無自覚な強者
初めまして。初投稿の作品になります。皆様に喜んでいただければ幸いです。
あるところにとても強い大男がいました。
生まれつき力が強い大男は、ほかの人ができないことも簡単にできました。
ですが大男はその力をみんなのために使いました。
日照りが続けば、地面を掘って井戸を作りました。
薪が足りなければ、山まで行って木を切ってきました。
畑が足りなければ、土を掘り返して開墾しました。
いつしか大男は村の人たちからとても感謝されました。
あるとき村に盗賊が攻めてきました。
大男はその時に、持ち前の力を生かして、盗賊たちを追い払いました。
大男のうわさを聞きつけて、隣の村からも手助けを求められることもありました。
もちろん大男は隣の村も助けました。
その隣の村も、その隣の村も、助けを求められれば大男は助けて回りました。
そんな日々を繰り返しているうちに、大男は思いました。
みんなが自分のことを必要としているなら、もっとたくさんの人を助けられるんじゃあないだろうか。
そう思った大男は、今までお世話になった村の人たちに別れを告げて、ひとり旅に出ました。
旅に出た大男は行く先々で活躍しました。
行く先々で歓迎されました。
歓迎されて、その村や町に住むことを薦められた大男は、必ずこう言いました。
「気持ちはうれしい。だが、君たちが俺を必要としてくれたように、俺を必要としてくれる人がほかにもいる」
そういって大男は、旅をつづけました。おしまい。
俺は須藤真崎。売れない絵本作家だ。
身長は170弱で体つきは中肉中背。年齢は26.
さっきの文章は今執筆中の絵本「心優しき大男」の大雑把な内容だ。
文章は決まったことだし、明日は絵の作業に取り掛かろう。
零時を回った時計を見て俺は布団にもぐりこんだ。
今は真冬で、夜はそれなりに厳しい。布団もしばらくは快適とは言い難い。
俺は布団にもぐりこんでからも、寝付くまで作品のことを考え続ける習性がある。
ほかの作家から言わせると褒められた癖ではないらしい。
だけどそうしないと落着けないのだから仕方ない。
俺はさっきまで執筆していた心優しき大男について考えていた。
子供向けの絵本だから物語はこれでおしまいだ。
絵本は小説と違って場面を鮮明に伝えなければならないわけではない。
むしろ子供たちに興味を持ってもらえることと、想像力を働かせるという目的強いので、小説などにある説明文の役目をイラストが担当しているのだ。
さて、そんなことは置いておいて、今俺が考えているのは大男の最後の言葉は「君たちが俺を必要としてくれたように、俺を必要としてくれる人がほかにもいる」だ。
何ともきざなセリフだ。
少なくとも、自分に実力がある人のセリフだと思う。
今の俺のように、取り柄らしい取り柄がないような奴には関係のない話だろう。
大男は周りの人たちから必要とされた。
そうして、次に行く土地でも必要とされることがわかっていた。
だからこそ、嬉々として次の土地へと向かって旅を続けたのだ。
うらやましい話だ。
できるものなら、彼の物語の続きを生きてみたいものだ。
大男はそのあとどのような生涯を送ったのだろうか。
そんなことを思いながら、俺は眠りに落ちて行った。
翌日
文章についてはすでにある程度まとめてあるので、俺は次の仕事である絵を描く作業に移った。
絵をかくのは、頭の中にあるイメージをそのまま書き出す作業である。
今回重要な絵はもちろん大男。
大柄で、長身で、野性味があふれるような男。
伸びるに任せた髪は腰までとどきそうだが、そこに艶の類は存在しない。むしろ毛根がしっかりしているせいで長鬣のようになっている。
顔つきはかなりいかついが、笑うと実に愛嬌のある顔をする。
感情を出るに任せているということなのだろう。
俺の中でこいつに対して持っているイメージをそのまま映し出す。
強靭で。力強い。しかもまだまだ発展途上。
そうして主人公である大男のキャラクターが出来上がった。
身長は2m少々、体重は120キロくらい。
生ゴムを圧縮したような筋肉は、生半可な刃物では傷一つつけられないくらいの強度があって、その心臓は止まっても再び動き出すくらいに強く脈打っている。
なんだか中二病っぽいことを考えているんだが、いいのである。
あくまでこのキャラクターに対する俺のイメージなのだから。
もう弱いという表現が入り込む余地がないくらいのキャラにしようと思い、思いつく限りの強そうなイメージを押し込んだ。
そのキャラクターの原案を書き上げた時点で、本日の俺の作業は終了。
