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魔力使いの日常  作者: バロック
第一章 少女と氷と別の世界
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第九話 氷の壁

「天枷。どうしたんだよ、いきなり」


 一体何事だろうかと思いながらそう言って天枷に視線を向けると、天枷は今進もうとしていた方向より右のほうを見ながら口を開いた。


「今、一瞬だけ見えた。あっちから何か来る」

「何かって、……まさか、魔物か?」

「わからない。けど、そうかもしれない」


 ……もし、こっちに来てるのが魔物ならこのままここにいると危険だな。


「とりあえず、どこかに隠れよう。えっと、こっちだ」


 俺は天枷と子供達三人を連れて川のある開けた場所から森の中に戻り、俺と天枷が木の後ろ、子供達がその近くの茂みの後ろにそれぞれ隠れた。

 そして、隠れてからすぐ、天枷の言った方向から草の揺れたような音と荒い息遣いが微かに聞こえてき、その音が昨日の大トカゲほどではないがそれでもかなりの速さで近づいてきた。

 その音の主は隠れている俺達に気付かずそばを通り過ぎていくと、さっきまで俺達がいた開けた場所へ飛び出した。


「おお……かみ?」


 飛び出してきた音の主――――ウォルフの姿を見て、不思議そうな感じで天枷が呟く。


「いや違う。あれが、村で話してたウォルフってやつだ」


 しかし、やっぱり天枷が見たのは魔物だったのか。もし天枷がウォルフに気付いてなかったら危ないところだったな。


「みんな、アイツに気付かれる前に早くここから離れるぞ。アイツに見つからないように隠れながら行くんだ」


 俺はウォルフに聞こえないように声を潜めながら全員に話しかけた後、子供達、天枷の順番で先に進ませる。

 ウォルフの様子を窺いつつ天枷が先に行ったのを確認し、俺も行こうとした時だ。視界に映っていたウォルフが地面に鼻を近づけひくひくとさせると、突然遠吠えをした。

 その瞬間、なぜだかもの凄く嫌な予感がし、ウォルフに見つかるのも気にせず俺は隠れもしないで思いっ切り走りだした。


「走れ天枷!お前達もだ!」

「……っ!わかった」


 全力で走ってくる俺を見て非常事態だと判断したのか、何も聞いてこないで頷くと天枷が走り、それより前のほうにいた子供達もその天枷の様子を見て走りだす。

 そこまで天枷との距離が離れていなかった俺はすぐに追いついて隣に並び、ウォルフが追いかけてきてないか確かめるのに振り返る。

 とりあえず、今は追ってはきてないみたいだけど……。


「双海、何があったの?もしかして、あの狼に見つかった?」

「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど。何ていうか、今ウォルフの遠吠えが聞こえただろ?あれを聞いた瞬間、理由はわからないけど凄い嫌な予感がしてさ。それで、早くここから逃げないといけない気がしたんだ」


 やっぱり気にはなっていたのか天枷に何があったのか聞かれそう答えると、


「おい兄ちゃん、なんで剣持ってるのに逃げるんだよ!魔物なんてそれで倒しちゃえばいいだろ!」


 俺と天枷の話しを聞いていたらしく、前を走っていたちょっと生意気そうな男の子が足を止め食って掛かるようにそう言った。

 男の子が足を止めたのを見て俺達も足を止める。

 どうやら、剣を持っているからか俺が剣を使って戦えると思っているらしい。


「悪いけど、これは無いよりはマシだからってスライブに借りただけで、俺が剣を使えるから持ってるってわけじゃないんだ」

「えー、なんだよそれ!兄ちゃん、剣持ってるから冒険者だと思ったのに」


 ああ、俺のことを冒険者だと勘違いしてたのか。……けど、相手が剣を持ってたってだけで冒険者と勘違いするってどうなんだろう。この世界では剣を持ってる人を見て冒険者だって思うのは普通なのか?

