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魔力使いの日常  作者: バロック
第一章 少女と氷と別の世界
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第十九話 星の約束

相当遅くなってしまいましたが、次話をどうぞ。

 空を見ている天枷はいつも通りの無表情だったが、俺にはどこか不安そうにも見え。

 俺はそんな天枷にゆっくりとした足取りで近づき、後ろからそっと声を掛けた。


「星を見てるのか?」

「そう。星を見てる」


 いきなり話しかけた俺に驚くこともなく、星を眺めたまま天枷が答える。


「結構、星を見るのは好きなの」


 僅かにだけど、天枷には珍しく楽の感情が込められた声。

 その声からは、今の言葉以上に星を見るのが好きなんだろうということが感じられた。

 そんな、天枷の言葉につられて、俺も同じ様に空を見上げてみる。


「……すごいな」


 思っていたのを遥かに上回る凄さの星空に、俺は思わずぽつりと呟く。

 吸い込まれるような深い黒の中で点々と輝いている無数の星は、どれも今まで見たどの星よりも綺麗に輝いていて、その星空は、今まで見たどんな星空よりも美しかった。

 昔、妹と行ったキャンプで見た星空も綺麗だった記憶があるけど、今見ている星空はそれ以上で、何というかもう別格だった。


「星を見るなら、双海もこっちに来て座ったほうがいい。そのほうが、立って見るより楽」

「あ、それもそうだな。じゃあ、隣に座らせてもらうな」


 草で足を滑らせないように気を付けながら斜面を下って天枷の隣に並び、そのまま遠慮なく腰を下ろした。


「星、綺麗だな」

「うん。本当に」


 同意を求めて言ったわけではなく、今座ってから改めて星を見てつい口から出てしまった言葉だったが、天枷はそれに同意し、心の底からそう思ってるという感じで言った。

 それから少しの間、俺達は無言で空を眺め続けていたが。


「……双海は」


 不意に、天枷が呟くような声でそう言いその沈黙を破る。

 しかし、続く言葉がなかなか無く。首を天枷のほうに動かして続きを待っていると、天枷は空を見上げたまま再度口を開いた。


「双海は、これからのこと……この世界でこの先生きていくことを考えてどう思う?」

「え?」


 予想してなかった問い掛けに、俺は聞き返すように声を漏らす。

 だが、聞えなかったのか、あるいは無視しているのかはわからないが、天枷は俺の言葉に対して何も返さずに言葉を続ける。


「私は、そのことを考えると凄く不安になる」


 囁くような、どこか弱々しさを感じる声。


「ここが元の世界とは違う別の世界だということもそうだけど、昨日森でスパインリザードに襲われたこと、今日村でウォルフに襲われたこと、そういうことがこの先きっとまた起こると思うと、どうしても不安になる」

「……確かに、そうだな」


 それは、当たり前のことだった。

 元の世界では俺も天枷も普通の学生だ。それがなんの間違いかファンタジーのような別の世界に跳ばされて、二日続けて魔物に襲われて、そんな普通ならありえないことが立て続けに起きれば天枷が先のことを考えて不安になるのも当然で。

 そしてそれは、俺にしてみても同じだった。


「それだけじゃない。私が魔法を……普通じゃない力を使えるってユーリスに言われて知って、自分がそんな力を使えることが怖くなった。今だって、怖いまま」

「それって、あの時の魔力の暴走が影響してるのか?」

「そう」

「やっぱりか。もしまた暴走を起こしたら、今度は自分が危ないかもしれないわけだからな」

「確かに、それもある。でも、一番怖いのは…………そうなってしまった時に誰かを傷つけてしまうかもしれないということ」


 星を見たまま天枷が口にしたその言葉を聞いて、俺は少し驚く。

 魔法を使えるのが怖い理由が誰かを傷つけるかもしれないからって、普通なら知らない誰かのことより自分が傷つくことのほうが怖いものなのに、優しいというか何というか。

 思い返してみれば、昨日俺がスパインリザードにやられそうになった時に会ったばかりの俺を危険を顧みずに助けようとしてくれたり、子供達を探しに森に行くって言った時に自分も一緒に探しに行くって言ったり、他にもいくつかそういうところはあったし、表情と淡々とした喋り方のせいでわかりづらいけど、本当は優しいんだな、天枷って。

