第十一話 ようやくの休憩
「スライブ、今戻ったわよ」
「ん?……シェラ、それにユウリも帰って……ってお前、その背中の!トウカは大丈夫なのか!」
店に入ってすぐ、シェラさんがカウンターの奥でこっちに背を向けて何かやっているスライブに呼び掛け、その声を聞いてスライブがこっちを向き俺が背負っている天枷を見ると、強張った表情をして焦ったようにそう聞いてきた。
そのスライブの行動を見て、俺は思わず微笑を浮かべる。
「……おいユウリ、何で笑ってんだよ?」
「いや、悪い。笑うつもりはなかったんだけど、朝にケイナを連れてきた時とほとんど同じことを言うからつい。まあ、天枷は大丈夫だよ。あの時のケイナと同じで気絶してるけど怪我はないみたいだから」
「ふう、そうか、大丈夫なのか。ならよかった。……後、同じようなことを言ったのは焦ってたんだから仕方ないだろ!」
まったく、と言って少し恥ずかしそうにしながらスライブが頭をボリボリと掻く。
「ところで、今そこの広場で丁度この店から出てきたティーリさんと子供達に会ったんだけど、もしかして子供達から森でウォルフに襲われたってこと聞いた?」
「ああ、聞いたよ」
「そう、なら私から話す必要はないわね」
「にしてもユウリ、よくシェラが来るまでウォルフ相手に耐えきることが出来たな」
感心したようにスライブが俺にそう言うと、横で聞いていたシェラさんも「本当よね」と同意して頷く。
「一体しかいなかったならともかく、四体もウォルフがいたのに私が来るまで耐えきるなんて魔物と戦ったことのない人には普通は無理よ?」
「はぁ?四体だって!?」
シェラさんの言葉を聞いた瞬間、スライブが驚愕した表情をしてそう声を上げた。
「一体か多くても二体くらいだと思ってたんだが……ユウリお前、ほんとよく死なずに耐えきることができたな……」
「うん、まあ、自分でもよく何とかなったなとは思うよ」
実際、もう駄目かと思った場面も何度かあったし、一歩間違えれば今頃はもうアイツらにやられてただろうな。
ほんと、あんな状況から俺と天枷が無事助かったのは運が良かったんだなと思う。
「まっ、なんにしても、お前達二人が無事に村に帰ってきてくれて俺は安心したよ」
ホッとした表情でそう言った後、スライブは何かに気付いたように俺のことをじーっと見ると軽く首を傾げながら言葉を続けた。
「そういやユウリ、俺が貸した剣はどうしたんだ?見たところ持ってなさそうだが」
「えっと、あー、悪い!実はあの剣、この天枷を連れた状態だとちょっと持っていけそうになかったから森に置いてきちゃったんだ」
申し訳なく感じながらどうして借りていた剣を持っていないのか簡単に説明し、本当にゴメンとスライブに謝る。
「なるほど、そういうことなら仕方ないか。ま、別に大事なものだったり高いものだったりするってわけじゃないからあんまり気にすんな」
「ああ、そう言ってくれると助かるよ」
剣を置いてきたことについて特に気にした様子がないのを見て俺は安堵し、そう言葉を返してからふぅと息を吐く。
……それにしても、今スライブが高いものじゃないって言ったけど、シェラさんも昨日剣をくれた時にそんなに高いものでもないって言ってたし、この世界では剣ってあまり高いものではないのか?
