二人旅
やたら長い序章だった気がしますが、ようやく本編に入れます。
とりあえずの第一章です。お楽しみいただければ幸いです。
「ふんっ!」
気合とともに大斧を振りおろし、目の前を飛び跳ねる野兎に振り下ろす。
当然のごとく明らかなオーバーキル。
首と胴をきれいに泣き別れさせて今日の晩飯を確保した。
アルミナとともに森を出てからすでに二日、俺たちは遭遇した動物や魔物、あるいはそこらへんに群生している野菜を食べながらある場所を目指して旅をしている。
野菜といっても、スーパーマーケットとかで売っているようなものは一切ない。俺から見てほとんど野草みたいなものをアルミナがとってきてささっと調理してしまうのだ。
今もアルミナが野兎を焼き上げているが、そこにはフライパンやガスコンロはおろか薪の類も存在しない。彼女が魔法で起こした火で直接焼いているのだ。
「できましたよ。どうぞ、マサキさん」
そういって俺にウサギの肉を差し出してくる。
ここ二日間はこうして彼女が食事を用意してくれる。
なかなかどうしてアルミナの調理の腕は凄まじい。
彼女の魔法で起こした火なので、火加減の調節が自由自在なので火の通り方が絶妙なのだ。
焼け過ぎず、生臭い部分を一切残さない彼女の調理技術は驚嘆に値する。単純に火加減がうまいというだけではここまで見事な料理はできない。
「前々から思っていたんだけど、これはエルフの里仕込みの料理なのかい?」
兎の肉をほう張りながら、ふと思ったことを尋ねる。
アルミナは少し顎に指を当てて
「そうといえばそうですね」
なんてどっちつかずの返答をしてきた。
「それはどういうこと?」
「私に料理を教えてくれたのは、厳密に言えば精霊です。ただ、精霊は里の料理の作り方を教えてくれただけなので、この味付けのやり方は里の皆さんのものなんです」
「精霊は里の食事を口にしたことがあるの?」
「そうではなく、調理している様子を教えてくれたんです。だから私もそれを見よう見まねで作っているんですよ」
これで見よう見まね!?
これは先が楽しみになってきた。彼女のスキルアップには大いに期待したい。
俺の方は頑強になるだけで、そういうセンスまでは強化されていないんだもの。
「…アルミナは一体精霊にどれくらいのことを教わったんだい?」
アルミナの言う精霊という存在は今一つ理解しきれない。
俺は物質万能主義の人間ではない。幽霊や神様とかいう存在に対しても、いるかもしれないけど俺にはわからないくらいにしか思っていない。
アルミナの言う精霊というのがどういった存在なのかはわからないが、カテゴリーでいえばそっち系だろう。霊って文字が入ってるわけだし。
「本当にたくさんの事を教わりました。この世界には五つの大陸と、たくさんの島があること。里とは比べ物にならない位たくさんの人が住んでいる町のこと。海と呼ばれる、広大な水たまりのこと。挙げるときりがありません」
「精霊って、霊樹に宿っている存在なんだろ。そんな精霊が、森の外の事なんて知っているものなのか?」
「私も精霊とお話ができるといっても言葉が交わせるわけではありません。精霊から伝わってくるのは、漠然としたイメージです。そのため、どうして精霊がそんなことを知っているのかはわかりません」
「精霊がなんで知っているのかが分からないのに信じても大丈夫なのか?」
「問題ありませんよ。前にも話したと思いますが、精霊は霊なる存在。だましたり隠したりということができないんです。マサキさんも精霊とお話ができるればわかると思いますよ」
「そんなもんかね?」
やっぱり精霊とか言われてもピンとこない。
「こうドヒュっと」とか「そこでスッと」いう感じで感覚派の人からスポーツを習っている気分になる。
おそらく感覚でしか理解できないような世界の話のようだ。
だがアルミナが俺と遭遇したのは精霊の導きとかいう話だった。
こんなきれいな人と二人旅ができるなんて男冥利に尽きるというものだ。それだけでも精霊さんには感謝してもし足りない。
半分以上は成り行きなんだけどね。
「それで、精霊がいけって言っている場所はあとどのくらい?」
「あと半日ほどですね。今日はここで一晩を過ごして、移動はまた明日にしましょう」
今俺たちは、アルミナが精霊から受けた指示に従ってこの高原を横断している。
