第四話 最悪な現状
三十分くらい草原を歩き俺達が到着したのは、十数軒の木造の建物があり、その奥には畑が見える、村のようなところだった。
服装もそれっぽいし、この人の住んでいるところが、こんな感じの村みたいなところなんじゃないかって考えなかったわけじゃないけど、まさか本当に村だとは。
「私の家に行く前に、一か所寄りたいところがあるんだけど、先にそっちに行ってもいいかしら?」
「え?ああ、大丈夫だ」
少し唖然としていた俺は、女の人に話しかけられて我に返り、そう返事を返す。
「私もかまわない」
「ありがとう。じゃあついてきて、その場所はすぐ近くだから」
言われた通り、俺と天枷は女の人の後について行く。
三軒ほど建物を通り過ぎたところで広場に着き、そこで左に曲がってすぐの、看板のついた二階建ての建物の前で俺達は止まった。
ここが、女の人の目的の場所みたいだけど……。
看板がついてるってことは何かの店なんだろうけど、その肝心の看板にはなんか青い鳥のようなものの絵が描いてあるだけで文字は一つも書いてないし、かといって、ほかに何の店かわかるようなものがあるわけでもなし。一体何の店なんだ、ここ?
考えていても仕方ないので、とりあえず中に入ってみる。
中はそれなりに広く、丸テーブルとイスがいくつか置いてあり、奥のほうにはカウンターがあるのだが、何故か仕切りで二つに分けられていて、右のスペースが少ないほうは近づかないと見えにくい感じになっていた。
ここは、食堂……か?
カウンターが仕切りで分けられてるっていうところを除けば、そういう風に見えるけど。
「あれ?誰もいない。おーい、誰かいないのー!」
客どころか店員すらいないのを見て、女の人が大声で呼びかけると、どこかからガタンと何かを落としたような音がした後。
「は、は~い。今行きまーす!」
と、慌てた様子の声が上の方から聞こえてきた。
それから、バタバタという音がし、その音が止んですぐにカウンター近くにある通路から足音を鳴らしながら現れたのは、雑巾を持った女の子だった。
見た感じ、俺や天枷と同じくらいの歳かな?
「二階にいたのね。まったく、不用心よ。店をがら空きにするなんて」
「そんなこと言われても、私が上に行く時にはスライブさんはここにいたので、まさか、お店に誰もいない状態になっているとは思ってなかったんですよ」
「なるほど。じゃあ、悪いのはスライブの方ってことか」
スライブって、多分人の名前だよな?
話しを聞いてる感じだと、そのスライブって人はこの店の人みたいだな。
「それで、シェラさんはどうしてここに?お昼ご飯……にしては少し遅いですし」
そういえば、まだ名前を聞いてなかったけど、シェラっていうのか、この女の人。
「受けてた依頼が終わったからその報告に来たのよ。でも、スライブはいないみたいだし、かわりにケイナが受付をしてくれないかしら?」
「えっと、私が……ですか。……それって、もしかして魔物の退治依頼だったりします?」
恐る恐るといった感じで、ケイナと呼ばれていたさっきの女の子が聞く。
それにしても、魔物の退治依頼……ね。
やっぱり、さっきの魔物って言葉は聞き間違いじゃなかったのか。
もしかしたら、この村では、危険な動物のことを魔物って呼んでるのかもしれない。
「そうだけど?」
「うぅ、やっぱり。できれば、依頼の報告はスライブさんが帰ってきてからスライブさんにしてもらいたいんですけど、ダメですか?」
「それは別にいいけど、……あぁ、そういえば、ケイナって魔物の腕だけとか、そういうのを見るの苦手だったわね」
「いえ、確かに私はそういうのを見るのはかなり苦手ですけど、普通、女の子でそういうのを見るのが苦手じゃない人はあまりいないですよ」
「そうかしら?」
「そうです。……ところで、シェラさんの後ろにいる二人は誰です?もしかして、クレデイルでの知り合いですか?」
そう言ってから、女の子が俺達のほうに視線を向けてくる。
「いいえ、違うわ。今、西の森に行ってきたんだけど、そこで会ったのよ。よくわからないんだけど、気がついたら西の森で倒れてたみたいで、お金も何も持ってなくて色々と困っているようだったからウチに泊めてあげることにしたの」
「へえ~、そうなんですか」
「お?なんか面白そうな話をしてるな、お前ら」
二人の会話に混ざるようにそう言いながら、突然カウンターの奥の部屋から姿を現したのはエプロンをつけた一人の男性だった。
この人が、さっきからちょこちょこ会話に出てくるスライブって人か?
