流れ者の村
アルミナとともに歩きながら村に近づく。
ある程度近づいてきたので、俺にも村の全貌が見えてきた。
もはや日本国内では見ることさえできない粘土らしきものでできた家屋に、わららしきものでできた屋根。
一瞬ここが異世界ではなく、タイムワープした日本ではないかと錯覚したが、俺が今まで見てきた魔法やらエルフやらのことを思い出し、頭を振ってそれを払いのける。
さらに村を囲むように柵ができている。
まあそれは当然だろう。柵がない村では獣やら何やらに常に荒らされてしまうことになる。
それを予防するための第一段階としては当然のことだ。
村を囲む柵を乗り越えて村に侵入……するわけにはいかないので、柵の途切れた場所を探す。
一応村という形態を持っているのだから入口くらいはどこかにあるだろうと思い探してみると、一か所だけ幅数メートルくらい柵が途絶えている場所があった。
「あそこから村に入れそうだ」
「そうですね」
俺たちはそのまま柵の途切れた場所から村に入ろうとして、違和感に気が付いた。
「アルミナ」
「ええ、待ち伏せされていますね」
彼女の探知力がそういうなら確かだろう。村の入り口から入ろうとするものを迎え撃とうとする気配がするのだ。
それに、村の中にはまるで活気がない。
いったい何がそうさせているのかはわからないが、これは少しカマをかけてみるとするか。
「アルミナ。俺が先に村に入ってみる。どうも様子がおかしい」
「いえ、それなら一緒に行った方がいいでしょう。向こうは、私たち二人を標的にしているようです」
そんなことまで分かるのかよアルミナ。
「わかった。だけど俺が合図したら、アルミナは伏せてくれ」
「わかりました」
そういうと俺たちはそのまま村の入り口をくぐりぬけ、村の中に入っていく。
途端、付近の家の扉がいきなり開き、中から鍬や鎌を手にした男たちがわいて出てきた。
「伏せろ!!」
そう叫ぶと同時に、俺は背負っていた大斧を構えた。
構えたといっても、普通の構え方とはまるで違い、斧の刃の付近をもって、柄の部分を振り回して襲ってくる連中を薙ぎ払った。
相手の中には打撲位のけがをするような奴はいたかもしれないが、とりあえず重傷になっていそうな奴はいないはずだ。
襲ってきた連中の顔ぶれを見回してみると、働き盛りといえるような壮年の男の人たちばかりが六人ほど倒れていた。
「アルミナ。全員の打ち身を治してやれるか?」
俺たちが彼らに対して敵意を持っていないということを示すためには、必要以上に相手を傷つけないことはもちろんだが、相手を介抱してやるのが一番手っ取り早い。
少なくとも現状ではそれが最も有効だろう。
「ええ、問題ありません」
そういうと、アルミナの体が白く光りだした。
以前俺の肩を治癒したときは片手しか光っていなかったが、アルミナはおそらく全員を癒そうとしているのだ。
アルミナの体から、白銀の光が当たりに飛び散った。そう思った瞬間、さっきまで自分たちの腕を抑えていた、村の住人たちの顔が驚愕の色に染まった。
俺が打ち据えたところと、ふっとばされて叩き付けられたところの両方を触って確かめている。
さっきまで俺たちに対して敵意むき出しだった村人たちの表情は、困惑に染まっていた。
すかさず俺は口を開く。
「何か食い違いがありそうですが、私たちはあなたたちの敵ではありません。事情をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
そう俺が口にすると、家の陰から一人の老婆が出てきた。
「いきなりこんな仕打ちをしてすまないね。あんたたちは旅の人かい?」
老婆の言葉に敵意がないことを察した俺は名前を明かすことにした。
「ええ、私はマサキ。こっちがアルミナです」
老婆は少し目を丸くしたが、彼女も自己紹介をしてきた。
「あたしはメイヨー。この村の村長だよ」
とりあえず俺たちはメイヨー夫人の家。つまり村長のお宅にお邪魔することになった。もっとも村長のお宅といってもほかの家と大差はない。少々敷地が大きいくらいのものだ。
メイヨーさんとともに敷居をまたぐと、奥から一人の女の子が出てきた。
「叔母様! 先ほどの音は! 大丈夫でしたか!?」
女の子は必死の様子でメイヨーさんを心配している。
