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魔力使いの日常  作者: バロック
第一章 少女と氷と別の世界
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第十四話 逃走

 あれ?でも昨日、ケイナがこの村には鐘はないって言ってたはずだ。となると、これは鐘の音じゃないってことなのか?

 うーん、けど、どう聞いても鐘の音にしか聞こえないんだけどなぁ。一体、何の音なんだろうこれ。どうも音源が離れていってるみたいで、音が少しずつ遠くなっていってるけど。

 疑問に思い、これが何の音なのか聞こうと音が聞こえてから恐らく音の鳴ったと思われる方向に向けていた視線をケイナとシェラさんのほうに戻し、そこで、二人の表情がさっきまでとは全然違うことに気付く。

 ケイナは不安そうな、そしてシェラさんは深刻な表情をそれぞれ浮かべ音の鳴ったほうに顔を向けていた。

 それを見て、漠然とだが何かが起こったことを察し声をかけるのを躊躇っていると、その間にシェラさんが顔を俺達のほうに向けた。


「三人とも、今から私は自警団の人のところに行って何があったのか聞いてくるわ。場合によっては……というか、私の予想通りなら確実にしばらくは家に戻れないから、三人は急いで家に帰って、安全になったのがわかるまで家から出ないようにして。そういうことだから、頼んだわよ」


 シェラさんはやや早口でそう言うと、俺達の返事も待たずに走って今来た道を戻っていった。

 うわっ、今行ったばっかりなのにもうあんなに離れたところまで行ってる。シェラさんって足早いんだな。思い返してみれば、森でウォルフと戦ってた時もかなり早かったし……って、のんきにそんなこと考えてる場合じゃないな。


「天枷、ケイナ、何があったのかはわからないけど何かマズイことが起こったみたいだし、シェラさんの言う通り急いで帰ったほうがいいと思う」

「あ、はい、そうですね。私もそうしたほうがいいと思います」

「……待って。ファイリス、一つだけ質問がある」


 考えるような素振りの後、天枷がケイナに何かを訪ねようとそう言った。


「えっと、トウカさん、なんでしょうか?」

「ファイリスの家とユーリスの家、ここからだとどっちの家のほうが近いの?」

「えーっと、シェラさんの家のほうが近いですね。私の家はもっとあっちのほうなので」


 天枷の質問に答えながら、俺から見て左後ろのほうをケイナが指差す。

 あれ?あっちって多分、朝にケイナがウォルフに襲われてた辺りの方向だよな。なるほど、ケイナの家はあの時の道の先のどこかにあるってことか。なら確かにシェラさんの家のほうが近いな。


「でも、それがどうかしたんですか?」

「ん。ここで別れてそれぞれ別の家に帰るよりも、このまま三人でどちらか近いほうの家に行ったほうがいいと思ったから、それで聞いた」


 なるほど。シェラさんも急いでって言ってたし、それなら確かにこのほうがいいな。それに、朝のことを考えるとケイナを一人にするのも心配だ。


「そういうことみたいだけど、ケイナ、どうする?俺としては、天枷の言う通りだと思うけど」

「……そうですね。ご迷惑でなければ、ご一緒させてもらえると嬉しいです。朝のこともあって、今から一人で家まで帰るのは不安でしたので」


 ……そうだよな。あんなことがあったんだから不安になるのも無理ない……というか、不安になるだけで済んでるのは凄いと思う。普通なら、あんな目にあったら軽いトラウマものだ。

 まあ、俺と天枷も似たような目にあってるけど、俺は天枷がいたから一人だったわけじゃないし、これでも男だからな。あれくらいで怖がっていられない。……ただ、天枷のほうはどうかわからないが。

 けど、考えてみたら当たり前のように魔物が存在してる世界だもんな。『軽い』でも、あれくらいでトラウマになってもいられないか、この世界の人は。


「迷惑もなにも、提案したのは俺達のほうなんだからそこは気にしなくていいよ。さて、じゃあ話も決まったことだし早く家に帰ろう」

「わかった」

「はい、行きましょう」


 俺の言葉に二人が頷いたのを見てから、俺はシェラさんの家に向かって改めて歩き出したが。


「グルルルル」


 しかし、少し進んだところで近くから聞き覚えのある、出来ればあまり聞きたくはなかった唸り声が聞こえてきて俺達は足を止め、恐る恐る唸り声の聞こえてくる方向へ振り返った。