 なんて、少し不思議に思いながらそんなことを考えだした時だった。


「ちょっとルカ、あんまり……っ!ルカっ、危ない!」

「えっ?」


 俺とやり取りをしていた男の子より前にいるもう一人の男の子が何かを言おうとして口を噤み、目を見開くと慌てたように叫んだ。

 その声を聞いてすぐ、俺は目の前の男の子に向かって横の草陰から何かが飛び掛かろうとしていることに気付き、叫んだ声を聞いて唖然とした様子で軽く首を傾げている男の子に急いで近づき思い切り突き飛ばし、その後すぐさま俺は後ろに飛んだ。




 ――――次の刹那。




 草陰から俺の目の前……ほんの少し前まで男の子が立っていたところに何かが高速で飛び出してきた。

 見ると、俺達の前に現れたのはさっきと同じくウォルフで、ウォルフは俺と天枷のほうにギロッと目を向けてくると「グルル」と唸りだした。

 ……よくない状況だな。目の前のコイツのこともそうだけど、今のであの三人と分断させられた。

 今は俺と天枷のほうに完全に意識が向いてるからいいけど、もしこの状態でウォルフがあの三人に襲いかかりでもしたら俺ではどうすることもできない。

 くっ、どうする?

 何か行動しようとするのを見逃さないようにウォルフのことをじっと見ながら、どうするべきか考える。

 さっき男の子にも言ったけど、今まで剣なんて使ったことのない俺ではアイツを倒すのは十中八九無理だ。となると、何とかしてアイツから逃げるしかないんだが、村で見たウォルフの逃げた時の速さから考えてもう見つかってしまっているこの状況では走っても逃げることは出来ないと思う。

 ただ、全員が、というわけではないのなら逃げる方法がないわけでもない。

 幸いにというか、子供達のいる場所のほうが森から出るのに近いはずだ。それなら……。


「三人とも、急いでここから逃げろ!」


 視線はウォルフに向けたまま、俺は三人に向かってそう叫ぶ。


「えっ?で、でも、お兄さんとお姉さんは?」

「俺達はアイツをなんとかしてから逃げる」


 ウォルフが現れたせいか微妙に動揺しているらしい気弱そうな男の子に聞かれそう答えるが、男の子は逃げようとせずにどうすればいいのか迷っているみたいで、オタオタしながら俺達とウォルフを交互に見る。

 不味いな。このままだと、今の声のせいでウォルフの意識があの三人に向いてしまうかもしれない。

 そう考えて、もう一度逃げろと言おうと口を開こうとしたところで、


「ほら行くぞ、カイル!俺達がここにいたって仕方ないだろ」


 それよりも先に、生意気そうなほうの男の子が気弱そうなほうの男の子の腕を掴み、引っ張って森の外に向かって走っていき。残った女の子も俺達のほうを一回ちらっと見た後、その後を追って走っていった。

 そして、子供達三人がここから逃げだしてからワンテンポほど遅れて、ウォルフが俺と天枷から視線を逸らし子供達のほうに顔を向ける。


「待て、お前の相手はこっちだ!」


 そんなウォルフの気をこっちに向けさせるため、俺は地面に落ちている石を拾ってぶつけ、わざと大きめの声を出す。


「グルルルル」


 狙っていた通り、今のでウォルフの視線を子供達から外させることが出来たが、石をぶつけたせいかこっちを見るとさっきよりも興奮した様子で唸り始めた。

 とりあえず、子供達三人をここから逃がすことはできた。また魔物か何かに襲われない限りは無事に逃げられるだろう。

 さて、問題は俺達がここからどうするか、なんだけど、その前に……。


「悪い、天枷。勝手に色々と決めて」

「気にしなくていい。急がないと、あの三人を逃がすことが出来なかったのはわかってる。それより、今はこの状況をどうすればいいのか考えないと」

「……そうだな。けど、この状況でアイツから逃げるのは無理だろうし」


 どうする、と言葉を続けようとして、どこか近くから草の揺れたような音が聞こえてくるのに気付いて口を閉じる。

 この音って、まさか。

 そう思った時にはすでに遅く、草の揺れるような音が鳴り止み、それとほぼ同時に俺達の横に新たに二体のウォルフが姿を現した。


「なっ!くっ、今でさえ良くない状況だっていうのに」


 状況が悪化したことに対して、俺は心の中で舌打ちをする。

 ウォルフの数は三体。数が多い分、昨日の大トカゲの時より状況は悪いかもしれない。

 くそっ、ここからどうすればいい?

 正直に言って、この状況をなんとかできるような考えが何も思い浮かばない。

 何か……何か手はないのか……?