元の世界での剣がどのくらいするのか知らないから、いまいちその辺りがわからないんだよな。
イメージ的には、何となく高いイメージがあったんだけど。
「ところで、トウカを寝かせるのにベッドを借りたいんだけど、今って使っても大丈夫かしら?」
「おう。今日は客もいないし、この後もどうせ泊まる客は来ないだろうから好きな部屋使っていいぜ」
「わかったわ。じゃあユウリ、そういうことみたいだからトウカを二階にある部屋まで連れて行ってあげて……って、考えてみたら場所がわからないわよね。えっと、場所は」
「あ、部屋の場所なら、朝に来た時に一回行ってわかってるから大丈夫だ」
「そうなの?それなら、場所を教えなくても問題ないわね。それじゃあ、私はスライブと話しをしてるから、ユウリもトウカを部屋まで連れて行ったらゆっくりと休むといいわ」
「ああ、そうする。じゃあ、また後で」
そう言って二人から離れカウンター近くの通路を先に進み、奥の階段を上がって二階に向かう。
さて、好きな部屋を使っていいって言ってたけど、どの部屋を使おうか。多分そんなに違いはないだろうしどの部屋でもいいんだけど。
「うーん、まあ、ケイナを運んできた時と同じ部屋でいいか」
天枷を落とさないように気を付けながら階段のすぐそばにある部屋のドアを開け中に入り、ケイナの時と同じようにベッドに降ろし横にさせて上から布団をかける。
それから俺は机の前にあるイスを引いてその上に座り、「はあぁ」と息を吐きながら体の力を抜いた。
はあ、やっと休憩できる。朝にシェラさんの家を出てから今までまともに休んでる暇がなかったからな。さすがに色々あって疲れた。
それにしても、昨日も少しだけ考えたけどこの世界って一体何なんだろう。少なくても元の世界とは別の世界なのはほぼ確定だと思うが。
ウォルフやスパインリザードみたいな魔物に、まだ実際には見てないけど存在しているらしい魔法、それにシェラさんとスライブが持っていた剣みたいに当たり前のように存在してる武器。
ほんと、元の世界とは全然違う……ゲームなんかでいうロールプレイングゲームとかのファンタジーな世界みたいだよな、ここ。
昨日の時点ではまだ完全には信じ切れてない部分があったんだけど、ウォルフに襲われたりシェラさんがウォルフと戦ってるところを見たりして、ようやく本当にここが全然違う別の世界なんだって実感した気がする。
そもそも、どうして俺達はこの世界に飛ばされたんだろうか。俺達がこの世界に飛ばされた理由は何なんだ?
とりあえず、飛ばされた原因に関しては十中八九あの時の魔法陣みたいな光が関係しているはずだ。
あの魔法陣みたいな光の力でこの世界に飛ばされたとか、きっとそんなところだろう。
なら、その理由は?
言い方は悪いけど、俺がこの世界に飛ばされたのはあの時の状況から考えて天枷が飛ばされそうになっているのに巻き込まれたからだと思う。
要するに、偶然だ。
じゃあ、天枷がこの世界に飛ばされた理由はなんだ?
偶然……ってことはないと思う。もしかしたら偶々、天枷が展望台にいたタイミングであの場所に魔法陣みたいな光が出現してそれに巻き込まれたっていう可能性もあるのかもしれないが、あの時、あの魔法陣みたいな光は確かに天枷を中心に展開されていた。
そうなると多分、あの魔法陣みたいな光は天枷を狙って出現したっていうことになる。
ということはつまり、何らかの理由によって意図的に天枷はこの世界に飛ばされてしまった、ということになるのか?
