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ある日不死身になりまして・・・  作者: 黒々
序章 エルフの里と不死身の凡人
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王女と夢

「マサキさん。これ、夕食です」 


 アルミナは俺に夕食を持ってきてくれたようだ。


 全く律儀なことである。

 こんな行動一つでも随分と軋轢を生む行動だろうに。


 それにしてもよく俺の位置が分かるものだ。メルビンさんから彼女の生い立ちと行動を聞いた後なら納得できるが。


「ああ、ありがとう。アルミナ、少し話があるんだが」


 アルミナに今日の出来事の一部を話した。

 メルビンさんと和解したこと。

 魔物について俺が考えたこと。


 アルミナは興味深そうに話を聞いていた。

 こっちからの話をあらかた話し終えたのちに、彼女は少し考えた様子を示した。


「では、メルビンさんとは完全に和解できたということですか?」


「ああ、おそらく」


「よかったです。この里にも、マサキさんを受け入れてくれる方がいて」


 心底安堵したというような感じでアルミナは胸をなでおろした


 全くだ。


 大多数の意見にのまれない人というのはそれだけで貴重だ。

 それにしても、メルビンさんまでこっちに味方してくれるとはね。ふと思った疑問をアルミナにきいてみた。


「メルビンさんって強いんですか?」


 防衛隊長とかいう役職なんだからエルフの里でもかなりの実力者だろう。

 そう思って質問してみる。


 本人にあなたどれくらい強いんですかってきいても自己申告だもん。

 現に俺はメルビンさんより強いなんてまるで思えない。

 だから客観的な評価があるといいと思いアルミナに聞いてみることにした。


「ええ、とても強いですよ。おそらくこの里の中でも一番強いと思いますよ」


「この里で一番!?」


 只者ではないとは思っていたけど、まさかエルフ族最強のお方だったとは。


「アルミナよりも強いの?」


「私では勝負にならないと思いますよ」


 むーん。アルミナは実戦経験がないからそう思うんだろうが、初めての戦闘でゴブリンたちを吹っ飛ばしたことから考えるとそんなに差があるようには思えないんだが。


「そんなに驚くことでしょうか? マサキさんなら、私たちが全員で戦っても平気でしょう?」


 え!


 俺ってそんなに強いって認識されてるの?

 俺の戦闘能力は、くどいようだがこの力によるものだ。


 現時点でも身体能力に物を言わせる戦いしかしておらず、もし同レベルの奴と戦ったら絶対に技量で負けると確信できる。


 だがそこら辺の事情を知らない人たちから見れば俺は無双の武将みたいに見えてしまうのかもしれない。つまり今アルミナやメルビンさんは俺のことを天下無双と認識しているのだ。


 アルミナに事情を説明しようとしたが、説明したところで俺が弱くなるかどうかわからないうえ、そもそも信じてもらえない可能性もある。

 

 俺自身どう説明していいのかわからないのだし。


 いい加減、俺もこの力がどういうものかをいぶかしむよりも、とっとと利

用して問題の解決に努めるべきなのかもしれないな。


 アルミナの一言で、いい加減覚悟が決まった。


「アルミナ。魔物の親玉がいるかもしれないって話はしたよね」


「はい。聞きました」


「アルミナはそのことについてどう思う?」


 魔物の親玉については俺の憶測だ。

 ほかの人の意見が知りたい。


「可能性は高いと思います。結界を突破するために魔物たちを利用しているというのは十分に考えられることです」


「そうか」


 アルミナから見ても可能性があるというのなら、試してみる価値はあるだろう。


「アルミナ。俺は明日から、結界の外側を捜索してみようと思う」


 ボスがいるとすれば、それは結界の外に陣取っている。

 結界の内側で迎撃を繰り返しても、敵に襲撃に対処できるとは思えない。


「マサキさん。それなら、私も一緒に行きます」

「止めておいた方がいい。ほかの人たち、特に族長さんたちから睨まれているんだろ?」


 メルビンさんから聞いた話は、一部ぼかしたがほとんどを彼女に伝えてある。


 彼女が今まで里の者達の意向に対してほとんど反発したことはないということ。それを破ったせいで現在は里長を中心に睨まれているという状況だ。


 決していい状態であるとは思えない。

 

「マサキさんは、私がいると迷惑ですか?」


 そんなことをアルミナが言ってきた。


「いや、そんなことはないけど」


「では何が問題なのですか? それに、マサキさん一人ではこの里まで帰ってこれないかもしれませんよ!」


「ぐっ!」


 それを言われると弱い。

 結界に攪乱されないといっても、里の方向を知るすべがないのではまた遭難してしまう。


 だが、だからといって危険な場所に彼女を連れて行くのにはやはりためらいがある。


「アルミナ。さっき言ったことがもし本当だったとしたら、そこはとても危険な場所だ。俺が君のこと守りきれないかもしれない。だから…」


「ではマサキさんはどうしてそんなところに一人で行こうとしているのですか?」


 俺が説明に詰まった途端、アルミナがまくしたててきた。


「この里にそれが必要だったとして、本来なら部外者であるマサキさんが、この里のためになぜそこまでしてくださるのですか?」


「それは…俺にしかできないことだからだよ」


 君のためだよ。そう言いたかったがさすがにこっぱずかしかった。


「なおさら私にもついていく理由があります。マサキさんは、この里の現状を打破しようとしているのでしょう? それは本来なら私たちがしなければならないことです。マサキさん一人に任せ切っていいものではありません」


