セルア
とりあえず村人たちからの質問攻めからは逃げ切った。
逃げ切ったはずだった。だというのに俺は今ものすごい勢いで質問攻めにあっている。
セルア一人に。
「マサキさんはいったい何者なんですか!?」
「何度も言うように、俺はただの旅の者だって…」
「刃物で切られたはずですよね! なんで平気なんですか!?」
「俺にもよく分からん。だが平気なんだよ」
「誰にあんな戦い方を教えられたんですか!? 師匠の名前は?」
「師匠なんていない」
こんな感じでマスコミもびっくりの質問の応酬なのだ。はっきり言ってさっきの山賊団よりも手強い。
マシンガンのように放たれる質問の山は、本当に同一人物から放たれているのかとも思えるほどに脈絡がないうえに多様な質問も何度も含まれている。
驚いたことにかれこれ30分くらいはこのテンションのまま俺に質問の嵐を叩き付けている。
アルミナに助け船を求めようとしたが、彼女はクスクス笑っているだけでまるで手助けしてくれる様子がない。
根負けした俺はとうとう両手を上げた。
「とりあえず、最初から話すよ。だから少し落ち着いてほしい」
そういうと、セルアはようやく少し落ち着いてくれた。
魔法を覚えるときにもずいぶんはしゃいだ気がしたが、今の喜びようはその時の比ではないな。
「まず、俺が強い理由についてだが、それは俺にもよく分からん」
そういうとセルアはズルリとすっころんだ。
さっきおんなじことを教えたはずなんだけど興奮でそれどころではなかったらしい。
「マサキさんはいつからその力を身に着けていたんですか?」
そう俺に質問してきたのはアルミナの方だった。
思えば俺はアルミナにこの力のことを聞かれたことはなかったのだ。
単に興味がないだけなのかとも思ったが、どうやらそうでもなかったらしい。
しかしここで『気が付いたら異世界にいて、その時からこうなった』なんていうわけにはいかない。ここはごまかしどころだ。
「生まれた時からだな。物心ついた時からこんな感じだった」
頭に『この異世界で』が付くから言葉足らずなだけで嘘はついていない。確信犯ではあるけどね。
「そんなのおかしいです! マサキさんみたいな力を持った人を王国が放置しておくはずがありません!」
俺のごまかしに対してセルアが猛反発してきた。
「そうは言われても嘘は言ってないぞ」
うん。嘘は言ってない。
「ところでセルア。さっきから時々名前が出来る王国ってのは何の事なんだ?」
「王国を知らないんですか!?」
なんかセルアが本日一番の驚愕の声を上げた。
「私も知らないんですけど」
「アルミナさんもですか!?」
信じられないという表情で俺たちを交互に見る。
俺はさっきから話題をそらそうと一生懸命だったため、思惑がかなってラッキーとしか思わなかったが。
あきれ顔でセルアが説明を始める。
「王国というのはこの東大陸最大の人口を誇る国家で、世界有数の魔法大国その名も『エストワール王国』です。この大陸では物心ついた子供でも知っていることですよ?」
そういわれても、俺この世界に来てせいぜい一週間くらいしか経過していないのだ。アルミナも知らないみたいだし、エルフの里はやはり相当隔絶された場所だったようだ。
それよりも、さっきとても好奇心くすぐられる発言が含まれていた。
「セルア。さっき魔法大国って言ったか?」
「はい。エストワール王国は、いくつも存在する王国の中でも最高クラスの魔法使いを何人も抱えるこの大陸最大の王国なんですよ!」
セルアはずいぶんと嬉々として王国のことを教えてくれた。
この子が俺たちの世界に行けば情報通になるに違いないなどと場違いな感想を持ったのは俺だけの秘密だ。
「その王国が、俺みたいなやつを放っておかないっていうのはどういうことだ?」
「それはエストワール王国に伝わる伝統のためです。『人材こそが最高の財産であり国宝』という旨を掲げていて、才能に恵まれた人や、特異な能力を持った人などを常に探しては確保することに力を注いでいるからです」
なるほど、国営には人材が必要というのは納得だ。そのために人材確保に躍起になるとはいい国じゃあないか。
「ですから、マサキさんのように『生まれつきそんなに強かった』なんて人がいれば、真っ先に王国に招かれていたに決まっています。エストワール王国は、小さな村まで情報網を張り巡らせているため、マサキさんが招かれなかったはずがないんです!」
最後の一言でいきなりセルアがこっちを向いた。
ヤバイ。藪蛇だったか。
「それにマサキさんだけではありません。よくよく考えてみればアルミナさんもとっくに王国に目をつけられているはずです。なんでお二人ともこんなところにいらっしゃるんですか!?」
と、セルアは半ば八つ当たりのように興奮していた。
「そうはいってもな。なら俺は王国の監視が届かない位のド田舎に生まれ育ったってことだろう」
「マサキさんの生まれたところってどこなんですか?」
「ほとんど生まれた土地から出たことがないもんでさっぱりわからん。その土地から出たら森に入って迷子になってアルミナに助けられたんだよ」