「……っ。双海、来る」


 天枷がそう言ったのとほとんど同じタイミングで、新しく現れた二体のウォルフのうち姿勢を少し低くしていた一体が動き出した。

 そして、ウォルフは俺達……というより俺のほうに向かってくると勢いよく飛び掛かってきた。

 天枷の声を聞いてすぐ身構えていた俺は、何とかそれを横に跳んでかわす。

 スピード自体は昨日の大トカゲより僅かに遅いくらいか。これなら、来るのがわかっていれば一応かわせると思うけど、問題は……。


「来てるのはわかってるよ、っと」


 視界の端で最初に出てきたほうのウォルフが動いたのに気付きそっちのほうに向き直って身構え、飛び掛かってきたウォルフを再度かわす。

 やっぱり、問題はアイツらの数か。


「っと、危なっ」


 今のに続いて残ったもう一体が突っ込んでくるのをすんでのところで避け、崩しそうになった体勢を立て直しウォルフ達のほうを向いてからふうっと息をつく。

 あ、危なかった。ギリギリ近づいてくるのに気付いたからよかったけど、少しでも気付くのが遅かったらやられてた。

 それにしても、やっぱり数が多い分、攻撃の間隔が短いな。

 このままだと避けきれなくなるのも――――。


「双海っ!よけて!」


 唐突に天枷がそう叫び、その声に反応して俺は咄嗟に地面を蹴った。

 次の瞬間、視界の端にウォルフの姿が映ったかと思うと、今まで俺の顔があった辺りを後ろから一瞬で通り過ぎていった。

 くっ、また新しいウォルフかよ。なんでこんなに何体も。

 それにあの高さからして、あのままあそこにいたら首に噛み付かれてるところだった。もし天枷がアイツに気付かなかったらって考えるとゾッとするな。

 そう考えて嫌な汗をかきながら、地面に着地しようとし、


「っ。しまっ」


 咄嗟だったため少し変な体勢で跳んだのが悪かったのか、バランスを崩し後ろから倒れ尻餅をついてしまった。

 これは……、状況こそ違うけど、ケイナの時と同じだ。だとすると、次は……っ。

 前からウォルフが迫ってきていることに気が付き、自分の身を守るように剣を持ったほうの腕を前に出す。

 ――――ガキッ。

 間近まで接近してきたウォルフは俺に向かって爪を振り下ろしてきたが、間一髪、前に突き出した剣で偶然それを防ぐことに成功する。

 だが、ウォルフはそのまま剣に爪を当てたままさらに噛み付くと、思い切りこっちに押し込んできた。

 ぐっ、さすがに、魔物っていうだけあって、力が強い……!

 もう片方の手で剣の鞘の部分を押さえ力を入れて押し返そうとするが、当然ながらウォルフの押してくる力のほうが強く、徐々に自分のほうに剣が押し込まれていく。

 完全に押されてしまわないように必死で抵抗していると、目の前のコイツの向こう側で他のウォルフが動き出そうとしているのが視界に映った。状況的に、狙いは多分俺のほうだろう。

 くそっ、このままじゃ!……そうだ、こうなったら一か八か。

 俺は剣の持ち手を強く握って刀身を鞘から抜き、もう片方の手に持った鞘をこっちに押し込まれてしまうよりも早く、剣先をウォルフに向かって突き出した。

 微かに嫌な音をたてながら、何の抵抗もなく剣がウォルフの首に突き刺さる。


「グ、ウゥ……」


 ウォルフは、鞘に前足を置いて噛み付いたまま体をフラフラとさせ、低くくぐもった声で呻くと、その場で俺の足にのしかかるように力なくゆっくりと倒れた。

 うまくいったことにホッとして剣と鞘から手を放し地面に投げ出すが、すぐに気を緩めている場合ではないと気付き、足の上からもうピクリとも動かないウォルフの体をどかそうとする。

 どかそうとしながら、さっき視界に映ったウォルフの様子を確認しようと視線を前に向けると、さっきのウォルフが既に動き出し俺のほうに迫ってきているのが見えた。

 この状態からじゃ、たとえ今すぐウォルフの体を足からどかせたとしても起き上がるよりも先にアイツにやられてしまう。

 起き上がれないことにはかわすことも出来ないし、剣だってウォルフの首に刺さったままだからコイツの時みたく剣で防ぐことは出来ない。

 そもそも、さっき出来たのは偶然で、狙ってやったわけじゃないから剣があったとしてももう一度やるのはほとんど無理だろう。

 ……万事休すか?

