第十話 増える謎
あれから森の中を走り続け、何とか一度もウォルフに見つかることなく森から出ることが出来た俺は、草原を途中まで進んだところで前を走っていたシェラさんが止まったのを見て同じように足を止めた。
「とりあえず、ここまで来ればさすがにもう大丈夫でしょ」
「はあ、はあ、つ、疲れたっ」
そして、それ以上に腕が痛い……。
いくらなんでも、お姫様抱っこをしてここまで走ってくるのは無茶だったか。さすがにこれ以上お姫様抱っこを続けるのは無理かもしれない。
ここでシェラさんが止まってくれて助かったな。
「大丈夫?結構つらそうだけど」
「ん、ああ、一応は大丈夫。ただ、このまま天枷を抱え続けるのはちょっと無理そうだから、ここからは背負っていこうと思うから天枷を背負うの手伝ってくれないか?」
「うん、了解よ」
シェラさんに手伝ってもらい、抱えていた天枷を今度は背負う。……って、考えてみたら村でケイナを背負った時と同じような状況だな。まあ、今回は天枷が手伝う側じゃなくて背負われる側っていう違いはあるけど。
「それにしても、お姫様抱っこねぇ。そんなことするくらいだし、やっぱりユウリとトウカって結構仲いいのね?」
「変なこと言わないでくれよ。シェラさんだって、あの時はあれ以外に気絶している天枷をすぐに連れて行く方法がなかったのはわかってるだろ?」
突然、ニヤニヤとした、微妙に嫌らしい顔のシェラさんにそんなことを言われ、俺は眉を顰めながらそう言葉を返す。
「あら、つれない反応。でも、仲がいいっていうのは否定しないのね」
「え、いや、そういうわけじゃ」
シェラさんの言葉に、少し慌てながらそう返すと、再度シェラさんがニヤニヤとした顔をする。
くっ、釣られてしまった。からかわれてるのはわかってたのにっ。
仕方ないじゃないか、妹以外の女の子とはあまり仲良くなったことはないから、あまりああいうことは言われ慣れてないんだよ。
……何か、言ってて少し悲しくなってきた。
「ふふっ、まあ、冗談はこれくらいにして、そろそろ何で私が森にいたのか話すわね。まあ、簡潔に言えば二人を助けに来たっていうことになるんだけど、これじゃあわからないこともあると思うから一から説明していくわ。まずは朝の話しからなんだけど、実は私達の村に向かってウォルフの群れが近付いて来てたの」
「ああ、その話しならスライブから聞いたよ」
「お、さすがスライブ、ちゃんと説明しておいてくれたのね。それなら話は早いわ。ユウリも見たと思うけど、朝に人が来てたでしょ?あの時来てた人はウォルフの群れが村に近付いてきてるのをみんなに伝えて回っててね。私のところにもそれを伝えにきたのと同時に、そのウォルフの群れの撃退を頼みにきたのよ」
「撃退を頼みに……って」
まさか、シェラさん一人でウォルフの群れを撃退させに行ったのか!?
「ああ、ごめん。言い方が悪かったわね。勘違いしてそうだから訂正しておくけど、正確には『撃退の協力を頼みに』ね。さすがに私一人じゃウォルフの群れと戦うのは骨が折れるからね」
俺が何を考えたのか察したのか、苦笑しながらシェラさんがそう言う。どうやら勘違いだったらしい。
……無理とは言っていないあたり、もしかしたら一人でも撃退できるのかもしれないが。
「それで、村の自警団の人達と一緒にウォルフの群れのところまで行ってウォルフの群れを撃退したんだけど、ちょっと森の様子が気になってね。様子を見に森まで行ったら丁度森から必死な顔をしたレナ達三人が出てきて、何があったのか聞いたらユウリとトウカが森で魔物に襲われてるから助けてって言われたのよ」
そうか、あの三人、無事に森から出られたのか。はあ、よかった。
「それで、三人に村に戻るように言ってから私は二人を助けに行くのに急いで森の中に入って」
「で、あの時に繋がるってことか」
運がいいのか悪いのか、ウォルフに襲われてる時点でよくはないんだろうけど、いわゆる不幸中の幸いってやつか。
どちらにしても、奇跡的に助かったってことには変わりないけどな。
「あの時は、シェラさんが来てくれて助かったよ。本当にありがとう。もしシェラさんが来てなかったら、俺はあのままウォルフにやられてた」