ほとんどでっち上げだが、日本で生まれ育って、異世界の森の中に飛ばされたと考えれば嘘は言っていない。うん、嘘は言ってないぞ。
「それで森の中にいたんですね」
そう相槌を打ったのはアルミナだった。この世界に飛ばされた後でいきなり森の中だったため、彼女にはそれ以前のことを全く話していないのだ。
「その森ってどこの事ですか?」
セルアの質問に、アルミナが答えた。
「ここから見て、ほぼ真北に位置する森の事です。私の生まれ故郷でもあります」
「ええ! あの大森林の中に人が住んでいるんですか!?」
セルアの奴、さっきっから驚きっぱなしだな。どうやら俺たちの境遇は相当にレアらしい。
びっくり仰天の彼女に言葉を返したのはアルミナだった。
「はい。私たちは森の奥の霊樹に里を造り、そこに住んでいたんです」
「霊樹ですか?」
「セルア。ここから先の話は誰にも口外するなよ」
アルミナが何もかもしゃべりそうになっていたので、セルアに釘を刺す。霊樹の話は下手すると国家機密級のものなのだ。
俺がそういうのを見て、セルアは喉をごくりとならし、首を縦に振った。
「セルア。君はさっき言った大森林についてどのくらい知っているんだ?」
「あの大森林は、誰も住んでいない未開の土地です。王国から離れているため、狩人や薬剤師の人もほとんど近寄りません」
「なるほど。俺たちがいたのはその大森林のほぼ中央あたりで、そこには霊樹というとんでもなく大きな樹木があるんだ。アルミナたちはそこに住んでいるんだよ」
「へー。そんなこと今まで知りませんでした。そういえばアルミナさんは純血のエルフなんですか?」
今度は俺の方が目を点にする番だった。
「純血のエルフ?」
「はい。エルフ族は、通称長耳族とも呼ばれているのですが、純血のエルフ族は長く鋭く尖った耳をしているのです。今はほとんどのエルフが混血で、ほかの人たちよりも多少長いくらいがせいぜいなんです。ですが、アルミナさんは…」
そういわれてみるとアルミナの耳は相当長い。
もっともアニメとかゲームで見慣れていたため、みんなこんなものだろうと思い込んでいたが。
「そんな森の奥にエルフたちが暮らす里があったなんて、それならそこに住んでいる方たちはみんな純血のエルフなんですね。すごいことを聞きました」
「そう。すごいことなんだ。だから誰にも言うんじゃあないぞ」
この世界にあるかどうかは知らないが、人身売買とかで高値がついてしまいそうな話だからな。
そんな俺の考えまでは伝わらなかっただろうが、セルアは首を縦に何度も振っている。伝わったようで何よりだ。
それにしても短い時間でものすごい情報交換になったな。
俺も異世界なんて初めて(何度もあってはたまらないが)なので、こういう小さな会話から得られる情報というものはとても重要だ。
「ところで、少し休憩して、というか晩飯にしないか?」
気が付けば日が暮れていた。
昼飯を食ったあと、魔法を勉強して、山賊どもとけんかして、そのあとセルアと情報交換をした。
それだけでかなり時間を費やしたのだろう。少し腹も減ってきた。
「そうですね。では夕食の準備をしますね」
「お手伝いします。アルミナさん」
そういって、二人で料理を作り出した。
セルアは時折アルミナに作り方のコツを聞き出そうとしていたが、彼女の返答に唖然としていた。
アルミナは決して教えるつもりがないわけではないのだが、調理の秘訣が『材料の気持ちになって、一番調理してほしい料理を作ることです』なんて言っていたからな。
もはや独自の境地に達しているのやもしれん。
セルアも勤勉なもので、少しでもアルミナの料理の技術を盗もうと頑張っている。
そんなこんなで晩御飯もおいしくいただきました。
「そういえば、マサキさんは山賊さんたちに何か聞きたいことがあるって言ってましたよね?」
夜が更けて、そろそろ寝るかというタイミングで唐突にアルミナがそんなことを聞いてきた。
「ああ、でもそれは明日でいい。聞きたいことといっても、相手の戦力と本拠地くらいのものだからな」
「そうですか」
アルミナはそれで納得したようだ。
「そんなことを知ってどうするんですか?」
セルアの方はまだ疑問を持っているようだ。興味が尽きない奴だな。
「勿論、山賊どもの本拠地に乗り込んで、全員倒してこの村に二度と手を出せないようにするだけだよ」
俺がそういうと、セルアはあきれ交じりの顔をした。
「さっきの戦いを見ていなかったら引き留めていたでしょうが、あんな戦いを見てしまったらあなたならできそうな気がしますね」
村長さんに一括されてからだろうか、俺はこの力を有効に使うことを考え出した。
この力に対して不安がないわけではないが、俺がこの力を使うことで解決する問題があるなら、ためらわないくらいの覚悟はできた。
これがどういう結末を出すかは分からないけどね。
そんなことを考えながら寝床に入る。敷布団などではなく、ほとんど寝袋のようなものだが贅沢は言うまい。
それよりも
「セルア。君もここで一緒に寝るつもりなのか?」
「はい。叔母様から身の回りの世話を仰せつかっているので」
それにしても寝床まで共にする必要があるのだろうか?