 もし俺が天枷と同じ状況になっても、そんなこと考えもしないと思う。


「その、さ。魔法を使えたわけじゃない俺には、正直なところ天枷の気持ちはそこまでわからない。でも、その気持ちを忘れなければ、天枷がまた魔力の暴走を起こすことはないと俺は思う」

「っ。……どうして?」

「それは……ごめん、勘みたいなもので、根拠はないんだ。でも、俺は本気でそう思ってる。……まあ、こんな理由じゃ、言ってもあんまり安心できないと思うけどな」


 天枷の恐怖を和らげたくて言った言葉だったけど、本当にそう思ったとはいえ我ながら微妙な言葉だなと思い俺は言葉の最後に苦笑交じりでそんなことを言ったが、天枷は首を横に振り。


「そんなことない。それが、根拠のない理由でも、双海が本当にそれを信じているのが伝わってきて励まされた。それに、私も双海の言う通りだと思う」


 俺の最後の言葉を否定するのと同時に今まで空に向けていた顔をこっちに動かし、真剣な、しかしそれでいてどこか柔らかい表情を向けてきた。


「私はまだ、魔法というものがどういうものなのかほとんど理解していない。だから、持っているとわかった自分の力が怖いのは、あまり変わらない。だけど、魔力の暴走を起こして誰かを傷つけたくない、そう心掛けていればきっと大丈夫だって、今の双海の言葉を聞いてどうしてか強くそう感じて、安心できた。だから」


 そこで、天枷は一瞬口を止めた。そして。


「双海、ありがとう」


 微笑を浮かべると、感謝の言葉を口にした。

 昨日見た僅かな笑みとは違う、だれが見てもわかるようなちゃんとした柔らかな笑み。

 その、初めて見るちゃんとした笑みを浮かべた天枷がとても可愛く見え、そんな天枷に、俺は思わず見惚れてしまう。


「…………あ。え、えっと、どういたしまして」


 しかし、すぐに我に返り、見惚れていたことに対しての気恥ずかしさで若干慌てながら天枷のお礼にそう返す。


「……なあ、天枷。昨日さ、この先どうやって生きていくかって話ししただろ?」


 それから、心を落ち着かせた俺は別の話題……元々俺がここで天枷としようと思っていた話しに切り替えるためにそう問い掛け、天枷が頷いたのを見てから言葉を続け。


「あの時、俺は冒険者になるのはどうだって言ったけど、あれから少し考えて、天枷はこのままこの村にいたほうがいいんじゃないかって思ったんだ」

「え……?」


 その、続けて言った俺の言葉を聞いて、天枷が困惑したように声を漏らす。


「どうして……そう思ったの?」

「えっと、さ。元の世界に戻る方法を探すには、きっとこの世界を旅して色々なところに行かないといけないだろ?でも、ちょっと森に入っただけで命の危険にさらされるこの世界を、天枷みたいな女の子が旅するのは無理があるんじゃないかって考えて、それで……な」


 森でウォルフに襲われた時から、俺はそう考えて天枷はこの村に残ったほうがいいんじゃないかって思っていた。

 今は、天枷が不安に思っていることを知って、さらに強くそう思っている。


「元の世界に戻る方法を探しに行くのは俺一人でもいい。だからさ、天枷。これ以上危険な目に遭うのが嫌で、天枷がここに残りたいって思ってるならそうしても」

「双海。それ以上言ったら、怒る」


 俺の言葉を遮って言ったその強い制止の声を聞いて、即座に言われた通り言葉を止める。

 表情こそ普段の無表情と同じに見えるが、よく目を見ると今の言葉とは裏腹に既に怒っているようなのがわかった。


「双海は、この世界に来てから今まで、危険なことは私を遠ざけて全部一人でやろうとしている。それが、私は納得いかない。今のだってそう。双海が心配してくれているのはわかる、けど、私は双海一人に任せきりにはしたくない」


 そしてその怒りは、俺が危険なことを天枷にさせないようにしていたのが原因のようだった。


「でも、天枷はこの先のこと不安に思ってるんだろ?だったら」

「それは、少し違う。私が不安に思っているのは、この先、この世界で生きていくこと。別に、この村から出ていくことや旅をすること自体に不安になっているわけじゃない」

「そう、なのか?」

「そう。だから、私は絶対この村に残らない。それに双海、これからは危険なことがあっても全部一人でやろうとしないで、私にも付き合わせて。……ううん、例え双海が一人でやろうとしても、私は無理矢理にでもそれに付き合わせてもらう」

