エピローグ 旅の始まり
「えーっと、これをこう入れて、こっちをこう入れれば入るはず」
「双海、私の傷薬が一つ足りない。双海の鞄に入ってない?」
「ちょっと待って、今確認してみる。えっと、あ、あった。悪い、全然気付かなかった」
「別にいい」
ウォルフに襲われたり夜に天枷と話しをした日から二日が経った朝の今、俺と天枷は必要な道具を鞄にしまい旅に出る準備をしていた。
ちなみにここにある鞄や道具は、全て一昨日ケイナに教えてもらった雑貨屋で、スパインリザードを倒した報酬のお金で昨日買った物だ。
その時に、必要な物を教えてもらうために買い物に付き合ってもらっていたシェラさんにこの世界のお金のことを適当な理由を言って教えてもらったのだが、まず、この世界の通貨単位はメィルというらしい。
通貨として使われてるのは硬貨だけで、種類は鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の五種類があり。鉄貨の一メィルから始まって銅貨が百メィル、銀貨が千メィル、金貨が一万メィルで最後に白金貨が十万メィルというようになっているようだ。
ただ、一万メィルまでいくと売っている物のほとんどが高級品になるみたいで、普通はあまり金貨を手に入れることや使うことはないらしく。白金貨に至っては貴族などのお金持ち以外は見ることすら珍しいとのことだ。
そして、昨日物を買う時に初めて袋の中を確認したのだが、俺達が報酬として貰ったお金は三千五百メィル……つまり、銀貨が三枚と銅貨が五枚だった。どうりで枚数以上に重たく感じたわけである。
ちなみに、これだけのお金があれば、慎ましく暮らせば二、三十日は暮らしていけるらしく、さすがに返そうと思ったのだがシェラさんに拒否されて返せず、結局その報酬のお金は今も俺達の物のままだ。
そしてもう一つ、昨日の買い物の途中でわかったことがある。それは、俺と天枷にはこの世界の文字が一つも読めないということだ。
ほんの少しでも読めればまだなんとかなるところもあるのだが、一つも読めないとなると致命的で、昨日もそのせいで少し大変な目にあっていたりする。
理由はわからないけど言葉が通じたことで、元の世界と同じところも結構あるのかもしれないと安心してたところがどこかあったけど、結局のところ、やっぱりここは全然違う別の世界だということなんだろう。
「双海、私は荷物入れ終わった。双海は?」
「ああ、俺も丁度今終わったところだ」
昨日のことを少しだけ思い出しながら道具を鞄に詰め終えたところで、ポーチ型の鞄を手に立ち上がった天枷にそう確認を取られ、俺も返事をしながら自分のスリーウェイバックを持って立ち上がる。
それにしても、俺の鞄も天枷の鞄も、シェラさんのアドバイスで今はあまり大きい鞄ではなくて少しだけ小さめな鞄を買ったんだけど、こうして見ると服装のせいもあって今から旅に出るとは思えない格好だな。
「そう。じゃあ双海、行こう」
「そうだな。シェラさんも待ってるだろうし行くか」
天枷の促す言葉に同意してそう返し、バックを持っているのとは逆の手で壁に立てかけておいた剣を持って俺は天枷と共に部屋から出た。
それから廊下を通って居間に行くと俺の言った通り既に、俺達の持っているバックと同じくらいの大きさのバックを床に置き、椅子に座って俺達を待っているシェラさんがいた。
「ごめんシェラさん。ちょっと遅くなった」
「あ、来たのね、二人共。別に急ぎってわけじゃないし、ちょっと遅れたくらい気にしなくていいわ」
俺の言葉に反応して、そう言いながらシェラさんがこっちを向き、そうして見えたシェラさんの格好は最初に会った時の格好とも昨日までの格好とも違っていた。
その格好は、かなり丈夫そうな、薄い青色に白いラインや模様が入った半袖のジャケットを羽織り、その下に初めて会った時につけていたのと同じ胸当てと黒い服を身に着け、これもまたかなり丈夫そうな、ジャケットと同じ薄い青色に白いラインが入った少し短めのスカートを穿いていて、腰にはウエストバック、さらに足にも小さいポーチをつけているという、少し気になるところはあるがほぼ完全に旅用の格好だった。
