ボスモンスター1
朝、アルミナに声をかけられて結界の外に向かう。
気配探知に長けている彼女から合流するのが手っ取り早いのは分かっているのだが、俺が納屋から出てきたときにタイムリーに遭遇するのは偶然なのだろうか?
彼女の場合すんごい気配探知とか使えそうだから怖い。
そういえば
「アルミナ。どの辺から結界の外になるの?」
昨日メルビンさんも結界の内外の境界線を感知できていた。
俺にはさっぱり感知できないが、やはりアルミナにも感知できるんだろうか?
「そうですね、あと100m位で結界の外に出ます」
100m位ね。
結界の外に出るということは、魔物とのエンカウント率が跳ね上がるということだ。
結界の位置を感知できない俺の場合、教えてもらわないとどこから警戒していいのかがわからない。
「わかった。それじゃあ警戒するとしようか」
俺の異常体質から考えると俺が警戒する必要はないに等しいのだが、アルミナと同行している以上、俺も最低限の警戒はしておくべきだろう。
奇襲とかいう作戦はあくまで相手にダメージが通ることが前提(というか攻撃が効かないなんて普通想定できんよね)だ。
だからこそ俺の持っているカードは、奇襲を主とする連中相手には有効この上ない。
文字通り俺がアルミナを守らないとな。
もっともアルミナの戦闘力もかなりのものなので、俺は肉の壁になることだけ考えればいいような気がする。
「結界を抜けましたよ」
そうアルミナが言う。
相も変わらずいつ抜けたのかさっぱりわからん。
それはいいとして、アルミナの索敵の調子はどうだろう。
「アルミナ。魔物の気配はどう?」
「ちょっと待ってください……あっちの方に、魔物がいます。おそらくゴブリンの群れ、10匹以上はいると思います」
ふむ、どうやら超聴力による索敵能力は健在のようだ。
ただし結界内のような凄まじい探知はできないらしい。
彼女に指示された方角に歩いていくと、確かにおるわおるわゴブリンの群れ。
それにしてもとんでもない索敵能力だ。
向こうはこっちに気づいていない。
奇襲をかけるには最適な状況だ。
「それじゃあ、そっちに来たやつだけ撃退するので問題ない?」
「はい。問題ありません」
「じゃあ、そういうことで」
そうやり取りの後、俺はゴブリンの群れに向かって駆け出した。
一息でゴブリンとの間合いを詰める。
ゴブリンにとっては災難としか言いようがないだろう。
いきなり飛び込んできた人影に、仲間が二人蹴り飛ばされたのだから。
突然仲間が二人減って、ゴブリンどもは完全にフリーズしてしまったようだ。
さらに隣にいる奴を蹴り飛ばす。
ゴブリンの身長はこちらの腰よりも少し高い程度なので、蹴りの方が攻撃しやすい。
総数が半分を切ったあたりで、ようやくゴブリンたちは臨戦態勢に移った。
ただし、俺のスピードにはまるでついてこれないみたいだ。
今更気づいたが、俺の体は腕力や耐久力だけではなく俊敏性や柔軟性、バランス感覚まで凄まじいことになっているみたいだ。
手抜きで行動しているのにこの強さ。
本気で殴ったりするとザクロになりかねん。
とにかく、ほぼ一方的に制圧が完了した。
「おつかれさまでした」
そういってアルミナが木の陰から出てきた。
「お見事です。マサキさん」
「いえいえ、どうも」
そんなとりとめのない会話をした戦闘後だった。
ゴブリンどもが死屍累々の惨状の中でとりとめのない会話などするものではないのかもしれないがね。
「それはそうと、魔物の親玉みたいなやつは見つかりそう?」
「結界内部ならともかく、音だけでそういった判断を下すのは難しいです」
それもそうか。
そもそも敵の位置と数を把握できるだけでもかなりのアドバンテージだ。
ゴブリン程度なら向こうから奇襲をかけられてもおそらく問題ない。
それだけの戦力差がある相手から常に先手を取られるのだ。
俺が相手だったら心底敵対されたくない。
おっと、それはともかく今は相手のボスを探す方法を見つけなければ。
「とりあえず、相手の数はわかるんだよね?」
「はい。とはいっても大まかな数でしかありませんが」
ふむ。
魔物のボスがいるとして、それは単独行動しているものだろうか?
四天王とかに守られている魔王のような奴が……いくらなんでもこんな森に来ているとは考えにくい。
だったら、一番大きな群れを束ねている奴ってのが一番しっくりくる推測だ。
「アルミナ。相手の数が多いところを重点的に当ってみたい」
「数が多いところですか。わかる限りで一番数が多いのは……あちらですね」
そういってアルミナは里とは真逆の方向を指した。
里から離れても問題ないだろうか?
