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魔力使いの日常  作者: バロック
第一章 少女と氷と別の世界
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第二話 エンカウント

「ところで、今の状況について、天枷はどう思う?」

「わからない」

「まあ、そうだよな」

「……けど、今の状況は普通じゃない」

「やっぱり、そう思うか」


 気が付いたら見知らぬ森の中にいた、なんて状況が普通なわけがない。


「とりあえず、適当に移動してみることにしないか?」

「なぜ?無闇に動き回るのは危険」

「確かに普通ならそうかもしれないけど、今は普通じゃないからな。このままここにいるのが安全かどうかなんてわからないし、もし安全だとしても事態は何も変わらないだろ?なら、多少危険でも動いたほうが森から出られる可能性はあるし、そうじゃなくても何か事態が進展するかもしれない」

「……けど、もし動くのが多少じゃなくて凄く危険だったら?」

「うっ、それは……」


 もしそうなら、危険な動物……例えば熊や猪なんかと遭遇したりして今より状況が悪化するかもしれないし、下手したら命の危険すらあるかもしれない。

 結局のところ、動くとしても動かないとしても同じくらい問題があるってことか。


「さて、どうしよう」


 片方がここに残って、もう片方が森を探索するって方法もあるにはあるけど、もう一度ここに戻ってこれるって保障はないしなぁ。

 この際、じゃんけんでもして勝った方の案に従うってことにしようか、なんて考え始めた時だった。

 どこからか、がさりと草が揺れる音がした。

 最初は離れたところから聞こえてきたその音は、かなりの速度で俺達のほうに向かって近づいてき、俺達がその音のする方向に視線を向けた瞬間、その音の主が草陰から飛び出してきた。


「なっ……!」


 そいつの姿を見て、俺は思わず驚きの声を上げる。

 飛び出してきたのは、一メートルくらいは高さがありそうな、トカゲのような生物だった。

 一メートルという大きさに、ハリネズミのハリをもっと太くしたようなトゲに全身が覆われているその姿は、俺の知っているトカゲの姿とはだいぶ違うものだ。


「なんだよ、あいつ……」

「……少なくとも、歓迎できる相手じゃないのは確か」


 それは、天枷の言う通りだろう。

 あの、いかにも危険そうな見た目もそうだが、それ以上にアイツから発せられている空気がヤバイ。俺達に向けられているわけじゃないのに、凄い殺気を感じる。


「早くここから離れよう」


 見つかるのはマズイと思い、天枷に小声でそう言ってアイツが俺達に気付いてないうちに逃げようと思ったが、悪いことというのは重なるもののようで、俺達が動き出す前にソイツは俺達のほうを向いた。

 瞬間、さっきまで感じていた殺気以上の殺気がこっちに向けられ、俺達は固まる。

 そして、大トカゲは奇声のような雄叫びを上げると猛スピードで突っ込んできた。


「くっ……!」


 間に合えっ!

 俺はとっさにまだ動けなさそうな天枷に抱きつき、思いっきり横に飛んだ。

 その瞬間、今まで俺達がいたところを大トカゲが走り抜けていく。

 大トカゲと少し距離があったのが幸いしたらしく、なんとかギリギリで回避することができたみたいだ。


「大丈夫か?」

「……私は大丈夫。けど」


 俺と天枷は揃って大トカゲのほうを見る。

 どうも急には止まれないみたいで、大トカゲはさっきまでいた位置よりも離れたところまで走って止まり、こっちに向き直った。

 あの大トカゲは完全に俺達をターゲットにしたらしい。


「状況は最悪」

「だな」


 逃げようにも、原付くらい―――二、三十キロは速さがありそうなやつから足で逃げるのは無理だし、戦うにしても武器がない。いや、たとえ武器があったとしても、あんなやつを相手に戦って勝てるわけがない。

 とりあえず、今はアイツの攻撃をかわすのに集中するしかないか?


「双海、あの距離からなら一人で避けられる。だから、双海は自分が避けるのに集中して」

「……わかった」


 正直なところ、もう一度さっきみたくかわせる自信はなかったから、その天枷の言葉は有り難かった。

 さっきと同じように奇声のような雄叫びを上げると、再度大トカゲが突っ込んでくる。

 けど、一人というのもあって今度は余裕を持って回避に成功する。見ると、天枷も回避できたみたいだ。

 それにしても……。


「なあ天枷、アイツの動き、さっきよりも鈍くなってないか?」


 大トカゲの突っ込んでくる速度が最初よりも遅くなっている気がして、天枷に聞いてみる。


「確かに、さっきより少し遅い」


 そう言って天枷が頷く。

 やっぱり、俺の気のせいというわけではなさそうだ。

 まさかスタミナが切れたってことはないだろうし、どういうことだろうか?


