第五話 クレデイルの町
恒例の説明回
クレデイルに到着し、そこで初めて外壁を近くで見た俺は、その大きさとどことなく感じる圧迫感に驚き一瞬言葉を失った。
高さは大体、学校の校舎の高さに半フロア分足したくらいの高さはあるだろうかというほどの高さで、こっちは十分に高いがそこまで驚くほどの高さというわけではなかったのだが、広さ……つまり横の長さが相当なもので、右と左のどちらの方向にもずっと伸びていてそれがどのくらいの長さなのか表すのが難しいほどだった。
町を囲う様に存在しているんだから大きいのはわかっていたつもりだったんだけど、その外壁の大きさは完全に俺の予想以上の大きさだった。
「大きい……」
呆然とした表情で外壁を見上げ、思わずといった様子で隣の天枷が呟くほどの大きさで声を漏らす。
そう言ってしまう気持ちは俺にもわかった。天枷が言っていなかったら、多分、俺が同じことを言ってしまっていたと思う。
「やっぱり、見るのが初めてだと驚くわよね、この壁。私も初めてこの町に来た時は驚いたわ。外壁っていうものがあるのは知ってたけど、こんなに大きい物だとは思ってなかったもの。まあ、さすがに今ではもう慣れたし何とも思わないけどね」
「シェラさんでも、これを初めて見た時は驚いたのか」
「それはそうよ。村にはこんなに大きい建造物なんてないんだから、村に住んでる人なら初めて見た時に驚くのは当然ね。……おっと、二人共、話しは一旦ここまで。兵士がこっちを見てるわ。ずっとここで話しをしてるせいで無駄に怪しまれるのは嫌だし、すぐに町の中に入りましょう」
途中で声を潜めるように言ったシェラさんの言葉を聞いてチラッと町の入り口を見ると、確かに鈍い銀色に光る鎧を着て剣を腰から下げたまさに兵士といった風貌の人物が、門のあるところから俺達の方をじっと見ていた。
うん、確かにこのままここにいるのはあまりよくなさそうだな。
俺はシェラさんの言葉に従って町の中に向かって歩き出し、兵士の横を通る際に軽く会釈なんてしてから町の中に入った。
「さて、それじゃあ予定通り、冒険者ギルドの方に行くとしますか。二人共、案内するから私の後についてきて。それと、この辺りならまだいいけど、もう少し先に行ったら人通りが凄い多くなるから、もしはぐれたりなんかしたら探し出すのはちょっと難しいから絶対に私のそばから離れないようにね」
そう注意してから歩き出したシェラさんの後を追って、俺と天枷も歩き出す。
歩きながら、俺は観察するようにじっくりと街中を見回す。
道は村やクレデイルに来るまでに歩いた街道と違ってきっちりと石で舗装されていて歩きやすく、建物は基本的には木造が多いみたいだが村にあった建物より全体的に見た目がよくしっかりしていて、中にはレンガや石で作られた建物や一部だけが石で作られている建物なんかもあるみたいだ。
そして、道の先の方には仮設テントのようなものの下で台の上に商品を並べてたり、ただ地面にシート代わりの布を敷いてその上に商品を並べてたりとそういった露店なんかもちらほらあって、村で見た光景以上にファンタジーの世界で見るような光景がこの街中には広がっていた。
なんというか、改めてここは別の世界なんだなって実感しちゃう光景だな、これ。……俺達、本当にファンタジーの中みたいな世界にいるんだな。
そんな、ある意味感動にも似た気持ちを感じながらしばらく真っ直ぐ歩き続けると、円の形をした広場に辿り着いた。
広場は、円の形の中にもう一つ半分くらいの大きさの円を描くように少し高さが低くなっていて、その低くなっているところにはベンチがいくつか置いてあったり中心には花壇があったりとちょっとした休憩スペースになっているようだ。そして、高いところはというと今俺達が通ってきた道にもあったように露店がいくつもあり、どんな物が売っているかまではわからないが見たところこっちは食べ物関係の店が多いようだった。
「二人共ちょっと止まって。やっぱり、ギルドに行く前に口で軽く町の案内をしておくわ」
広場まで来たところでシェラさんが足を止め、突然そんなことを言い出した。
さっき、はぐれたら探すのが難しいって言ってたし、この辺りはかなり人通りが多いから、もしもはぐれてしまった時のためにっていうことだろうか?