着物姿のその少女は、年のころは16歳前後といったところだろうか。黒い髪を後ろで縛っているのが印象的な子で、目線は俺よりも少し低いくらいだろうか。元気がよさそうだが、おっちょこちょいという印象を受ける。
それに対して村長のおばあさんはしれっとした顔で
「心配はいらないよセルア。それよりお客さんだ。お茶でも出してやっとくれ」
それを聞いた途端、セルアは今俺たちに気づいたように飛び跳ねた。
「すっ、すみません! いまお茶を用意いたします!」
そういって奥の方にパタパタと駆けて行った。
「騒がしくてすまないね。うちのほうで下働きをしてくれる子で、セルアっていうもんだよ」
そういうとメイヨーおばあさんはそのまま居間に上がり、俺たちにも上がるように催促してきた。俺たちも遠慮なく上がることにした。
「どうぞ」
そういってセルアさんがお茶を出してきた。
「それでは」
そういってセルアさんが奥に引っ込もうとすると
「お待ち、あんたもここで一緒に話を聞いてきな」
と、村長さんが呼び止めた。
「えっ、私がいてもいいのですか!?」
セルアさんが俺たちを見渡す。
「別にいいんじゃないか?」
「構わないでしょう」
そう俺たちが言ったのを確認して、セルアさんも居間に座る。
「さて、まずはあんたたちに改めてお詫びをしなければならないね。いきなり襲ったりしてすまなかった」
そういうとメイヨーさんは俺たちに深々と頭を下げてきた。
「待ってください。謝られるよりもまずは事情を説明してください!」
いきなり訪問者を襲うなんて尋常な状況ではない。そんなことをするのは狂人の巣窟位のものだが、この人たちの対応を見る限り決してくるっているとは思えない。
村長さんは、少し言葉を選ぶようなそぶりを見せて、話し出した。
「あんたたちをいきなり襲ったのはね、あんたたちを山賊の一味なんじゃあないかと疑ったからなんだよ」
「山賊の一味、ね」
大方予想通りの答えが返ってきた。
いくらなんでも見知らぬ人が訪ねてきた。では襲撃をかける理由としては弱すぎる。
「ああ、ここから少し東に行ったところの山に山賊たちが住み着いてしまってね、その山賊たちがここ最近あたしたちの村を襲うようになったんだよ」
「なるほど。それですでに何度か襲われたから、今回は返り討ちにしてやろうというわけか」
「そういうことだよ。それで山賊どもに目に物を見せてくれようとね」
なかなかに気骨のある村人たちのようだ。ふつう徹底抗戦なんて選ぼうと思っても選べるものではない。そう感心していた俺の考えは、しかし彼らの覚悟のほどを甘く見ていた。
「もっとも、成功するなんてまるで考えていなかったがね」
「えっ。どういう…ことですか?」
すると村長さんは深い嘆息をついた。
「この村はね、すでに三度も山賊連中と事を構えているんだよ。だがね、すでにほとんどの腕自慢がやられちまったのさ。もはやこの村に残っている連中は、戦ったことなぞほとんどないような奴ばかりさ」
その言葉に、俺は言葉を返した。
「なんで、そんなになってまで戦おうとするんですか?」
「なぜ? あたしたちには、ほかに行くあても帰る場所もないのさ。ここを失えば、どうせのたれ死ぬしかない。それがわかってるから、あたしたちはここで戦わなければいけないのさ」
「この近くには、ほかに人はいないんですか!?」
「いるとも、少し離れてはいるが、街もあるし王国もある。だがね、誰もあたしたちを助けてなんてくれやしないんだ。そんなことを聞くなんて、あんたらこの国に来るのは初めてなのかい?」
「……ええ」
「なら、この村が何て呼ばれているのかも知らないのかい?」
「…はい」
とても嫌な予感がする。
その先には、この世界の闇が垣間見えてしまうような何かが。
「『流れ者の村』さ。ほかの土地で必要とされなくなった者達が、身を寄せ合う土地がここなのさ。住む場所を失い、ほかの町で見放された連中が、絶望の果てにたどり着くのがこの村さ。国や町から見捨てられたようなものたちが、最後に流れ着く土地なのさ。だからこの村を守ろうなんて奴らなぞいやしない。奪おうとする者は数知れないがね」
俺は、その言葉にただ絶句するしかなかった。
「そこにいるセルアも、あたしも、さっきあんたらがのした連中も、全てほかの土地から追い出されたはみ出し者たちなのさ。あたしらには逃げる当ても、助けてくれる物好きもいない。だからこの土地とともに生き、この土地とともに死ぬしかないのさ」