「あ、スライブさん!もう、どこ行ってたんですか、お店をほったらかしにして!」
「わりいわりい、ちょっと急用が入ってな。リードのオッサンのところに行ってたんだ」
「帰ってきてすぐのところ悪いんだけど、依頼の受付をしてくれないかしら、スライブ」
頬を掻きながら女の子に謝るスライブという男にシェラさんが話しかけると、スライブという男は仕切りで分けられたカウンターの、スペースが少ない右のほうに移動した。
「朝に受けた依頼の報告か?じゃあ、確認するからこっちにきてくれ」
「わかったわ」
男に返事を返した後、シェラさんは「ちょっと待ってて、多分そんなに時間はかからないから」と言い残すとカウンターの男の向かいまで行き、シェラさんと入れ替わるように、今度はケイナという女の子が俺達の前まで近づいてきた。
「えっと、はじめまして、私はケイナ・ファイリスっていいます。このお店で働いています。気軽に、ケイナって呼んでください」
「わかった。俺は、双海悠里だ」
「フタミユウリ?……聞いたことない感じの名前です」
あ、そっか、ここは日本じゃないから双海悠里ってそのまま名前を言っても駄目なのか。
「悪い、わかり辛かったな。名前が悠里で、名字が双海だ」
「なるほど、ユウリ・フタミさんですね。よろしくおねがいします、ユウリさん」
「ああ、よろしく、ケイナ」
俺と自己紹介をした後、ケイナが今度は天枷のほうを見る。多分、天枷が名乗ってくれるのを待ってるんじゃないかと思うんだけど。
「…………」
「え、えっと」
一向に自分の名前を言う気配のない天枷を見て、ケイナが段々と不安そうになっていく。
「天枷、ケイナは天枷が名乗ってくれるのを待ってるんじゃないのか?」
「……そう?」
「多分な」
さすがに助け舟を出してあげようと、ケイナには聞こえないくらいの大きさの声でそう言うと、天枷はケイナのほうを見て。
「……凍香」
と、一言だけ言った。
「え?」
「私の名前、天枷凍香」
いきなり言われて聞きとれなかった様子のケイナに、天枷がもう一度名前を言うと、ケイナは嬉しそうな顔をした。
「アマカセトウカ……ユウリさんと同じだから、トウカ・アマカセさんですね!よろしくおねがいします、トウカさん」
俺の時と同じように、よろしくとは言わずに天枷がこくりと頷く。
「そういえば、ユウリさんとトウカさんは、気がついたら西の森で倒れていたって聞きましたけど、その前ってどこにいたんですか?」
いつの間にか森にいたって聞いてさすがに気になったのか、ケイナがそんなことを聞いてくる。
「日本だよ」
「えっと、ニホン……ですか?聞いたことのない場所の名前ですけど、それって、どこにあるんです?」
「どこって、ここがどの辺りなのかわからないから確かなことは言えないけど、多分、ここからかなり離れたところだと思う。……それより、俺も一つ聞きたいことがあるんだけど、本当に日本のことを知らないのか?」
「は、はい。知らないですけど……」
……どういうことだ?
日本のことを知らないなんて、それだけここが外部との交流がない村なのか?それとも、単にケイナが日本のことを知らなかっただけか?
「お待たせ、二人共」
そんなことを考えていると、依頼の報告を済ませたらしいシェラさんが戻ってきた。
手のひらには、さっきまでは持っていなかった白い袋が乗っている。
なんだろう、あの袋?と思っていると。
「はい、これ」
シェラさんが、その袋を俺の前に差し出してきた。
「依頼達成の報酬よ」
「報酬?」
ということは、袋の中身はお金ってことか?
「そう。私が受けてた依頼なんだけど、目標を倒したのはキミ達だからね。遠慮しないで受け取って」
目標って、多分あの大トカゲのことだよな。確かに倒したのは俺と天枷だけど、依頼を受けてたのはシェラさんなのに貰っていいのかな?
貰うかどうか逡巡していると、奥にいるスライブという男が口を開いた。
「シェラから聞いたけど、お前らお金を持ってないんだろ?なら貰っておけよ、遠慮出来るほど余裕ないんだからさ。それに、シェラも言ったけど、倒したのはお前らなんだから遠慮する必要なんてないんだぜ?」
そういうものなんだろうか。
「双海、あの人の言うとおり私達はお金がない。だから、貰っておいたほうがいいと思う」
「……わかった。じゃあ、有り難く頂いておくことにするよ」
天枷が貰っておいたほうがいいと言ったのもあってそう決めると、シェラさんから白い袋を手渡された。
ジャラジャラと音がするってことは、中に入ってるのは硬貨か。
音的にそんなに多く入ってるってわけじゃないと思うんだけど、それにしてはやけに重みがあるような……気のせいか?