「……わかった。多分、背中のあれが原因」


 何か見つけたらしく、天枷が大トカゲの背中を指差す。

 少し見辛いが、よく見ると背中のトゲのないところから後ろ脚の付け根までに何かに切られたような大きな傷があった。少しも治っている様子がないところを見ると、ごく最近つけられたばかりの傷のようだ。


「なるほど。あれのせいで少しずつ弱っていってるのか」


 その影響で、動きも遅くなっているということか。

 よし。今の速度ならまだ無理だけど、もう少し遅くなれば逃げることが出来るかもしれない。

 そう思ったのも束の間。

 突然、大トカゲは背中のトゲをエリマキトカゲのエリマキのように広げると、そこから何かを飛ばしてきた。

 高速で飛んできたそれは、俺達からほんの少しだけずれた場所を通り過ぎていき、ズシャア、という音を立てて地面に刺さる。

 後ろをチラッと見ると、地面に刺さっているのは、今の今まで大トカゲの背中に生えていたと思われるトゲだった。


「アイツ、あんなことも出来るのかよ……」


 深々と地面に刺さっているトゲを見る。

 今のはギリギリ外れたからよかったものの、あんなのが当たったらタダじゃ済まないぞ。当たり所によっては死ぬ可能性だってある。

 トゲを飛ばしてくるのがわかった以上、背中を向けるのは危険だから逃げることも難しくなったし……。

 もう一度、地面に突き刺さるトゲを見る。

 この状況で俺が出来ることは一つしかないか……。


「……上等」


 一瞬で覚悟を決め、俺は地面に刺さっているトゲを抜いて、ゲームのキャラなんかが剣を構えるのと同じような感じでトゲを構える。


「双海、どうするつもり?」

「見ての通りだ。アイツと戦う」

「無茶」

「無茶でも戦う。天枷は、俺が戦ってる間に隙を見て逃げてくれ」


 そうすれば、少なくとも天枷は生き残れるだろう。二人共ここで死ぬより、片方だけでも生き残ったほうがずっといい。


「それは聞けない」


 そう思ってだした提案は、今まで通り淡々とした、けど強い否定を感じる口調で拒否された。


「何言ってるんだ。逃げないと死ぬかもしれないんだぞ、早く逃げろって」

「無理」

「無理じゃないって」

「私も戦う」

「戦うって、武器もないのに無茶だって!」

「囮になるくらいならできる」


 ……どうやら、言っても聞かなそうだな。


「はあ、わかった。じゃあ、囮役はまかせるけど、絶対に無理だけはしないでくれ。それと、もし危険だと思ったら俺を置いて逃げてくれ」


 このまま言い合ってても二人共やられるだけだし、それだったら、多少危険でも囮をやってもらったほうがマシか。

 それに、危険っていっても天枷が危なくなる前に俺が行動すればいいだけの話しだ。


「了解」


 天枷は頷くと、足元に落ちていた小石を大トカゲに投げつけ。


「こっち」


 当たったのを確認してからそう言って駆けだした。

 俺達二人から石をぶつけてきた天枷一人にターゲットを変更したのか、大トカゲの意識が完全に天枷のほうだけに向けられる。

 狙い通りだ。

 その隙に、俺は大トカゲの側面に回り込み、手に持ったトゲを力強く握ると、大トカゲに向かって走り出した。

 足音で俺のことに気付き、大トカゲがこっちを向こうとするがもう遅い。


「くらえっ!」


 トゲを両手で持ち、背中の傷に向かって俺は全力でトゲを突き刺した。

 同時に、大トカゲは苦しそうに叫び声を上げる。

 そして、叫び声を上げながらも、俺を離れさせたかったのか。


「ぐあっ」


 尻尾を叩きつけられ、強い衝撃を腹部に感じたのと同時に俺は数メートル吹っ飛ばされた。


「双海!」

「だ、大丈夫だ」


 心配そうに声を上げる天枷に、立ちあがって声を出すことで無事だということを伝える。

 とはいえ、実際は結構ダメージもくらってるんだよな。少なくとも、走ったりするのが辛いくらいにはくらってる。


「にしても、しぶといやつだ」


 さすがにあの一撃だけで倒せるとは思ってなかったけど、まさか、まだ俺を吹っ飛ばせるくらいの力が残っているなんてな。

 けど、かなり弱っているのは確かみたいで、俺を吹っ飛ばした尻尾は今ので力を使い果たしたのかぐったりとし、狙いを俺に変え、近づいてくる大トカゲの動きは少しフラフラしていた。

 あと少しで倒せる……と思うんだけど、トゲは大トカゲに刺さったままだからもう武器はないし、俺も戦えるほどの状態じゃないしな。


「さて、結構マズイ状況だけど、ここからどうするかな」


 大トカゲに距離を詰められないように、後退りしながら何か手はないか考える。

 天枷と相談でも出来れば何かいい案が浮かぶかもしれないが、さっき吹っ飛ばされた時に天枷がいる位置とは正反対のほうに飛ばされたから合流するのは難しい。

 逃げるにしても、今の俺の状態だと逃げ切る前に走れなくなって追いつかれるだろうし、……もう打つ手なしか?