「里長たちはどうする。また俺たちに目をつけるかもしれないぞ」


「その時はその時です。私はあなたがしようとしていることを見てみたい。いえ、隣で見届けなければなりません」


 アルミナは本気だ。

 今はっきりと宣言したのだ。私は掟よりも優先するものがあると。


 根負けした。


「わかった。言うとおりにしよう」


「はい。そうしましょう」


 説得された。

 だがまあいいや。

 彼女が協力してくれるならありがたいとも思うし。


「それはそうとして、アルミナ。君は、結界の外でも魔物を感知できるのかい?」


 彼女はエルフの耳はいいとか言っていたが、初めてアルミナと会った日のそれは耳がいいなんてレベルではない。


 本日の魔物狩りはまだしも、昨日俺と出会った時のことなど(里のほぼ中央から森の中の戦闘を探知するという離れ業)耳がよければ聞こえるなんて問題ではないからだ。


 であれば、結界の外でも同じように感知できるかどうかは不明だ。


「おそらく、ある程度は問題ないでしょう。実際に出てみないことにはわかりませんが」


「そっか」


 それなら明日試してみればいいことだ。


「これありがとう」


 そういって晩御飯の入ったバスケットを受け取る。


「……アルミナ。」


「はい。なんでしょう?」


「君の両親はどうしているんだ?」


 気が付けばそんなことを聞いていた。

 帰ってくる答えにはある程度予想がついていた。


「…私の父は私が生まれる前に狩りに出て帰らぬ人となり、母は私を生んだ時に息絶えたと聞いています」


 やはり。

 そんなことだろうとは思っていた。

 里ぐるみで彼女の出生を隠そうとしているのだ。

 そんな話を捏造するくらいのことはするだろう。


「でも。私にはどうしてもそのことが信じられないんです」


「信じられない?」


「ええ、里のみんなが私に何かを隠しているように思えてならないのです」


 やはり、彼女はほとんど気づいている。

 真実について完全に理解しているわけではないが、里のみんなが吐いている嘘には気づいている。ハイ・エルフなんていう存在の彼女に、そうそう隠し事なんてできるものではないのかもしれない。


 ふと、この場で彼女に真実を伝えるべきではないかと思った。


 俺にしてもいつまでも隠し続けるつもりはない。

 彼女は明らかにほかのエルフとは違うのだ。

 初めて見た時に、彼女から感じた迫力は、彼女がほかの者達とは根本的に違うということを俺が認識したに過ぎない。


 俺でもそう感じるということは、もしかするとエルフ族たちにはもっと顕著に感じられているのかもしれない。


「知りたいの?」


「はい。知りたいです」


 やっぱり。当然といえば当然だ。

 誰だって隠し事をされれば知りたくもなるだろう。

 やはり彼女に話すべきだろうか。そう考える俺に対して。


「でも、私に対して隠し事をするのにも致し方ない理由があるのでしょう。だから、無理をしてまで聞こうとも思いません」


 アルミナはそんなことを口にした。


「いいのか?」


「はい。私が知らなくてもいい、知るべきではないと里のみんなが判断したのです。なら、私のわがままでそれを覆す必要はないと思います」


 アルミナの思いやりに、俺は思わず話してしまいそうになった。

 彼らが彼女に生い立ちを教えなかったのは、そののちに来るであろう変化を恐れたからだ。


 言い方を変えれば、貴族たちが既得権益を壊されたくないようなものだ。

 エルフの里は基本的に質素な生活を基本としているため、既得権益というと違和感があるが、既存の制度を崩したくない保守派に一人の女性の人生が食いつぶされているのだ。


 それを、見過ごすことは、俺には、難しい。

 だが、いま彼女に伝えていったい何が好転するというんだ。


 いたずらにこの里に混乱を起こすことは俺の本意ではない。

 この森に起こっている問題を解決して、俺にある程度の発言力が備わったら、その時初めてアルミナに事実を伝えよう。


 守ってやることもできないのに、後先考えずに行動してもろくなことにならない。


「そっか。じゃあ、また明日」


「はい。それではまた明日」


 そういってアルミナと別れ、俺は納屋へと戻った。





 

