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魔力使いの日常  作者: バロック
第一章 少女と氷と別の世界
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第三話 大草原

 ギリギリ肩に届く程度の長さの赤い髪に、女性にしては高めの背。

 多分、俺と同じくらいかそれ以上はあると思う。

 それだけなら普通の人なのだが、手に持っている物が明らかに普通じゃなかった。


「剣……?」


 女の人が持っているのは、シンプルな感じの一本の剣だった。

 まさか、本物じゃない……とは思うんだけど。


「どうしたの?じーっと剣のほう見て……って、そっか。警戒しなくていいって言われても、目の前の相手がこうやって剣を持ってたら警戒しちゃうか。ごめん、すぐにしまうから」


 俺が剣を見てるのを、まだ警戒しているからだと勘違いしたらしく、女の人はそう言うと腰から下げている鞘に剣をしまった。

 警戒してたってわけじゃないんだけど、まあ、剣を持っていられたままだとそっちが気になって話しに集中できなくなりそうな気がするし、別に訂正しなくてもいいか。

 それより、今はこの女の人のことだ。

 見た感じ、悪い人ではなさそうだが、本物にしろ偽物にしろ剣なんて持っているということは普通の人じゃない可能性が高い。

 それに、剣に目が行ってたから今まで気付かなかったけど、服装も少しおかしかった。

 なんというか、ゲームとかに出てくる村人が着てそうな服を着ていて、胸当て……っていうんだっけ?銀色のそれを上から着けていた。


「こいつって、キミ達が倒したの?」


 まったく躊躇う様子もなく大トカゲに近寄ると、女の人が大トカゲを指差して聞いてきた。


「えっと、まあ、一応」


 そう答えると、女の人はあちゃ~と言いながら顔に手を当てた。

 そして、申し訳なさそうな顔をすると。


「ごめん!キミ達がこいつに襲われることになったのは私のせいだ」


 突然謝られ、訳が分からず俺と天枷は顔を見合わせた。


「あんたのせいって、それってどういうことなんだ?」

「……実は私、さっきまでそいつと戦ってたのよ。けど、途中で横槍が入っちゃってね。そっちに対応してる隙に逃げられちゃったの」

「なるほど。だから、俺達が襲われたのはそいつを逃がしてしまった自分のせいだって、あんたは言いたいわけか。……まあ、そういうことなら別にいいよ。そもそも、意図的にやったっていうんならともかく、そうじゃないんならあんたが悪いってわけじゃないし」

「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」


 そう言うと、女の人はホッとした顔をした。

 もしかしたら、もっと何か言われるかもしれないと思って、内心緊張していたのかもしれない。

 それにしても……だ。

 今、さっきまであいつと戦ってたって言ったよな、この人。

 ってことは、あいつの背中の傷ってこの人がつけたのか?

 もしそうなら、確実にこの人は普通の人じゃないってことになるけど。


「それにしても、キミ達よくスパインリザードを倒せたわね」

「スパインリザード?」


 もしかして、あの大トカゲの名前か?


