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風船葛の招待状

作者: 柿原 凛

 確か実家の向かいに黄緑色が見て涼しい風船葛が夏にはカーテンのように茂っていた。もう何年も実家に帰っていないので、その緑のカーテンも忘れかけていた。あの記憶を思い起こさせたのは、一枚の葉書。風船葛みたいにぷくっと丸っこいアイツがついに結婚するそうだ。

 俺とアイツの出会いは特別なものではなかった。小学校に入学してからの知り合いだから、特別幼馴染というわけでもない。たまたま俺が引っ越してきたのがアイツの家の近くで、そんなことから一緒に通学するようになっただけの関係。いつもアイツが家まで迎えに来てくれて、大きな声で俺の名前を呼ぶ。俺が窓から顔を出して「今行く!」って叫ぶ時、いつもアイツは生い茂った風船葛の前で後ろに腕を組みながら待ってくれていた。結局小学校6年間毎日そんな感じだったし、同じ地元の中学に進んだから中学の3年間もそんな感じだった。

 ただ、高校に進んでからはほとんど会わなくなってしまった。アイツは勉強ができるやつだったから勉強ができる高校に進み、俺は勉強の出来ない高校に進んだ。方向も真反対で、部活の関係で帰りもバラバラ。最初は本当に慣れなくて、高校2年生の時に「今日はなんで迎えにこないんだ!」と勝手にイライラしていたことがあったような気がする。

 そんな俺とアイツの関係を、人は付き合っているんじゃないかとはやしたてた。中には本当に付き合っているのではないかと勘違いしている奴もいた。俺にとってアイツは友達未満の”通学仲間”みたいなもので、そこに恋愛感情は無かった。というより中学まで恋愛なんて面倒なものだと思っていたから、そういう感情を探そうとも思わなかった。だけど、今になって気付く。あれはもしかしたらもしかしたのではないかと。

 当時はそうは思っていなくても、後々そうだったと気付くことは多々ある。風船葛が音を立てて開き、種を飛び散らせるように、ある時急にふっと気付く。気付いた時にはもう遅く、実は鮮やかな黄緑から枯れて薄茶色になっている。一度飛び出た種は、もう元には戻れない。そのハート型の種を見てかわいいよねって言ったアイツの隣にはもう二度と立てないのだ。

 高校の時にいつかチャンスがあればと思ってずっと取っておいてしまったこの気持ちを遂に伝えること無く、俺はいま風船葛の無い実家から遠く離れたこの場所に一人で暮らしている。毎日は忙しく、ゆっくりした時間もあまり取れない。急に取れた休みにちょうどよくこの葉書が届いたのだ。

 葉書一枚でここまで思い出を蘇らせてくれるなんて。アイツはやっぱり特別だったのかもしれない。二人で一緒に写真に写っている背景は、嫌味のように爽やかな風船葛。一度実家に帰ってみようかな。今度は一人であの道を帰って、何を話したっけな、なんて思いながらあの風船葛を見て、そしてあの頃とは真反対に進んで帰ってこよう。無くなってなければいいのだけど。


 思い立ったらすぐ行動がモットーの俺。早速次の日、当時よりも重たくなった腰を上げ、電車に揺られながら実家に戻った。世間は以外とここ数年何も変わっていないように思えるが、小さな目線での何年かの変化は凄まじかった。実家の一軒家の周りは次々と大型マンションが立ち並び、駄菓子屋はコンビニに。隣の畑は駐車場に。そして向かいの家は、もう無くなっていた。

 実家で久々に親と話をしているのももちろん楽しいし懐かしかったのだが、やはりこの小道を流れる独特の風が印象的だった。この風に揺らされていた風船葛が、遠い昔の記憶からふわっと飛んできそうな気がして、両親との会話を聴きながらも意識はそこに向かっていた。

 両親と一緒にビールを飲んでいると、歳を感じる。俺が急に実家に帰ったせいでストックが無くなった親父のビール。ふざけ半分で何十年かぶりにおつかいを頼まれた。毎日のようにアイツと行っていた駄菓子屋の代わりに建ったコンビニへ。ちょっと寂しい気分にもなったが、これはこれで仕方のないこと。さっさと買って帰って話の続きをしよう。そう思って早めに足を進めた。

 コンビニに入り、缶ビールを何本か適当に選んでレジへ。もしかしたら駄菓子屋のばあちゃんがレジにいるかと思ったが、バイトの留学生だった。そのまま何事も無くコンビニを出ようとしたその時だった。ドアの内側にいる俺の目の前に、アイツとよく似た女性が立っていた。

 まるで時が止まったかのように自動ドアが開かず、数秒間見つめ合う形になった。向こうは無表情に俺の目を見つめ、どうも、という風にちょこっと頭を下げた。俺もどうも、という風に頭を下げた。何がおこっているのか二人とも分からず、とりあえず自動ドアが開くのを待った。

 さっきのバイトの留学生が何と説明したらいいのかわからない様子でとにかく「すみません」を連発しながら何かのスイッチを押す。するとすぐにドアは開いた。その様子がなんとなくおかしかったのか、女性はふふっと笑って中に入ってきた。俺にもう一度会釈し、背中の方へと進んでいった。その時に、その女性の方から何かが落ちて俺のレジ袋の中に入った。すぐに取り出してみると、それはひとつの風船葛の実。

「あの」

 俺の声に女性は振り向いた。振り向いた様子もアイツにそっくりだった。

「これ」

「あっ」

 やっぱり何か特別なものだったのだろう。女性は俺の右手の先にある風船葛を見ると早足で近づいてきた。

「どうもありがとうございます」

「いえいえ」

 なんてことのない会話。女性は微笑んでまたむこうを向いた。小さく結んだ後ろ髪がちょこんと跳ねたのが見えた。俺もそのまま女性に背を向けて実家を目指した。


 最後に実家の近くで見た風船葛は小ぶりの色艶のいいもの。俺も育ててみようかな。実家から帰る途中ガーデニングショップに行って風船葛の種を探してみた。また新しい思い出を作ろう。あの頃の思い出は頭の中に残したままで。そしていつかは俺もアイツに送りつけてやる。背景が黄緑色に生い茂っている風船葛の、俺と誰かが写っている一枚の葉書を。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして、篠宮と申します。 拝読させて頂きました^^ 風船葛そのものを恋の始まりから終わりまでにたとえられているのが、凄く素敵だなって思いました。 弾けて飛んでしまったその種は元には戻れ…
[一言]  恋を風船蔓に例えている描写が、自然的できれいだと感じました。それを見た時の彼女の可愛さが気に入りました。  200文字では味わえない表現を読めて楽しいです。評価も入れさせていただきました…
[一言] 読ませていただきました。 情景が眼に浮かぶようです。風船葛の細かい点など良いと思います。私は実物は目にした事がないので、よくわからないのですけど。 最後にあのように思うというのは、やっぱり…
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