4人組
「お帰りなさい」
家に戻った俺たちを、アルミナが出迎えた。
彼女の事だから、玄関で待っていたわけではなく気配で俺たちが来たことを察知したのだろう便利なものである。
ついでに言うと、昼飯の準備をしていたようで、いい匂いが今に漂っている。これはお昼も期待できそうだ。
アルミナはシルバがいることに対して特に驚いたふうでもなかった。彼女相手に隠すつもりもなかったので、事情を説明することにした。
「アルミナ。昼飯の後、俺はこいつと一緒に山賊団の駐屯地に襲撃をかけようと思っている」
そういってシルバを指さす。
「そちらの方は、山賊の方ですね?」
「ああ、道案内を買って出てくれた。名前をシルバというらしい」
俺が適当な紹介をすると、アルミナはシルバを真っ直ぐ見据えた。
「シルバさんでしたね?」
「・・・・・・あ! へ、へいそうでやす!?」
シルバの奴、さっきまでアルミナに見とれていたかと思ったら今は顔を真っ赤にしている。
まあ無理もないか。アルミナはその容姿もそうだが、ほかの連中とは放っているオーラがまるで違う。耐性がないやつがあんなに真っ直ぐ見据えられると照れると通り越して茫然としてしまうのも無理はない。
まあ、いい年したおっさんが赤面しても面白くもなんともないが。
「道案内よろしくお願いします」
「へっ、へい! へい?」
シルバはアルミナにお辞儀をしたかと思うと、変な声を出してアルミナの方を向き、そのあと俺の方に困惑交じりの視線を投げかけてきた。
無論それは俺も同じである。
「アルミナ。まさかお前も一緒に来るつもりなのか?」
俺の質問に対してアルミナは、人差し指を顎に当ててさも当然のように。
「ええ、もちろんそのつもりですよ」
なんてことを口走った。これについては俺だけではなくセルアやシルバまであきれ返って、いや困り果てている。
沈黙を一番初めに破ったのはセルアだった。
「あのーアルミナさん。マサキさんの強さはよく分かっているんですけど、アルミナさんがついていくのは足手まといなんじゃあないかなー? なんて」
そういえばこのメンツの中でアルミナの強さを知っているのは俺だけだ。となるとセルアの対応そのものは的外れではない。
とりあえずそこは否定しておこう。
「あー。セルア。アルミナは強いよ。ともすれば俺よりも」
「「ええ!!」」
俺がそういうと、セルアばかりかシルバまで大声を上げて驚いていた。
まあ、見た目だけでいえば線が細そうな美人さんだ。俺の戦闘力を把握している奴から見て俺と互角以上となればそれは驚きもするか。
しかしアルミナの方は「いくらなんでもマサキさんはとても勝てませんよ」なんて謙遜している始末。いやいやアルミナさん。今のあなたの全力だと俺でも耐えられるか保証できませんぜ。
「そんなわけだからアルミナがついてくる分には構わないんだが・・・」
「何か問題があるんですか?」
セルアが問題点に気づかないようなので説明する。
「俺たちが村を開けている間に、山賊どもがここを強襲しないかなと思ってね」
「ああ、そういうことですか」
セルアが納得したようだった。俺についても、エルフの里でゲイルに主力がいないときに本陣を強襲なんてまねされたため、似たような手法には警戒したい。
そのため、アルミナと俺で別れてことにあたろうと思った、のだが。
「その心配はないと思いやす旦那」
今まで口を閉じていたシルバがいきなりそういいだした。
「心配ないとは?」
「言葉通りの意味でやす。あっしらは同じ道しか通らないんで、こっちからその道に沿って向かえば連中と必ずはち合いやす。それにそもそも旦那の強さを見て、準備が整うまで出てこないと思いやすし」
ふむ。確かにその通りではある。が、
「シルバ。お前それが嘘ではないって証明できるか?」
「へ?」
俺がそういうと、シルバはあっけにとられたように俺のことを見た。
「へ? じゃあないだろ。昨日この村を襲撃しようとしたやつの提案を受け入れるなんて危ないまねができるか」
「・・・」
シルバは沈黙したのち俯いてしまった。だが、こいつを無条件で信じれるほど俺は人間が出来ていない。
「そもそも俺一人でも戦力的には問題ないんだ。わざわざ大人数で行く必要は・・・」
「マサキさん。シルバさんは嘘なんてついていませんよ?」
俺の意見が突然さえぎられた。
その声の主は意外にもアルミナだった。
「アルミナ。そんなことがわかるのか?」
「ええ、シルバさんは決して嘘は言っていません。その作戦が、おそらく最も有効だと思います」