「あれ、聞いたことない?このトカゲの名前なんだけど」

「うん、初めて聞いた。というか、見たのも初めてだ」


 こんな化け物みたいなトカゲが地球上に存在していること自体、初めて知ったしな。


「そっちの女の子も同じ?」

「そう」

「……キミ達、本当によくスパインリザードを倒すことが出来たわね」


 天枷が頷いたのを見て、女の人は驚いたような顔をするとそう言った。


「その傷のせいで、最初から弱ってたから」

「あれ?この傷、私がさっきつけたやつだ。そっか、戦ってる時は入りが浅いと思ったけど、意外とそうでもなかったのか」


 やっぱり、やったのはこの人か。

 あんなのを相手に深手を負わせた上に自分は無傷って、一体何者だよこの人。


「けど、いくら弱ってたからって言っても、こいつについての情報が無くて武器も持ってない人がこいつを倒すのは、かなり難しいわよ?」

「そんなに強いのか?この、スパインリザードってやつ」

「う~ん、単体ならそこそこってところかしらね。ただ、あまり戦った経験のない人だと、ほぼ勝てないんじゃないかしら?」


 それって、そこそこじゃなくてかなり強いんじゃないだろうか。


「さて、話しは一旦ここで終わり。いつまでもここにいたら他の魔物が襲ってくるかもしれないし、ここから移動するわよ」

「あ、ああ、わかった」


 返事を返しながら、何か妙な言葉を聞いた気がして、今この人が言ったことを思い返す。

 聞き間違えじゃなければ、多分、魔物って言ったはずだ。

 出来れば聞き間違いであってほしいところだけど……。


「あっと、忘れるところだった。ちょっと待ってて、行く前にひとつやることがあるんだったわ」


 歩き出そうとしたところで、何かを思い出したみたいで大トカゲの方に向き直ると、女の人は鞘から剣を抜いた。


「尻尾……は確か前に駄目だって言われたから、今回は足にしてみようかしら」


 そして、剣を構えると大トカゲに向かって一気に振り下ろした。

 振り下ろされた剣が軽々と大トカゲの足を切り裂き、切られた足がぼとりと地面に落ちる。


「うっ……」


 その光景を見て、俺は思わずうめき声を上げる。

 もう死んでるとはいえ、いきなり目の前でこんな光景を見せられるのはちょっとな。

 まあ、スプラッターな映画みたく血がどばっと出てこなかっただけマシだけど。


「これでよしっと」


 女の人は剣を鞘にしまうと地面に落ちた足を拾い、鞘とは逆の方に下げているポーチから何かの皮で出来た袋を取り出すとその中に入れた。

 そんなものを持って帰ってどうするつもりなんだろうか、この人は。


「ごめん、お待たせ。じゃあ改めて、ここから移動しましょう」


 そう言って歩き出した女の人の後にとりあえずついていきながら、少し距離をとって天枷と小声で相談する。


「なんか、流れでこの人についていってるけど、どうする?あきらかに普通の人じゃないけど悪い人ってわけじゃなさそうだし、俺はこのままついていってもいいと思うんだけど、天枷はどう思う?」

「……わからない。双海にまかせる」

「じゃあ、このままついていくってことでいいのか?」

「それでいい」


 天枷が頷いたのでそういうことに決まり、俺達はどんどん先に進んでいく女の人の後に続いて歩いていく。

 しばらく森の中を歩くと、進んでいる方の木が少しずつ見えなくなってきた。

どうやらもう少しで森を抜けるらしい。

 それから、もうしばらく歩き森を抜けると。


「……は?」

「……え?」


 そこには、見渡す限りの大草原が広がっていた。

 日本では絶対に見れない、それどころか世界中を探してもきっと何か所かでしか見れないような大草原。

 その圧倒的な風景を見て、俺は言葉を失う。

 こんな凄い風景を見て感動したっていうのも少しあるが、それ以上に、あまりよくないことが一つ判明してしまったのが原因だ。

 信じられないし信じたくもない……けど。


「そういうわけにもいかないか」


 認めないわけにはいかなかった。



 ここが、日本じゃない別のどこかだってことを。



「天枷」


 さっきまでの俺と同じように、言葉を失っている様子の天枷に声をかける。


「……何?」

「天枷は、ここが日本じゃないって気付いてるか?」

「気付いてる。……信じられないけど、日本にはこんな場所ないから」


 天枷も、ここが日本じゃない別のどこかだってことに気付いているみたいだ。

 まあ、これだけの風景を見て気付かないわけがないか。

 さて、ここが日本じゃないとなると色々と問題があるわけだけど、どうするかな。


「おーい、二人ともー。そんなところで立ち止まってないで、早くこっちきてー」


 そのあたりのことを天枷と話し合おうと思っていたのだが、呼ばれてしまったので後にすることにし、女の人のいるところまで向かう。


「どうしたの?あんなところで立ち止まったりして」

「あ、いや、大草原なんて初めて見たから少し感動しちゃって」


 ここが日本とは違う別のどこかだって気付いたから、なんて言っても意味が分からないだろうし、とりあえずそう答えておく。


「始めて見たって、あの森に入るにはこの草原を通らないといけないんだから、一度は草原を見てないと変よ?そもそも、キミ達はなんで森の中にいたの?見たところ、冒険者や旅人ってわけじゃなさそうだし」

「それが、俺達にもよくわからないんだ。原因はわからないけど一度気を失って、次に気が付いた時にはもう、天枷と一緒に森の中で倒れてたから」


 また、気になる単語が聞こえてきたが、そのことは後で考えることにしてそう答えると、女の人は腕を組み、う~んと唸った。


「どういうことかしら。もしかして、盗賊とかにここまで連れてこられたとか?」

「盗賊って、さすがにそれは違うと思うけど」


 大昔ならともかく、今の時代に盗賊なんかいないだろうし。もしそうだったとしても、俺達が気を失ってる間に日本から離れたところに連れてくるのなんて無理だし、それに、森の中に置き去りにする意味も分からない。


「まあ、理由はどうあれ、そういう事情だとするとキミ達お金も何も持ってないでしょ?」

「ああ、持ってない」

「だったら、とりあえずウチに来ない?ずっとは無理だけど、何日かくらいなら泊めてあげられるわよ?」

「いいのか?」


 俺達からすれば、下手したら野宿することになってたかもしれないし、ありがたい申し出なんだけど。


「いいのよ。さっきのスパインリザードのこと、キミ達は気にしてないって言ったけど、やっぱり何もしないままだと私が納得できないからそのお詫び」

「……そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらおうかな。天枷も、それでいいか?」

「大丈夫」

「決まりね。じゃあ、さっそく行きましょう。あっちの方に建物が見えるでしょ?私の家はあそこにあるのよ」


 確かに、女の人が指差す方向にはいくつかの建物が見えた。

 あそこに、この人が住んでいるところがあるのか。一体どんなところなんだろう。

 そんなことを考えながら、俺と天枷は女の人の後に続いて歩き出したのだった。


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