位置を見失うことはない。
「よし。行くぞ」
俺の声に合わせてシルバが後ろについてくる。
作戦はいたって単純。俺が突っ込み、シルバがサポート(という名の付き添い)というものだ。
全力疾走するとシルバを置き去りにしてしまうので、軽いジョギング程度のつもりで走る。それでもシルバは完全に息を切らしているようではあったが。
駐屯地は、一応基地としての体裁を保っており、簡単ではあるが柵で囲まれていた。
その柵が目前に迫ったが、俺は一切走るペースは落とさない。むしろ思いっきり加速する。
するとどうなるかといえば、当然激突する。
かといって俺が防柵程度に梃子摺るはずもない。木製の柵は見事に木っ端微塵になり、俺は目の前にいた盗賊に棍棒で殴りつけた。
なんで夜に隠密行動をすると選択したのにもかかわらずこんなにド派手な行動をとったのか。それはひとえに俺の短絡的な性格ゆえだ。ほとんどの連中が休んでいる夜中に一人ずつ暗殺者のように仕留めていくのも悪くはないのだが、俺の目的はあくまで討伐であり殲滅ではない。
要するに盗賊どもが悪さをできないようにすればいいのだ。
そのためには一度捕縛してやるのが一番有効だ。だからといって警戒心が高まっている昼のうちに襲撃をかけても統率を取られれば面倒なことになりかねない。(おそらくそれでも何の問題もないだろうが)
この夜襲で俺が描いたシナリオはざっとこんな感じだ。
1. 俺の奇襲で山賊どもが何事かと起きだしてくる。
2. そいつらを各個撃破する。
3. 全部終わったらふんじばる。
という極めてシンプルかつスマートな作戦である。欲を言えばそのまま山賊の親玉相手に交渉のためのカードにできればいいのだが、それもこの作戦が成功しなければ始まらない。
さっき俺が防柵をぶっ飛ばしたのに反応して、山賊どもがわらわらと出てきた。どいつもこいつも状況が把握できていないようで、大声で叫びまわっている。
そんな中で背中に大斧を背負った俺が棍棒を振り回して一人また一人と確実に敵の数を減らしていく。
普通の山賊なら冷静な状態でも俺の攻撃に反応できるものではない。相手が混乱しているならなおの事だろう。
当然のごとく相手は一人また一人と数を減らしていく。棍棒の一撃で昏倒ないしは悶絶してくれるから楽でいい。いい加減力加減にもある程度慣れてきた。
文字通り無双状態で相手を倒していくなかで、俺に一本のナイフが飛んできた。
とっさに棍棒ではじく。
くどいようだが俺には本来こんな曲芸じみたことはできない。ただ俺の強化は行動の精度や反射神経にまで及んでいる。
つけ加えると相手の攻撃を察知することまでできてしまう。
物音がしたらその音がした方を向いてしまうようなことを条件反射というらしいが、俺が投げナイフを叩き落とせたのはそれに近い。とっさの事態にはほとんどオートで体が動いてくれるというわけだ。
なんでそんなことができるのかも無視。俺にもわからん。
そんなことよりも今重要なのは誰がナイフを投げつけてきたかだ。
シルバの話ではここにいる山賊は合計でも20人以下らしいので、そろそろ全滅してもおかしくないだろう。これまで一律に雑魚ばかりだったとなると、こいつがシルバの言っていた部隊長ってやつか?