「っ!?」

「くっ、やっぱりか」


 そしてそこには、予想していた通り俺が今日二度も襲われている魔物、ウォルフの姿があった。

 ただ、完全に予想通りというわけでもなく。


「こいつ……普通のウォルフじゃない?」


 それは、普通のウォルフとはいくつか姿が違っていることだった。

 足や体の形がところどころ変わっており、前と比べて何というか若干凶悪な姿になっていて、さらに、これはただの個体差かもしれないが大きさも一回りほど大きかった。

 そして、一番違っているのはその体毛の色だ。普通のウォルフの体毛が薄い茶色なのに対して、このウォルフの体毛は草や葉のような深い緑の色をしていた。

 俺はまだ驚きから抜け出せていない様子のケイナと、見た感じは落ち着きを取り戻している様子の天枷の二人を庇うようにそっと前に出て、一挙一動を見逃さないように緑のウォルフを見据える。

 どうする?今は武器も持ってないうえにケイナもいる。こんな状態じゃ戦うなんて論外だし、逃げるにしてもここからシェラさんの家まで逃げ切れるかは怪しいか。

 せめてもの救いは、森で襲われた時と違って数が一匹しかいないってところかな。


「双海、どうするの?」


 ウォルフまで聞こえない程度の小声で天枷が聞いてくる。


「当然、逃げる……しかないんだけど、ウォルフを相手に無事にシェラさんの家まで逃げ切れるかどうか」

「それなら、この近くに作物や作業道具をしまうための小屋があるんですけど、そこまで逃げるのはどうでしょうか?」

「……そうだな。あるのがこの近くなら、シェラさんの家まで逃げるよりは逃げ切れる可能性が高いか。よし、そうしよう。天枷もそれでいいか?」

「うん、それでいい」


 ケイナの提案に、俺は一瞬だけ考えてから同意し、それから天枷の同意も得てからさらに話しを続ける。


「じゃあ、ケイナ。俺と天枷は小屋の場所を知らないから、ケイナは走りながら俺達にその小屋の場所を教えてくれ。俺達はそれに従って走るから」

「はい、わかりました。では、最初は後ろに向かって走ってください」

「わかった。それじゃあ、今から合図するから、俺が合図をしたら同時に走るぞ。……行くぞ、せーの!」


 俺の合図に合わせて天枷とケイナの二人は揃って振り返り、後ろに向かって走り出す。

 そして、俺はそれからわざと少しだけタイミングを遅らせ、二人を後ろから追いかけるようにして走り出した。

 天枷は森でのことがあるから大体わかるけど、ケイナに関してはどのくらい足が速いのかわからないから、同時に走り出した場合俺がうまく足並みを合わせられるか心配だったからだ。


「あっ」


 前を走っている天枷が一瞬よろめき、思わずといった感じで声を出したかと思うと、今の衝撃で大きく揺れたバスケットの中からサンドイッチが三個ほど飛び出し地面に落ちた。


「おっと」


 急いでるとはいえ、さすがに食べ物を踏みつけるわけにはいかないよな。

 そう考えて、足元に落ちてきたサンドイッチを踏まないように少し横にずれて避け、それから一応、ウォルフが追いかけてきているか確かめるため走りながら視線を背後に向けると。


「……あれ?」


 なぜかウォルフは俺達を追いかけてきてはおらず、俺は内心で首を傾げる。

 正確に言うと、俺達を追いかけようとはしたみたいで元いた場所から移動はしていたけど、なぜかバスケットから落ちたサンドイッチの前で足を止めていて、じっとサンドイッチを見つめていた。

 ……よくわからないけど、とりあえずあのウォルフとの距離を離すチャンスだな。


「二人共、理由はわからないけどウォルフが足を止めたから、今のうちに小屋まで急ごう」

「……本当ですね。どうしたんでしょう?」

「わからない。けど、いつ動き出すかわからない。だから、双海の言う通り急いだほうがいい」

「あ、そうですね。ごめんなさい、急ぎましょう。小屋はこっちのほうです」


 ケイナが指差した方向を見ると、シェラさんの家にある物置よりいくらか大きい程度の大きさの小屋が少し離れたところに見えた。

 あれが、ケイナの言っている小屋か?

 見たところ、ほかにそれらしい……というか小屋自体ないし、ケイナの言っている小屋は多分あの小屋で合っていると思う。


「ウォルフの様子はどうだ?」


 前を走ってる二人には聞こえないくらいの声で呟きつつ、ウォルフが動き出していないか確認するためもう一度ウォルフのほうに視線を向けると、ウォルフは顔を俺達のほうに向け、今まさに動き出そうとしているところだった。

 そして、走り出したウォルフを見て俺は目を見張った。

 アイツ、普通のウォルフより速い!?