この村の人たちが、なぜみんなで団結して抗戦することを選んだのかがようやく分かった。
それ以外に取れる選択がないのだ。
彼らは戦いたくないとしても、それ以外の選択肢が取れないのだ。頼れる人もいなければ、逃げる先もない。
だから戦うことを選んだんだ。
なぜだろう。俺にはそのことがあっさりと理解できた。
メイヨーさんの覚悟ともいうべき意思が、俺に彼らの悲痛な決意を何よりも饒舌に伝えてきたのだ。
見た限りこの村は貧しい。おそらくその日その日の生活だけで一杯一杯なのだ。
そのため、彼らは新天地を求めることもできない。それだけの余力などはじめからないのだ。
絶望のどん底でできた彼らの絆の強さは、俺などではまるで想像もできないほど強固で深いのだ。
この感覚。覚えている。魔物のボスと戦った時も、ゲイルと戦った時も感じたこの感覚。それは、濃密なまでの覚悟。
俺の薄っぺらい考えでは及びもつかないほどの決意が、俺を圧倒する。
俺は目の前の老婆にさえ、いや、この村の人たちにさえ劣る程度の覚悟しかないのだ。
今朝見た夢のせいだろうか。
それの事実に対して情けない思いに俺はただ絶句するしかなかったのだ。
「それで私たちに襲いかかってきたのですね」
絶句する俺の代わりに口を開いたのはアルミナだった。
「すまなかったね。嬢ちゃんも」
「いいえ、納得しました。ところで、負傷した人たちはいますか?」
突然アルミナが言い出したことに、その場にいた全員が唖然となった。
「いるとも、負傷がひどいやつ奴らはまとめて隔離してある」
「私をそこに連れて行ってください。さっき見せたと思いますが、私は治癒魔法を使うことができます。だから」
「みんなのけがを治してくれるんですか!!」
突然叫び声をあげたのはそれまで沈黙を守っていたセルアさんだった。
「はい。出来ると思います。だからけが人がいるところに連れて行ってください!」
「叔母様!」
アルミナの返事に、セルアが村長のメイヨーさんに食いよる。
「ああ、案内してやりな」
少しひきつりながらも、村長さんはOKサインを出した。
「こっちです!」
そういうと、セルアはアルミナの手を取って走り出した。あっという間に家から飛び出して行ってしまった。
「やれやれ。相変わらずそそっかしい子だよ。あれさえなければね」
深いため息をついて、村長さんはやれやれという顔をした。
「彼女も、ほかのところからここに流れてきたんですか?」
「あの子の場合は流されてきたというのが正しいがね。詳しくはあの子に聞くんだね」
そういうと、メイヨーさんは俺の方に向き直った。
「悪いことは言わない。あんたらはこんなところに長居するべきじゃあない。宿がほしいなら貸してやるが、なるべく早くこの村から出るんだね」
「どうして…」
俺の中に一つの疑問が浮かんだ。
「あなたは俺の力をさっき見たはずだ。なら、俺に助けを求めたいんじゃ」
「よしな! 若造」
村長は俺の言葉を強くさえぎった。
「あんたに力を貸してもらえるなら、それは頼もしいさ! だがあんたはこんなとこにずっといるつもりかい! あの山賊どもからいつまでもこの村を守り続けてくれるっていうのかい! 無理だろうね。あたしらは、ろくでなしといわれ続けてほかの連中から見放された存在さ。そんな奴らどうしが奇跡的につながりを保っているのがこの里なのさ。ただの同情で、あんたはあたしたちの生涯を背負えるのかい!?」
その言葉に、ただ息が詰まった。
彼女は多分俺を引き留め、村を守ってほしいといいたいのだろう。
だが、俺たちを無責任に縛り付けることに対して強い忌避感を覚えるのだ。
俺の憶測にすぎないが、彼女は今まで無責任な人たちを嫌というほど見てきたのだ。そしてその中の誰かに捨てられここまで流れてきたのだ。
ただ頼もしいというだけで、俺を引き留めることは無責任なことで、どれだけ追いつめられても選択することができないということか。
どん底を見てきたような目をした老婆は、俺に対して気遣って、ここに来るなと引き留めているのだ。
なんてことだ。俺の方が気遣われてどうするっていうんだ。
俺は、もう一つしか言葉を絞り出せなかった。
「メイヨーさん。怪我人がいるところに案内してください」