中を確認しようかと思ったが、なんとなくここでそうするのは躊躇われ、後にすることにしてその袋をズボンのポケットの中に入れた。
「さて、用も済んだし、私の家に行きましょうか。じゃあね、スライブにケイナ」
「おう、またな」
「さようなら、シェラさん。ユウリさんとトウカさんもさようなら」
「ああ。じゃあな、ケイナ」
「さようなら」
別れの挨拶をして、俺達は店の外に出た。
それから、広場を横切りその先の道を歩いていく。
広場の辺りにある建物とは違って、この辺りの建物は、建物から建物までの距離が結構あり、建っている場所も点々としていた。
「はい、到着。ここが私の家よ」
しばらく歩いたところでシェラさんの家に到着し、俺は足を止める。
見た目は、横に少し広いってところ以外、周りに何軒かある建物とそこまで変わらないみたいだ。
シェラさんが家の中に入って行ったのを見て、俺と天枷も中に入る。
「部屋は、そこを進んだところにある奥の部屋を使って。ちょっとだけ物が置いてあるけど、それは後で片付けておくから」
そう言って、右のほうにある扉を指差す。
「あそこの奥の部屋だな。わかった」
「……ところで、まだ私の名前を言ってなかったわよね。私はシェラ・ユーリス、よろしく。キミ達の名前は?」
「俺は、ふた……悠里だ」
名字を言いかけて止め、名前の方だけを言った。
別に大きな理由があるわけではなく、さっきみたいに説明するのが面倒だっただけだ。
「私は凍香」
天枷も名字を言わずに名前だけを言う。
一瞬、ちらっと俺を見てから言ったところを見るに、俺に合わせたんじゃないかと思う。
「ユウリにトウカね。二人共、色々あって疲れてるだろうし、今日はゆっくりと休むといいよ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
返事をしてから、俺は扉の先にあった廊下を通って部屋へと向かった。
廊下の奥にあった扉を開けて部屋の中に入る。
中には、ベッドと机にイスが二つ、それと何かが入っていると思われる大きめの木箱の他には何もなく。殺風景な感じのする部屋だった。
俺が部屋を見ている間に天枷がベッドに座ったので、俺は壁際にあったイスをベッドからちょっと離れたところまで持ってきて座った。
「双海」
名前を呼ばれ、天枷のほうに顔を向ける。
「どうした、天枷?」
「一つ、気付いたことがある」
「気付いたこと?」
「この村の人と普通に会話していたけど、考えてみると、私達が村の人と会話できるのはおかしい」
会話できるのがおかしい?それってどういう……。
そこまで考えて、俺もそれがおかしいことに気付いた。
普通に会話が出来てたから今まで気付かなかったけど、ここは日本じゃないのになんで言葉が通じるんだ?
あの草原やこの村がある時点でここが日本じゃないのは確実だし、まさか今までに会った三人全員が日本語を話せる人だったとは思えない。
ケイナにいたっては日本のことを知らなかったわけだし、そんな人が日本語を話せるのかっていうと普通なら話せないだろう。
改めて考えると、他にもおかしいところはある。
あの大トカゲの存在もそうだし、それを魔物って呼んでいたこともそうだ。
そもそも、森の中で気がついてすぐの時にも思ったけど、展望台で天枷が魔法陣みたいな光に囲まれてたところからしておかしいんだよな。
……待てよ?
魔物と魔法陣のことを考えたところで、ある嫌な考えが俺の頭に浮かんだ。
もしこの考えがあっていた場合、今の俺と天枷の状況はかなり悪い……いや、最悪と言ってもいいかもしれない。それくらいの嫌な考え。
正直あまり気は進まないけど、それでも確かめないと。
自分の考えがあっているのかどうか確かめる方法は一応ある。シェラさん、もしくはこの村の誰かにあることを聞くだけだ。
絶対とは言えないけど、それでほぼ確実に、今の俺と天枷の状況がわかるはずだ。
「……双海?」
確かめに行こうとイスから立ち上がったところで、いきなり立ち上がったのを変に思ったのか天枷が首を傾げる。
「確かめたいことがあるから、ちょっとシェラさんのところに行ってくる」
「確かめたいこと?」
「ああ。……もしかしたらこれで、俺達の今の状況がわかるかもしれない」
「……なら、私も行く」
やっぱり天枷も今の状況がどうなっているのか気になっているのか、そう言うとベッドから立ち上がった。
俺は、わかったと一言だけ返した後、天枷と二人で部屋から出て玄関の前まで来た。
玄関と一緒になっている大きめな、居間のような部屋にいるんじゃないかと思っていたのだが、そこにはシェラさんの姿はなく、他の部屋を探そうとしたところで外から物音が聞こえてきた。
外にいるのか?