 諦めずに意外と重さのあるウォルフの体をどかそうとしながらも、そう考えてしまった次の瞬間。


「双海は、やらせない!」


 俺と迫ってくるウォルフの間に横から天枷が飛び出し、俺のことを庇うように前に立って両腕を広げた。

 すでにかなり接近してきていたウォルフは、天枷が両腕を広げたのとほぼ同時に跳躍すると口を開き、牙を天枷に向けた。


「天枷っ!」


 俺はこの後に起こるであろう最悪な光景を想像して、悲鳴混じりの叫び声を上げた。




 ――――その時だった。




 一瞬、強い風が辺りに吹き、『カキンッ』という何かが固まるような音が天枷のほうから鳴り響いた。

 今の音は一体、それに天枷は……?

 風のせいで外してしまった視線を天枷のほうに戻し、そしてすぐ、あることに気付く。


「なんだ、あれ……」


 いつの間にか天枷の正面、数十センチくらいのところに白く透き通った、壁のような薄い何かが出現していて、それがウォルフが天枷に噛み付こうとしているのを防いでいた。


「あれって、もしかして……氷か?」


 けど、なんで氷が。それに、あんな薄い氷でどうやってウォルフの攻撃を……。


「……いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない」


 とりあえず、目の前のコイツをどかさないと。

 既にある程度はどかしていたのですぐにウォルフを足の上からどかせることができ、それから急いで立ち上がり天枷の近くに行こうとしたところで異変が起こった。

 氷の壁に爪を突き立てていたウォルフの唸り声が突然止み、同時に、爪を叩き付けようとしてか振り下ろそうとしていたもう片方の足の動きが止まった。

 そして、そのままの状態でウォルフの動きが完全に停止し、固まったかのように動かなくなった。

 これは、何が起こったんだ……。あの氷の壁といい、もうなにがなんだか。


「……っ。天枷っ!」


 視線の先で天枷が倒れそうになっているのが見え、俺は慌てて駆け寄り倒れかかってくるその背中を受け止める。


「大丈夫か!」

「…………」


 声をかけても返事が返ってこなく、俺はひやっとしたものを感じたが、ちゃんと呼吸をしていることに気が付きホッと胸をなでおろす。


「あ、氷が……」


 ピキッという音が正面から聞こえ視線を向けると、前に展開されていた氷の壁に亀裂が入っていて、次の瞬間には何の衝撃もあたえていないのに音を立てながら砕け散ってしまった。

 そして、氷の壁がなくなった途端、氷が出現してからはこっちの様子を見ていただけだったウォルフが俺と天枷のほうに向かって動き出す。

 このまま天枷を抱えたままでさっきみたくかわすのは……さすがに無理、だよな。かといって、天枷をここに降ろして自分だけ避けるというわけにもいかないし、くっ、どうすれば。