「アルミナ。里から離れても大丈夫?」
「そうですね。森から出なければ、おそらく問題ないでしょう」
「そっか。じゃあ調べてみるか」
俺はせっかちな性格ではないと思うがやるべきことを無意味に遅らせる性分でもない。
アルミナが道案内、俺が前衛という役割分担の下いくつかの魔物の群れを文字通り蹴散らす。
なんか体のボディーバランスと柔軟性がよくなってるから蹴りやすい。
足加減はばっちりである。
きっちりグロテスクにならない程度に仕留める加減を身に着けつつあるからね!
そうして魔物との戦い方(おもに手加減と足加減)を身に着けながらも森の探索は進んでいく。
俺も多少群れの戦い方になれてきたせいか、アルミナのサポートがほとんど必要ない。
そんなこんなで5.6グループ位倒したあたりで。
「マサキさん。あちらに、何かほかの魔物とは違う気配がします」
アルミナがそんなことを言ってきた。
「ほかの魔物とは違う気配?」
「はい。ほかの魔物に比べて、発している音が大きいのです」
発している音?
アルミナがどんな風に相手を認識しているのか非常に興味が出てきた。
発している音っていうのは、足音とか心音とかのことか?
それともマ○トラみたいに声が聞こえたりするのだろうか?
ってそんなことはどうでもいいとして。
「それが森の異変とも関係しているのかもしれない。行ってみよう」
「はい。あちらです」
そういってアルミナは、里からさらに離れる方向を指した。
歩いて行ってみると確かにほかの魔物とは違うやつらがいた。
おそらくゴブリンとオークのボスだろう。
どちらもほかの魔物とは装備しているものも体格もまるで違う。
ゴブリンとオークのリーダーらしい二体の魔物は身長にして2m強。
装備はきらびやかではないが、実戦的といっていい青銅の鎧を身にまとい、ゴブリンは棍棒を、オークは大斧を装備している。
どちらもほかの魔物に比べると相当強そうだ。
あの武器の攻撃を真正面から受けるようなのはいくらなんでも愚策だろう。
「さて、どうしようかね」
そうつぶやいてみたが、俺に取れる選択肢など特攻くらいしかない。
問題なのはアルミナだ。
俺はタフだからいいのだが、彼女が魔物に囲まれるのはあまりにも好ましくない。
後衛が魔物に囲まれるのは最悪だ。
ほかにも前衛がいれば役割分担もできるが、ないものねだりだ。
「アルミナ」
「はい。なんでしょう?」
「君はあの魔物の群れをどれくらい相手にできる?」
ゴブリンリーダーとオークリーダー(俺が勝手に命名)二匹だけならまだしも、ほかのゴブリンやオークもかなりの数がいるのだ。
さすがにあれだけの数がいてになるとアルミナもかなりの数の魔物を相手にしないといけないだろう。
彼女の戦闘能力は未知数だが、どんな戦術をとるにしても彼女にもある程度の負担を強いることになる。
俺が前衛で彼女を守り、彼女が後衛で魔法攻撃というのがいいのかもしれないが、俺の得意戦術が特攻なので彼女の攻撃力が乏しいと、こっちもなれない戦法で足を引っ張ってしまう
すべては彼女次第というわけだ。
「あの大きい魔物は分かりませんが、それ以外ならいくらでも相手ができます」
「そうか。なら相手の数が多すぎるからアルミナにも協力してほしい」
「はい。何をすればいいでしょうか?」
「魔法であいつらを薙ぎ払えないか?」
アルミナの強さがどのくらいなのか、その限界がわからん。
もっともそれについては俺もそうなのだが(汗)
「できなくはないと思いますが、取りこぼしは出ると思います」
「それで十分だ。取りこぼしは俺が討伐する」
「わかりました。早速始めますか?」
「頼む」
そういうと、アルミナは森の陰から飛び出し、左手を魔物の群れに向かってかざした。
彼女の体がほんのりと緑色に光りだした。
注意していないと分からない程度ではあるが、確かに光っている。
ほかのエルフたちも魔法らしきものを発動させる前に発光していた。
これが魔力なのだろうか。
そんなことを考えているうちに魔法の発動の準備が整ったのだろう。彼女の発光が左手に収束されていく。
魔物たちはこちらに向かってくるが、さすがに間に合いそうにない。
アルミナの左手の光が一層強くなり、魔法が発動する。
「切り裂いて。ウィンディア・ストーム!」
彼女がそう叫ぶと、魔物の群れの中心で大きな竜巻が発生した。
ただし普通の竜巻とは明らかに違う。
魔物の群れを中心に鋭利に圧縮された鎌鼬が吹き荒れている。
そのためオークもゴブリンもあっという間に切り刻まれていく。
そのくせ攻撃範囲もきっちりとコントロールされているようで、俺たちの方にはそよ風ひとつ届いていない。
なんと見事な魔法だろうか。
雑魚の魔物たちはほぼすべて全滅。
生き残ったやつらも手傷を負っていない奴はなく、全員が悶絶している。
二匹を残してではあるが。
見逃さなかったぞ。あの二匹、魔法が発動したタイミングで明らかに防御姿勢をとっていた。
明らかにほかの連中とは格が違う。
無傷というわけではないが、戦闘に支障をきたすような傷は追っていない。
あいつらが俺の担当というわけだ。
あいつら相手に手加減は必要ないな。
そう決めて思いっきり相手に向けて踏み込む。
二匹とも大きなこん棒と大斧を俺に向けてきた。
怖ぇー
ちびりたい心を奮い立たせてボスたちに向かって突っ込んでいく。
ゴブリンの方が棍棒で俺にけん制をしてくる。
棍棒の一撃目を躱して、二撃目を腕で防ぐ。
思った通り、ゴブリンの方なら問題ない。
さすがにオークの方の斬撃はまずいだろうが、棍棒程度ならいける。
先にゴブリンをしとめようと懐に入ろうとすると、オークの方が俺の目の前に大斧を振り下ろしてきた。
ズドォォォォォォン!