「双海、今助ける」


 若干諦めかけていると、いつの間に拾ったのか太めの木の棒を持って、天枷がこっちに向かって走ってきた。


「待て!そんな木の棒で戦うなんて無茶だ!」


 天枷を止めようと叫ぶが、聞こえてないのか、それとも無視しているのか全然止まる気配がない。

 大トカゲは、声を聞いて天枷が近づいてくることに気付いたのか、一瞬ちらりと天枷を見ると、背中のトゲを広げた。

 しかし、最初と違ってトゲは前じゃなくて後ろ……つまり天枷のほうを向いていた。

 アイツ、後ろにもトゲを飛ばせるのかよ!


「くそっ」


 気付いた時には、俺の体は大トカゲに向かって動いていた。

 痛みで体中が悲鳴を上げるが気合いでそれを無視する。

 大トカゲが俺を近寄らせまいと鋭い爪の生えた腕を振り切り裂こうとしてくるが、それを勘で左に飛んで紙一重でかわしもう一度側面に回り込んだ。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 そして、背中からさっき突き刺したトゲを引き抜き、再度、同じ場所に向かって突き刺した。


「まだだっ!」


 直感的にまだ倒していないと感じ、もう一度トゲを引き抜き。


「これで、止めだっ!」


 最後にもう一度、背中の傷に向かってトゲを深く突き刺した。

 そこでさすがに体が限界を迎えたのか、俺は立っていれなくなってその場でへたり込んだ。

 やった……か?

 大トカゲは、それからまだ少し動こうとしていたが、やがて横たわると二回ほどピクッと動いた後、一切動かなくなった。

 その時だった。


「ぐっ、あああああああああっ!」


 俺の中に何かが入り込んでくるような感覚がし、一瞬の間をおいて俺の体に異様なまでの激痛が走った。

 あまりの激痛に、呼吸すらまともに出来なくなる。

 それが続いたのが、一瞬だったのか、それとも長い間だったのかはわからないが、唐突に何事もなかったかのように痛みがなくなり、呼吸もまともに出来るようになった。


「はあ、はあ、な、なんだよ……、今の……」


 吹っ飛ばされた時のダメージを無視して動いたから、ツケでも回ってきたのか?

 いや、だとしたら、あの何かが俺の中に入り込んでくるような感覚は一体……。


「双海!大丈夫!?」

「あ、ああ。多分」

「……そう、よかった。突然、凄い声を上げたからビックリした」

「悪い」


 俺が謝ると、天枷は首を横に振った。


「謝るのは私のほう。私が無茶なことをしたせいで、双海が危険な目にあった。本当にごめんなさい」

「いいって、謝らなくても。あの時、天枷は俺のことを助けようとしてくれたんだろ?」


 天枷がこくりと頷く。


「なら、天枷が俺に謝ることはないよ」

「わかった。……ありがとう、双海」


 そう言って、微かに笑みを浮かべる。

 その笑みを見て初めて、俺は自分達が無事に生き残ることができたんだと実感した。


「倒せたんだよな、こいつを」


 横たわる大トカゲを見ながら呟く。

 正直なところ、いくら最初から弱っていたといっても、こんな化け物を俺達が倒したなんてまだ少し信じられなかった。

 でも実際、目の前の大トカゲはもう動かないわけで……。


「このトカゲみたいな生き物、もう死んでる?」

「どうだろう。そう聞かれると自信ないけど、多分、死んでると思う」


 ピクリとも動かないということはそういうことなんだろう。

 そして、それは同時に、俺達がこいつを倒したという事実を表していた。


「さて、それで、これから」


 どうしようか、と言葉を続けようとした瞬間。


 ―――かさっ。


 突然、近くで草の揺れる音がし、話しを中断して、すぐに俺は立ちあがり音の鳴ったほうを警戒する。

 まさかまた、この大トカゲみたいな化け物じゃないだろうな。

 そう考えて、俺は少し身震いしたが、それは杞憂だったみたいで。


「待って待って、そんなに警戒しなくても大丈夫よ」


 そう言いながら現れたのは一人の女性だった。


二人の初めての戦闘。

悠里と凍香が大トカゲに勝てたのは完全に運が良かっただけだったりします。

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