理由はわからないけど、案内してくれること自体は非常に助かるしまあいいか。
見ると天枷も同じ様に考えたようで、理由を聞いたりすることもなく話し出すのを待ち始め、そんな俺と天枷を見てシェラさんは町のことを話し始めた。
「じゃあとりあえず、最初はこの場所からね。ここはクレデイル中央広場って言って、名前の通りクレデイルの中心部よ。それ以外には……特に言うことはないわね。見ての通りのところよ。で、次に今私達が通ってきた道の方向とその道から見て右にある道の方向が商業区域ね。この広場と繋がってる通りは商人通りなんて呼ばれてたりもするわね」
「えっと、どうしてそんな風に呼ばれてるんだ?」
「そうね。今道を歩いてきた時に色々と露店があったでしょ?あれって大抵は外から来た商人が出してる店でね。その二つの通りではそういう具合にたくさんの商人が露店を開いてるから商人通りって呼ばれてるのよ」
俺の疑問に対してのシェラさんのその答えを聞いて、俺は納得しなるほどと言って頷く。
そんな俺の様子を確認してから、シェラさんが話しを続ける。
「それじゃあ次に左側だけど、あっち側はほとんど居住区ね。でも、広場と繋がってる道は冒険者通りって呼ばれてて、冒険者関係の店が結構あるわ。私達が行こうとしてる冒険者ギルドがあるのもこっちの方向よ」
ということは、冒険者通りって呼ばれてるのも商人通りと同じで冒険者ギルドとかがあるのが理由ってことか。
「そして最後に正面の方だけど、いくつかお店はあったはずだけどあっちも基本的には居住区ね。ああ後、正面の道を奥まで真っ直ぐ進んだところにクレデイル魔法図書館っていう図書館もあるわね」
「へえ、図書館があるのか。魔法図書館っていうくらいだから魔法についての本とかがあったりするのか?」
「え?あー、それは、えーっと」
「知らないの?」
図書館について聞いた瞬間、視線を俺と天枷から逸らし悩むように曖昧な言葉を言い始めたシェラさんに天枷が首を傾げ問い掛けると、うっと僅かに低い声を出した後、どこか観念したような表情で口を開いた。
「実は、図書館のことはあんまりよく知らないのよ。私、普段は本って読まないから図書館自体ほとんど行ったことないし、それに、興味もないから図書館の話しとかも聞いたりしたことなかったから……」
「そう。……残念」
シェラさんの言葉を聞いて、天枷が肩を落とす。
その肩を落とした天枷の表情は、天枷には珍しいことに誰が見てもわかるくらい残念そうな表情だった。
「あ、ああでも、前にちょっと中に入った時に見た感じだと、中は結構広くて、相当な量の本がありそうだったわよ?」
そんな天枷の表情を見たからか、シェラさんが慌てたようにそう言葉を付け加える。
「そう。それは、楽しみ」
すると、それを聞いた天枷は表情こそ普段の無表情に戻っただけだったが、その目からはいつものどこか冷たい感じが消え、相当図書館に期待しているのか目が輝いていた。
もしかして、天枷って本が好きなのか?……いや、この様子を見る限りほぼ確実に好きなんだろうな。
さっきの残念そうな表情もそうだけど、こんなに目を輝かせた天枷は初めて見たしな。
好きじゃなかったら、図書館のことを考えてこんなに目を輝かせたりはしないだろう。
「えっとまあ、とりあえずこれで、町の案内は一通り終わりよ。場所ごとの詳しいことなんかは実際に見て回らないと多分わからないだろうし、後は実際に町の中を見て回ってみたほうがいいと思うわ」
「ああ、確かにそうだな」
特にこの世界の人間じゃない俺と天枷じゃ、この世界の町のことを口で詳しく説明されたところできっとほとんどわからないだろうからな。
「さて、軽くだけど案内も終わったことだし、改めてギルドに向かいましょっか。さっき言った通り、ギルドがあるのはこの先よ」