ものすごく大きな音とともに大斧が地面に突き刺さった。
さすがに凄まじい威力だ。
これはいくらなんでも受けたらまずそうだ。
メルビンの魔技を受けても平気だったけど、やっぱり攻撃を受ける度胸はない。
さすがにオークリーダーもすぐに追撃には移れないようだ。
思いっきり踏み込んでオークの腹に正拳突きをたたきこむ。
見え見えだったようだったようでオークリーダーも腕で腹をガードしていた。
構わず殴ってみると、横綱みたいな体格のオークリーダーが見事に吹っ飛んだ。
俺の腕力どんだけー。
そんなこと思いながらゴブリンリーダーと一騎打ちになった。
ゴブリンが棍棒を振り回してくる。
もうその攻撃が通用しないことは分かりきってる。
ゴブリンリーダーの攻撃を左手で受けると、ゴブリンの脇ががら空きになっていた。
獲った。
そう思った時、オークリーダがいきなり雄叫びを上げた。
なんだ!
とっさのことで体重がうまく乗らなかったのでゴブリンを吹っ飛ばしただけで有効なダメージは与えられなかった。
そう思った時、アルミナがいきなり叫んだ。
「マサキさん! 周りから魔物の群れが来ます!」
なに!!
さっきの雄叫びは、仲間を呼び寄せるためにか!
そう思った時には俺にもはっきりと感じ取れるくらいの魔物の群れが押しかけてきた。
気配は……ほぼ全方位からだ。
まずい。
俺はともかく、これだとアルミナが。
焦る俺の頭に、一つの解決策がひらめいた。
正直一か八かだが、迷っている時間はない。
「アルミナ。さっきの竜巻を、もう一回やってくれ」
そういって援軍を呼んでこっちに向かってきたオークリーダーに渾身のけりを入れる。
テレフォンキックだったため、また防がれたが、それでも十分に距離をとることができた。
そのままアルミナに駆け寄る。
「ウィンディア・ストームですか!? どこに向けて?」
そう聞き返してくる。
もちろん、それは決まっている。
「ここだ。ここを中心に、なるべく広範囲に、手加減抜きで!」
「でも! それだと私たちも巻き添えにしてしまいます!」
「それは俺が何とかする! 信じてくれ!」
確信はないが、出来るとしたら方法は一つ。
アルミナは迷ったようだが
「……わかりました。お願いしますマサキさん」
そういってアルミナの体から再び薄緑色に輝く。
今回は淡いなんてものではなく、はっきりと身にまとうオーラのように輝いている。
その光がアルミナの左手に収束されていく。
かなり眩しい。
さっきの魔力でも凄まじいくらいの威力があった。
これだとどれくらい強いんだろう?
アルミナに向かって、凄まじい数の魔物が集まってきた。
数は100に届くかもしれない。
一網打尽にしてやれ、アルミナ!
「すべてを切り刻んで。ウィンディア・ストリーム」
そう宣言したと同時に俺たちの足元に風が巻き起こる。
「アルミナ、伏せろ」
そういってアルミナに覆いかぶさる。
単純な話だ。
アルミナが発生させた真空波を俺が防ぐ。
単純な話だがそれが今打てる最善策だ。
耳に凄まじい突風が吹き荒れる音が入ってくる。
文字通り範囲に制限をかけずにぶっ放したみたいだ。
魔物たちの悲鳴に加えて樹木が倒れる音もする。
アルミナは俺の下で膝を丸めているので真空波の影響を受けていない。
俺の体は相変わらず無敵状態でダメージが全く入らない。
真空波がやんだタイミングを見計らって、起き上がると、残っているのはゴブリンとオークのリーダーだけだった。
「よし。今度こそ決着つけてやる」
そう宣言して、俺は二匹のボスと改めて向き直った。