「お礼を言うのはこっちのほうよ。ユウリとトウカはあの子達を探すために、危険なのは知ってるのに森まで行ってくれたんでしょ?ウォルフに襲われた時も、先にあの子達を逃がしてくれたみたいだし、おかげであの子達は無事だったわ。ありがとう、ユウリ」
「え、いや」
お礼を言っていたのはこっちだったはずなのに、逆にシェラさんからお礼を言われてしまい俺は戸惑いながら頬を掻く。
「あ、そういえば、さっき森で俺に何か言おうとしてたけど、何を言おうとしてたんだ?」
そこでふと、森でシェラさんが何かを言おうとして止めたことを思い出しそのことを聞くと、あの時と同じくシェラさんが難しい顔をした。
「ちょっと、聞きたいことがあってね。けど、聞く前に一つだけ確認させて。ユウリとトウカの傍に動かないウォルフがいたわよね?ユウリは、あのウォルフが何で動かなかったかわかる?」
「え?……いや、わからない」
言い訳になるけど、あの時は氷の壁が出現したことやその後に天枷が倒れそうになったりしたことであのウォルフのことを考える余裕もよく見る暇もなかった。
そうしていれば、もしかしたら何か分かったのかもしれないけど……。
「そう。まあ、ウォルフに襲われてる最中だったし、普通はわからないか。ユウリ、何であのウォルフが動かなかったのか教えてあげるわ」
「わかるのか?」
「まあ、多分だけど、ね」
シェラさんは微妙に歯切れが悪そうにそう言い。
「あのウォルフが動かなかった……いえ、動けなかった理由。それは、なんらかの要因であのウォルフが凍りついていたからよ」
そして次に、にわかには信じ難いことを口にした。
凍りついていた……だって?
「それって本当……なのか?」
「ええ、私だって詳しく調べたわけじゃないから絶対にとは言えないけど、多分ね」
「そんな」
……動きが止まる前は普通に動いて俺と天枷に襲いかかってきてたのに、いきなり凍りついて動かなくなるなんてこと……ありえるのか?
「……ユウリの考えていることは何となくわかるわ。自分で言っておいてなんだけど、私もまだ半信半疑だもの」
それは……けどそうか。例え自分で見たとしてもそう簡単には信じられないようなことだし、それに、確証があるってわけでもないみたいだしな。
「そこで、本題に戻るんだけど、ユウリ達と私が合流する前。正確には、ユウリ達が森に入ってから私がユウリ達の前に現れるまでに起こったことを教えて欲しいの。その間のことを詳しく聞けば、もしかすればあのウォルフが凍りついていたのかいなかったのか、そして、凍りついていたとしてどうして凍りついていたのかがわかるかもしれないから」
「それは、まあ、わかった。けど、そのことを話す前に俺からも一つ聞かせてくれ。なんでシェラさんはあのウォルフのことをそんなに気にしてるんだ?いや、確かに俺も気にはなってるけど、その表情を見る限りでは何か理由があるんだろ?」
この話を始めた時から気になっていた疑問をシェラさんにぶつける。
あんな難しい顔をしている辺りただ気になっているってことはないだろうし、どうしてそこまで気にしてるんだろうと少し気になっていたのだ。
「うん、まあ、そうね。大した理由ではないんだけど、ウォルフの群れが村に近付いてくるなんてことがあったから、何か異常なことが起こったらそれが少しの異常でもちゃんと何があったのか調べておこうと思って。それと、もう一つ理由はあるんだけど、こっちは私の考え過ぎかもしれないからあまり気にしないで」
……そう言われると却って気になるんだけどな。とはいえ、きっと聞いても教えてはくれないだろうし、言われた通り出来るだけ気にしないようにするしかないか。
「さてじゃあ、次はユウリが話しをする番よ。森に入ってからのことを話してくれる?」
「ああ、わかった」
軽く頷きながら返事を返し、俺は森に入ってから起こった出来事を話し始めた。
それからしばらく話を続け、途中、二回ほどシェラさんが少し怪訝そうな顔をしたものの黙って話しを聞いていたが、シェラさんが来る少し前―――どこからか氷の壁が現れた時の話しをしたところで驚いたように口を開いた。
「氷の……壁?それってもしかして、いや、でも」
「何かわかったのか?」
何か気付いたかのようにそう言うシェラさんに俺がそう聞くと、少しの無言の後、首を横に振った。