どうしてわかる? そう口にしようとして思い出した。
時たま忘れそうになるが、アルミナは精霊の生まれ変わりとさえ言われており、彼女の見ているものや感じ取っているものは俺たちとは根本的に異なっているのだ。
いまだにそれがどういう違いがあるのかは分からないが、彼女が断言したことが間違っていることはまずあり得ない。短い付き合いだが、自分でもいささか不自然にさえ思えるほど俺は彼女を相当信頼しているのだ。
「そうか。疑ってすまなかったシルバ。お前の作戦で行くことにしよう」
俺がそういうと、シルバはややきょとんとしたような顔をして俺を見た。
「いや、旦那、あんたの言うことはもっともなんだ。別に謝ってもらうことなんて…。でも、いいんでやすか? あっしをそんなにあっさり信用して?」
「アルミナが認めたんだ。俺にはそれで十分だな」
そういうとシルバはアルミナの方を向いて、きょとんとしながらも納得したようだ。
「そうですよマサキさん。もし村が襲われてもみんなで対処できます。だから村のことは気にしないで敵の本丸をたたいちゃってください。」
セルアがそういうなら俺ももう何も言うことがない。
まあもしシルバが裏切っていても問題ないように作戦を立てればいいか。
そんな俺の様子を見て、セルアの奴が茶々を入れてきた。
「それにしても、マサキさん。アルミナさんに尻に敷かれているみたいですよ?」
「バッ、バカいえ! セルア! お前!」
突然のことで頭に血が一気に登ってしまう。
セルアは俺がテンパるのがよほどツボにはまったのだろうか、おなかを抱えて笑っている。
見るとアルミナもクスクスと笑っていた。あんな冗談言われてテンパってんのが俺だけかよ。
「事情は分かった。行ってきてくれるんだね?」
村長さんに事情を説明して、俺たちがしばらくこの村を開ける旨を説明した。
「ええ、山賊の一人に道案内をさせます」
そういってシルバを前に出す。今後の話次第ではこいつはこの村の一員になる可能性もあるのだ。今のうちに顔を見せておいた方がいいだろう。
「わかった。その間村の方は男衆たちに守らせよう。あんたたちがうまくやれば問題は何も起こらないと思うがね」
そういうと、メイヨー老婦人は手早く指示を伝えた。
「ではこれで失礼します」
そういって俺たちが村長の家から出ようとして。
「ちょっと待ちなマサキ」
村長さんに呼び止められた。
「そいつは信用できるんだろうね?」
そいつというのは間違いなくシルバの事だろう。俺についてもあいつに対する評価は薄い灰色といったところで、完全に白だとは思っていない。それは村長さんについても同じことだろう。
あえて俺を呼び止め、一対一で話をしたのは俺の胸の内を探るためだろう。なら俺の返答もほぼ決まっている。
「正直あまり信用していません。だからあいつが嘘をついていても問題ないように策を練っています」
「そうかい。なら、村のことはとりあえず考えずにおもいっきりやってきな」
そういって、老婦人は俺を送り出した。
俺たちはシルバの道案内に従って平原を歩いている。
大雑把にいって村から東の方角に向かうと山賊どもが住みついている山があり、そのふもとから少々離れた位置に部隊長たちがいる駐屯地とやらがある。というのがシルバの説明だ。
いきなり山の本拠地を攻めてみてもよかったのだが、山賊のボスが尋常ではない手練れのようなので二の足を踏んでしまう。
加えていうとシルバ曰く。
「村を荒らしているのは今駐屯地にいる連中で、山に陣取ってる本隊の方が何を考えているのかはよく知らないっす」
ということらしい。
楽観的な見方をすると、村を荒らす連中が暴走しているだけで親玉は話が分かるやつなのかもしれない。あくまで楽観的な見方をするならの話ではあるが。
それはいいとして。
「なんでお前までついてきているんだよ! セルア!!」
今回の遠征は、本来なら俺がシルバに道案内をさせるだけのはずだった。
しかしそれになぜかアルミナが付いてくることになり、気が付けばセルアまで同行していた。
魔法と気配探知に優れたアルミナは、俺から見ても頼もしいことこの上ないがセルアについては初歩魔法が使えるようになったくらいのもので、実戦にたたきこんでもとても無事で済むはずがない。
「いいじゃないですか。もともとマサキさん一人で乗りこむつもりだったんでしょう? なら私が遠くから見るくらいいいじゃあないですか」
「いいわけあるか! 伏兵がいてお前が人質に取られたりしたらどうするつもりだ!」