それもそのはずで、実はシェラさんはクレデイルという町に行くまでの間だけ、俺達の旅に同行してくれることになっているのだ。
というのも、昨日の朝、俺達はシェラさんに元の世界のことは隠しつつ元いたところに帰るために冒険者になって旅をしようと思っているということを話し、そのことについて相談をしてみたのだが、運のいいことにシェラさんもスライブからの頼みでこの村から出る用事があったらしく、シェラさんにその用事があるというクレデイルまで一緒に行ってそこにある冒険者ギルドというところまで連れて行ってあげようかという提案をされ、俺達はそれに頷き是非にとお願いしたからだ。
昨日シェラさんが買い物に付き合ってくれたのも、その相談したのが理由だったりする。
そして、その時にシェラさんに聞いてみたのだが、一昨日予想した通りやっぱりシェラさんは冒険者で合っていたようだった。
……それにしても、このシェラさんの格好、やっぱりちょっと気になるな。
「えっと、シェラさん。その服装なんだけど」
「ん?この服装がどうかした?あ、もしかしてどこか変なところとかある?」
「いや、変なところっていうか、なんで半袖にスカートなのか気になって。それ、旅をするのに色々と危なくないか?」
「あ、そういうことね」
得心がいったというような表情でシェラさんはそう言うと、そのまま言葉を続ける。
「まあ確かに、肌を出してる分多少は危ないところもあるけど、別にそこまで大差あるわけでもないわよ?それになりより、この格好は動きやすいからね。冒険者っていうのは、こういうある程度身軽な格好をしてたほうが何かと都合がいいのよ。とはいえ、行くところによっては違う格好もするけどね」
「ふーん、そういうものなのか」
半袖でも長袖でも、そんなに動きやすさに違いはないような気もするけど、まあ、冒険者のシェラさんが言うんだし何か違うんだろうな。
「さて、話しをするのはここまでにして、そろそろ家から出よっか。一応確認しておくけど、二人共、忘れ物はないかしら?」
「大丈夫。何もない」
「俺の方も大丈夫」
「よし。じゃあ行きましょっか」
そう言って立ち上がると、シェラさんはテーブルに立てかけてあった剣を手に取って腰のベルトの左腕側に付いている、腰のベルトとは別の短いベルトを剣に装着して剣を腰から下げ、床に置いてあるバッグを持った。
それから、天枷とシェラさんの二人と揃って外に出た俺は、シェラさんが家の鍵をかけるのを待ってから村の入り口に向かって歩き始めた。
シェラさんの家から村の入り口までは結構距離があるためしばらく歩いてまずは広場を抜け、それからさらに少し歩いて村の入り口の近くまでやってくると。
「お、来たか」
「皆さん、おはようございます」
そこには、俺達のことを待っていたらしいスライブとケイナの姿があった。
「おはよ。もしかして、見送りにでも来てくれたのかしら」
「おう。ケイナがユウリとトウカの見送りに行きたいみたいだったからな。で、俺はそのオマケ」
「え、ケイナ、俺達の見送りに来てくれたのか?」
「はい。どうしても、お二人のお見送りをしたかったので」
「そっか。うん、来てくれてありがとうな」
たった三日間の短い付き合いなのに見送りに来てくれたことに若干驚きながら、俺は感謝の言葉を口にする。
昨日の中に別れの挨拶は済ませてあったし、わざわざ誰かが見送りに来るなんて思ってもいなかったので、こうしてケイナとスライブが見送りに来てくれたのは素直に嬉しかった。
「あの、昨日は言わなかったんですけど、この村には私と同じくらいの歳の方がいないので、今まで歳の近い知り合いっていなかったんです。なので、歳の近いユウリさんとトウカさんのお二人と知り合えて嬉しかったです。……だからその、いつかまた、この村に来てくださいね」
「わかった。いつになるかはわからないけど、必ずまたこの村に来るよ」
「うん。絶対にまた、この村に来る」
その、ケイナのお願いに、俺と天枷がそう答えて頷くと。
「よかった。私、その時を楽しみに待ってますね!」
ケイナはそう言って満面の笑みを浮かべた。
うん、こんなに楽しみにしてくれてるんだ。これは絶対に、ケイナに会いにまたこの村に来ないといけないな。