指示といってもさっき彼女が言った通りで、精霊から伝わる情報というのは断片的なので、今回は目的地を指示されただけで、なぜそこに向かわなければならないのかはまるで分らないのだ。
もっとも、俺もアルミナもこの世界についてかなり疎い。
この高原でぐるぐる回り続けることもあったと考えれば、アルミナが目的地の方角を見失わないだけも僥倖とみるべきだろう。
適当に雑談をしていると、あたりはすっかり暗くなっていた。
「そろそろ寝ましょうか」
「そうするか」
そういって眠りにつく。
俺の体は全く出鱈目なもので、そのまま寝付いても特に寒いわけではないのだ。
アルミナはさすがに毛皮にくるまって寝ている。
ちなみにこの毛皮は俺たちが森を出てから遭遇した大型の獣のものだ。
俺の知識にはないこの世界特有の獣だったが、斧の一振りで仕留めることができ、そのままアルミナが捌いて作ってしまったのだ。
その技能も、精霊たちが狩人たちの様子を教えてくれたものを模倣しているに過ぎないらしいが。
ちなみにおれたちは夜だろうとお構いなしに二人そろって寝付いてしまう。
本来ならどっちかが見張りにつくべきなんだろうが、俺たちについてはそれは無用のことだ。
俺は知っての通りのスーパーアーマーのせいで、獣たちはおろか害虫たちにちょっかいをかけられる心配さえないのだ。
心配といえばアルミナの方が心配なのだが、彼女も彼女で危険察知能力が凄まじいので、熟睡しているように見えてちょっかいをかけることさえできないのだ。
昨日、俺が深夜に目覚が覚めて、アルミナの寝顔を見ているという悪趣味なことをしていると、いきなり彼女の耳がピクリと動いてムクリと起きだしてきたのだ。
そのあと必死に弁明したが、彼女は「私の寝顔なんて見て何が楽しいんですか?」と首を傾げ続けていた。
自分のことに対して全く無自覚なのも考え物だ。
それ以来、彼女の安眠を妨げるのも悪いので、夜には俺もひたすら眠りにつくようにしている。
そして、今夜もゆっくりと微睡に包まれていった。
目の前に大きな虎がいる。
正確には虎のわき腹が俺の視界いっぱいに広がっている。
その虎のわき腹に向けて、棍棒とも何とも言えないような武骨な武器を叩き付ける。
ただし誤解しなでほしい。叩き付けているのは俺ではなく、俺以外の体を動かしている誰かだ。
以前も似たような夢を見た。
その夢と同様、視線も体も何一ついうことを聞いてくれない。
唯一許されているのは見ることのみ。
ただ目の前の光景を観測することだけだ。
目の前の大トラは、体高だけで軽く2m以上。全長だと5mは軽く上回っている。
そんな化け物相手に、この体を動かしているであろう大男は一歩も引かずに攻撃を叩き込んでいる。
その攻撃一発で大虎は怯み、弾き飛ばされ、全身を傷だらけにしている。
俺はこの虎を化け物と表現した。それは間違いないだろう。
目の前の虎から感じるプレッシャーは、ゲイルと戦った時よりもはるかに大きい。
ともすれば咆哮一度で気絶してしまいそうになるが、俺にできるのは観測のみで、気を失うことさえ許されていないのだ。
大男は何のためらいも恐れもなく、ただ淡々と化け虎を打ちのめしていく。
正直言って正気の沙汰ではない。
俺もそれなりの激戦をしたからこそ分かる。
この体を動かしている奴は、俺などとは比べ物にならないほど出鱈目だ。
虎が俺のほうに振り向いた時にはすでにその場に俺はいない。尋常ならざるスピードと判断力だ。
ただ観測しているだけの俺はよく分かる。俺がちびりそうになったときにはすでにこの体は回避、迎撃を見事にこなしているのだ。
その後さらに何合ほど打ち込んだだろうか。最後の一撃が深く突き刺さり、断末魔とともに大虎は倒れこんだ。
そこで夢が終わると思ったが、俺は夢が覚める間際に信じがたいものを見た。
この体の持ち主の姿が、大虎の牙に映し出されていたのだ。
光沢を放つ立派な牙に薄らぼんやりと映ったその姿は、かつて俺が描いた『心優しき大男』の主人公だった。
ふと、目が覚めた。
今の夢はなんだ?
決まっている。いつかエルフの里で見た夢の続きだ。
問題なのは、なぜ俺がそんなものを見るのかということだ。
そして、夢に出てきたあの男の姿。
俺はエルフの里を出る際に、今の状況に対して夢がかなったように思った。
だが、ことはそんなに単純なものなのか?