「その時は別に私を見捨てて山賊たちを倒してしまえば・・・」
「そんな選択が俺にできるわけないだろうが!!」
セルアが自分を軽く扱うような発言をしそうになったので思いっきり釘を刺す。
「仮にお前を見殺しになんてしてみろ! 俺は気まずさのまま自暴自棄になるかもしれないぞ! そのまま山賊どもも放置してしまい、村に山賊どもがなだれ込んでくるかもしれんぞ! お前がつかまるということはそうなる危険性があるってことなんだ!」
俺がそうまくしたてると、セルアは少し黙った。が。
「マサキさん。あなたが私のことを大切に思ってくれるのはとてもありがたいことです」
ですが、と区切って今度はセルアの方が俺に向かってまくしたててきた。
「マサキさんは自分がどれくらいすごいことをしてくれたのか分かっていらっしゃるんですか?」
「俺が、どれくらいすごいことをしたか?」
「そうですよ。昨日村の人から話を聞きました。マサキさんが村の人たちを一蹴したとき、みんなが死を覚悟しました。でも、マサキさんはそれ以上攻撃をしないばかりか、そんな力を使って私たちの村を山賊さんたちから守ってくれました。そんなあなたに、私たちがどれくらい感謝しているのか分かりますか?」
む。それはさすがにわからない。
「マサキさんは私たちの村を救ってくれた英雄そのものです。だから私はその英雄の活躍をこの目で見たいんです。村長にも、そういって今回の遠征に私が同行するのを認めてもらったんです。山賊さんたちから村を守ってくれた上に、今また私たちの敵を倒しに行こうとしてくれるあなたを、村人を代表してついていきたいと思ってはいけませんか!?」
・・・俺がやったことというのはつまりそういうことか。
ヒーロー気取りなどではなく、力任せに暴れただけにもかかわらず、周りの者達にとって俺はヒーローとなったということなのだ。
彼女がそんな俺についてきたいという胸中は、俺に止められるというくらいでは到底止められないということなのだ。
「わかった。だがひとつだけ約束してくれ。俺かアルミナのそばを絶対に離れないでいろ」
「わかりました。マサキさんも、私に万が一のことがあっても気にしないでください」
「・・・それは、無理だ」
俺はいまだにこの力が何なのかまるで分らない。この力のない俺なんてただの売れない絵本作家だ。この世界で絵本の需要がないことを考えるとそれ以下かもしれない。
少し前にも思ったはずだ。この力があるうちに恩を売っておきたいと。
周りのみんなが見ているのは俺自身ではく俺の持っている力だ。だからこそ俺はそんな力の持ち主であるということにふんぞり返ることがどうしてもできない。出来そうにないのだ。たとえこの力を使うことにためらいを覚えなくなった今もなお。
セルアは自分のことを気にしなくてもいいといったが、もし俺に力がなければ同じようなことを口にすることはあるまい。事実、彼女は俺のことを、村を救った英雄ととらえている。
だから俺は自分に力がなかったどうしようということが頭から離れないのだ。
だからといってそればかり考えてもいられないのだが。
シルバの案内に従って俺たちは日が落ちるまで目的地に向けて歩いた。
「シルバ、あとどのくらいかかりそうだ?」
「このペースだと、明日の日が落ちる前位でやすかね」
そうでやすか。と言い返しそうになり、言葉を飲み込む。
その日の晩飯は適当な保存食と、道中の動物を狩ったものだった。アルミナの気配探知がとらえた獲物を俺とシルバで仕留めるというものだ。
もっともシルバの役目は俺の方に獲物を追い立てるだけだが。
晩飯を食い終わった後、俺たちはそろって眠りについた。シルバの奴が逃げ出さないように、俺の右手とシルバの左手をロープで結ぶ。
寝るときにこんなことすると血流が止まりかねないが、今回はまあ致し方あるまい。俺の場合平気な可能性も十分考えられるし。
ここまで持ってきた武器と食料の類は、少し離れたところで寝ているアルミナとセルアに預けてある。二人とも毛皮にくるまってあったかそうだ。
ちなみに荷物運びは俺とシルバの担当である。シルバに武器を持たせるわけにはいかないので、武器運びは俺の仕事だった。棍棒と大斧、加えてゲイルが置いていった片手剣。これだけあれば十分すぎるだろう。
今はアルミナたちに預けてあるので、俺はもちろん素手だ。女子二人と距離を置くのは若干不安ではあるが、まあアルミナと一緒ならセルアも大丈夫だろう。そんなことを考えながら、俺はそのまま寝付いた。