 …………いや、落ち着け。

 幸いというか、普通のウォルフと比べて速いのは確かだけどすごく速いというわけでもない。だから、小屋との距離から考えてアイツに追いつかれる前に小屋までたどり着けるはずだ。


「ケイナ、俺達が目指してる小屋ってあの小屋でいいんだよな?」

「はい、そうですけど、それがどうかしたんですか?」

「ああ。念のため、先に俺が小屋まで行って扉を押さえる準備をしておこうと思って」


 あのウォルフの速さだと、追いつかれずに小屋まで逃げても、扉を押さえる前に追いつかれるかもしれないからな。

 念を入れるのにこしたことはないと思う。


「なるほど、そういうことですか」

「わかった。双海、任せる」

「ああ。二人も、出来るだけ早めにな」


 それだけ言い残して俺は二人を追い越し、さっきまでと違って本気で小屋に向かって走り始めた。

 さっきまでは二人(というかケイナ)に合わせて走ってたからあまり速度をだして走ってなかったが、今度は本気で走ってる上、元々小屋まで大分近付いていたというのもあって早々に小屋に到着し、俺は走っている勢いのまま扉を開けた。

 何か、扉を押さえるのに使えそうなものは……。

 小屋の中に入ってすぐ、俺は扉を押さえるのに使えそうなものを探すため小屋の中をさっと見回す。

 あの長机は使えるな。あっちの三つある椅子は……まあ、ないよりはあったほうがいいか。後は……中にじゃがいもみたいなものとにんじんみたいなものが入ってるから使うのは村の人に悪いんだけど、あの二つの木箱も使えそうだ。

 他にも使えそうなものはいくつかあるけど全部扉の前まで動かすには時間がないし、とりあえず今使うのはこれだけにして、後は天枷とケイナが来るまでに扉の近くまでこれを動かしておかないと。

 そう考えて急いで椅子と長机を扉の近くまで動かし、次に木箱を動かそうとしたところで勢いよく扉が開き、天枷とケイナが小屋の中に飛び込んできた。

 それから、ケイナはその場で振り返って扉を閉めてからかんぬきを掛け、天枷は長机の前まで行って足を止めると俺のほうを見て口を開いた。


「双海、これを扉の前まで動かせばいいの?」

「ああ、話が早くて助かる。後は、そこにある椅子も動かしてくれ」

「了解」

「あ、トウカさん。私も動かすのを手伝います」


 かんぬきを掛けた後、ケイナも机まで近づいていき、そう言うと天枷とは反対の方向に立って机の両端に手を置いた。

 それから二人は長机を持ち上げ扉の前まで動かしてそこに置き、二人がそこから退けたのを見てから俺は木箱を持ち上げて長机の前まで運び、机の下に木箱を押し込んだ。

 そのまま、残りの椅子ともう一つの木箱も全員で分担して扉の前まで動かし、扉を完全にふさいだところで俺は息を吐いた。

 扉に体当たりをしているみたいでたまにドンッと大きな音がするけど、かんぬきや扉を押さえているもののおかげで今のところ開く様子はないし、一先ずこれで大丈夫だろ。


「ユウリさん、トウカさん、これからどうしましょう?」

「そうだな……本当なら誰か助けが来るまでこのまま小屋にたてこもってたほうがいいんだろうけど……」

「それまで、扉がもつかわからない」

「うん。やっぱりそうだよな」


 天枷の言葉に同意して俺は頷く。

 ここの扉、少し古いのかあんまり丈夫そうな扉じゃないから、今はまだ大丈夫でも何度も体当たりされたらさすがに壊れるだろうし、扉を壊されたらいくら机とかでふさいでいても意味がないからな。


「けどそうなると、何とかしてアイツに気付かれないように小屋から出て、別の場所に逃げるしかないか……」


 右のほうに位置は少し高いけど窓があるから、扉をふさいだままでも小屋を出ること自体はできそうだ。


「別の場所……ここからだと、逃げるのはユーリスの家まで?」

「うーん、そうだな。場所的に、ここから一番近いのはシェラさんの家だし、最初の予定通りそうなるかな」

「……ですけど、ウォルフに気付かれないように小屋から逃げたとしても、後で気付かれた時ににおいで追ってこられますよ?」

「あー、そうか。狼と同じでウォルフも鼻が利くのか。これは……困ったな」


 これじゃあシェラさんの家まで逃げても、この小屋よりは丈夫だとはいえ結局扉が破壊されてまた逃げないといけなくなる。

 でもそれだと、逃げたところでちょっとの時間稼ぎにしかならないし、それに、最終的には追いつかれてしまいそうな気がする。

 うーん、何か手はないのか……?

 この状況を何とかする方法はないかと考えながら、何か使えそうなものがないか探すため小屋の中を今度はしっかりと見回し。


「…………ん?あれって」


 そして、隅のほうに置いてある一つの木箱を見つけ、その中に丸っこくて真っ黒な果物が入っていることに気付いた。

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