それにしても、歳の近いって言ってたけど、ケイナに俺達が何歳かなんて確か言ってないよな?まあ、外見を見た感じではそう歳は変わらないように見えるし、そう思っていても不思議じゃないけど……あ、それか、一昨日、天枷がケイナと話しをした時にでも何歳か聞かれて教えたっていう可能性もあるか。
「話しは済んだみたいね。それじゃあユウリにトウカ、そろそろ出発するわよ?」
「あ、うん、了解」
と、会話が終わったところでシェラさんに出発するよう促され俺はそう返事をし、その後、改めてケイナとスライブの二人の方を向いた。
「えっと、そういうわけだからケイナ、俺達はもう行くな」
「……はい。名残惜しいですけど、これでお別れですね。ユウリさん、お元気で」
「ああ。ケイナ、元気でな」
「トウカさんもお元気で。今度お会いした時は、ゆっくりとお話しでもしましょうね」
「うん、わかった」
そうして、ケイナとの別れの挨拶を済ませた俺は次にスライブの方に視線を動かし、今度はスライブに別れの挨拶をしようと口を開く。
「スライブ、何ていうか、スライブには色々と世話になった。ありがとう、本当に感謝してる」
「いいって気にしなくて、困ったときはお互い様ってな。もしどうしても気になるってんなら、次にこの村に来た時に俺の店に何か食いに来てくれ。そうしてくれると俺は嬉しいからさ」
「ああ、そうすることにするよ。……じゃあ、スライブも元気で」
「おう。お前らこそ元気でな」
そして、スライブとの別れの挨拶も済ませ、俺は天枷と一緒に先に村の入り口に移動していたシェラさんのところまで若干の駆け足で移動し。
「ケイナ、スライブ、またな!」
そこで一度振り返り、二人に向かって手を振りながらそう言った。
「はい!ユウリさん、トウカさん、また会いましょう!」
「じゃあな、二人共!」
それに対して手を振りながらそう返してくれた二人に、今度は天枷も一緒に手を振り返し、そして、俺達は村から出て目の前に広がる大草原の中の街道を歩き始めた。
「あ、そういえばシェラさん。聞いてなかったけど、クレデイルってどの辺りにあるんだ?」
「ああ、クレデイルなら、この街道をずーっと真っ直ぐ行った先よ。そんなに離れた場所じゃないから、何事もなければ明日の昼過ぎくらいには着くんじゃないかしら」
「そうなのか」
そんなに離れた場所じゃなくても、一日以上はかかるのか。元の世界とは違って町同士が近くにあるわけじゃないみたいだし、移動方法も徒歩だからまあ仕方ないか。
むしろ、一番近くの町が何日もかかるような場所じゃなくてよかったと思ったほうがいいか。これから旅を続けていけばそういうこともあるんだろうけど、それでも最初くらいはあんまり辛くない旅路のほうがいいしな。
ふと、先が見えないほどずっと続いている街道を真っ直ぐ見つめながら考える。
この世界についてほとんど知らない俺達が、この世界で元の世界に戻る方法を探すのは先の見えない、途方もないようなことなのかもしれない。
それでも、この道のようにいつか終わりが来ることを信じて、何とか頑張っていこう。
それに、二人で元の世界に戻ろうって、天枷と約束したしな。
……よし。絶対に、元の世界に戻る方法を見つけてやる!
昨日の約束を思い返してそう強く思い。そして、改めて俺は絶対に元の世界に戻ってみせると、心に決めた。
こうして、色々あった村での数日間の生活は終わり、俺と天枷の、元の世界に戻るための旅が始まったのだった。
これで、第一章は終わりになります。
約一年半の間付き合ってくださった方は読んでくれてありがとうございます。
しかし、まさか、第一章を終わらせるのにこんなにかかるとは……。
読んでくれていた方には本当に申し訳ないです。
これからも投稿が遅くなることが多々あるとは思いますが、最悪何とか一か月以内には投稿するよう頑張りますので、これからも読んでくれると嬉しいです。
それと、大したことは書かないと思いますけど、活動報告の方も見てくれると嬉しいです。
そんなわけで、これで後書きの方も終わらせてもらいます。次は第二章のプロローグでお会いしましょう。
では、また。