俺がこの世界に飛ばされたことも、俺に出鱈目な力が宿っていたことも、全て後回しにしていたが、それらは何よりも先に解決しなければならない問題ではないのだろうか?
そんなことを考えていると、ふいにアルミナが起きだしてきた。
それを見て、俺はエンドレスな思考を中断した。
「おはよう。アルミナ」
「おはようございます。マサキさん」
他愛もない挨拶を交わして、俺たちは朝食にした。
今朝といっても昨日の残りをアルミナが手早く料理をしてくれたので、ほとんど待ち時間などなかった。
昨日の兎の肉の残りを、少しの調理で食べられるようにしておいてくれたのだ。
サバイバルの知識なんて皆無の俺は、森を出てむちゃくちゃ苦労しそうだなーと思っていたので、アルミナがここまでできるとなると拍子抜けだ。
いや、別にそれが嫌でエルフのヒモになろうとか考えていたわけじゃねーよ。
朝食が終わったところで、再び俺たちは目的地に向かって行進を再開した。
無論荷物持ちは俺の役目だ。
アルミナは、魔法においてはマーベラスなのだが、さすがに力は俺の知る女性並みといった感じだ。
もっとも体力はかなりのもので、昨日今日おとといと歩き続けても涼しい顔をしている。
「アルミナは疲れていないのか?」
そう聞いてみると
「マサキさんの方こそ、そんなにたくさんの荷物をもって疲れていないのですか?」
と聞き返された。
確かに、俺の現在の装備は以下の通りだ。
オークジェネラルが持ってた2m弱の大斧。
ゲイルが残していったたぶん業物の片手剣。
この旅の最中に狩った動物と、メルビンさんから餞別として贈られた非常食。
合計するとかなりかさばる大荷物なのだ。
もっとも今の俺は疲れとほぼ無縁の体だ。
こんなにたくさんの荷物を持っても空のリュックサックを背負っている程度の重さしか感じないのである。
「こっちはまるで問題ないよ。なんならアルミナが乗ってもいいよ」
なんて冗談交じりでいってみると、アルミナは
「いいんですか?」
なんて返事してきた。
あわててグリンと振り向いてみると、アルミナの奴、目をキラキラさせている。
「ああ…もちろん問題ないよ」
今更冗談だといえなくなり、俺は承諾した。
するとアルミナの体がふわりと持ち上がり、俺の背中に背負っていた荷物の上にポスリと座った。
ヤバイ。
何がやばいって精神的な衛生面がだよ。
アルミナが乗っても相変わらず重さはほとんど感じないから肉体的にはまるで問題がない。
だが俺の鼻孔をくすぐるさわやかな香りと、後頭部にわずかに感じるやわらかな感触が俺の緊張限界メーターを振り切らせんばかりの衝撃を与えてくるのだ。
フリーズする俺に対してアルミナは少し残念そうな表情をして
「やっぱり重いですか?」
なんていってきた。
「いやいや、全然全然問題ない!」
そういって歩き出したが、右手と右足が同時に出ていることに気づかないまま歩き続けていた。
それを見たアルミナが「無理はしないでくださいね」なんて心配そうに聞いてきたが、俺はもはやそんな声に耳を傾ける余裕はまるでなかった。
そんな我慢比べに近い極楽浄土がどれくらい続いたのだろうか。
アルミナは俺が同じ手足を出すことも気にしなくなり、とても気持ちよさそうに高原を眺めていた。
そういう俺の方も、アルミナの様子を気遣える程度には落ち着いた。相変わらず右手と右足が一緒に出てることには気が付かないままではあるが。
そんなロボット歩きのままどれくらい歩いただろうか。
アルミナが突然「あっ!」なんてかわいらしい声を上げ、俺はようやく自分が同じ方の手と足を出していたことに気が付いた。
普通に歩きだして、平静を装いながらアルミナにきいてみる。
「どうかしたの。アルミナ?」
「はい。目的地は村みたいですね」
そういってアルミナがまっすぐ進行方向を指さす。
目を凝らしてみると、言われてみて初めて分かるくらいだが、家らしきものが見える。
それも一つや二つではなく、いくつもいくつもだ。
そうだと分からなければちょっと背の高い草木と間違えそうな光景だが、アルミナはさも当然のごとくそれが村だと言い当てたのだ。何気にいろいろすごいなアルミナ。
「じゃあこんばんはあの村でお世話になれるといいな」
「ええ、そうですね」
そういってアルミナはピョンと俺の荷物の上から飛び降りた。