まあ、さすがにその理由までは予想がつかないし、あくまで今のは推測だから何とも言えないんだけど。
それこそ、本当に偶然だったりするかもしれないしな。
結局のところ、今その辺りのことを考えてもわかることは少ないし、考えるならこの世界の事とか魔法の事とか色々と知ってからってことか。
「……ん?」
ふと、ベッドのほうから身じろぎをするような気配を感じ視線を向ける。
「う、んん……」
どうやら、天枷の意識が戻ったらしい。
俺はイスをベッドのほうに向け、天枷の目が覚めるのを待つ。
「こ、こは……?」
「よかった。目を覚ましたみたいだな」
ゆっくりと目を開け、まだ少しぼんやりした様子で呟く天枷にそう声をかけると、天枷はちらりと俺を見た後ゆっくりと体を起こした。
「ここは……クレイのお店の……」
「ああ、ケイナを連れてきた時に運んだ部屋だ」
「……双海、どうして私は意識を失っていたの?」
「えっ、憶えてないのか?」
天枷がコクリと頷く。
「森でウォルフに襲われたところまでは憶えているけれど、それから先のことがハッキリと思い出せない」
「うーん、気絶したショックのせい、とかか?ただ俺も、どうして天枷が気を失ったのかはわからないからその時の事を順番に話していくけど、襲われてる途中で俺はウォルフにやられそうになったんだけど、それに気付いた天枷が俺の事を庇うために俺の前に飛び出してきたんだ。そして、代わりに天枷がやられそうになった瞬間、天枷の前に氷の壁が出現してウォルフが噛み付こうとしてくるのを防いだんだ。そしてその後、突然天枷は気を失って倒れたんだ」
かなりざっくりとした説明だけど、俺がウォルフに襲われているところを詳しく話しても仕方ないし、要点はちゃんと話してるから大丈夫……なはずだ。
「氷の壁…………思い出した。あの時、氷の壁が現れた瞬間、急激に体の力が抜けて意識がなくなっていった。私が気を失ったのはそのせい」
「それって、天枷が気絶したのは氷の壁が原因だってことか?」
「わからない。もしかしたら、そうかもしれない」
「そうか。氷の壁が……原因」
森から村に戻ってくる途中、シェラさんと話したことを思い出す。
もしかして、森でウォルフが突然動かなくなったのってあの氷の壁のせいなのか?
あのウォルフ、動かなくなる直前まで氷の壁に触れてたし、動かなくなった原因があの氷の壁の可能性はあるな。
いきなり出現するくらいには得体のしれないモノである以上、あれが原因で何かが起こってもおかしくはない。この世界では特に。
「それより双海、体は大丈夫?それに、どうして私達はあんな状況から助かったの?」
「ん?ああそれが、天枷が気を失った後、俺達がやられるギリギリのところで奇跡的にシェラさんが助けに来てくれて、あの時あそこにいたウォルフを全部倒したんだ。そのおかげで、俺も天枷も無事に村まで戻ってくることが出来たんだよ。そういうわけだから、怪我もしてないし俺は大丈夫」
「そう、双海が無事でよかった」
表情は変えずに、ホッと安心したように天枷は息を吐く。
「それはこっちの台詞だって。俺が危なかったからってあんなことするなんて、もしあの時、氷の壁が現れてなかったら今頃死んでたかもしれないんだぞ!」
「わかってる。けどそれは、双海も同じだった」
「それはそうだけど。そもそも、なんであんなことしたんだ?危険だってわかってるのに」
俺が問いかけると天枷は考えるような素振りをし、少しの無言の後、首を横に振った。
「わからない。気が付いたら、体が動いてた」
そこで一度言葉が止まり。また、少しの間の何か考えるような無言の後。「けど」と、天枷は言葉を続ける。
「もしかしたら、双海が原因なのかも」
「俺が?」
「昨日、この世界に来てすぐスパインリザードに襲われた時、双海は会ったばかりの私を命懸けで助けてくれた。あの時、お礼と言ったら変だけど、私も何か双海の力になりたいと思った。だから、双海がやられそうになった時、その時のことを思い出してあんなことをしたのかもしれない」
……確かに、あの時スパインリザードに突っ込んだのは相当危険な……それこそ、命懸けの行動だったと思う。
けど、だからって天枷が命懸けで俺を助けようとする必要なんてないのに……。
「……まあ、理由が何であれ、もうあんな無茶なことはしないでくれ。やられそうになったのは俺だし、そんな俺が言うのもどうかとは思うけど」
「…………わかった。気を付ける」
最初の間が気になるし、昨日と今日のことを考えると微妙に信用できないんだけど、俺も結構無茶なことやってるからあんまり人の事は言えないか。
投稿しておいてなんですが、何カ所か自分的に納得のいっていない部分があったり……。
そのうち、時間があって気が向いた時に少し書き直すかも。
まあ、内容的に変わるってわけではないですけどね。




