第四話 到着
顔に当たる風の冷たさで目が覚め、ゆっくりと目を開ける。
そうして目を開けた俺の視界に最初に映ったのは、綺麗な黒い髪の美少女の、安らかな寝顔だった。
「っ……」
視界いっぱいに映ったその予想外な光景に驚いて息をのみ、慌て気味にバッと起き上がる。
び、ビックリしたぁ。なんで天枷が隣に……ってそうか、昨日、天枷は俺の隣で寝たんだったな。
それにしても、寝起きだったうえ完全に不意打ちだったから、一瞬誰かわからなくてかなり驚いた。
「あら?ユウリ、起きたのね」
音か何かで俺が起きたことに気付いたらしく、俺達のいる方とは逆の方向を向いていたシェラさんがそう言いながら振り返った。
「あ、シェラさん。おはよう」
「ええ、おはよう。今丁度、もう少ししたら二人のことを起こそうかと思ってたところだったのよ。そろそろ出発しないといけないからね」
「そうなのか。あ、なら、すぐに天枷のこと起こしたほうがいいか?」
「そうね。じゃあ、お願いするわね」
「わかった」
頷いてから天枷の方に向き直り、まずは軽く声をかけてみることにする。
「天枷、起きろ。朝だぞ」
って、薄暗いから本当に朝なのかどうかはわからないんだけどな。まあ、寝る前よりは明るくなってるし少なくとも夜じゃないのは確かだから、この際、細かいことは気にしないでおこう。
「……ん、んう。……双、海?」
声をかけると、予想外なことに天枷はそれだけで目を覚まし、少しの間ボーっとした顔をした後、か細い声で俺の名前を言ってからゆっくりと体を起こした。
まさか一回声をかけただけで起きるとは、朝に強い……というか、寝起きがいいんだな、天枷って。家でたまに妹のことを起こす時なんか、なかなか起きなくて場合によっては長期戦を覚悟することもあるのに。
とまあ何にしても、すぐに起きてくれてよかった。
「おはよう、天枷」
「ん、双海、おはよう」
俺にそう朝の挨拶を返す辺りで完全に目が覚めたようで、か細くてどこかぼんやりしたようなさっきまでの声とは違ってその挨拶の声はハッキリとしていた。
「起きて早々悪いけど、シェラさんがもうそろそろ出発するってさ。だから、いつでも出発出来るよう準備しておこう」
「そう、了解。すぐに準備する」
頷いて天枷が出発の準備を始め、その後に続いて俺も準備を始める。
と言っても、使っていた毛布をバッグに片付けて、代わりに脱いでバッグに入れておいた上着を出して着るだけなんだけど。
「よし、準備終わり」
天枷……も終わったみたいだな。
「シェラさん。準備が終わったからいつでも出発できるよ」
「わかったわ。それじゃあ、早速出発するわよ」
そう言って立ち上がると、シェラさんはウエストバッグから丸い何か……恐らくコンパスだと思われる物を取り出し、表面をちらっと見てから歩き出した。
俺と天枷も、荷物を持ってからシェラさんの後を追って歩き出す。
森の中は、当然ながら昨日と同じで薄暗く地面は木の根や草で歩き辛かったが、一晩休んだおかげか昨日より早いペースで、かつ、途中で魔物に襲われるということもなく順調に森の中を進んで行く。
それから、ある程度進んだ辺りで薄暗さが少しずつ薄まっていくのと同時に前の方に無数にあった木が途切れているのが見え、そして、そこまで行った瞬間、目を刺すような強い太陽の光が俺達を照らし俺はその光を遮るために太陽に向かって手を翳す。
そうして、光を遮り前が見えるようになった俺の視界に映ったのは、見渡す限り続く平原と、遠くの方に小さく見える壁のような何かだった。
どうやら、やっと森から出ることが出来たみたいだな。
「はあー、やっぱり、ずっと暗いところにいるよりも、こうやって明るい陽の下にいるほうが断然いいわねぇ。気分がさっぱりするわ」
「同感。ずっと暗い所にいたら、少し気分が落ち込む」
「確かにな」
まあ、中には暗いところの方が好きだっていう人もいるんだろうけど、大抵の人は明るいところの方が好きだろうし、俺自身も、天枷やシェラさんと同じで明るい太陽の下の方が好きだから、二人の言葉には同感だな。
と、それはともかくとして。
「ところでシェラさん。とりあえず森は抜けたけど、次はどっちに向かって行くんだ?」
「ああ、それなら。ほら、あっちの方に壁があるのは見える?」
シェラさんが、森を抜けた時から見えていた壁のような物がある方に向かって指を差す。
ああ、やっぱりあれって壁だったのか。
「えっと、見えるけど……あっ、もしかして、あそこがクレデイルなのか?」
「ええ、正解よ。とまあ、そういうことだから、次に向かうのは当然あそこね」
「そうか、わかった。それにしても、あの壁って町の外壁だったんだな」
「外壁?」
俺の言葉を聞いて、天枷が首を傾げる。