締め切りまでにはまだ時間があるので、ゆっくり作業を進めていけばいい。
そうして今日も昨日と同じように布団に入った。
そして今晩も昨日と同じように布団の中で大男について考える。
あいつは俺の憧れなんだろう。
常人では及びもつかないほど強く、望めばほとんどのことがかなうのに、自分の力を欲望のままに使うことをよしとしなかった大男。
強大な力と、高潔な精神を併せ持つ稀代の超人。
それが、俺が心優しき大男に対して望んだ設定だ。
そんな奴が本当にいるわけがない。
物語だからこそ、そういうやつを描くことができる。
俺が絵本を描いているのはそういう理由があるからなのかもしれない。
昨晩も思ったことではあるが、もし今回作った物語の大男のような生き方ができるのなら、それはどれだけいいことだろうか。
自分が望んだ道にたいして、何の疑問も持たずに進む。
馬鹿みたいに思えるその生き方は、幼いころに誰もが思い描いた夢ではなかったのだろうか。
それが夢の中であってもいい。
叶うのなら、あの大男の物語の続きを、俺に経験させてほしい。
そう願いながら、俺は眠りについた。
眠りに落ちた俺は、そののちしばらくしてから目を覚ますことになる。
何かが揺れているような感覚。
なんだと思って目を開けてみると部屋全体が揺れていた。
揺れは収まるどころかどんどん強くなる一方で、どこまでも強くなる。
布団をかぶって頭を押さえるようにうずくまる。
その振動の強さはもう俺の常識を超えて、それに伴う騒音で耳がおかしくなりそうだ。
そんな中、ひときわ大きな騒音とともに天井が落ちてきて俺を押しつぶした。
チュンチュンチュンチュン
小鳥の鳴き声で目が覚めた。
木漏れ日を受けて意識が少しずつはっきりしてきた。
気持ちのいいそよ風を受けて現実に気が付いた。
「ここは……どこだ?」
俺が寝ているのは自宅の布団の中ではなく森の中。
季節は雪が降るような寒い冬ではなくそよ風が気持ちいい春(俺の主観)
とにかく俺の中の最後の記憶と全くもって一致しない。
かと言ってすぐに起きだしてあわてられるほど俺は血圧が高いわけではない。
まずはのっそりと起き上って、現状を把握しようと思ったが、低血圧とはいえ一応混乱しているのは確かなのだ。
とりあえず自分の記憶をたどってみよう。
俺の名前は須藤真崎。年齢26歳。売れない絵本作家で、現在心優しき大男を執筆中。
大男の原案がまとまったところで俺は布団に入って寝付いて、それから地震が起きて・・・・それが最後の記憶らしい。
さてここはどこだ。
分かっているのはここが森の中で、大雑把に見渡した限り、どっちに行けばこの森から出られるのかもさっぱりわからないってことだ。
さりとてここでダラダラしていたら事態は解決するのだろうか。
遭難したときは初めの場所から動かないことが鉄則だといわれるがいざ張本人になってみると動かないって選択肢は意外と取りづらい。
少なくとも俺にとっては。
俺のモットーは習うより慣れろだし、考えるより先に動けだし、論より証拠だし。(最後のは少し違うか)
というわけで基本には従わずに俺は動くことにした。
歩き始めて大体1時間位経っただろうか。
そよ風が気持ちいい。
森の中は緑のにおいがする。
この匂いの元はフィトンチッドだったか?
いっそこのままピクニックにしゃれ込みたい。
……俺が遭難者じゃなければね。
鳥のさえずりは聞こえるが、それ以外の物音は一切聞こえない。
誰かいないかなー。いないかなー。
「誰かいませんかー」
思わず声に出してしまった。
考えるより動くがモットーの俺は、リラックスしていると考えたことが口に出ることがある。
誰か近くに道がわかる人がいれば話は早いんだけど、そんなことを考えていると、右側の方から何かが近づいてくるような音が聞こえてきた。
この森は茂みの類が少ないのでそこそこ見晴らしがいい。
それにもかかわらずにまだ見えないくらいの位置から何かがこっちに向かっているような気配を感じる。
いや、正確には気配のような何かを感じる。
表現はしにくいのだが、はっきりとわかる。
まず間違ってはいないだろう。
俺、気配探知なんかできたっけ?
そう疑問に思っているうちにも気配はどんどん近づいてくる。
それも1つや2つではない。
正確な数は把握できないが10から20の間といったところだろうか。
違和感に気が付いたのはその時だ。
普通、俺がさっきみたいに声を上げたとして、そしてそれをほかの人が聞いたとしよう。
そのあとで、それを聞いた人が走ってくるようなスピードで俺の方にやってくるだろうか?