「……ふう、わかったよ。次からは一人でやろうとしないで、天枷にも手を貸してもらうことにする。後、村に残ったほうがいいんじゃないかとか、そういうことも、もう言わない」


 天枷の、その真摯な様子に俺は根負けし、小さく息を吐いてからそう言った。

 そもそも、天枷を危険な目に遭わせないようにしていたことについては俺のわがままというか、少し前の天枷のような言い方になるけど女の子に危険なことをさせるのは納得いかないという勝手な考えでしていたことで、本当なら天枷が俺に許可を求める必要はないし、あれこれ言えるようなことではないのだ。

 だから、天枷がそう決めた以上、俺には駄目だと言うことは出来なかった。


「天枷、変なこと言って悪かったな」

「別にいい。……けど、少し前に謝られたばかりなのにまた謝られるとは思わなかった」

「また?」


 疑問に思い俺が出した声に、天枷はこくりと頷く。


「さっき、ファイリスにも謝られた」

「えっ、ケイナに?どうしてだ?」

「それは、理由はわからないけどファイリスが私のことを少しだけ怖い人だと思っていたみたいで、けどそれは思い違いだったから謝らせてほしいと言われて、それで謝られた」

「ああ、なるほど」


 要するに、方向性は違うけど俺やスライブと同じような勘違いをケイナもしちゃったってことか。どうして少しだけでも天枷のことを怖い人だと思ったのかはわからないけど、まあ、自己紹介の時の態度とかその辺りが原因だろうな、きっと。

 それにしても、ケイナの天枷に対しての用事ってそういうことだったのか。そう思ってたってだけで別に本人に言ったわけでもないのにわざわざそれを明かして謝るなんて、ケイナは真面目というか、あんまり嘘とか吐けない性格なんだろうな。


「まあ、ケイナのことはさておき、だ。天枷。改めて、これからもよろしく頼む」

「なに?突然」

「なんというか、気分一新するためっていうのかな。これから一緒に旅に出ることになるんだし、改めて挨拶しておきたかったんだ」


 正直なところ、俺はこれから一人で旅に出ることになると思っていた。だから、その気持ちを切り替えるためにも、もう一度天枷に挨拶しておきたかったのだ。

 そしてこれには、天枷を危険な目に遭わせないために俺一人で危険なことを引き受けようとする気持ちを、天枷と協力して危険なことを何とかしようとする気持ちに切り替えるためというもう一つの理由もあった。


「そういうことなら納得。双海、こちらこそ……これからもよろしく」

「……え?」


 その、予想外の言葉に、俺は一瞬遅れて思わず驚きの声を出す。

 今まで一度もよろしくって言わなかったのに、なんでいきなり。……でも、理由はどうであれ、今まで言ってくれなかったことを言ってもらえたのは素直に嬉しいな。

 小さな変化だけど、もしかしたら、少しは天枷と打ち解けることが出来たということなのかもしれない。


「そうだ。双海、少しこっちに手を出してほしい」

「えっ、と、こうでいいのか?」


 唐突な天枷のお願いに、意図がわからず不思議に思いながらも言われた通りに右手を差し出す。

 すると天枷は、制服の上着のポケットから二つの違う色の半透明な星が付いたストラップを取り出し、その二つのうちの一つ―――――白い色の星の方を紐から外して俺の手の上に置いた。


「もしかして、これ、くれるのか?」

「そう。おまじないと言ったら変だけれど、私と双海がこうして同じ物を持つことで、絶対に二人で元の世界に戻れるようにと思って」

「……そっか。ありがとう、天枷」


 俺は、少しの間その一つになった星のストラップを見つめた後、嬉しさでストラップを握りしめながら天枷にお礼を言った。

 それから、示し合わせたわけでもないのに自然と、俺と天枷は同時に視線を空に戻していた。

 そして。


「……双海。絶対に、二人で元の世界に帰ろう」


 最初に俺がここに来た時の様に視線を星に向け、星を見ながら呟くように言った天枷のその言葉に、同じ様に星を見ながら俺は頷き。


「ああ。絶対に、二人で元の世界に帰ろう。約束だ」

「うん。約束」


 そう、俺は天枷と、絶対に二人で元の世界に帰るという一つの約束を交わしたのだった。


次回、一応は一章の最終話になる予定です。

一章が終わるまででかなりの時間が経ってしまいましたが、まずは一章の最後まで付き合ってくれると嬉しいです!


それでは、次回の話までもうしばらくお待ちください。

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