 納屋に戻ってから俺は二つのことを考えていた。


 一つ目はアルミナのことだ。

 アルミナは相手を疑うということを知らない。


 精霊と対話することができる彼女は、相手の本質を見抜くことができるらしいので、悪意ある相手に直接的に害をなされることはないのかもしれない。


 だが、だからといってアルミナが相手に利用されないというわけではない。


 彼女は相手を糾弾することも、相手の罪を追及することもない。それは高貴な生き方ではある。だが、それだけでは誰も報われないだろう。


 なぜならそれは、相手の腐った部分を放置することだからだ。


 食べ物が腐ればその腐った部分は、特別なことがない限り処分する。

 現代医学も体の腐った部分を切除する外科手術というものが存在する。


 だが、人の内面が腐ってしまった場合、それを取り除くのは極めて困難だ。

 人の性根の腐った部分だけをきれいに取り除くなど、果物の腐った部分を取り除くのとは比べ物にならないほど困難なことだ。


 加えるなら、自分の腐った部分など、だれも目を向けたくない。

 それを切り取ろうとすれば、文字通り血反吐を吐くような思いをすること

だろう。


 腐っていても、それは己の心の一部。

 部外者の俺が、下手にかかわっていい問題じゃあない。

 どうにかしたいと思いながらも、どうしていいのかがわからない。


 だが、もう少し、いろいろと知っていけば、何か解決策が見いだせるかもしれない。


 今は、焦って行動を起こすべき時じゃあない。

 そう結論づけて、俺はこの件について考えるのをやめ、もう一つの件を考え出した。

 

 それは、里を襲う魔物たちのことだ。


 アルミナの言葉を信じるなら、ここの魔物たちは間違いなく自然発生した存在ではない。


 だとすれば、ほぼ間違いなく黒幕が存在する。

 その黒幕の目的は一体なんだ?


 おそらく霊穴や霊樹だろうと思う。あるいはエルフ族を狙う勢力ということもあるだろうか。


 どれもあり得る。霊穴という場所は生命力にあふれているため、農作物がよく育つ肥沃な土地だ。


 霊樹はあの大きさに加えていろいろすごい力もある。

 エルフ族についてはどんな因縁があるのかはわからないが、この土地を占領しているというだけで狙われる理由にはなりそうだ。


 もっとも、いくらこの場で頭をこねくり回しても結論には至らないし、結論が出てもあまり意味はない。

 とにかく明日からいろいろ調べまわってみる必要がありそうだな。

 そう決めて、俺は微睡に落ちて行った。






 風が吹いている。気持ちのいい風だ。

 ここは野原のようだ。視界の端々で動物たちがうろついている。


 そっちを向こうとしたところで俺は自分の視線が動かないことに気付いた。


 なんだこれは、いったいどういうことなんだ!?

 自分の体が動かないということに、俺は混乱した。


 いや、動かないというのは語弊がある。動いてはいるのだ、ノッシノッシと重々しい足音を立てながら。


 加えていうとやけに視線が高い。ざっと見て2m位はありそうだ。

 俺は今から何が起こるのかが気が気でならなかったが、最後の記憶をうめきながらも思い出してみると、エルフの里の納屋で眠りに落ちた時が最後だった。


 なら、これは夢か?


 そう判断できそうなものだが、そう判断できたとしても、体が自分の思いとはまるで違うように動くのは何とも言えない嫌な感じがする。

 しかしまあ、歩いているのは見晴らしのいい草原で、視界の中には動物たちがのびのびと暮らしているさまが見て取れる。


 まるでサファリ―パークにいるような気分だなー、とのんきにしていると、突然草を食べていたガゼル(らしきもの)たちが、振り向いたのちに逃げだした。


 いったい何事だ?

 俺が刺激して逃げたわけではなさそうだ。

 もし俺が刺激したのなら、彼らは間違いなく俺の方を見てから逃げるだろう。


 ガゼルたちが向いた方に何があるのか、確認しようと思ったのと同じタイミングで、俺の視界が動いてくれた。

 空気読んでくれてありがとう。なんて思ったのもつかの間、俺の視線の先に文字通りの化け物がいた。


 大きな虎だ。

 それも並大抵の大きさではない。

 四足歩行型のネコ科の分際で、現在2mはあろうかと思われる俺の不思議視点でも軽く見上げなくてはいけないくらいの大きさなのだ。


 今すぐにダッシュで逃げ出したいのだが、体は全く動かない。

 いったいなんでまたこんな目に合ってるんだ俺は!?


 目の前の虎が、大声で雄叫びを上げる。鼓膜が割れんばかりの大きな雄叫びだが、俺は耳をふさぐことができない。


 やはり夢の中なのだろう。大気が震えんばかりの遠吠えだったにも関わらず、俺の鼓膜は問題なさそうだ。精神状態は逃げたいのに逃げられないせいでガックガクだけどね!


 そんなこと考えていると、俺の目線が少し上がり、目の前の虎が視界いっぱいに移る。


 コーワーイー! なんて俺の内心を無視して、ひときわ大きな雄叫びがあたり一面に響き渡った。


 しかしその主は目の前の虎ではない。

 雄叫びの主は俺の口から発せられていた。

 その雄叫びに合わせるように、俺の視界は暗転した。







 見慣れた納屋の中にて目が覚める。あれは、夢だったのだろうか。

 いま、俺は目が覚めたということを確信している。

 さっきまで感じていた現実感の希薄さが、今はないからだ。

 

 だが、さっきのことをただの夢と断定していいものだろうか?

 

 夢占いなどのスキルなぞ当然俺はもってない。

 だからあの夢をなぜ見たのかなんてわかるはずもないのだが、あの夢のことを、決して忘れてはいけない。

 明確な理由は何もないが、俺はそう確信に近いものを抱いた。

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