そう言ってシェラさんが左の道……冒険者通りの方に向かって歩き出し、俺も天枷と共にその後を追って歩き出した。
そして、円形の広場の外側を回るように進み広場から冒険者通りに入った瞬間、視界に映る人の種類というのだろうか。それが明らかに変わった。
今までに通った場所にいた人は、村でケイナや他の村の人が着ていたような服を少しだけ上等にして飾りっ気が増えたような服を着ている人……つまりはこの町の普通の住人だと思われる人がほとんどだったのだが、この通りにいる人は大半が丈夫で身軽そうな服装や鎧などの身を守るための装備をしていて、同時に剣や弓、中には槍など様々な武器を持っているようだった。
ここにいる人達って、十中八九ほとんどが冒険者……なんだよな。冒険者通りっていうくらいだから冒険者もいるんだろうなとは思ってたけど、まさかいる人のほとんど全部が冒険者だとはさすがに思ってなかった。しかも、人数も結構多いし。
と、その予想外な光景に俺が呆然と立ち尽くしているうちに、シェラさんが少し先に進んで行ってしまい、隣では天枷がこの光景に対して特に何か思っている様子もなく、立ち止まっている俺のことを不思議そうに見ながら待っていてくれていた。
「悪い、すぐにシェラさんを追いかけよう」
なぜ天枷がこの光景に対して何も思っていないのか気にはなったが、まずはシェラさんを追いかけるのが先決だったので、そう言って天枷と一緒にシェラさんを追いかける。
それから、シェラさんに追い付いた後、俺はその疑問について天枷に聞いてみた。
「なあ、天枷はここの冒険者達を見て驚いたりしなかったのか?」
「なぜ?」
「なぜって、だってここだけでこんなにいっぱい冒険者がいるんだぞ?まさかこんなにいるとは思わないし、普通はこんな光景見たら驚くだろ?」
その俺の言葉に、天枷が首を傾げる。
「そう?私は、最初からこのくらいいるって予想していたから、別に驚かないけど」
「えっ。……そうか。予想してたのか」
この場所にこんなに冒険者がいるって天枷はよく予想できたな。でも、予想してたなら驚かなくてもおかしくは……いや、やっぱりおかしいか。
いくらいるのが予想できてても、それが全員あんな格好をして武器を持った人だったら少しくらい驚くのが普通だもんな。この世界の人ならともかくとして。
うーん、冒険者がいっぱいいるのを予想していたり見ても驚かなかったり、もしかしたら天枷、俺よりも大分この世界に慣れてきてるのかもしれないな。というか、それくらいしか驚かなかった理由が思いつかない。
「二人共、着いたわよ。ここが冒険者ギルドよ」
天枷と話しをしたり考え事をしているうちにいつの間にか冒険者ギルドの前まで来ていたようで、シェラさんが足を止め、辺りの建物と比べて群を抜いて大きい建物の方を向いてそう言った。
冒険者ギルドは、二階建てで木造の立派な建物で、外から見た感じでは中は結構広そうだった。
そして、入り口の横の壁にはひし形で木製の看板がかかっていて、その看板は、筒状の紙……恐らく地図だと思われる物が半分だけ開かれている絵にナイフと何かの葉っぱが描かれているという、何とも不思議な絵の描かれている看板だった。
これって、冒険者ギルドのマークか何かなのか?……まあ、看板に描かれてるくらいだし、多分そうなんだろうな。
そんな風に軽く建物の観察をしながら、先に中に入っていったシェラさんの後に続いて、俺は冒険者ギルドの扉を開けた。
ということで、町の案内回でした。
もう少し先まで書こうとも思ったんですけど、切りが良かったので今回はここまでということで。
とりあえず、ここまで読んでくれた皆さん、ありがとうござます。
それでは、次回をお楽しみに。