ほかの奴らとは一味くらいは違いそうだが、どんなものかね。
シルバの話通り二人いる。一人はサーベルを、もう一人は短刀を両手でもてあそんでいる。俺にナイフを投げつけてきたのは、間違いなくあの短刀使いの方だな。
「今の不意打ちを払うとは、何者だ貴様?」
お決まりといえばお決まりだな。お決まりに対して返すのももちろんお決まりだ。
「他人に名を尋ねるときは、自分から名を名乗るものだと思うぞ?」
「そいつはすまなかったな。俺の名はアズール。こいつはベネロだ。ここにいる山賊を束ねている」
「部隊長ってやつか」
俺一言に、サーベル使いのアズールとかいうほうが反応した。
「テメー。いったい誰にそれを聞いた?」
「誰だっていいだろそんなこと、問題なのは、俺がお前らの敵だってことだけだ」
「ケッ。確かにその通りだよ。だがお前、俺たち二人相手に勝てると思ってんのか?」
そういって二人が構える。
確かにほかの山賊に比べると明らかに練度が違うのが見て取れる。が、森で戦ったボスモンスターほどの圧力は感じない。
「思っているさ。あんたら位なら、何人でかかってきても問題にならないな」
「いい度胸だ」
部隊長だけあってほかの雑魚たちに比べれば遥かに冷静そうだ。安い挑発には乗ってこない。
ベネロとかいう短刀使いが俺に向かって短刀を投擲するのに合わせて、アズールが俺に突っ込んできた。
投げナイフを棍棒ではじくと、その直後にアズールがサーベルで切りかかる。おそらくそれがこいつらの常用戦術なのであろう、見事なタイミングで俺もアズールの一撃を防ぐしかできなかった。
アズールと俺が何合か打ち合っているうちにベネロが俺の死角に回り込もうとしているのが見えた。どうやらアズールが相手と切りあっている隙をついてベネロが俺にナイフを投げようという算段のようだ。
事実アズールの腕はなかなかのもので、近接戦闘においてはほかの山賊たちよりも手強い。現状では俺と互角に打ち合っている。
が、それはあくまで俺が様子見に徹していればの話である。こいつらの戦い方がわかった時点で戦闘時間を延ばす理由がまるでない。
ベネロが俺の死角からナイフを投擲する。それに合わせてアズールがサーベルに体重を乗せた一撃を放つ。どっちかに対応すればもう一方にやられるという寸法なのだろう。
こいつらに一対一で梃子摺るような相手には確かに有効だ。だが残念相手が悪い。俺はナイフについては完全無視で、アズールの剣を左手で掴み取った。
本来なら掌がざっくり切れて、下手すれば手首から先がなくなるが、こいつの攻撃位でやられるほど今の俺は軟ではない。
アズールは信じられないものを見たように目を見開いたが、直後俺の背中に飛来するナイフの存在を思い出したのか、いきなりにんまりと笑い出した。
アズールの予想通り、ベネロの投げナイフが俺の背中にあたった。
しかしそこまでだ。
そこから先はアズールの予想を外れ、ナイフは刺さらずに俺の皮膚に弾かれ地面に落ちた。
「は!?」
あっけにとられるアズールは、今回の戦闘中で最大の隙を俺に見せてくれた。
もちろん俺もそれを見逃してやる理由なんてない。
全力で手加減してアズールの腹を殴ってやる。スプラッタはごめんだ。
予想通りアズールはもんどりうって転げまわっている。ついでにそれなりに加減して踏みつける。蛙みたいな声を上げて、アズールは昏倒した。
「さて、お前の相方はこんな状態になったが、あんたはまだ続けるつもりかい?」
そういってベネロの方を見る。
さすがに今の一件で血の気が引けたのか、怖れ半分困惑半分という感じの表情を浮かべている。
「お、お前いったい何をした!!?」
ベネロがそう俺に向かって問いただす。
黙秘してもいいだろうが、しゃべったからといって何か問題があるわけでもない。
「単純にお前のナイフじゃあ俺には効かないってだけの話だ。単純だろ?」
「ふざけるな! そんな説明で納得できるか!!」
ベネロの奴、俺のシンプル極まりない説明では納得できないらしい。
「そんなことより、どうなんだ。素直に降伏するなら捕縛するだけにしておいてやるよ?」
俺の提案に対してベネロが出した回答は、見事なナイフの投擲と、脱兎のごとき戦略的撤退であった。
仕方ない。追いかけてとっちめるか。
そう思った矢先である。ベネロの行く先に一人の盗賊がいた。
かがり火がたかれているとはいえ、光の当たり方が悪いため誰なのかはっきりとは分からない。とはいえ個々は敵の本拠地、十中八九山賊の仲間と考えて間違いない。
その人影にベネロが近づいていく。
「おい、お前ちょうどいいところに。手を貸せ!」
そんなことわめきながら駆け寄るベネロに対して、影は悠然と手に持って居た棍棒を振り上げ、ベネロの頭めがけて振り下ろした。
「ごべっふ!!」
奇怪な声を上げてベネロがのびた。ベネロをのした本人が暗闇から出てくる。
何者だと思ったが、その姿を見てシルバだということがわかった。
「お前か、シルバ」
「へい。旦那もご無事でなによりでやす」
そんなことを言ってシルバはベネロを縛り上げた。
見ればシルバの足元にはたくさんの武器が転がっていた。俺がノックアウトさせた山賊連中から回収したのだろう。同業者であるだけ手が早い。
「シルバ。ほかの連中も縛り上げろ。ロープはまだあるか?」
「へい。これでやす」
そういって、シルバは俺にロープを差し出してきた。
適当に山賊どもを縛り上げた後、俺はシルバに質問した。
「山賊はこれで全部なのか?」
「へい。おそらく」
ならもう問題なさそうだ。
「アルミナー! 終わったぞー!」
適当に大声を張り上げる。彼女は耳がいい。おそらくこんなものでも十分に伝わることだろう。
予想通り、アルミナはセルアを連れて俺たちのもとにやってきた。