ああ、そうか。普通は町の外壁って言ってもわからないよな。
俺は妹に付き合って見たりやったりしたゲームの知識が多少あるから、少しだけならこういう時わかるけど、天枷はそういうゲームとかみたいな……いわゆるファンタジー系の物に対しての知識はほとんどないみたいだからな。
この世界に来てから今日までの付き合いで、さすがにそのくらいは把握している。
「えっと、俺も詳しくは知らないんだけど、要は町の人を外敵から守るための壁……で合ってるはず」
「その通り、それで合ってるわ。さらに付け加えると、今向かってるクレデイルって結構大きい町なんだけど、クレデイルと同じくらいかそれ以上の規模の町にはほぼ確実に外壁があるわ。逆に、それより小さい町や村には外壁なんてないから、外からくる魔物なんかに気を付ける必要があるわね」
「なるほど、理解した」
「へえ、そうなのか」
シェラさんが付け足したところは俺も初めて知ることだったので、天枷と一緒になって聞き頷く。
なるほど、大きい町には基本的に外壁があるのか。まあ、この世界には魔物みたいな危険な生き物がいるわけだし、外壁がないと魔物が進入してきて危ないんだろうな。
村にいた時に、村に入り込んできたウォルフに襲われたみたいに。
「それにしても、トウカが外壁のことを知らなかったってことは、二人の住んでいたところには外壁はなかったのね」
「まあ、ね。危険な生き物なんてあまりいなかったし、数少ない危険な生き物も人の住んでるところに現れることはほとんどなかったから」
「へえ、そうなんだ」
特に変に思った様子もなく、シェラさんが納得いったようにそう言う。
ふう、よかった。どうやら変には思われなかったようだ。
今みたいに俺と天枷の住んでた場所についてのことを聞かれると、微妙に返答に困るんだよなぁ。
俺達の世界とこの世界では色々と違うところがあるから元の世界のことをそのまま話すわけにはいかないし、かといって何も話さなかったらそれはそれで結局変に思われるわけで、結果として何とかこの世界とは違うところを隠して話すしかないというのがなかなか面倒で微妙に難しいところでもあった。
「でも、何故ユーリスは、他の町のことをそんなに知っているの?」
俺達の住んでたところについての話しから話題を変えるため、というわけではないと思うが、ふっと天枷がシェラさんにそんな質問をする。
それは俺も少し気になっていたことだ。
大抵の場合、自分の住んでいるところや行ったことのあるところ以外の場所のことなんて知らないのが普通だと思う。これが元の世界ならネットや雑誌なんかで調べて知ることも出来るけど、この世界では雑誌はともかくネットなんて絶対ないのだから他の場所のことを詳しく知る方法なんてあまりないはずだ。
でも、さっきのシェラさんの口振りから察するに、シェラさんは他の色々な町や村のことについて知っているようで。
きっと、天枷が気になったのもその辺りが理由だろう。
「あー、実は私、こう見えてもう結構長いこと旅を続けててね。えーっと、大体、七、八年くらいは旅を始めてから経ってるんじゃないかしら」
「し、七、八年って……」
「……凄く、長い間旅をしてる」
さすがに予想外な長さの年数を言われ、俺は驚きの表情を浮かべて町の方に向けていた視線をシェラさんに向ける。
僅かに驚き混じりな声をしている辺り、隣では天枷も驚いた表情をしていると思う。
そんな驚いた表情の俺達を見てシェラさんはどこか楽しげな笑みを浮かべ。
「あ、やっぱり驚いた。絶対驚くと思ったわ。でまあ、長いこと旅をしてるから、当然色んなところの町や村に行ってるし、それ未満の集落なんかにも行ったことがあるわ。……とまあ、そんな感じで、私が他の町や村のことについて知ってるのは実際に行ったことがあるからってことよ」
「なるほどな」
冒険者なんだろうなとは思ってたけど、まさか何年も旅をしてるとは思わなかった。
まだちゃんと旅をしてない俺では何となくでしかわからないけど、それだけ長い間、旅を続けてるなら、他の色んな町や村のことを知ってるのは当然なのかもしれないな。
そんな風に、森から出た俺達は少しの間その場で話しをした後、いつまでもここにいても仕方ないと町の方に向かって歩き出し、そして、それから大体一時間くらいは経っただろうか、それくらい歩いたところで、俺達はようやくクレデイルに到着したのだった。
非常に珍しいことに今回も早めの投稿をすることが出来ました!
このままいければ目標の週一投稿も……まあ、無理でしょうねぇ。
ただ、早く投稿できた代償とでも言いますか、今回、話としてはほとんど進んでないですね……。
えっと、まあ、その辺りは次の話でということでお願いします。