仮に合流しようとしているなら、一回声を聞いただけで返事の一つもしないものだろうか?
俺が警戒心を持った時に、そいつらは現れた。
その容姿に、俺は絶句した。絶句するしかなかった。
ゴブリンだ。ゴブリンの群れだ。
ゲームとかでよく見ることがあるあのゴブリンだ。
もちろん俺の知っているゲームの中に出てきたゴブリンとはいろいろと違う。
だがその見た目はゴブリンだと断定できるような容姿だった。
人と比べれば小柄な体型。
その体は全体的に薄汚れており、その手には木の棒や、動物の皮などを利用した防具などを身に着けている。
俺に近づいてきたのは間違いなくこいつらだ。
しかも俺に対して敵意をむき出しにしている。
さて、今俺は本日何度目かになる混乱を体験している。
こいつらは何者?
ゴブリン? そんな奴実在するなんて話聞いたこともないぞ。
俺は今こんな奴らが出てくるような秘境にでもいるのか?
それとも俺は根本的な勘違いをしていて、ここはファンタジーな世界だったりするのだろうか?
そんなことが一瞬頭の中をよぎったが、さっきも言った通り俺のモットーは考えるよりも動け、だ。
その信念に従い俺は・・・逃走することにした。
冗談ではない。こんな奴ら相手にできるわけがない。
俺は昨日まで売れない絵本作家だったんだぞ。そんな奴があんな獣じみた奴らを相手に敵うわけがない。
戦略的撤退である。
と考えて、自分の判断が遅かったことに気が付いた。
ゴブリンにあっけにとられて、余計なことを考えている間にゴブリンたちに取り囲まれてしまったのである。
あっちゃーと思いフリーズする俺を尻目に、ゴブリンたちは叫び声をあげて一斉に襲い掛かってきた。
「畜生が! なるようになれ!」
そう悪態をついて俺は目の前のゴブリンを思いっきりなぐり飛ばした。
……殴り飛ばせてしまった。
目の前のゴブリンが思いっきり後方に吹き飛んで、樹木に衝突した。
ゴブリンを殴った感覚が残る右こぶしを見ながら、俺は再びフリーズしてしまった。
戦闘経験が皆無の俺がそういった反応をするのは当然だろう。
だが問題なのは今が戦闘中であり、周りのゴブリンたちが俺に飛びかかってきている最中だったことだ。
ゴブリンの群れに、俺は情け容赦なく殴打された。
それもフリーズしている俺はほぼ無防備。
がら空きの顔やわき腹、足、背中などにゴブリンたちはもっていた棍棒をたたきつけ続けた。
そう叩きつけ続けたのだ。
なぜなら俺がほとんど無反応だったからである。
ゴブリンたちに殴打された俺は、またしばらくフリーズしていた。
理由は至極簡単。ゴブリンたちの攻撃が痛くもかゆくもないからだ。
いや、かゆくはある。
ものをたたきつけられているという違和感はあるのだが、その感覚はハエが止まった程度のものだ。
その現実に俺の頭はまた更にフリーズしたのだ。現実味のない現状に。
しばらく俺をたたき続けたゴブリンたちもそれに気が付いたのだろう。
いくら叩いても痣一つできないどころか全く反応を示さない俺に対して明らかに警戒し、動揺している。
その動揺は俺も同じだ。だけど、いやだからこそ自分の身に何が起こっているのかを確かめたくなった。
目の前のゴブリンの一匹を殴りつける。
またゴブリンが吹き飛ぶ。
悲鳴を上げてゴブリンは樹木にぶつかり、地面に落ちて事切れた。
見ればそれは一匹目も同じであった。明らかに動いていない。
正直なんで俺がこんなに強いのかはさっぱりわからないが、とにかく今はチャンスだ。
目の前の敵を蹴散らそう。そう決めた俺は、手近なゴブリンを捕まえて、振り向きざまに反対側にいたゴブリンにたたきつけた。
さらにその隣にいた奴を、ほかの何匹かが巻き込まれるように蹴り飛ばした。
その時にはゴブリンたちは自分たちに勝ち目がないことを完全に思い知ったんだろう。明らかに腰が引けている。
そんなゴブリンどもの様子を確認した俺は、ありったけの気合を振り絞ってゴブリンどもを威嚇した。
「ウオオオォォォォォォ!!!」
自分でも驚くほどの大声が響いた直後、残ったゴブリンどもは全員逃げ出していった。