 そうやって悩んでいる間にも、ウォルフは段々とこっちに近づいてき――――。




 しかし、それ以上は接近することは出来なかった。




「ギャンッ!」


 こっちに向かって走っていたウォルフが、突然木の陰から現れた何者かによって体を蹴られ、悲鳴を出しながら吹っ飛び地面を滑っていく。

 助かったみたい……だけど、一体誰が……。

 多少警戒しながら視線をその何者かに向け顔を見ると、その人物は俺の知っている、昨日知り合い色々とお世話になった女性だった。


「シェラ……さん?」

「ふう、なんとか間にあ……ったわけではなさそうね。トウカは無事なの?」

「あ、ああ。気絶はしてるけど、怪我とかはないみたいだから大丈夫だと思う」


 予想外なことが起こって動揺しながら、シェラさんに天枷は無事だと答えると、シェラさんは安心したように表情を緩めた。


「そっか、ならよかった」

「けど、どうしてシェラさんがここに。どこかに出かけたんじゃなかったのか?」

「……その辺りの話しをしたいところだけど、とりあえずその話しは後ね。今はまず、あの二匹のウォルフをどうにかしないと」


 そう言うとシェラさんは手に持っている剣を鞘から抜き、鞘を地面に落とすと鋭い目つきでウォルフを見て剣を構えた。


「どうにかって、アイツらと戦うつもりなのか!?」

「そうよ。ま、安心して。ウォルフくらいなら相当な数が一遍に襲ってでもこない限りは楽勝だから。……さてじゃあ、やるとしますかっ」


 言い切るのと同時にシェラさんが地面を蹴り、凄い勢いで蹴り飛ばしたのとは別のウォルフに向かって迫っていく。

 シェラさんが接近してくるのに反応してかウォルフも動き出し、天枷にしようとしたのと同じように噛み付こうと口を大きく開け、牙を向けながら跳躍する。

 だが、シェラさんはそれを何の危なげもなく横に軽く跳んで回避し、着地しようとしているウォルフの間近まで踏み込むと剣を左から右に振り抜きウォルフを切り裂いた。


「グ、ウゥゥ」


 胴体を切り裂かれ、ウォルフは苦しげに呻きながらその場から飛び退き、そのまま後ろに連続で飛んでシェラさんから距離を取ろうとするが、すぐにシェラさんが走って距離を詰めていく。

 そして、剣の届くくらいの距離まで接近すると顔……というより頭に向かって剣を振り下ろした。

 剣が頭部を両断し、ふらつくことすらなくウォルフが地面に倒れる。

 うっ、ここからだと距離があってそこまでよくは見えないけど、それでもアレを見るのはちょっと精神的にきついものがあるな。

 さすがにこれ以上は見ていたくなかったので視線をソレから逸らすと、さっき蹴り飛ばされたウォルフが背後からシェラさんに近づいているのが視界に入った。

 俺はすぐにそれを知らせようとするが、それよりも早くウォルフが飛び掛かることの出来るくらいの距離までシェラさんに接近し。

 しかし、ウォルフが飛び掛かった瞬間、シェラさんが向いている方向を変えながら右に跳び、着地と同時に一歩踏み込むと今まで自分がいた空間を牙を剥き出しにして通り過ぎようとしているウォルフの胴体に向かって剣を突き刺した。


「グウゥッ!」


 胴体を貫かれ、ウォルフがここまで聞こえてくるほどの大きさで呻き声を上げる。

 そして、剣を突き刺されたことで宙にいたウォルフが勢いを殺され地面に落ち、ウォルフに突き刺さったままの剣をシェラさんが胴体から引き抜く。

 その後もウォルフはまだ体をピクピクとさせ動こうとしていたが、それも僅かな時間ですぐに一つも動かなくなり。そこまで見たところでシェラさんは剣の構えを解き、最初に自分が現れた場所に戻ると鞘を拾って剣をその鞘にしまい、早足で俺達に近付いてきた。


「ユウリ、早くここから離れるわよ。このままここにいたら、また別のウォルフが現れて襲われる羽目になるわ」

「えっ。あ、ああ、わかった」

「それと……ううん、やっぱり後でいいわ。今はここから離れるのが優先だし。それじゃあ、行くわよ、ユウリ」


 ちらりと、腕を振り上げたまま固まったように動かないウォルフを見てシェラさんが難しい顔をして何かを言おうとしたが、すぐに首を横に振ってそう言うと先にいってしまった。


「あっ、シェラさん、ちょっと待ってよ」


 早く天枷をなんとかしてシェラさんを追いかけないと。

 けど、背負おうにも天枷はまだ気絶してるから一人では背負うまで時間がかかるし、……だとするとアレをやるしかないか。あまりしたくはないけど、こうなったら仕方がない。

 俺は天枷を抱き止めたままの状態で片方の手を足の辺りに回し、そのまま両腕に力を入れて天枷を持ち上げた。所謂、お姫様抱っこというやつだ。

 お姫様抱っこなんてしたのは久しぶりだな。いつだったか妹にやった時以来か。これ、意外と力使うし、誰かに見られると少し恥ずかしいからあまりやりたくなかったんだけど、今は緊急事態だしな。

 ……あ、思い出したけど、スライブの剣どうしよう。

 まだウォルフに刺さったままなんだけど、この状態じゃ持っていくのは無理だよな。

 うーん、……スライブには悪いけど、このままここに置いていこう。拾っている時間もないし、持っていくのが無理なんじゃ仕方がない。

 俺は心の中で『ごめん、スライブ』と謝りつつ、天枷のことをお姫様抱っこしながら急いでシェラさんを追って駆け出したのだった。


ここまで読んでくれた皆様、お久しぶりです。

まさかの二カ月ぶりの投稿になってしまいました。


投稿が遅くなった理由などは活動報告のほうに書きますので、そちらのほうも見てくれると嬉しいです。



それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。

感想、指摘、その他もろもろ、何かしらいただけると嬉しいです。

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