「……微妙なところね。可能性として浮かんだことがあるにはあるんだけど、ユウリから聞いたことだけじゃまだ何とも。けど、もし私の思い浮かんだことが合ってるとしたら、トウカに話しを聞けば答えがわかるはずよ」
「え、天枷に?それって……あれ?」
どういうことなんだ、と言葉を続けようとして、視界に建物が映りこんだことで言葉を止める。
視線をシェラさんのほうから外し前を見ると、離れた距離で点々と建っているいくつかの木造の建物と畑が目に映った。どうやら、いつの間にか村に到着していたらしい。
シェラさんと話しをしている間にもうこんなところまで来てたのか、話に集中していて全然気付かなかった。
「ユウリ、村に着いたし話しは一旦ここまでにして、とりあえずまずはスライブのとこに行きましょう。早くトウカのことを寝かせたほうがいいだろうし、それなら私の家に行くよりスライブの店のほうがここから近いからね。それに私も、少しスライブと話しておきたいことがあるし」
「そうだな、わかった」
シェラさんの言っていたことも気になったが、ウォルフに襲われたりなんだりと色々あって疲れていて早く休みたいという気持ちもあったので、俺もそこで話しを止めそう返事をする。
その後、朝と変わらず外に人の姿がまるでない村の中をシェラさんと一緒にやや速足で歩いていき、広場までやって来たところでスライブの店から見覚えのある四つの人影が出てきた。
一つは、あの時スライブのところに子供達が森に行ったと慌てて伝えに来たティーリという女性。残りの三つは、俺と天枷が森に探しに行った三人の子供達だ。
よかった、本当に三人とも無事みたいだな。
シェラさんから話しを聞いて無事なのはわかってはいたけど、やっぱり実際に自分で見ないとちゃんと安心は出来ないからな。
そう考えて俺がホッと胸を撫で下ろしていると、向こうもこっちのことに気が付いたらしく子供達が駆け寄ってきた。
「兄ちゃんっ!大丈夫だったのかっ!」
俺の前まで来るのと同時に、ちょっと生意気そうなほうの男の子……確か、ルカって呼ばれてたよな?その、ルカと呼ばれていた男の子が叫ぶような声でそう言った。
「ああ。シェラさんが来てくれたおかげで何とかな」
「あの、お姉さんは大丈夫なんですか?」
気絶して俺に背負われている天枷を見て、もう一人の少し気弱そうなほうの男の子―――こっちはカイル……って呼ばれてたはず―――カイルが、心配そうな顔をする。
「大丈夫だよ。気絶はしてるけど、怪我とかしてるってわけじゃないから」
「そうなんだ、よかったぁ」
「……ユウリおにいちゃん、あのね」
天枷が無事だとわかって安心しているカイルの横で、三人の中で一番幼げに見える女の子―――えっと、確かレナって呼ばれていたはずだ―――レナが、逡巡した様子で俺の名前を呼んだ。
しかし、その次の言葉がなく。俺が首を傾げながら言葉の続きを待っていると、
「レナ達が森に行ったせいで、ユウリおにいちゃんとトウカおねえちゃんにいっぱいめいわくをかけてごめんなさい」
凄く申し訳なさそうな表情で、レナが俺に謝ってきた。
「その、僕も、お兄さん達に迷惑をかけてごめんなさい」
続けて、その隣のカイルも同じように申し訳なさそうに俺に謝り。
「ほら、ルカも」
「……ごめん、兄ちゃん」
最後に、カイルに促されてルカも俺に謝ってきた。
俺としては迷惑をかけられたつもりはないし、謝られても微妙に困るんだけどな。うーん、さて、何て返したものか。
「……三人とも、言いつけを破って森に行ったことちゃんと反省してるか?」
表情を見れば何となく反省しているのはわかるのだが、あえて反省しているのか聞くと、カイルとレナは「うん」と返事をしながら頷き、ルカも声には出さなかったがちゃんと頷いた。
「よし、ならいいよ。俺も別に気にしてるってわけじゃないしな。けど、もう森に行ったりするなよ?」
「うん、約束する」
そうして、俺と子供達の会話が終わり。それから今度は子供達の後ろで今のやり取りを静かに見ていたティーリさんにお礼を言われたりした後、ティーリさんと子供達三人と別れて広場を進み、俺とシェラさんはスライブの店の中に入った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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