まあ俺にしてもアルミナと二人っきりで寝るのは精神衛生上あまり好ましくない……って、今の状況だとそれよりもさらにすごい状況じゃないか!?
俺の内心などどこ吹く風といったようにご婦人二人はさっさと布団に入ってしまった。正確には布団ではなくアルミナが使っていた獣皮を軽く加工したものだが。
そのまま横になるが、なかなか目がさえて眠れない。
あまりうるさくしても悪いのだが、寝返りを何度か打つくらいは許されるだろう。そう思って定期的にごろごろしていると、寝付いたと思ったご婦人の片方が声をかけてきた。
「眠れないんですか? マサキさん」
セルアだ。
「悪い、起こしちまったかな?」
「いえ、私も少し寝付けなくて」
「お二人ともですか」
アルミナも起きていたようだ。もっとも彼女の場合俺たちの会話を聞いて目が覚めたのかもしれないが。
何とも言えない沈黙が流れる。俺はとっさにセルアに質問していた。
「セルア、君はなんでこの村にいるんだ?」
唐突な質問ではあるが、彼女がなぜこの村にいるのかが俺にはわからなかった。
村長はここがほかの町や村に住めなくなった奴らが流れてくるところといっていた。
しかし、セルアとは短い付き合いでしかないが彼女のことはある程度分かったつもりだ。彼女は前にいた町だか村で、追放されなければならないようなことをしたというのはどうも納得できなかった。
「唐突ですね。…まあ眠れないなら仕方がありませんね。少しだけお付き合いしてください」
そうしてセルアは彼女の身の上を話し出した。
「私はもともとエストワール王国の貴族の娘だったんです」
「貴族の娘!?」
いきなり寝耳に水の話だ。それもさっき話に上がったエルトワール王国の貴族ということは、この大陸最大の王国の貴族ということだ。
「ますますわからないな。そんなお嬢様がなんでこんなところで召使の真似事をしている?」
「貴族といっても、私は末っ子でしたのでお嫁に行く以外に誰も価値を見出してくれなかったんです。だから、私はいずれ誰か別の貴族と結婚するために育てられたんです」
ありそうな話だ。少なくとも俺は嫌というほど耳にしてきた。
史実でも、創作でも、これでもかというほどに。
「そんなある日、私に白羽の矢が立ったんです。ですが、私はその方の伴侶になるのがどうしても嫌だったのです。そして、私はその方にその意思を示しました。それが原因だったのでしょうね。私は市民権を剥奪され、奴隷になりそうになったんです」
「奴隷だと!?」
やはりこの世界にもあるのか。そんな胸糞悪いものが。
貴族の不評を買っただけで奴隷にされるのか。エルトワール王国というのは。
「それを知った私は、一目散に逃げ出しました。どこをどう逃げたかは覚えていませんが、その果てにたどり着いたのがこの村だったんです」
「お前の家は、お前を守らなかったのか?」
「はい。その貴族がとても身分が高い方でしたので、むしろその貴族から不評を買うような行いをした私を追放して機嫌を取ろうとしたくらいですから」
「……そうか」
反吐が出る話だ。
「でも、ここは王国よりもとってもいいところです。みんなが心を許しあえるなんて、貴族だったころには全く考えたことがありませんでしたから」
そういうセルアは、本当にうれしそうだった。
「ありがとうセルア。おかげでよく眠れそうだ」
これ以上彼女の心の傷に踏み込むことはためらわれた。
「はい。おやすみなさい。お二人とも」
「ええ、おやすみなさい」
そういって、アルミナとセルアと一緒に俺は眠りについた。