そう考え、外に出て物音のするほうに歩いて行くとそこには物置があり、その中には人がいるようだった。中にいるのは恐らくシェラさんだろう。
「あれ?どうしたの、二人して」
俺達がいることに気が付き、シェラさんが物置の中から出てくる。
「ちょっと、聞きたいことがあって」
頭の中でどういう風に質問をするか少し考えた後、俺は意を決して口を開いた。
「シェラさん、魔法って知ってるか?」
「それはまあ、知ってるけど」
「じゃあ、魔法、それか魔法を使える人を見たことは?」
俺がした質問を聞いて、天枷が怪訝そうにこっちを見てくる。
まあ、こんな質問を聞いたら普通ならそういう反応をするだろう。下手したらもっと酷い反応をするかもしれない。
けど、もし俺の予想が当たっているとしたら……。
「その、魔法を使える人っていうのが、何か特定の魔法を使える人のことを言っているわけじゃないなら見たことあるわよ。魔法のほうも何度も見たことあるわ」
「そう…か……」
確定だった。
出来れば外れてほしいところだったけど、どうやら俺の予想は当たってしまったらしい。
あまり信じたくはないけど……な。
「聞きたいことってそれだけ?」
「……ああ、変な質問をして悪かった。俺達は部屋に戻るよ」
「あ、ちょっと待って」
なんとか少しだけ気を取り直し、そう言って家の中に戻ろうとしたところで、シェラさんに呼び止められた。
「はい、これをあげる」
一度、倉庫の中に戻り何かを手に取ると、それを持ってきて俺に手渡してきた。
これって、剣……だよな?
渡されたのは、鞘に収まったままの長い剣だった。
よく見ると、さっきまでシェラさんが腰から下げていた剣とよく似ている。
「これは?」
「それ、私の予備の剣なんだけど、キミ達は武器を持ってないみたいだし、もし何かあった時に自分達の身を守る物くらいは必要かなって思ったから一応ね」
「……けど、いいのか?こんなものまで貰っちゃって」
実際に剣を見たのなんて今日が初めてだし剣の価値なんてわからないけど、見た感じ作りもしっかりしてるし、決して安いものではないはずだ。
「いいのよ。そんなに高いものでもないし、使う機会もほとんどないから」
「……それじゃあ、貰っておくことにする。ありがとう、シェラさん」
少し考えて、俺は剣を貰うことにした。
予想が当たってしまった今、あまり遠慮ばかりしてもいられないし、シェラさんの言う通り、森で大トカゲに襲われた時のようなことがもしまた起こってしまった時のために自分達の身を守るための武器は持っていたかったからだ。
使えるかどうかはともかくとして……だが。
お礼を言った後、俺と天枷は家の中に入り部屋まで戻った。
貰った剣を壁に立てかけてから、さっきと同じように俺がイスに座ると、さっきと違いベッドではなくイスに座った天枷が説明して欲しそうに俺に視線を向けてきた。
俺は、どう説明したものかと悩みながら、さっきの質問をしたことでわかったことを話し始めた。
「村の外にある草原を見て、俺達はここが日本じゃないって気付いただろ?」
天枷が首を縦に振る。
「どうも、そういう次元の話しじゃないみたいなんだ。今の俺達の状況は」
「……どういうこと?」
「……単刀直入に言う。ここは多分、俺と天枷がいた世界とは違う、どこか別の世界だ」
「別の…世界……?」
「ああ。天枷も、俺の質問に対してのシェラさんの答えを聞いただろ?それに、森で遭遇した大トカゲのことを、シェラさんとケイナは魔物って呼んでいた。……きっとここは俺達がいた世界とは違って、そういうもの……魔法とか魔物とかが普通に存在する世界なんだよ。信じられないことにな」
「……」
天枷からの返事はない。
暫しの間、無言の時間が続いた後、天枷がゆっくりと口を開いた。
「……これから、どうするの?」
「元の世界に戻る方法を探す……って言いたいところだけど、それよりも、まずはどうやって生きていくかを考えないと」
とは言ったものの、俺達はこの世界についての情報を僅かにしか持っていない。
しかも、その持っている情報も、この世界には魔法と魔物が存在するというあまり役には立たないものだけだ。
正直、そんな状態で考えても何も思いつかないだろう。
「双海、今はそれを考えても無駄」
そう考えたのは天枷も同じみたいで、そう冷たく聞こえる言い方で言った。
そう聞こえるだけで、実際は冷たく言っているわけじゃないと思うんだけど、表情とか言葉遣いのせいで冷たく聞こえる時があるんだよな。
よく表情を見ればそうじゃないってわかるんだけど、いつか、そうしなくてもわかるようになれればいいんだけど。
ようやく二人は、ここが元いた世界とは違う別の世界だと気付きました。
はたして、悠里と凍香はこれからどんな道を歩むのか……。
次回 第五話
お楽しみに
はい、すいません。
次回予告風な何かをやってみたかっただけです。
まあ、全然予告になってないですけど……。




